さて、僕は一応高校生として生活を送っている訳だが、高校一年生にして早くも一人暮らしをしている。
金銭的には稼ぎがあるので問題無いが、やはり家事を自分でしなければならないというのがかなりキツイ。
食事はカップ麺やスーパーの惣菜を買って食べているので問題は無い。
掃除洗濯。この辺が本当に辛い。
優先度としては無視できないほど高く、なのにめんどくさい。
何とかやってはいるだけ褒めて欲しい。もっとも、褒めてくれる人は居ないが。
「……ねむ……」
そんな僕の一日は、五時半から始まる。
前日は十一時半には寝ているので、きっちり六時間睡眠だ。
以前陽から『そんだけしか寝てないから背が低いんじゃね?』と言われた。次の日、陽は珍しく学校を休んだらしい。何があったのだろうか。
「……ギター」
まだ瞼も開いていない状態で、ベッドに腰かけて、脇に置いてあるスタンドのギターを手に取る。
寝起きに一曲。『小さな恋のうた』。
バンドの登竜門のような曲と言っても過言では無く、僕が一番最初に完璧に弾けるようになった曲だ。
毎朝寝起きにこれを弾く。それで一日を始めるのが習慣となっている。
「……よし」
弾き切った僕は、そのまま次のライブのセトリを三曲、それを三週。
気がついた時には既に六時半。ギターを起き、学校へ行く準備を始める。
トースターに食パンを二枚入れ、その間に電気ケトルでお湯を沸かす。
パンが焼き上がるのとお湯が湧くのを待っている間に、顔を洗って歯磨き。生まれてこの方虫歯になったことがないのが自慢だ。
洗面所からキッチンへ帰ると、トーストのいい匂いが部屋に広がっていた。
トーストを皿に起き、マーガリンを塗る。身体に良くないという噂を小耳に挟んだが、特段期にせず塗る。
マグカップを二つ。一つはインスタントのコーヒーと角砂糖を一つ、一つはコーンポタージュの素を入れ、お湯を注ぐ。
「いただきます」
きちんと手を合わせ、サクサクと簡単に作った朝食を食べて行く。
いつもと同じ朝食をいつもと同じくらいの時間を掛けて食べる。机の上に置いてあるiPadで、様々なアーティストのライブ映像を流す。
「……相変わらずおかしなスラップだなが」
某お喋りクソメガネさんのライブ映像。今やアニソン会に欠かせない存在となっている彼の代表曲の入り部分を何度も見る。
スラップはそこまで得意では無いので、しっかり参考……に、できるかは分からないが。
「……あ、着替えなきゃ」
そこで着替えていないことに気付き、慌てて寝室に戻って制服を身に付ける。
灰色を基調としたブレザー。個人的には気に入っているデザインだ。
そんなこんなで、あっという間に七時半。洗面所に一度戻り、マウスウオッシュで口をすすぐ。
これから女の子と会うのに、口臭がしたら宜しくないだろう、世間的には。
そんなこんなを考えていると、玄関からチャイムの高い音。
今日ももうそんな時間。すかすかの通学カバンとパンパンのギターケースを持ち、玄関の扉を開ける。
「フへへ……おはようございます! 翔さん!」
「おはようございます、麻弥さん」
いつも通り、眼鏡の奥に幸せそうな笑顔を浮かべる麻弥さん。その笑顔を直視しないようにする。少し僕の方が目線が高いところに立っているので、彼女の顔が目の前にある。
心臓に悪い。
「ほんと毎朝迎えに来てもらってすいません。ほっといたら多分僕学校に行きませんし……」
「全然大丈夫ッスよ! ジブンも学校に行きたくないことありますし!」
「じゃあ、今日は二人でサボってセッションしませんか?」
「学校行くッスよ!」
隙あらば学校をサボろうとする僕を、見かねた麻弥さんが毎朝家まで迎えに来てくれるようになったのは、六月頃の話だ。
高校中退スタジオミュージシャンと高卒スタジオミュージシャンどちらがいいですか? と言われたら高卒と答えるしかない。
そうしたら麻弥さんが、「それじゃあ毎日迎えに行くッス!」と張り切り出して、それに甘えて今に至る。学校も同じだし、特段困ることは無い。
ただ、毎朝マンションまで迎えに来てもらうのが本当に申し訳ない。次からはせめて一階まで降りておこうか。
「分かりました分かりました……」
相槌を打ちつつ、部屋から出て鍵を閉める。しっかりかけたことを確認し、ポケットに仕舞う。そのまま二人でエレベーターを使い下まで降りる。
そのまま雑談しながら学校まで通学路をテクテク歩く。
「あ! 昨日は野菜スティック本当にありがとうございました!」
「まだ言うんですか!?」
昨日の野菜スティックを未だに恩に思っている彼女に思わず引く。以前から思っていたが、この人他人との関わりに対してのウェイトが重すぎないだろうか?
もう少し自分を重視してもいい気もする。今度龍樹にそんな企画をたててもらおうか。
「そう言えば、昨日の演奏の反省はどうでした?」
「三時間弾いたり聴いたりしましたけどまっっっったく分かりませんでした。暫くあの曲聞きません」
素晴らしい楽曲であることに変わりはない。しかし、練習しすぎて嫌いになることもよくある。
ぶっちゃけ、今あの曲は聞きたくない。聞いた途端指が勝手にコードを抑えてしまう。思ってもない愛と平和叫んでしまう。
「へぇー、翔さんでもそこまでやって分からないこともあるんですね」
「いやぁ……スタジオミュージシャンの名が泣いてますよ」
これでもギターでご飯を食べている身。流石に不甲斐なくなってくる。
ミスタッチが無い分、余計に謎は深まるばかりだ。
何かバンド的な、チーム的な問題なのではないかと仮説は立てているものの、如何せん判断材料が少なくて分からない。
何か別の曲で同じ現象が起きて初めて進展があると言えるだろう。
故に放置。
「そんな事無いッスよ! 翔さんのギターは本当にすごいっす! 令和のブライアン・メイッスよ!」
「言い過ぎです流石にそれは畏れ多いです」
あの伝説のバンドのギタリストの名前を語るなど言語道断だろう。普通に憧れのギタリストの一人だ。
憧れすぎて五百円玉で弾いてみたこともあるが、難しすぎて五百円玉を投げたら、部屋の中で無くしてしまった。
自分が普段から指弾きな為ピッグが少し違和感なのだ。五百円玉など扱えるわけも無い。返せ僕の五百円。未だに出てこないんだぞ。
「……お、あれは」
「……めんどくせぇ!!」
思わず大声を出してしまう光景。本当に逃げたい。遠回りしてでも話したくない。
そう言いきれる光景が目の前に広がっていた。本当に勘弁して欲しい。
「陽くん陽くん!夢くんっねチューしたら起きるって本当!?」
「ホントなワケねぇだろこのタコ! 誰の入れ知恵だ!」
「ひまりちゃん!」
「あのボケピンクのでかい方がぁ!!」
往来のど真ん中。花咲川の制服を着た男子生徒が、同じ制服を着た男子生徒をおぶって、その前に羽丘の制服を着た緑髪の女の子がひっじょーにキラキラした……いや、るんっるんっした目でおぶられている男子を見ていた。
もうお分かりだろう。Knockersボーカルの陽と、オールラウンドの夢、そしてパスパレギターの氷川日菜先輩だ。
また陽の胃が壊れてしまう。
「じゃ、麻弥さん行きますか。僕らはあの人たちとは他人です。赤の他人です」
「いやいや! 止めなきゃダメだめッスよ!」
「麻弥さん……甘えさせちゃダメです。社会の厳しさをあの人たちに教えないと……毎回毎回止めてくれる人なんて居ないって教えないと」
「ほっといたらずっとやってますよあの三人!」
「行きますかぁ」
麻弥さんのセリフが、この場で一番の正論になってしまっているあたり終わっている。まともなバンド仲間が一体何人いるのだろうか。
……過半数がおかしい気がする。三十人くらいいて半分おかしいって大丈夫なのだろうか。
さて、現実逃避もこれくらいにしておこう。
「おーい日菜さーん。学校に付いてきてくれたら今日るんってくるギター教えますよー」
「ホントっ!? 行く行く!」
一声呼び掛けると、まるで従順な犬のように猛スピードでやってくる。僕と麻弥さんには、彼女に犬耳としっぽが付いて見える。
「もう、日菜さん! 二人の迷惑になるんですからあんまり困らせちゃダメッスよ?」
「えー? でもこんな時間に起きてる夢くんってるんっと来ない?」
「そんな夢は夢じゃないですよ」
「それもそっか!」
こんな感じで、麻弥さんと、時には日菜さん、時にはAfterglowの面々、時には湊さんと今井さん。
そのメンバーで毎朝学校へと向かうのが毎朝の光景となっていた。
「……クソっ……なんで俺はこいつを背負って学校行かなならんのだ……! 今度のスタジオ練の時アイツコロス……!」
「……すぅ……すぅ……」
「起きろゴルァア!!」
預かり知らぬところで、陽からの好感度がみるみる減っていっていた。
ご閲覧ありがとうございます。そろそろ何かしら事件を起こしたいと思う自分と、まだ日常回続けたいよって思ってる自分が大喧嘩してます。皆、もう少し可愛い麻耶ちゃん見たいよね?
感想、評価等して頂けると頑張れます。
それでは、また次回。