──弾け、指が動く限り。
頭の中で強く強く思う。指先の感覚はとっくに消え失せ、それでもなお正しい弦をはじこうと気力で動かす。
暗い部屋の中には、ギターの旋律以外に僕の荒い呼吸音と、ぽた、ぽた、と何かが滴る音が響いていた。
──汗か、血か、涙か、もしくは全てか。
少なくとも水滴一滴毎に、自分の精神が狂気に満たされていく感覚を覚える。
両手には至る所に絆創膏が貼られ、それでもなお抑えきれないほどの血液が染み出していた。当然ギターも血で汚れ始めていたが、今の僕にそれを気にする余裕はもうどこにもなかった。
──止めるな。ようやく、ようやく見つけた『手段』なのだから。
今自分がなんの曲を弾いているのか、本当に曲を弾いているのか、そもそも音が鳴っているのか、最早それすら分からない。
完璧な戦慄なのか、不協和音にすら満たない雑音なのかすら。
でも。それでも。
僕は、手を止めない。止められない。
──見返せ、奴らを。叩き落とせ、絶望へ。見下していた奴が、遥か高みにいる絶望へ。
──恥を、屈辱を、後悔を、嫉妬を。
──奴らが僕にしてきた全てをし返せ。
──弾け。
────ひけ。
────────ヒケ。
ヒケヒケヒケヒケヒケヒケヒケヒケヒケヒケヒケヒケヒケヒケヒケヒケヒケヒケヒケヒケヒケヒケヒケヒケヒケヒケヒケヒケヒケヒケヒケヒケヒケヒケヒケヒケヒケヒケヒケヒケヒケヒケヒケヒケヒケヒケヒケヒケヒケヒケヒケヒケヒケヒケヒケヒケヒケヒケヒケヒケヒケヒケヒケヒケヒケヒケヒケヒケヒケヒケヒケヒケヒケヒケヒケヒケヒケヒケヒケヒケヒケヒケヒケヒケヒケヒケヒケヒケヒケヒケヒケヒケヒケヒケヒケヒケヒケヒケヒケヒケヒケヒケヒケヒケヒケヒケヒケヒケヒケヒケヒケヒケヒケヒケヒケヒケヒケヒケヒケヒケヒケヒケヒケヒケヒケヒケヒケヒケヒケヒケヒケヒケヒケヒケヒケヒケヒケヒケヒケヒケヒケヒケヒケヒケヒケヒケヒケヒケヒケヒケヒケヒケヒケヒケヒケヒケヒケヒケヒケヒケヒケヒケヒケヒケヒケヒケヒケヒケヒケヒケヒケヒケヒケヒケヒケヒケヒケヒケヒケヒケ。
──ひ、け。
ふと、なにかに見られる感覚。
僕以外に誰も居ないはずの部屋なのに、僕の顔を見る視線を感じた。
冷たい冷たい、アイツらのような。
僕を、見下す、あいつらのような。
「──っ!! 誰だ!」
ギターから手を離し、目を見開いてその方向を見る。
僕だった。
姿見に写った、僕だった。
そいつは、笑顔で。
笑っていて。
楽しそうで。
トテモシアワセソウニ、マルデボクデハナイカノヨウニ、ボクヲアザワラッテイタ。
「──笑うな! 笑うな笑うな笑うな笑うなっ!!」
持っていたギターを振りかぶり、思い切り姿見を叩き割る。
ガシャアアン、と盛大な音を立てて、姿見は粉々に砕け、破片が部屋に散らばる。幾つかは壁に突き刺さっているようだ。
どうやら、その破片のいくつかが身体に刺さっているらしい。
ぼたぼたぼたぼた。
先程よりはっきりした水音。
しかしどうだ。思い切りギターを叩きつけたはずのソイツは、未だに僕を嘲笑しているではないか。
僕の方が、何故か傷が多かった。
「なんでっ! お前らは傷付かないっ! こっちはこんなにボロボロなのに! 要領よくっ! 器用に生きやがってっ! 何にもできない僕を笑いやがってっ! ちびで不器用な僕を笑いやがってっ! 僕の努力を嘲笑いやがって!! 」
ガシャンガシャンガシャンガシャン。
何度も何度も振り上げる。何度も何度も叩きつける。
しかし、部屋に飛び散る血は僕のものだけ。
「僕がお前らに何をしたっ!? 迷惑掛けたのかっ!? 話し掛けたのかっ!? 勝手に近付いて勝手に馬鹿にしてっ!!」
あいつらの血は、一滴も無い。
「なんでっ……! なんで…………っ!!」
ちが流れてるのは、僕のだけ。
きず付いてるのも、ぼくだけ。
た お れ そ う な の も 、 ぼ く だ け 。
「なんでっ…………ぼくがっ…………こんなめにっ…………っ!」
あれ
なにも、みえない。
──────────────────
この後、仕事から帰ってきた両親が部屋の中で血塗れで倒れている僕を発見。すぐさま救急車で搬送。
命には別状無かったが、代わりに心に大きな傷ができてしまった。
その傷は癒えることなく、確実に僕を操り続けていた。
その傷に操られるまま、僕はギターを弾き続け、生かされ続けてきた。
そして、五年の月日が流れた──!
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狂うって、楽しいですよね。
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それでは、また次回。