幸福
[転送ファイル確認 code:織斑 一夏 code:白式]
「………」
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「………」
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「………」
真っ暗な職員室、そこに岡山太一はいた。
眼に光は無く虚ろで、まるで誰かに操られているかのようだ。
たった一つ、「彼女」の形見である少女を助けるために。
それで許されると本気で思い込んで、だ。
「…できた」
まるで機械のように無機質な動きでメモリースティックを取り出すと、彼はそのまま職員室を出ようとする。
今の時刻は夜の0時、生徒たちの消灯時間はとうに過ぎ、職員たちも寝てしまっているはずの時間だ。
そんな時間に、彼はそこに居たのだ。
「…早く、シャルロットに…」
たった一つの贖罪のために、一歩間違えれば極刑になりかねない。
それはそうだろう、彼が盗もうとしたのは世界でたった一人の人物の詳細なデータ、及び彼が使用するISの機密事項なのだ。
DNAは運よく部屋に落ちてたアイツの髪の毛で良かったが、それ以外はデータを盗む以外に知る方法が無かった。
(これで…償える…エレン…僕は…)
「ふふ…えへへ…」
気味の悪い笑みを浮かべて、いつものように松葉杖を使ってゆっくりと歩みを進める。
このまま部屋に戻り、デュノアに渡せば完了だ。
これでエレンを救うことになる、やっと彼女を助けられる。
未来永劫そんなことは無い筈なのに、彼はそう思って笑みを浮かべる。
歪みきった感情、それを胸に抱いて意気揚々と。
扉を開け、頭だけを出して周りを確認する。
右も左もあるのは闇のみ。
すなわち、自分以外にこの廊下を通る者はいないことになる。
行くなら今だ。
「………」
無言で、ゆっくりと外に出る。
監視カメラや指紋など、後で調べれば痕跡など山ほど残るのだろう。
しかし、岡山はそんなこと気にしてなどいない。
身分、職業、経歴。
今更何を守るというのだ、そんなものはない。
この場を成功さえすれば、後はどうなろうと知ったことではないのだ。
そんな調子で数十分歩き続け、ようやく中間地点あたりまでたどり着いた。
あと半分、歩ききれば終わりだ。
そんな時だ。
「…そこにいるのは誰だ…岡山?」
月明かりが射し、自室へ向かう道に織斑千冬が見えた。
彼女は岡山を見るとそのまま歩を進め、それが本当に彼であることを確認した。
「やはり岡山か…どうしたんだ? 何か必要なら連絡をくれればなんでも用意する。 こんな時間にこんな所にまで…」
「…ただの散歩…です…。 そんな…時…まで…貴方に言わないと…いけないんですか?」
「っ…すまない、そんなつもりはなかったんだ。 ただ、こんな暗闇に一人で歩いたら何が起きるか分からない。 だから…」
「…そうですね…気を…つけます。 では…」
いつも以上に機械的な冷たい返答をして、岡山は彼女の横を通り過ぎようとした。
しかし彼女は何か思いつめたような顔をして彼の道を塞ぐ。
「…まだ、何か…?」
「い、いや…何でもないんだ…。 …岡山、もう一度聞きたい。 お前は、本当に散歩でここにいたんだな?」
「…はい。 もう、いいですね?」
「…分かった…気を付けてくれ、岡山」
「………」
最後、岡山は彼女に返事をせずにまた歩き始めた。
織斑千冬も、もう何も言わずに彼を見送る。
ゆっくりと、ノロノロと歩く彼を悲しげに見ながら、彼女は彼とは逆の方向に歩みを進めた。
向った先は職員室だった。
部屋に着いた彼女は、自分のパソコンを立ち上げて様子を確認した。
「………」
そして想像していた事が現実のものであったと確信し、力なく椅子に座ってしまった。
一人の生徒と、その者が使うISのデータが写された痕跡があったのだ。
「織斑先生」
ふと、横から声が聞こえた。
同僚である山田 真耶である。
彼女はいつものような優しげ顔ではなく、真剣な表情を浮かべ織斑千冬を見ていた。
「…山田君か。 どうした、こんな時間に」
「織斑先生こそ…もう寝ないと、明日に響きますよ?」
「分かっている…だが…私は…」
対する織斑千冬は弱弱しく、何かに迷っている様子であった。
彼女が他人にこんな姿を見せることなどない…例外を除いて。
「…岡山さんのことですね?」
山田はそう言うと、持っていた携帯を手に持つ。
「暗部」に電話をしようとしているのだ。
「…止めるべきです。 外部に織斑君の情報を渡すことが、どれだけ危険か…」
「分かっている。 しかし、彼は…」
「貴方が岡山さんに負い目を感じているのは分かっています…でも、それとこれとは別問題です。 これは織斑君だけじゃなくって…全世界に関わることなんですよ!」
必死に織斑千冬を説得しようとするが、当の彼女には響いていない。
むしろ、そのことに関してはまるで心配していないようだ。
「…そのことなら問題ない。 …見てくれ」
「何を言って…。 っ、これは…」
彼女の言われるままに画面を見ると、山田は彼女が何を言いたかったのか理解した。
そこには、確かに「織斑一夏」と「白式」のデータを抜き取られた記録はあったが、そのデータは本来のモノとはまるで違っていたのだ。
「ダミー…ですか」
「あぁ、この学園は情報の宝庫だ。 ソレが詰まった宝箱に…鍵を掛けないバカはいない。 本物は別の所にある」
「では、岡山さんは偽物を持って行った…ということですか」
「…予感はしていたんだ。 デュノアは他の生徒たちから、岡山のことをこと細やかに聞き出していたからな…。 何かしら因縁があるか…利用するかのどちらかだと思って注意していた」
「………」
「ISの実習の時、時々外を掃除する岡山が見える時があった…。 その時のデュノアの顔はいつもの純粋なものではなかった。 ドス黒く、歪んだ顔をして…猛獣のような目をして彼を見ていたんだ…データを取った後、岡山に何も仕掛けないとは思えない」
「そんなことが…」
「あぁ、しかもさっきの岡山の様子…明らかにおかしかった。 操られているような…そんな感じがした」
織斑千冬はゆっくりと立ち上がり、職員室を出ようとする。
山田はそんな彼女を追うように出て、真っ暗な道を歩く。
「今からどこに?」
「…岡山の所だ。 彼の足ならちょうど今部屋に着いた頃だろう」
「…分かりました、私も着いていきます。 必要なときは…」
「あぁ、よろしく頼む」
そんなことを話しながら、彼女たちは急いで物置倉庫に向かっていった。
「………」
「あ、おかえり。 …ちゃんと持ってきてくれたんだね、太一さん」
自室に戻ると、部屋の隅でデュノアが座っていた。
そんな彼女をかつての恋人と重ねてしまい、また岡山は気が沈んでしまう。
しかし、対するデュノアはそんなことはお構いなしにと彼に近づき、持ってきた戦利品を強引に奪った。
「あ…」
「うん、これで完了だね。 ありがとう」
彼女は嬉しそうにニッコリと笑った。
奪ったメモリースティックを両手に持ち、愛おしそうに眺めた後に制服のポケットにしまった。
「こ、これから…どうするん…ですか?」
「え? 決まっているよ、帰るんだ。 欲しいものは手に入ったし、こんな所に居る必要なんてもう無いもん」
キッパリとそう答えた。
そんな彼女を見て、岡山はもう何も言えなくなってしまった。
声も、顔も、何もかもエレンと似ている彼女と話すこと自体、彼にとっては耐えられない事であった。
(もう話すこともない、やることはやったんだ。 エレンへの償いは出来た…やっと…)
そう思いながら、彼は勝手に出ていくであろうデュノアから目を放し、近くにある布団の上に寝転んだ。
もしかしてこの場でデュノアに殺されてしまうのか。
殺されなかったとしても、恐らく翌日には学園側からの尋問が待っている。
そういったことをまともに考えず、瞳を閉じた。
歪んだ幸福感を胸に、彼は眠りに着く。
(救えた…救えたんだ…エレン…エレン…エレン…)
そうやって、彼は現実から目を放した。
「荷造りはもう出来ているし、もう忘れたものは無いかな…よし。 それじゃあ…行こっか、太一さん」
しかし、またも彼は自分の望む結末を迎えられなかった。
彼女は突然ISを起動させると、寝そべる岡山を掴みあげたのだ。
「ッ!? な、なんで…何してるんです…か…!?」
「何って…決まってるでしょ? 貴方は私と一緒にここを出るんだよ」
「な、んで…!?」
彼は必死に体をくねらせて拘束を解こうとするが、一般男性をはるかに下回る力でISの力を超えることなどできる筈がない。
デュノアは暴れる彼を気にも留めず、壁を銃で砕いて外に出た。
「なんでって…言わないと分からないのかなぁ…。 お前はこれから私のモノになるんだ。 それで、目の前で父様に汚される私を見続けろ。 再現してあげるよ、母さんがどんなことをされたのか…全部ね…アハは」
「そん…な…」
「なに、もしかしてこのまま出てってくれるとか思ってた? アハは…そんなワケないでしょ、どこまで幸せな頭してるの?」
「いや…だ…はなせ…」
「放すわけないよ、一生縛り付けてやるからね。 お前はもう、私のモノだ。 人じゃない…腐った醜い…道具以下のゴミなんだ…きひひ」
人のものとは思えない笑い声を聞いて、岡山は暴れる気力を無くして震えた。
目の前にいる人間が、人外の化け物に見えて仕方がなかった。
「はなぜ…はなじで…」
「…うるさいなぁ、黙ってよ弱虫」
そう言ってデュノアは彼を掴んでいた手の力を強める。
万力のような剛力で締め上げられ、呼吸すらもままならなくなってしまった。
「ぎぃ…はぁあ゛…はな゛しでぇ…はな゛しでぇ…」
「あぁ、もうっ! なんでそんなに嫌がるの!? 私と一緒に居れるんだよ!? 母さんの…エレンの娘の私と! 一緒に居れるだけで幸せじゃないの!!?」
我慢できなくなったのか、デュノアは声を荒げて岡山を怒鳴った。
それに乗じて手の力も強くなり、彼の体から骨の軋む音がしだした。
「ぎゃあぁ…! はなじで…はなしでくだざい…! ごめんな゛ざい…はなじで…ごめんな゛ざい…あ゛ぁぁ!」
碌な思考も出来なくなり、自我が崩れ始めて意味不明な懺悔を呟きながら身を震わせる。
危険から身を遠ざけるための服従、謝罪。
それでも助かりたいと思う欲望。
そして、救えなかった恋人への思い。
その全てが入り混じり、もう正常な考えなど頭の何処にもなかった。
ガクガクと体を痙攣させ、白目をむいて、口からは唾液を垂らす。
そんな彼を見ても、デュノアは一向に歩みを止めない。
「…ここら辺からなら飛んでも良いかな…。 ………結局、貴方はずっと「母さん」なんだね…。 まぁいいか…これから先…母さんはもういない…」
「………」
そうつぶやくと、彼女は翼を広げて飛び立とうとする。
岡山はもう声を発する気力もなくなり、ダラリと体を下げて気絶してしまっている。
「まぁ、それなりに楽しかったかな。 バイバイ、IS学園」
そして全ての準備が完了し、彼女が飛び立とうとした…。
…その瞬間だ。
突然、デュノアの背中を正体不明の衝撃が襲い、彼女は飛ぶ姿勢を崩してしまった。
いきなりの事で対処しきれず、そのために急接近する「敵機」に気が付かなかった。
「なっ!?」
ソレは真っ直ぐにデュノアの下へ突き進み、そのまま岡山を奪い取った。
彼女は顔を歪ませてその正体を捉える。
「…こんばんは、織斑先生。 …ソレを渡してもらえませんか?」
「悪いな、貴様に岡山は渡さん…。 行くなら、一人で出ていけ」
弱り切った岡山を抱え、彼女にとって敵機である織斑千冬は武器を構えた。
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