暗い夜道を女の子だけで歩かせるのは、流石にナンセンスなことぐらい僕でも理解出来る。
仕事場も同じ、学校も同じ、家もどちらかと言うと近い僕と麻弥さんが一緒に登下校したりするようになるのはある意味必然……なのだろう。
正直、バンドメンバーたちが送って行くよとガールズバンドの皆を家まで送って帰っているから合わせているだけだ。
「麻弥さん、こっちを」
「え、あ、すいません……」
しれっと車道側を歩こうとしていた麻弥さんを建物側に移動させ、車道側を歩く。
これを背が高い遥辺りがやれば絵になるのだろうが、如何せん身長が低い。
麻弥さんの方が背が高いとなると、やはり格好がつかない。
十センチくらい差がある。地味に刺さる。
『これから背が伸びるだろ!』と父さんに言われて買った少し大きめの制服は、未だにジャストサイズになってくれないままだ。
「しかし……Knockersの皆さんでも上手くいかない時はあるんですね」
「当然ですよ。ミスだってしますし、トラブルだって起こします。まぁ、今回のはちょっと初めての経験ですけど」
曲を演奏して、五人が五人『なんか違う』と感じるのは前代未聞だ。
誰か一人だけなら気のせい、ということも有り得る。二人三人なら、しっかり話し合える。
五人全員だと、もうどうすればいいか分からない。
結局、『世界はそれを愛と呼ぶんだぜ』はライブではやらない、だけど練習は時々しよう、という話に落ち着いた。
龍樹はもう一度アレンジし直す、と張り切っていたし、恐らく大丈夫だろう。
「しかし、そちらは大変ですよね……主に日菜さんが」
「あ、あはは……正直慣れてきているジブンが嫌です」
はぁ、とため息を一つ。
こちらの苦労人ポジが陽だとしたら、パスパレの苦労人ポジは麻弥さんだろう。
陽に関しては心配していないが、麻弥さんの心労は考えるだけでも、自分では味わいたくない。
ぶっ飛んだメンバーが多いパスパレのツッコミ役。
同じ部活の瀬田さんの言語解析。
スタジオミュージシャンとしての仕事。
CiRCLEメンバーの中でもわりとツッコミ寄りの立ち位置。
本当に、本当に大変だろう。
「仕方ない……そんな頑張っている麻弥さんに、生意気な後輩がコンビニで何かを奢りましょう」
「へ? そ、そんな……悪いッスよ……」
「まぁまぁ。給料入ったんで」
「ジブンもですよ……」
そう言えば同じ職場だった。給料日同じだった。
やはり格好がつかないなぁ、と苦笑するが、お構い無しに麻弥さんの手を引いてコンビニに入る。
いつも立ち寄っているコンビニなので、店員さん達とも顔見知りだ。
「スキューバダイビングー……およ、しょーくんと麻弥先輩だ〜」
「あれ、青葉さん。今日シフトなんだね」
「こ、こんばんはッス!」
適当にも程がある挨拶をした白髪の彼女は、同じ学校に通う同級生の青葉モカ。
幼馴染み達五人で結成されたガールズバンド『Afterglow』のギタリスト。
のんびりマイペースながら、意外と芯がしっかりしている女の子だ。
ちなみにこのコンビニには、夕方に会った今井さんも働いている。
「しょーくん、どうして麻弥先輩の腕を掴んでるのー?」
「いやぁ、頑張ってる麻弥さんに無理やりご褒美を」
「おお〜、それじゃあ、頑張ってるモカちゃんには〜?」
「……………………パン一個」
「わーい」
他にお客さんも居ないので、青葉は気軽にレジから出てペットボトル飲料のコーナーへと向かう。
麻弥さんにもあれくらい……とは言わなくとも、少しばかり他人の優しさに甘えてもいいと思う。
結局、生きているのは他人ではなく自分なのだから。
「という訳で、麻耶さんも何かどうぞ。ジュースでも雑誌でもお弁当でもお酒でもタバコで」
「後半二つは買えないッスよ!」
手をぶんぶんと振る麻弥さん。可愛い。
こんな可愛い人と一緒に居てもいいのか。と言うか、現役女子高生アイドルだぞ相手。
ふと冷静になり、改めて現在の自分の立場が特殊なのだと気付く。
「はぁ……分かりました。ここは素直に奢られます」
そう言いながら麻弥さんは、レジのそばの棚にある缶コーヒーを一本取ろうとする。
……が、僕はその手を掴む。
「はい、遠慮しない。さっき野菜スティックに目が行きましたよねー?」
「う、うぅ……流石にあんまり高いものを買ってもらうのも……」
「遠慮しちゃダメですよ麻弥先輩〜」
「そう言う青葉さんはちょっとは遠慮して? 何しれっと一番高いパン持ってきてるの」
青葉さんの手には『白金の食パン』というものが握られていた。二枚入りで三百二十四円。
僕には正直食パンの味の違いなんて分からない。分からないので、その食パンになんの魅力も感じない……どころか、それを買う人が居るのかと疑問にすら思っている。
居たね。目の前のパン狂い。
「この前でたばかりの商品でね〜。買ってみたいと思ってたんだ〜」
「他人のお金で食べるパンは……美味しいんだろうなぁ……」
「あの……じゃあ私は缶コーヒーでいいので……」
「青葉さん、会計お願い」
「はいはい〜」
青葉さんに手に取った野菜スティックを渡し、そのまま会計。千円札を出し、そそくさと会計を終える。レシートも忘れずに。
「はい、麻弥さんこれ」
買った野菜スティックを麻弥さんに手渡す。
右手に持った缶コーヒーと、左手に持った野菜スティックを交互に見て、オロオロとしている。
暫くしてやっと観念したのか、缶コーヒーを元の場所に戻す。しかし、その口角が上がっていたのは見逃さない。
「あの……ありがとうございます!」
「いえいえ、普段お世話になってますし」
「しょーくんありがとね〜」
「はいはい」
麻弥さんに笑顔を見せ、青葉さんを軽くあしらう。
仕方ないと割り切ったが、想定の倍お金払った上に、自分のものはなにも買えていない。
このやるせなさは凄い。
……が、照れたように笑う麻弥さんと満足そうな青葉の顔を見ると、文句を言えるはずもない。
男は黙って、文句を飲み込もう。
「それじゃ、青葉さんはバイト頑張ってね」
「はーい。ばいばーい」
「お、お疲れ様ッス!」
これ以上居ては店にも迷惑だ。青葉に別れを告げて、コンビニから出ていく。
立ち食いするのも迷惑なので、近くの公園で麻弥さんが食べてもらおうか。
「あの……本当にありがとうございます! またお礼します!」
「大袈裟ですよ……野菜スティック一個ですよ?」
買ってもらった野菜スティックの入れ物を大事そうに両手で持ち、フへへ、といつものように笑顔を浮かべる麻弥さん。
彼女の顔を基本的に見上げる体勢、というのが実に惜しい。
出来れば見下ろした格好で彼女の表情を拝みたいものだった。
「いえ! たとえどんなものでも頂き物に違いありません! いつか必ずお礼させていただきます!」
やはり、本当にいい人だ。
……本当に、絵に描いたように。
こんないい人に、もっと早く出会えていれば。
どうしても、そんな事が脳裏を過ってしまう。
しかし、今となってはもう後の祭り。自分のことをどうすればいいのか分からない。
だから、僕は彼女から目を離せない。
僕みたいには、させたくないから。
「……矛盾してるよなぁ」
「へ!? なんか変なこと言いましたか!?」
「ああ、麻弥さんじゃないですよ。麻弥さんはそのままで居てください」
自分が酷く歪な存在だと笑いながら、どこまでも純粋な彼女を見上げる。
キョトンとした彼女の顔を見て、もう一度笑った。
ご閲覧ありがとうございます。コンビニに置いてる高い食パン、一回食べてみたいですよね。お金無いから買えませんけど。
感想、評価等して頂けると幸いです。
それでは、また次回。
追記
二桁お気に入りありがとうございました。