「デート!? デートって言った?」
「うん。言った」
「キャー!」
翌日の昼休み。僕は隣のクラスへと足を運び、上原さんに事の顛末を話していた。
やけに高いテンションの彼女は、ずずいっと座っていた席から身を乗り出して僕に詰め寄る。
どうどう、と彼女を抑えて席に座らせる。周りからの目線が痛い。
普段からアイドルグループと一緒に居ることが多いからか、ただでさえ男子からの殺気が痛い。これ以上変な噂立てられたくない。
「落ち着いて上原さん……デートって言っても、別に彼女相手とかじゃ無いからね?」
「え? 麻弥先輩と付き合ってるんじゃないの!?」
「上原さん……男女が一緒に居る=付き合ってるとでも思ってるの?」
流石に男子中学生のような短絡思考とは思えないが、それでも上原さんならなぁ……と、少しだけ失礼なことを考えてみる。
脳内ピンク、とまでは言わないが、少々お花畑が広がっている感は否めない。
「だってー。ほんとにずっと一緒に居るんだもん! そう思うって!」
「ひまり……落ち着け」
昂りが隠せていない上原さんを、あこちゃんのお姉さんでAfterglowのドラマーである宇田川巴さんが上原さんを叱る。
だってー……と口を尖らせる上原さん。苦笑するしかなかった。
相談する人を間違えたなぁ……と、早くも後悔。せめて落ち着いて。
「でも、翔がデートって珍しいな! 休みの日に遊ぶ事なんてほとんど無いだろ?」
「無いね。基本ギター弾いてるし」
「流石ギター狂……」
休みの日は朝から晩まで、下手すれば翌日まで寝ずにギターを弾き続けている。そうでもしないと曲を覚えられない。
物覚えが悪いので、中々曲を覚えられないことが辛いところだ。オマケに覚えなければならない曲も多いので余計辛い。
Knockersの楽曲に、事務所から依頼された曲、更には各バンドへのカバーアレンジ用の仮歌。
しんどい。
「ホントは行くの悩んだんだけどさぁ……あんな顔されたら断れないよ……流石現役アイドル」
「逆に現役アイドルに誘われても悩む辺り翔君だよね……ギターと麻弥先輩どっちが大事?」
「……ノーコメントで」
流石に正直に答える訳には行かない質問に、思わず口を閉ざす。
どちらかを大事と言っても、大惨事になるに違いない。
人でなしか、アイドルを誑かした不届き者か。
どちらも危ない。非常に危ない。
「えー……まぁいいや。それで?」
「ああ、それでさ……デートについて教えて欲しいんだ」
「えっ」
「は?」
「えっ?」
思っていた反応とは違う二人の反応。また僕は何か盛大な勘違いをしてしまったのだろうか。
自己評価に関しては異常に低くしているはずだと自負しているのだが、これでも尚高かったのだろうか。けっして褒められた話ではないが。
上原さんは明らかに困惑しきった表情で、おずおずと言った感じで口を開く。
「……えっと、麻弥さんと今までしたこと無かったの?」
「いや……ある訳ないじゃん」
「……翔……お前顔良いんだからさ……もっとそれ活かせば……」
「必要感じないし……そもそも顔なんて良くないよ」
麻弥さんとデートなんて考えたことすら無かった。と言うか、女の子とそういった関係になると言うことすら考えた事ない。
今更、僕がギター以外にうつつを抜かす訳にも行かない。
それに、僕は顔は良くない……し、背も低いから女子から見向きもされない。
「うわぁ……翔君……いつか刺されるよ?」
「今更だよ……いつその辺の男子高校生に刺されるかと……」
「違う、そうじゃない」
ヤケに既視感の湧く否定の言葉を投げかけられる。
違う、と言われても現状周りからの目線に混ざる殺気が増えている。本来なら男士の友達に聞くべき話題かもしれない……が、男士の友達がほぼ居ないので無理。
それに、女の子の気持ちは女の子が一番わかる筈だ。この選択に間違いは無いはずだ。
「はぁ……それで? デートについて聞きたいの?」
「あぁ、うん。お恥ずかしながらデートについての知識は何も無いので……デートプランからご教授頂ければと……」
「腰低っ」
「そりゃあ、この背だし」
自分の頭に手を置き、横に振る。悲しきかな、大抵の男子は当然として、女子よりも低いのが現実。
当然腰の位置も物理的に低い。と言うか、腰の位置を低くしていて困ることは特にない。
それはともかく、穏便に済ませないと、ギター以外だと確実に負ける。
「よーしっ! このひまりちゃんにまっかせなさい! どんな女の子もきゅうきゅんしちゃうデートプランを作っちゃうよ!」
「させなくていいっす」
やけに高いテンションの上原さん。僕はもう既に嫌な予感がしてならないのだが、なるようになるさ、と祈るしか無かった。
─一方その頃─
「……という訳なんですよ!」
「うんうん……麻弥、もう少し自分を大切にしなよ……」
お昼休み。ジブンは意気揚々と相談しようとリサさんに話しかけたのだが、事の顛末を話すなり笑顔を引き攣らせていた。
リサさんの笑顔が引き攣っているところは、初めて見たかもしれない。
「でも……自分を大切にしない翔さんに追いつこうと思ったら、ジブンも色々と犠牲にしないと!」
「うんうん……麻弥、変な毒され方しない。翔に感化されたらダメ」
それはそうだ。間違いない。
翔さんのように命を削るような生活を送っていたら、本当にいつか死んでしまう。そんなことは流石にジブンにはできない。
だけど、彼の事を理解しないと、彼には届かない。
「でも、やるしか無いんです! 翔さんをこのままにしている訳には行かないッス!」
「……ねぇ、一つだけ聞いてもいいかな?」
普段、リサさんの表情は笑顔。彼女自身の優しさは、普段から滲み出ている。
そんな彼女が、今、ジブンのことを真正面から睨み付けてきている。
思わず、思考回路が冷える。
「なんで、そこまでしようとするの?」
「それは……ジブンじゃないと、翔さんを救えないって、夢さんに……」
「その程度で?」
空気も冷える。肝も冷え、心も冷える。
陽だまり、とまで言われている彼女から、これだけの雰囲気が醸し出されているという事実を、受け入れられる気がしなかった。
「なんで人から言われた程度で、そこまでできるの?」
何故だろう。
彼女の言葉で、ジブンは自分の行動のおかしさを、漸く客観的に見ることができた気がする。
それこそ、ジブンの行動がアイドルとしてふさわしくない事。
毎朝彼の家に上がって、彼の事を見届けている事。一緒に登下校して、家に帰るまで基本的に共に歩く事。
ただの『先輩と後輩』の域を、逸脱していた。
何故? 何故ジブンはそこまでしようと思う?
何故? 何故彼の事をジブンしか助けられないと、信じ込んでいた?
何故? 何故彼の事を、ジブンは助けたいと強く願う?
分からない、分からない、分からない。
彼と出会ってから、今までの半年間を思い浮かべても、そこまでする理論に基づいた理由が見当たらない。
探せ、探せ、探せ──。
「……もうっ、そんな顔しないの」
「あうっ」
こつん、と人差し指でおでこを突かれ、深く潜っていた意識が表まで戻ってくる。
目の前に座っているリサさんの笑顔は、いつも通りの優しい笑み。元通りになった彼女の様子に、ホッと胸を撫で下ろす。
やはり、彼女はこの笑顔を浮かべていてくれた方がいい。
「まぁ、分かってないみたいだけど……そんなに翔について深く考えられるからこそ、夢は麻弥にしか救えないって言ったのかもね」
「リサさん……」
ごめんね、怖がらせて。
そう優しく言われてしまっては、ジブンには彼女を咎めることも、文句を言うこともできない。
人の事をよく見ている彼女だからこそ、出来ることなのだろう。
全く、敵わない。
「でも! あんまり無茶しちゃダメだぞー? それで麻弥自身が酷い目に合ったりしたら意味が無いんだから。翔をどうやって助けるのか知らないけど、自分を危ない目に合わせてまで救って欲しくは無いはずだよ?」
「ハイ……肝に銘じておくッス……」
正論で諭されてしまえば、例え同級生と言えども頷くしかない。
あんまり周りに心配をかける訳に行かないのは事実。これからは勢いだけでなく、周りにきちんと相談してから行動した方が良いだろう。
「まっ、何かあったらアタシに相談してよ。可能な限り力になるからさ」
「……ありがとうございます」
良い友達が、居るのだから。
「で、デートで楽器店巡りってどうッスかね?」
「……麻弥はもうちょっと流行りの雑誌とか読もう」
呆れられた。楽しいのに、何故。
ご閲覧ありがとうございます。書きながら『リサ姉ってこんなんだっけ……?』ってなりました。リサ姉ファンごめんなさい。
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それでは、また次回。