「……やっちゃったなぁ」
一人寝転がって空を見上げる。白い雲は羨ましいほど自由に大きさや形を変え、これまた羨ましいほど自由に晴れ渡る大空を駆けていく。
あんな雲みたいに、自由に生きたい人生だったなぁ……と、まだ十五、六年しか生きていない身分で言うのは、些か傲慢だろうか?
……傲慢なのだろう。寿命で死ぬと仮定しても、後六十年近くは生きるのだから。
まぁ、僕の人生が不自由だと言うのは、間違いない事実なのだが。
せめて不自由でもいいから、もう少しだけ拘束を緩めてくれでもいいでは無いかと、空の雲を睨む。
雲にとっては、全くもっていい迷惑だ。
「……後で美竹さんには謝んないとなぁ」
僕の言葉を聞いた美竹さんの怒り具合は、それはそれは凄まじかった。
ギターなんて、と二度と言うな。
ギターを無機物、と吐き捨てるな。
ギターが好きじゃないと、二度と言うな。
そんな奴が、心を動かす演奏なんか出来るわけない。
聞いていてあまりいい気分になる内容のものでは無かった。しかし、そのどれもが実に的を得ているから、反論のしようがない。
今回の件は、間違いなく僕が悪いのだから。
結局怒った美竹さんは、着けていたヘッドホンを地面に置き、屋上から立ち去ってしまった。本来であれば追いかけるべきなのだろうか?
僕はしない。僕に弁明の余地は無いからだ。
本心なのだ。ギターが好きでは無いというのは。
そんなものでは無いのだ。僕の活動源は。
汚くて汚くて、お見せできるものでは無い。
「……今更、それ以外でギターなんか弾けないっての」
やる気を無くした僕は、ギターやアンプを丁寧にケースにしまい、そのまま愚痴る。
元々ギターを始めたきっかけだって、ピアノをやってみてダメだったからという以外の何物でもない。
ギター以外でも良いのだ、有名になれれば。
「……次からは言わないようにしないとなぁ」
「何をッスか?」
突如として聞こえてきた声に驚き、慌てて飛び起きると、そこにはいたずらっぽく笑う麻弥さん。
本当に心臓に悪い。二重の意味で。
「いやぁ……美竹さんを怒らせるようなこと言っちゃいまして……また後で謝らないと」
「そうでしたか……って事は、二人してここでサボってたんですね?」
しまった、口が滑った。
麻弥さんは学校に行きたがらない俺の事を気にかけてくれている。そのため、授業をサボる事にもあまりいい顔をしない。
そのため、サボる時はこっそり誰にもバレないように屋上や体育館裏に行ったりするのだが……やはり悪い事はどこかでバレてしまう運命にある。
「もう……ちゃんと授業受けなきゃダメですよ?」
何がきついって、俺がサボる度に悲しそうな顔で微笑む麻弥さんを見ることだ。
他人なんだからほっといてくれよ、と思わないでもない。が……普段からお世話になっている人でもあり、こうも心配してくれている麻弥さんとなると心が痛む。
そのため、最近はあまり授業をサボっていなかったのだが……今日だけは許してもらおう。
「……まだ気にしてたんッスね」
「……ですね」
気に食わない。
たかが数ある楽曲の中の一曲の癖に、こうも僕を苦しめる。素晴らしい曲だが、だからこそ上手くいかないもどかしさが募る。
素晴らしい曲を、一流のギタリストであるはずの僕が弾いて、どうしようもないほどの駄作になる。
否定だ。これまでの僕の半生の。
所詮はその程度だと、舞い上がるなと釘を刺される。
思考がどんどん暗くなる。元々落ちる所まで落ちていた思考回路が、更に深く深く。
「音楽って、難しいッスよね……やっててもわかんなくなりますもん。どうしたら正解なのかって」
「……麻弥さんですらそうなら、僕に分かるはずがないですね」
麻弥さんは凄い。ただの機械オタクでは無く、それぞれの楽器や機材に対する知識や見聞が段違いで深い。
知り合いの中では、龍樹やもう一人の中学生作曲家……いや、飛び級作曲家といい勝負ではないか?
そんな彼女ですら、分からなくなるのだ。
僕なんかが、僕程度が理解出来るわけもない。
「自分を卑下しちゃダメですよ! だってまだ高校生ですし!」
「まだ……ですか。十五年も生きたのに?」
「十五年しか生きてないッス!」
先程自分でも考えたことを、麻弥さんは実にポジティブに捉えていた。いや、捉えようとしているだけなのか。
どちらにせよ、彼女の言葉には何度か助けられている。流石アイドル。偶像の癖に、夢を与えるなんてバカバカしいとすら思っていたが、どうやらその認識を改めなければならないようだ。
──いや、偽物だからこそ、夢なんてものを見せられるのか?
失礼なことを考えつつ、もう一度ゴロンと寝転がる。このままもう一寝入りしてしまおうか。
「……先は長いなぁ」
なんて言いながら、ゆっくりと目を閉じる。こんないい天気のお昼すぎ。眠たくなるのも仕方ない。
ああ、段々と自分が雲になっていくような感覚、いっそこのまま本当に雲になってしまえば……。
「寝ちゃダメです! 次の授業はちゃんと受けて下さいっ!」
「えー……はぁ、分かりましたよっと」
しゃがみこんで僕を揺する麻弥さん。僕が雲だったら触れなかったのに、残念。
大人しく教室に帰ることにした僕は、立ち上がって制服に付いたホコリをパンパンと払う。その後ギターケースを背負う。
……無機物。
やはり肩に掛かる重量からは、特段何も感じない。
魂も、感情も、心も、何も。
感じられるのなら、是非とも教えて貰いたい。僕にとってのギターが、変わるかもしれないから。
「……ねえ、麻弥さん。ひとつ聞いて良いですか」
「? いいですよ」
キョトンと目を丸め、首を傾げる麻弥さん。
やはり、彼女は自分なんて大したこと……とよく言っているが、相当可愛らしい人だ。
自分を卑下しちゃダメ、なんて僕に言っておきながら、自分は自分のことを下げまくり。ブーメランも良いとこだろう。
まぁ、それでこそ『大和麻弥』なのだが。
「麻弥さんは……ドラム、楽しいですか?」
分かりきったことを聞くな、と、頭の中の僕が笑う。
それでも確認したいんだ、と、頭の中な僕が言う。
あれだけ笑顔でドラムを叩いているところを見ているのに? と、頭の中の僕が呆れる。
もしかしたら、彼女は僕と同じかもしれないだろう? と、頭の中の僕は縋る。
そんな事、有り得るはずないのに。
「? 楽しいッスよ!」
「翔さんも、楽しいですよね?」
その言葉が、一番聞きたくなかったかもしれない。
楽しいんだろう、ということは理解していた。
だからこそ、聞き返してきた質問に、激しく絶望する。
僕も、楽しいですよね。
まるで。
まるで、楽しいのが当たり前のような口調ではないか。
好きだから、楽しいから、やりたいから。
そうであるのが正しいと。そうでないのが異常だと。
彼女の口から、聞いてしまった。
常識を、正しさを、異常性を。
僕が、おかしいのだということを。
「……勿論、楽しいですよ」
嘘を吐いた。
嘘を言うことにそれなりには抵抗があるし、ましてや麻弥さんに対して嘘を言ったことがなかった僕が、初めて麻弥さんに対して付いた嘘。
だって、そうだろう?
「そうっすよね……やっぱり、演奏してる瞬間って、最高ですもんね!」
こんなにも、こんなにも楽しそうに、嬉しそうに話す彼女を見て。
言える訳ない。知られる訳には行かない。
「そうですよね……変な事聞いてすいません。じゃ、教室戻りますね」
「はい! それじゃあまた放課後に!」
「はい、また放課後」
僕がおかしいと、知られる訳には行かない。
なんて。
なんて僕は、情けないのか。
一人になった階段を一歩一歩降りる。気持ちも、どんどん沈んでいくようだった。
「……どうしようも、無いよね」
こんな僕が、今更ギターを楽しいと、好きだと思えるのだろうか?
答えは、とてもじゃないけど出せそうになかった。
ご閲覧ありがとうございます。無理に頑張らなくて良いと周りが思っても、当人はそんな事思えないのもまた事実。
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それでは、また次回。