「はい、お母さん。コレが例の書物。あんな埃まみれの蔵から探すの、結構苦労したんだからね?」
「悪いねぇ。なんせ、あの蔵はもう開く事がないだろうと思ってたもんだから、ワタシ自身、この書物の事はすっかり諦めてたんだよ。ありがとう、
そう口にして、母さんから件の書物を受け取る亜沙美お婆ちゃん。
かなり年季の入った書物のようで、所々汚れていたり擦れていたりして、表紙からはどんな内容なのか分からないが……中身はちゃんと読めるのだろうか?
ーーーあれから軽い挨拶を済ませた俺や母さん達は、お婆ちゃんの案内で居間へと上がり、用意してくれたお茶を飲みながら長旅の疲れを癒していた。
因みに、妹の
俺自身もまあまあ疲れているんだが、先程の事が衝撃的過ぎて、未だ信じられずお婆ちゃんの方をチラチラと見ていた。
……しかし、お婆ちゃん……お婆ちゃんかぁ。
見た目が若過ぎて、"お婆ちゃん"と呼ぶにはあまりにも違和感がある。
正直、母さんの姉妹だと言われても納得してしまうだろうな。
『本当に、人間かどうか疑うわね。彼女、実は妖だったりしない?』
ははは……それは無い、はず。多分。
て言うか、妖だったらあんな風に若さを保てたりするのか?
『それは種族にもよるし、同じ種族でも個人差はあるわね。例えば異性を誘惑する
若さを保つのにも、妖力が関係してくるのかよ……。
じゃあその辺、
『そうね。"
……つくづく
勿論、高い能力の反面、弱点が多い妖でもある訳だが、こと戦闘においては群を抜いている。
因みにアリュシア曰く、半妖の俺は純血のバンパイアよりも妖気が劣っている代わりに、バンパイア特有の弱点が殆ど効かないらしい。
清めの力があるとされる『水』。
『十字架』。
『銀の弾丸』など。
膨大な妖気に反発してしまう水を浴びても特に問題はないし、十字架を手にしても妖気が弱まる事はない。
銀の弾丸は……まあ、バンパイア関係なく今の俺は撃ち抜かれたら終わりだろうけど。
ふと俺は、母さん達と楽しく話すお婆ちゃんの方を見る。
……まさかな、とは思う。
けど少なくとも今は、
「
「そうね……一週間くらい、かな?
「そう。ワタシも孫達となるべく居たいと思ってたから、全然構わないよ。何も無いところで悪いけどね」
……と、申し訳ないようにお婆ちゃんは口にする。
一週間。
それが、この国に居られる日数だ。
本来は父さんが居られる三日間の予定だったんだが、俺が駄々を捏ねる子供を演じる事で、何とか滞在期間を伸ばしてもらった。
……只でさえ行動範囲が狭いのに、滞在期間まで短かったら得るものも限られてくる。
まだ具体的にどう動くか決めていないが、そこはアリュシアと相談して決めていこう。
妖力が扱えるようになったとはいえ、
その後、辺りも暗くなってきたと言う事で、お婆ちゃんが用意していた夕飯をご馳走になった。
見た事のある中華料理もあれば、全く知らない料理もあったりと結構な量あったが、長年住んでいるという事もあり本場の味が再現されていて、どれも美味しかった。
妹の凪沙もついさっき起きたばかりだというのに、黙々と色んな料理に箸を付けている。
そして、やはり俺も疲れがあったのか、食後いつもより早い時間帯に眠りについた。
◇◇◇
『ーーー許さない……ッ!絶対に……ッ!』
これは……また、いつもの夢か。
けどなんか、いつもの夢とは少し違う。
淡い、
これがいつも見ていた夢であり、それ以外の
体を引き裂かれた少女を抱きしめ、俯きながらぽつぽつと呟く黒髪の少女。
多分これは、いつも見る夢の
『○○○……ッ。○○○……ッッ』
あの少女の名前……だろうか?
何故かそこの部分だけ上手く聞き取れないが、黒髪の少女は何度も、何度も同じ言葉を呟く。
『無理よ、やっぱり……ッ。貴方をこんな目に合わせた人間達を、信じる事なんて私には出来ない……ッ!』
深い悲しみはやがて、抱える少女を殺した存在への憎悪へと変わっていく。
人間の…仕業ーーー。
正直これまで、あの少女を殺したのは妖だと思っていた。
あの二人も何かしらの妖である事は分かっていたし、幾ら幼いとはいえ、人間相手にあれだけ無惨に殺される事はないだろうと思っていたからだ。
……けど、そうじゃなかった。
あの黒髪の少女の言葉から察するにーーー
おそらく最も信頼していた、
『ーーー皆殺しにしてやる……ッ!例えこの身がどうなろうと、必ず……ッ!!』
ッ、あの瞳はーーー。
復讐に誓う少女の瞳が
◇◇◇
「……まだ、こんな時間か」
夢から覚め、俺は上体を起こす。
外はまだ薄暗く、時間的にも日が上るまでまだ少し時間があった。
……過去一番の、寝覚めの悪さだな。
今の俺は、この上無く沈んでいる。
あの悲しむ彼女しか見てこなかった俺が、初めて見たーーー復讐者の顔。
"人間"に向けられたその憎悪は、俺なんかじゃ計り知れない。
『人間、ね。……いつ、どんな時代でも、人間と妖は互いに相容れない存在として、敵対する
……夢の内容はアリュシアとも共有している為、先程の夢に対してアリュシアはそう口にする。
人と……
本当に、相容れない存在なんだろうか……?
どちらにも個性があり、感情もある。
笑顔で笑う事も、大切な人の為に悲しむ事も、そしてーーー憎しみを抱く事だってある。
そこはどちらも変わらないし、あるのは種族としての違いだけだ。
お互いにわかり合う事だって……出来るはずなんだ。
『……凪染。厳しいようだけど、その考えは一部の共存を願う者達の"幻想"でしかないわ。人間は自らよりも強い異形の者には恐怖するし、どんな手を使ってでも滅ぼそうと考える。妖も、そんな人間に対し"力"でねじ伏せようと力を奮う。種族の違いなんて、そう簡単に割り切れるものじゃないわ』
それは、勿論分かってる。
この考え方が"甘い"って事も。
……それに、俺がそう考えていても、妖であるあの子はーーー。
「……なんか、喉渇いてきたな」
そう呟くまで気付かなかったが、全身汗だらけだった。
夏場という事もあり、寝ている間に大分汗をかいていたようだ。
俺はそっと布団から抜け出し、台所へと向かう。
幸いにも少し外が明るくなってきた為、部屋の暗さで迷う事なく辿り着く。
台所に置いておいた、来る時に購入したペットボトルの水を口に含める。
僅かに
「ふう……」
「おや…?随分早いね」
背後からの突然の声。
振り返るとそこには、既に寝間着姿から着替えていた亜沙美お婆ちゃんがいた。
「お婆ちゃん……おはよう。ちょっと喉が乾いちゃって」
「なるほどね。よく眠れたかい?」
「うん、まあ……。お婆ちゃんも早いね?まだ外も暗いのに」
「ワタシはいつも、この時間帯に起きてるからね。ーーーそうだ。凪染君、ちょっと外に出れるかい?」
「……?うん」
お婆ちゃんから急にそう言われ、先に外へ出ようとするお婆ちゃんを追った。
てっきり家のすぐ近くで何かするのかと思ったら、お婆ちゃんはそのまま町中へと進んでいく。
徐々に明るくなってきたとはいえ、道通りに人の姿はない。
昨日栄えていた繁華街も殆どの店が閉まってるし、この場で聞こえてくるのは俺とお婆ちゃんの足音くらいだ。
子供の俺に合わせたペースだったが、歩く事20分程。
町外れの山道の入り口へと辿り着く。
そのままお婆ちゃんは軽い足取りで山道へと入っていき、俺もその後を付いていく。
時折風で揺れる周りの木々が、外からの光を遮ってるように、この山道は町中よりも薄暗かった。
比較的緩やかな山道を進む事15分程。
薄暗い場所からようやく抜け出し、広く開けた場所が目の前に現れる。
「……凄い」
その場所を見て、思わずそう呟いた。
目の前に広がるのは、丘の上に咲く一面の花畑。
薄暗い山道を進んでる間に陽が上り始めたのか、陽の光を浴びて美しく輝く花々。
それが辺り一面に広がっているのだから、もはや圧巻と言える。
「凄いでしょ?ワタシはこの時間帯のこの場所が大好きでね。毎朝ここに必ず来るようにしてるのよ。この光景を凪染君にも見せたくて、ここまでついて来てもらったの」
毎朝って……大人の足でも家からここまで山道込みで2、30分は掛かるのに、本当に80歳を超えてるのか疑わしい程の体力だな。
……けど、そうまでして見たい気持ちもわかる。
陽の光の入り具合も絶妙で、この美しい光景が見れるのも、数分、数秒の間だけだろう。
その短い間だけ見れる目の前の光景は、それ程の価値がある。
確かに、美しい。
しかしーーーそれと同時に、俺はとある既視感に包まれた。
この花の種類……偶然なのか、あの夢で見た花畑のものによく似ている気がする。
周りの風景も、どこか近いモノを感じる。
「ここら一帯はワタシが住んでいる町のように、山々の中にある町が幾つかあってね。そんな中、山の上の方でポツンと出来た場所がここなの。ここら一帯じゃ結構有名な場所なのよ」
「へぇ……。なんか、不思議な場所だね」
周りに山しかない町だとは思っていたけど、山の向こうにはまだ幾つか町があるのか。
ここは、そんな山の地形の中に出来た不思議な花畑。
見たところ、人の手が入っていないように見える。
ここに来るまでの山道ですら、人が通りやすいように整備されていたというのに、この花畑はそれが全くない。
まるで此処だけが、
俺とお婆ちゃんは近くの座れそうな場所へと移動し、そこに腰を掛ける。
「ごめんね、凪染君。朝から疲れたでしょ?」
「いいや、全然。お婆ちゃんこそ大丈夫?」
「ワタシはほら、毎朝来てるからこのくらい平気よ」
……どうでもいいけど、何でお婆ちゃんは俺の事"君付け"で呼ぶんだろう?
凪沙の"ちゃん付け"と違って、なんか妙に他人行儀に聞こえるんだけど、気のせいかな。
ーーーそれから俺達は、暫く目の前の花畑を眺めていた。
今日は風が強いのか、風が吹く度に目の前の花々が大きく揺れる。
陽も登り始め、時間的にも皆起き始める時間帯だ。
特に書き置きもしてこなかった為、早く戻らなきゃなのは分かってるんだが……。
「……ねぇ、凪染君。昨日の夜何かあった?」
「え?」
「気の所為ならいいんだけど、なんか昨日と比べて元気が無いようだからね」
急にお婆ちゃんからそのように言われ、少し驚いてしまった。
少なくとも、ここまでお婆ちゃんの前では、夢の事を考えないようにしていたからだ。
「別に無理に話さなくてもいいけど、悩みがあるなら人に打ち明けるのも一つの手よ?もしかしたら何か解決のヒントにはなるかもしれないじゃない?」
……お婆ちゃんはそう言うが、流石に
妖の事なんてお婆ちゃんに言っても信じてもらえないだろうし、ましてや夢の話なんてしてもきっと理解はされない。
これは、俺の問題だ。
例え人と妖が分かり合えなくても、俺の目的は何一つ変わらない。
ーーーあの女の子を助ける。
今日の夢を見て、より一層感じたのは事実だ。
……なのに。
「………助けたい人が、いるんだ」
ーーー気付いたら俺は、考えとは裏腹にポツポツと呟き始めていた。
「その子、ずっと泣いてて。何とか助けになりたいんだけど、いつも何も出来なくて。そしたら、今までに見た事がないその子の一面を見ちゃってさ。それを見た時
……何を話しているんだろうな、俺。
理解される筈がないって分かってるのに、無意識に話していた。
事の真意は話していないもののーーーいや、話していないからこそ、お婆ちゃんにとって余計に分からない事を口にしている気がする。
「俺はあの子を助けたいと思ってるし、その子の事をもっと知りたいと思う。……けど、それはあくまで俺の考えで、根本的には俺とあの子は分かり合えないんじゃないかって少し思い始めちゃって」
「……何故、そう思うんだい?」
「……俺はあの子にとって、嫌悪される存在の一人なんだ。今はまだ、違うかもしれないけど」
そう、違う
けど、人と妖の関係からすれば、少なからず人間に対する敵対意識みたいなのがあってもおかしくない。
俺は……それが
いざあの子の前に立った時、その憎悪を向けられたらーーー俺は、あの子と真正面から向き合えるのか。
俺が口にしたのは、アリュシアの言う通り"幻想"だ。
人間誰しもが思っている事ではないし、それは妖も、あの子も同じだろう。
「……あはは。確かにお婆ちゃんの言う通り、口にしたら自分の考えがはっきりしたよ。何言ってるか分からなかったかもしれないけど、聞いてくれてありがとう」
「……そうね。確かに肝心な事は話していないからーーーいや、話せないんだろうから、分からない事だらけよ。まあ、ワタシも深くは聞かないけど……凪染君」
無理やり笑顔を作ってそう告げる俺に、お婆ちゃんは真剣な顔で俺と向き合う。
「凪染君がその子を助けたいと思う気持ちは、決して嫌悪されるものじゃないわ。例え今嫌われていても、その気持ちでその子と向き合えば、きっと分かってくれるはずよ」
「………お婆ちゃん」
「凪染君、もう一度考えてみて。凪染君は何で、その子を助けたいと思ったの?」
"何故、あの子を助けたいと思ったのか"。
あの時はただ純粋に、声を上げて泣くあの子を助けたかった。
人とか、妖とか、そんな事考えず、あんな残酷な運命を変えて笑顔でいて欲しかったんだ。
あの子がどんな子なのか、あの場面での事以外は分からない。
全くの赤の他人でも、"助けたい"と心から思ったから、俺はこの世界に転生してきたんだ。
だというのに、彼女の知らない一面を知り、その気持ちが揺らいでしまった。
ーーー結局のところ、分かり合えると思っていた俺自身が、一番臆していたんだ。
だからもう、迷わない。
例え敵対する運命だとしても、俺はあの子に笑っていてほしい。
それが、俺の気持ちだ。
「……ありがとう、お婆ちゃん」
先程よりも晴れやかになった俺の表情を見て、お婆ちゃんは笑みを浮かべて頭を撫でる。
その手の暖かさを感じつつ、
ーーーそして、その五日後。
日本に帰る前の日の夜、近隣の町で現れたという
ここまで読んで頂きありがとうございます。
お婆ちゃんが先でしたけど、今回で家族の名前も明らかになりました。
黒咲 秋人(父)
黒咲 凪(母)
黒咲 凪沙(妹)
原作入ったらほとんど出番が無いかとは思いますけどね(特に父)。
殺された女の子の方の容姿ーーーというより、髪色ですが私の勝手なイメージです。
近いイメージですと、刈愛の髪色ですかね。season2の12巻表紙の刈愛のような、銀っぽいけど薄く緑が入ったような。けどアレよりはもう少し明るい黄緑色、といったイメージですね。
今回の終わり方からして次回いよいよか?と思わせてしまったかもしれませんが、次回1話(もしかしたら2話程)話を挟んでから、今回の続きに入ろうかと思っています。
それでは次回も、よろしくお願いします。