2030年4月
日昇列島連邦‐神無川管理郡‐横波場市
神無川管理郡 神無川郡立横波場高校
日向 夏
夏季戦車道大会本戦が近づいてきたある日の作戦会議中
対連邦戦用の作戦が行き詰ったところで一時の歓談となる。
その時、私は突然思い出した。
「そう言えばなんですけど」
西木隊長がこちらを見る。
「転校した先輩たちって、どうしてシュバルツフラウへ行けたんですか?」
一瞬会議室が静かになる。
タブーに触れたというより、皆「なんでだっけ」という空気だった。
「それはうちのチームの昨年の成績が良かったからだろう」
「2軍戦力補給とかその辺じゃないか?」
3年の鮎辺先輩が答える。
しかし、先輩自身もよくわかっていない様子だった。
「折角の機会だから、しっかりと話しておこうか」
西木会長が乗り気に話す。
「実は両者の利害が一致したからなんだよ」
「といいますと?」
私はいまいちわかっていなかった。
「もしかして機動戦術への切り替えと関係しますか?」
かに玉隊の相沢が問う。
「おー。よくわかったな」
どうやら概ねそのようで、西木隊長はニコニコしている。
「これでもスポーツ好きで通していますからね!」
「過去の試合やいろんなデータは目を通していますよ」
相沢は自慢げに胸を叩く。
「それとどう関係するんです?」
いまいちピンと来ていない天そば隊の北原さんが首をかしげる。
「簡単にまとめるとだ…」
そう言って西木隊長はホワイトボードに描きだした。
・各校の戦車性能が向上
・それに伴いシュバルツフラウの一強時代に陰り
・各校、火力向上に伴い従来の機動戦術が有効な手段になる
・シュバルツフラウ伝統の超重戦車運用の欠点である鈍重さが致命的な問題へと発展
・超重戦車一筋から機動戦術も試験運用開始
・シュバルツフラウと同型戦車で機動戦術運用の実績のある学校からの移籍願い
・受け入れ
・何かあって皆辞めた ←いまここ
「?」相変わらず北原さんはピンと来ていないようだ。
「カモがネギしょってきたってことですね」
そう私が言うとようやく納得したようだった。
「で、機動戦術はシュバルツフラウに定着したんですか?」
からあげ隊の杉谷先輩が聞く。
「しつつある。というのが正しい答えかな。」
会長の表情が少し真剣になる。
「実はシュバルツフラウはここ数年実績はよくない」
「最近はベスト4以上はないな」
「ちなみに昨年は第二回戦敗退だ」
私は黙ってうなずく。
私が戦車道を始めるきっかけの一つを作った超強豪チームの暗黒時代と言えるのだ。
一時期は強すぎて決勝シード権が与えらるほどだったのだから。
「しかし、冬の大会では準優勝しているな」
「何があったんですかね」
杉谷先輩は不思議がる。
「確か編成が中戦車主体になってましたよね」
相沢がそれに答える。
「そうだ。それが先程しつつあると答えた理由だ」
「昨年夏とそれほど変わらない編成だったが、冬大会では大きな実績を残した」
「推測だが、機動戦術がようやく実を結んだということだな」
皆それにうなずく。
「もしかして離脱組が影響しているんですかね」
北原先輩が問う。
「いや。試合メンバーにはいなかったな」
西木隊長が否を唱える。
「練習相手として使い潰されたんじゃないかと思っているよ」
「それに成績に結びつくような実績があるなら、離脱組は今も現役だろうしな」
少々厳しい表情で答える。
「大いにあり得ますね」
「ほかのスポーツでも聞きますよ。その系の話」
「シュバルツフラウは転入組の使い潰しで有名ですし…」
相沢も同じ考えのようだった。
「そもそもなんですけど…」
「どうして離脱しちゃったんですか?」
私はふと思ったことを口に出す。
「あー…」
隊長が頭を掻き言葉を濁す。
都合が悪かったりするときの癖だ。
「それはね」
今度は沢蟹先輩が乗り気だ。
「あっ!おい!」
隊長が止めに入るが、諦めたようだ。
「当時の副隊長と会長が対立していたのよ」
「簡単に言うと恋ちゃんがいなければ隊長だった人だからその関係ね」
「実績不調の名門に実績と機動戦術のノウハウというお宝を持って行って地位を築きたかったのよ」
表情は穏やかだが、沢蟹先輩が相当にキレていることがよく分かった。
「恋ちゃんじゃ伝わらないだろう」
隊長が突っ込む。
「つまりそういうことさ」
肩をすくめ呆れ気味に答えた。
「ようやくつながりましたよ」
北原先輩は納得したようで膝を手で打っていた。
「ということはですよ。離脱した先輩たちは機動戦法派だったというわけですか」
会長を見る。
「その通りだ。当時は私が装甲重視の正面決戦派だったな」
「元々意見の違いはあったが、準決勝へ行けなかったのは私の責任と言い出してな」
「それで、もっと上を狙いたいと言い出して分裂という訳さ」
会長は肩をすくめ、言う。
コンコンコン
「会議中失礼します」
「シュバルツフラウの方がいらしているのですが」
ドアからひょっこり顔を出した、からあげ隊の檜木先輩が突然の訪問者を告げる。
一同どよめきを隠せずにいる。
皆慌てて身だしなみを整え気を付けの姿勢になる。
「どうぞ」
隊長は少々すまし声になる。
「突然アポなしで申し訳ない」
制帽を脇に抱え一礼と共に現れたのはきれいな灰色の髪をした小柄な女性だった。
同様に礼をする170センチくらいだろうか、少々大柄な付き人もいた。
こちらも素敵な栗色のボブカットだ。
身だしなみは完璧。スカートやシャツのアイロンもばっちり。
靴もピカピカ。
さすがは規律も厳しいシュバルツフラウだなあと感心する。
同時に、自分たちを見て情けなさと安心感を得る。
「ご用件は何でしょう」
隊長は丁寧に尋ねると
「実は我々と練習試合を行っていただきたい」
いきなりとんでもないことを言い出した。
「我々と言ってもこの春入学した新入生たちとです」
「戦車を返還できなかったお詫びも込めての親善試合ということでいかがでしょう」
長身の付き人が付け足した。
「失礼。まだ名乗ってすらいませんでしたね」
「私はシュバルツフラウ戦車道隊第一パンツァークロップ(戦車隊)副隊長のヒルダです」
「こちらは隊長のハンナです」
付き人だと思っていた人が副隊長で、小柄な女性が隊長であった。
私はかなりぎょっとしていた。
正直隊長格であることは予想していたが、第一パンツァークロップは想像の範疇を超えていた。
第一パンツァークロップはシュバルツフラウの超精鋭。
1軍から予備役を含めた全軍の選抜メンバーから構成されている。
年功序列を排した徹底した実力で選ばれた面々で、実際に軍の戦車兵になる者すらいるくらいだ。
「第一パンツァークロップの方々がどうしてこちらに?」隊長が問う。
そう。本来、第一パンツァークロップはドイッチェラント本国に配置されているはずなのだ。
練習試合の申し込みのためだけにわざわざ海を渡ってくるとは考え辛い。
「実は本年度から極東方面の戦力強化のため我々はこちらに拠点を移しました」
ハンナ隊長が答える。
現在は日昇列島連邦の分校が本拠地だという。
「現在本国には親衛戦車隊がいます」
「皆見栄えの良い者たちですよ」
腕の立つものですよと聞き違えそうなくらい自然に言い放った。
フッと笑い
「我々は左遷です」
ヒルダは肩をすくめる。
その一言で場の空気が少々和らぐ。
「親衛戦車隊はヒロインですからね。我々のような実力主義者は邪魔なんですよ」
悪そうな顔をしてヒルダは言う。
案外おしゃべりな人達だ。
一同席に着き本題へ入った。
「改めてのお願いとなります」
「練習試合の件ですが…」
ハンナ隊長は私たちを見ながら確認を取る。
「正直厳しいのが現実です」
「私どもは2週後の本戦に備え、戦力を温存したいのが本音です」
西木隊長は、申し訳なさそうだがはっきりと伝えた。
「それは承知しています」
「他校もその理由で断られてしまいました」
「ですが…」
ハンナ隊長は言葉を続けようとしたところで
「今年の新入生に戦車道の実戦を体験…いや叩き込んでやりたいのです」
ヒルダが割り込む。
「彼女らの横暴は目に余る…その無駄に多い自信とプライドをへし折りたい」
「しかし我々が彼女らに勝利しても、『当たりまえ』になってしまう」
「強いし仕方ないよねと…」
「それでは効果がないのです。よりあぐらをかいてしまう」
「そこで我々以外にお願いするしかないのです」
ヒルダは真剣はまなざしで言い切る。
しかし
「お気持ちはよくわかりましたが、我々にはメリットがありません」
「それに我々は対場が弱いですが、使いたいときに使える駒でもありません」
隊長は冷酷に言う
「それは…」さすがのヒルダも言葉に詰まる。
「しかしながら」
声を少し明るくして隊長は言葉を続ける。
「シュバルツフラウの方々と練習試合ができるのはまたとない機会です」
「このお話、喜んで受けさせていただきます」
この切り返しによってハンナ隊長とヒルダの表情は明るくなった。
それからトントン拍子にスケジュールが決まり、来週末に試合が決定した。
私たちが得た条件は、車両修理費はシュバルツフラウ負担という好条件だ。
二人を校門で待機している迎えの車まで見送る。
この怒涛のスケジュールに皆でうれしい悲鳴を上げながら、会議室に戻ろうとすると声をかけられた。
「あのーすみません」
振り向くと老人の姿があった。
すると真横を女子生徒が駆けてゆく
眼鏡とおさげの細身の女性だ。
「あー!おじいちゃんもう来ちゃったの!まだお話してないよ!」
そう言い、少々問答があった後老人が口を開いた。
「戦車道の皆さんに戦車をもらってほしくて」
「よろしいのですか?」
西木隊長は少々うれしさを隠しきれていない。
「しかし、どういったわけで?」
皆の疑問を鮎辺先輩が代わりに問う。
この国では、軍属関係者を除いた民間の戦車保有は原則認められていない。
そりゃそうだ。と言いたくなることだが。
譲渡もそれなりの手続きが必要になる。
「それなんですけど!」
老人の隣に立つ女生徒が答え始めた。
「私は2年の桜井彩子です」
「私のおじいちゃんは私設戦車博物館の館長だったんですけど、年齢を理由に引退するんです」
「収蔵品や他の戦車は別の博物館や軍に返還処分にしたんですど、この車両だけは譲れないって」
「それに、もう一度動いて戦っているところ見たいというんです」
桜井先輩の声から想いの強さが伝わる。
「その通りです。お願いできませんか?」
老人もそれに合わせる
「なにも、嫌とは言っていません」
「私たちも少しでも戦力が欲しいのです」
「受け取らせていただきます」
隊長もうれしそうだ。
無論みんなもだ。
「一つお願いがあるんです」
桜井先輩皆を見る
「戦車の操縦を私やその仲間にやらせていただけませんか?」
「これで即戦力ですね!」
相沢もうれしそうだ。いや、思いっきり喜んでいる。
「構わないが、大丈夫か?」
西木隊長は確認を取る
「ええ、私とその仲間は子供のころから博物館の手伝いや操縦で遊ばせてもらっていたんですから!」
桜井先輩は力こぶを作るモーションを取る。
「それは心強い!」
私もつい感情が出る。
「で。肝心の戦車はどこに?」
北原先輩はキョロキョロと見渡す。
「こちらです」
老人に案内され、門の外にある老人の私有地へと向かう。
そこには逞しい体の男性が10名ほど待機していた。
立ち姿から軍属か、経験者だろうなと理解できた。
「これです。この二両です」
そう言う老人の後ろには幕の覆われた、巨大な物体が大型トレーラーに乗せられていた。
その幕には白字で「五式上陸支援戦車」の文字。
老人の合図で、周囲の男たちが幕を外す。
「でっっっっっか!」
杉谷先輩は今まで聞いたことないくらい大きな声で叫んでいた。
超重戦車という言葉でも足りない、圧倒的な存在感を放つそれは今にも動き出しそうなほど整備されていた。
戦車というより、自走艦砲ともいうべきその車両に私たちはその威容にしばし見惚れるのだった。