今日も左手で飯を食う   作:ツム太郎

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ゆっくりと、彼は追いつめられる


悲哀

悲哀

 

車に乗せられた後、岡山はヘリに乗せられ学園へと向かった。

 

その際にヘリの中で身支度を整えるように言われ、仕方なく風呂に入り新しい服を着た。

席の近くには豪勢な食事が置いてあったが、空腹であるはずの彼は見向きもせず、ただボーっと何もせず丸まっていた。

 

数時間かけ移動したのち、彼はようやく学園の校門近くまでやってきた。

正直言うと、彼はここにだけは来たくなかった。

考えることすらやめた今でも、それだけは思っていたのだ。

彼は物語を知っている、故に分かるのだ。

 

此処には、「主人公達」がいる。

そう思うだけで身震いがした。

あの崇高すぎる特別な存在がすぐ傍にまでいるのだ。

今度は何をされるのか分かったものではない。

全てを諦めているとしても、ここに来ることは苦痛でしかなかったのだ。

 

 

 

そんなことを考えながらトボトボと歩いていると、校門の前に誰かがいることが分かった。

真っ黒なスーツを着込み、鮮やかな黒髪を持つその女性は、明らかに見え覚えがある人物であった。

 

「ッ!? 太一ッ!」

 

此方に気付くとその人物は大声を上げて此方まで駆け寄ってきた。

そのスピードは女性とは思えない程の速さで、その様子だけでかなり焦っていることが見て取れる。

 

「………織斑…千冬…」

 

駆け寄ってきた女性、織斑千冬を見て岡山は憎々しげに呟いた。

 

「…久しぶりだな、太一…。 あの時…お前が居なくなった時から…ずっと心配していた…」

 

悲しげに、しかし嬉しそうに、織斑千冬は彼との再会を心底喜んでいるようだった。

だが、そう言うだけで彼女はそれ以上何もせず、どうしたらいいのか分からずジッと彼を見つめるだけであった。

 

「………」

 

岡山は、そんな彼女を完全に無視し、その隣を通り過ぎて学園の中へと進んで行った。

そんな彼を見て織斑千冬は顔を曇らせるが、直ぐに元に戻して彼の隣に行く。

 

「太一…お前が私をどれだけ憎んでいるかは分かっているつもりだ。 だが、この学園の説明だけでも聞いてく「名前を呼ばないでください…」」

 

必死に彼に話しかけるが、それを当の本人に遮られた。

 

「…僕を呼ぶときは…名字でお願いします…」

 

「っ…そうか、分かった。 では岡山、ここでの説明をするぞ」

 

そうして、彼女は岡山に学園の説明をし始めた。

IS学園がどんなものなのか、その規模、設備、建物の大まかな構造。

そういった基礎的なものをゆっくりと説明していった。

その中で、自分は清掃員として学園に雇われることも知らされ、その仕事内容も教えられた。

殆どはあらかじめ知っていた「知識」と同じだったので特に気にすることもなかったが、一つだけ気になることがあった。

 

「それで、お前の部屋なのだが…教員棟の一室を使うつもりだ。 今すぐそこに案内しよう」

 

「…待ってください、僕はそんなところに住みたくありません」

 

彼は自分が住む所が気に食わなかった。

自分は可能な限り他の人との接触を避けたいのだ。

それなのに人の出入りが激しい場所で暮らしたくなど無かった。

 

「…ならば、一体どこならいいんだ? その部屋以上にいい部屋は無いんだぞ?」

 

「…そんなもの望んでいません。 …人がほとんど来ない場所…物置小屋か何処かでお願いします」

 

「なっ!? 確かに倉庫に空き部屋はあるが、とても人間が住めるような場所ではない。 すまないが諦めてくれないか?」

 

申し訳なさそうにそう言ったが、岡山は特に気にせずズリズリと足を引きずりながら歩き続けた。

 

「…問題…ありません。 少なく…とも…今までの所より…マシなら…生きていけます…」

 

「ッ! す、すまない…嫌なことを…思い出させた…」

 

織斑千冬は顔を伏せながらそう言ったが、岡山からしてみればお門違いであった。

むしろ、今こうして織斑千冬が傍いることが彼にとって苦痛になっている。

 

「…良いです、別に…。 早く案内してください、その空き部屋に」

 

「わ、分かった。 では私におぶさってくれ、運んで行こう」

 

そう言って彼女は彼の前で屈んで見せた。

しかし、それも彼は無視して自分で歩いていく。

 

「ま、待て岡山。 杖で歩いていくよりも、私が運んだ方が速いだろう」

 

「遅いとか…関係ないです…貴方には、触られたくないです」

 

「お、岡山…」

 

そう言い捨てると、織斑千冬はもう何も言えなかった。

涙がこぼれそうになるのを堪え、彼の前に進むと部屋まで案内していった。

 

 

 

 

 

一時間半経ち、彼はようやく部屋に着くことが出来た。

まだ授業中だからということもあってか、周りに人の気配は感じない。

着いた部屋は、織斑千冬が言っていた通り人間が住んでいいような場所ではなかった。

四畳ほどの一間のみで、本当にただの物置部屋のようである。

 

「………」

 

「ここが、先ほど言っていた空き部屋だ。 言った通り、とても住めた場所ではないだろう? さぁ、別の部屋に案内しよう」

 

そう言って彼に移動することを促すが、彼は全く動かない。

それどころか…。

 

「………これでいい、ここに住みます」

 

「なっ!? 本気なのか岡山…いや、分かった。 最低限の家具を移動させよう…これだけは受け取ってくれ、頼む」

 

彼女はもう彼に説得は通じないと悟り、彼の言葉を肯定した。

だが、何かをしたいのか先ほどからずっと岡山をちらちらと見ている。

 

「…分かりました、じゃあ僕はこれで」

 

「ま、待て岡山…」

 

「…何も、言うことはありません。 さようなら…」

 

そう言って彼はドアを閉めようとした。

しかし、それを織斑千冬が止めて部屋の中に入り、彼の手を握った。

岡山は彼女に対して怒りしか持ってはいないのだが、過去のトラウマのせいで彼女が近づくだけでも震えが止まらないでいた。

しかも部屋の狭さもあってか先ほど以上に距離が短くなっている。

そのせいで呼吸も不規則になってきている。

 

「待ってくれ、岡山。 …お前に、ずっと言いたかった…」

 

「…な、なんです…か…。 はぁっ、く…出て行って…下さい…」

 

苦しそうに言う彼を見て、織斑千冬はハッとなって手を放した。

 

「す、すまない…手短に済ませるから…。 岡山、お前が居なくなったあの日の夜…私は…見たんだ」

 

「…なに…を…ですか…?」

 

「…お前の日記だ…。 安心してくれ、アレは私しか見ていない。 見た後は焼却もしてる、誰の目にも入らない」

 

ソレを聞いて、岡山はやっと自分が犯した過ちに気付いた。

アノ日記には、自分の恨みだけでなく転生の事も書いていた。

つまり、彼女は自分のすべてを知っているということだ。

 

(…最悪だ、よりにもよってこの女に…僕は…)

 

「お前がどういう人間で、私たちがどういう存在なのか、よく分かった。 読み始めたころは信じられなかったが…未来の事も書いてあって…信じることにした」

 

「…そうですか…」

 

だからなんだ、岡山は彼女を睨みながらそう思った。

結局、この女はどうしたいのか全く分からないのだ。

また自分を痛めつけたいのか、それとも自分を珍獣として売りたいのか。

 

「あ、安心してくれ。 誰かに言うつもりは毛頭ない、死んでもこの秘密は守り続ける。 …それで、今までの事なんだが…」

 

彼女はそう言っているが、当の岡山は信じることなどできなかった。

それほどまでに、彼女は岡山にとって害悪でしかない。

 

「あの日、私がお前に何をしてきていたのか…ようやく理解した。 どれほどひどいことをしていたのか…」

 

「………」

 

「もうお前に何かを言う資格もない事くらい分かっている…でも、答えて欲しい。 今まで、何処にいたんだ? 何をしていたんだ?」

 

真剣な目を向けて彼に聞いた。

そんな彼女の眼光は岡山にとって凶器でしかなく、目を合わせずに何も答えない。

 

「………」

 

「ずっと、ずっと心配していたんだ…。 お前は、私のせいで片手と片足が動けなくなった。 碌に財産もないのにそんな状態で消えてしまって…本当にすまない…」

 

普段の彼女を知る者なら、今の織斑千冬を見たら偽物だとさえ思ってしまうだろう。

それほどまでに、彼女は憔悴していた。

いつもの凛とした態度など取れず、ただ目の前にいる男に懺悔し続ける。

 

しかし、岡山はそんなことを許しはしなかった。

 

「…黙れ」

 

「岡山…?」

 

「黙れと言ったんだ! いいか、お前が俺に何を求めているかなんてもうどうでもいい。 こんな檻のような学園に連れてきて、今度は何がしたいんだ!」

 

彼の豹変に織斑千冬は面食らい、何も答えることが出来ない。

 

「見たんなら分かるだろ、ここは僕の世界じゃない…ここじゃ僕はただ食われるだけの弱者なんだよ。 お前にも、篠ノ之束にも、僕は…ずっと」

 

「岡山、落ち着いてくれ。 私はお前に何かをしてほしいだなんて思っていない。 もうお前に無理をしてほしくない。 そう思っているだけなんだ」

 

「ッ!? 勝手に見下してんじゃねぇ!! お前等はそれが普通なんだろうよ、でも僕には選択肢なんてない。 どこに居ても、結局は押しつけられて…奪われる」

 

だから、と。

彼は彼女を「見て」言葉をつづけた。

 

「もう、逃げるのは止めた。 でも、立ち向かうのも止めた。 お前がこの学園に住めって言うなら、それに従う。 …でもそれだけだ。 お前の謝罪も、何も聞かない」

 

支離滅裂な言動。

しかしその言葉は織斑千冬の心に深々と刺さり、一切の反論を許さなかった。

 

そうして数分の沈黙が流れ、岡山は彼女に「出ていけ」と言い、冷たい床に寝そべるともう何も言わなくなった。

彼女ももう何も言及しなくなり、「何かあったら連絡してくれ」と彼の横に小型の携帯を置いてその場を去った。

 

 

 

ドアを閉める音、そして足音が遠くなっていき完全に消えたその時、彼は横にあった携帯を叩き壊した。

 

 

 

 




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