授業の存在する意味が理解できない人というのは数多くいると思う。
日本の歴史を知ってどうするんだ、だとか、関数の式を求めてどうするんだ、だとか。
全くもってその通り。運動方程式知っていても、ギターは上手くならない。弦の振動についてのあれこれは、知っていてもそんでは無いかもしれない。いや、使わないけど。
なので、健全な思考を持っている僕は授業は半分サボって半分寝ている。課題はきちんと出します、丸写しで。
なので、周りからは『ギター狂い』だの『羨ましい』だの散々な言われようをしている。
「酷い話だよね、美竹さん。僕にはギターしかないみたいな言い方さ」
「……実際それしかないでしょ」
実に天気のいい午後一番の授業中。折角なので屋上に来てみると、やはり居た先客の赤メッシュ。
ガールズバンド『Afterglow』のギタボ、美竹蘭。僕と同じように授業中によくサボっては校内の色んなところにいる女の子。
家は著名な華道家らしいが、その一人娘である彼女はご覧の通りの不良少女。しかも寡黙。
そのせいでよく勘違いされがちだが、彼女も悪い人ではない……のだろう、多分。
今日の彼女は作詞の時間だったらしく、膝の上には何やら単語が書かれたノートが開かれており、女の子が使うには少々無骨なデザインのシャーペンを握っていた。
「まぁ、そうだけどさ……よっと」
彼女から離れた位置に立ち、持ってきたギターケースから一番の相棒である青色のギターを持つ。ストラップを肩にかけて、何時でも万事OK状態。
「ほいこれ、ミニアンプとヘッドホン」
「……何する気?」
「演奏聞いてもらおうと」
「……何?」
「『世界はそれを愛と呼ぶんだぜ』」
確かに聞きたく無くなるほど聞いたし弾いた。しかし、聞かせた人間は三人だけ。
自分で分からないのなら、他人に聞いてもらえばいい。個人的に美竹さんは、人一倍繊細な人だと思う。
だからこそ、感じ取れるものがあるのではないか。
そんな打算を込めて、この屋上へと出向いた。
「……はぁ、別にいいけど……翔はあたしに何してくれるの?」
「Fコードの簡単な押さえ方」
「……押さえれるけど」
「苦手でしょ?」
「……そうだけど」
釈然としない、と言う美竹さんの頭にがぽっとヘッドホンを装着。そのままチューニングをする。
「……え、音聞こえないでしょ?」
「んー? でも合ってるでしょ?」
「合ってるけど……どうやってるの?」
「感」
恐らく、誰に言っても信じて貰えない特技だが、この青色のギターに限って、僕は音を聞かなくてもチューニングが合わせられる。
何となくの感覚でやってみても、綺麗にきちんとチューニングできる。本当に謎だ。こんなものより、背の高さとか運動神経とか、そっちの方が欲しかった。
……なんて、ギタリストに失礼か。
「それじゃあ、行くよ。歌は……気が乗ったら歌って」
「……聴くだけにする」
「それじゃあ、失礼して……」
足でリズムを取る、指で奏でる、正しい音を。
自分の持てる技術を遺憾無く発揮する。普段は様々な人に届けられる音。それを、たった一人の女の子へ。
完膚なきまでに叩きつける。
自分の音とか、個性とかをかき消し、それでもなお伝わる『僕らしさ』。
それこそが、僕がスタジオミュージシャンになれた理由にして、他のギタリストにできない芸当。
「……正確すぎて引くね。どれだけギターやったらここまでできるの?」
「想像できないくらい」
僕はミスタッチが少ない、という次元ではない。
ミスが無い。
楽譜とTAB譜と元の音源。この三つと、二日ほどの時間。それさえあれば、その曲を完璧に弾き切る事が出来る。
完璧。ミス無し、ブレ無し、テンポミス無し、乱れ無し。
それこそ、死に物狂いでギターを弾いてきた結果身に付けた技術。
僕が唯一、キチンと努力に努力を重ねた上で手に入れることの出来た技術。
それがこの、ギタリストとしての確立した技術だ。
「……そうだね……やっぱり、前から思ってたけど、翔のギターは凄い。同じギタリストとしては、圧倒される。その技術に」
これだけは、僕が周りに自信を持って言える技術。
絶対の自信。自分の技術がどんなものなのか、自分で深く深く理解している。
だからこそ、分かる。
「でも、正し過ぎて響かない」
「……だよね」
自分の技術の、圧倒的な欠陥を。
「なんだろ……上手すぎて、感心しちゃうのが先に来る感じ……かな。一流のオーケストラ聞いてる感覚」
「……バンドじゃ不似合い、だね」
バンドなんて、本来であれば自分達の生き様や憤り、感情や劣等感、綺麗なものから汚いものまでの『自分達らしさ』。
いかに『自分達らしさ』を観客に押し付けるか。それを受け入れてもらうか。それを好きになってもらうか。
バンドマン達が目指すものは、そうでなければダメなのだ。
しかし、だからこそ僕の演奏ではダメなのだ。
観客の心をぶん殴るのが夢や陽。
夢や陽を引き立てるのが遥や龍樹。
そして、音楽を完成させるのが僕。
一番観客を引き込まなければならないはずのギタリストが、一番それとは遠い役回りをしている。
それが僕ら、Knockersの一番の弱点だ。
「でも、今までは何とか誤魔化せたんだ。陽と遥が下手だったから」
「……はっきり言い過ぎ。仮にもバンドメンバーの事なんだからさ」
「事実だからなぁ」
だが、それで良かった。基本のリズム隊である遥がドラマーとして未熟だったし、陽の歌も響きはするがカラオケレベルだったから。
それがどうだ、レベルの高いガールズバンドの面々と触れ合ったことにより、みるみるうちに実力を伸ばして行った。
気が付けば、陽と遥も高校生レベルを逸脱し、龍樹は様々な楽曲を作れるようになり、夢は手が付けられない技術と表現力を手に入れた。
「……ホント、上手くなったんだよ、あの二人。僕が足踏みしてる間に」
皆が皆、自分の音で表現できるようになった。
だが、そこに何も表現出来ない僕が混ざる。何も成長していない僕が混ざる。
皆は同じものを伝えようとする。だけど、一人何も伝えようとしないし、できない。そのせいで音が合わなくなる。だからこそ、響かない。響かせることができない。
それが、良くも悪くもバンドの華であるギタリストが、だ。大問題なのだろう。
「……気持ちを込めて歌うって、どういう事なの?」
「……気持ちを込めて歌うってこと。ただの『あー』って声でも、響かせて、震わせて、がなって、叫んで。そうやって伝える」
「……どうやって、この無機物に感情を乗せればいいの?」
技術なら、どうにかできるとはっきり言える。手法で、技法で表現できるなら、いくらでもどうとでもできる。
だけど、そうでないなら?
……僕がワンステップ上ののギタリストになれるかどうか、怪しくなってしまうのだろう。
「……ギターを無機物呼ばわり、ね……語るに落ちてると思うよ?」
「……? だってそうじゃん」
「そうじゃんって……ギターが好きなんでしょ?」
「え?」
「……え?」
屋上に現れた僕を見た美竹さんは、若干不機嫌そうだった。
曲の感想を話していた美竹さんは、一人のバンドマンとして真摯な表情を見せていた。
僕がギターを無機物呼ばわりした時は、明らかに怒っていた。
しかし、今の美竹さんは、驚いたように目を見開いてこっちを見ていた。首にかけたヘッドホンから、アンプにシールドが繋がっている。
だけど、僕と美竹さんの感情は繋がってはいないようで。
「好きなわけないじゃん。ギターなんて」
疑いようのない事実を言っているだけ。
僕にとってはそれ以上でもそれ以下でもないのに、美竹さんの動揺が空気を揺らす。
……信じたくない、といった表情、でいいのだろうか。
何を信じたくないのかは分からない。が、僕が先程から喋っている言葉に、嘘偽りは一切存在しない。
「だって、楽譜通りに弾いてメロディを弾いて、スラップやアルペジオで盛り上げる、だけじゃん。面白くも何ともないよ?」
「……弾けなかった、曲が弾けるようになって嬉しかった、とかは?」
「うーん……最初の頃はあったかなぁ……今はもうほとんど無いね」
「ライブが成功した高揚感は!? バンドメンバーと一つになる感覚は!? 盛り上がっているお客さんを見る喜びは!? なんでもいい、『楽しかった』って言えることは!?」
「……うーん」
悩む、悩む、悩む。
ギターに初めて触れてから早六年。長い間ギターを弾いてきたが、そんな記憶があったかどうかを思い起こす。
そもそも、なぜギターに手を出したか。
なぜギターなのか。
なぜ楽しくもないギターを何年も、それこそスタジオミュージシャンになれるほど続けたのか。
「……あ、あった」
「何っ!?」
「目標に近付けてる達成感」
目標。
僕がギターを弾く全ての理由。
「有名になりたい」
「……有名、に?」
「格を上げたい、著名になりたい、立場を上げたい」
そのための、手段。
僕にとってのギターは、その程度でしかない。
「アイツらを、見返すために」
それ以外、存在しない。
ギターなんて、楽しく、無い。
ご閲覧ありがとうございます。好きなものを嫌いになれるほど努力できる人は居ますが、好きでもないものを努力できる人間って何人居るんですかね。
感想、評価等して頂けると頑張れます。
それでは、また次回。