今回から数話、翔の仲間達のお話です。トップバッターは、どヘタレドラマーの彼です。
「……あ、買い物行かなきゃ」
なんの予定もない日曜日。僕にとっては、日曜日だろうがなんだろうがギターを弾く日に変わりない。
そんなわけで、朝からギターを弾き続けていたのだが……スマホのアラームが十時を告げる。
アラームを掛けてないとずっとギターを弾き続けてしまい、気が付いたら夕方だった、なんてことが過去に何度もあった。集中してしまうとどうも注意力が散漫になる。
そんなわけで、アラームの音で現実に帰ってきた僕は、家の冷蔵庫の中身が寂しいことになってきていたことを思い出す。
一人暮らしとなると、自分の食事も自分でどうにかしなければならない。特段料理が得意ではなく、忙しい身分の僕としてはスーパーの惣菜や学校の購買等で済ませるというのも一つの手。
しかし、稼いでいるとはいえ節約するに越したことはない。ギターの練習に支障の出ない範囲で自炊をしている。
「えーっと……牛乳に食パンに、あとタンパク質チックな何かに、野菜もいるよなぁ……調味料は大丈夫、米も大丈夫……あ、服の洗剤無かったな」
必要なものをスマホのメモ帳アプリに記録しておく。
記憶力にはそこまで自信が無いので、買い物の途中で何を買うか忘れてしまっては困るのだ。
……ふむ、肉とパンは知り合いのところで買うとして、他のものをスーパーで買ってからにしようか。
そんなことを考えながら、ちゃんと中身の入っている財布と部屋の鍵を持つ。買い物袋は、レジ袋をゴミ袋代わりに使っているので、持っていかない派だ。
「……行ってきます」
誰も居ない部屋の電気がきちんと消えていることを確認し、返事があるはずもないのにそう呟いた。
……楽器の声が聞こえる人には、ギターが行ってきますって言ってるように聞こえるのだろうか?
そんな馬鹿なことを考え、あるはずがないと扉を閉めた。
─商店街─
今どき商店街と聞くと、寂れたシャッター街になってしまっているという印象を持っている人は少なくない。
事実、僕もこの街に来たばかりの時はそう思っていたし、ここの商店街もそうだと思っていた。
しかし、蓋を開けてみればこの商店街は、近くに大型ショッピングモールがあるにも関わらず、その活気を勢いを失っていない。
人の暖かさに触れたくなったそこのあなた。是非とも来てみてほしい。泣きそうになるから。
「んじゃ……山吹さんとこ行くか」
目的はパン屋と精肉店。バンド仲間の家族が経営している店なので、売り上げに貢献しよう。僕っていい人? ……いや、いい人は自分で自分を『いい人』、なんて言わないか。
てくてく歩く。両手には、日用品や食材が入ったレジ袋。重い。非力なのだ、僕は。
しばらく歩くと、やっと見えてきた目的のパン屋。
「こんにちわー」
「……イラッシャイマセー」
普段、この『山吹ベーカリー』に入店した時に聞こえて来る声は、店長の奥さんの声か、その娘さんの声の二択。
にもかかわらず、聞こえて来たのは実に不愉快そうな野郎の声。しかも、よく聞き覚えのある声。
「……何やってんの遥」
「……沙綾に捕まった」
山吹ベーカリーの跡継ぎ(予定)の、我らがKnockersのドラマーである遥が、若干様になっているエプロン姿で突っ立っていた。
家庭的なヤンキー、って感じの見た目だ。見た目が厳ついだけで、中身はその辺の小学生の方が肝が据わっているけど。
「やっと山吹ベーカリーの跡継ぎになることを決めたんだね……おにーさん嬉しいよ」
「三十センチ位背の低い兄なんか居た覚えはねぇ。さっさと買うもん買って帰れ」
「コラっ、お客さんにその口の利き方はダメだよー?」
めっ、と小さい子に教えるような口調で、後ろからコツンと遥の頭を小突く少女。
彼女が、山吹沙綾さん。山吹ベーカリーの看板娘で、Poppin’Partyドラム。
幼馴染みに片思いを続けて早十年の一途な子だ。
……ちなみに、片思い歴は一年ほど。後は察して欲しい。
「あーはいはい、分かりましたよ沙綾先輩」
「むっ、本当に先輩って思ってる?」
先輩、などと言いながら頭を撫でてくる後輩など居ないだろう。事実、山吹さんは顰め顔を作ろうとして、湿り気のある目で遥を見つめようとしていた。
……していた。そう、していた。した、ではなく、していた。
まっっっっっっっったくできてなかった。
思いっ切りにやけてるし。
顔赤いし。照れてるし、嬉しそうだし。ポニーテールも、仔犬のしっぽのように揺れていた。
……対する遥君。
「………………」
固まっていた。山吹さんの比ではないくらい、耳まで真っ赤に染った顔。
何故撫でてる側が照れる。照れるなら、何故撫でた。
どこからどこまで突っ込めばいいのか。
「……あ、あのー、遥? そんなに照れられると、こっちも恥ずかしいかなー……なんて……」
「……っ、悪ぃ……子供の時以来だったから……嫌だったか?」
「ううん、全然……ふふっ……小さい時は、よく頭撫でてくれたよね」
山吹さんは顔を背けてしまった遥の顔を覗き込むように見上げる。どこか楽しそうで、ポニーテールも楽しそうに跳ねる。
「まぁ……その、あれだ。頑張ってるお前への、ご褒美だよ」
「……そっか」
「……そうだよ」
ぶっきらぼうに答える。本来遥はそこまで適当な男では無い。
羞恥が、プライドが、色んな小さなものが集まって、大きな大きな壁になって遥を邪魔している。
その壁さえ取っ払えれば、楽になるのに。
「……ねぇ、小さい時みたいに、ギュッてしてくれないの?」
事実、その壁を登ろうと、壊そうと健気に頑張っている少女が一人。むしろ、その壁は彼女の前にしかそびえ立って居ないのだが。
「っ! バカお前……もっといろいろ考えて……」
遥の壁を高くしているのは、何も彼が情けないからでは無い。本当に、本当に山吹さんのことが大切なのだ。
ビビって手を出せないというのはまた違うが。
「考えてるよ」
「え」
だから、毎回歩み寄ろうとするのは、決まって山吹さん。
勇気を出すのも、心の声を届けようとするのも山吹さん。
怖いはずなのに。それこそ、何度も裏切られているのに。
「私、きちんと考えて言ってるよ。ずっと、ずっと」
「さ、沙綾……」
「ねぇ? 私はキミにギュッとして貰っても良いかなー、って、思ってるんだよ?」
寂しそうに揺れるひと房。近いからこそ、その寂しさは計り知れない。
埋めることが出来るのは、目の前にいる一人だけ。
「沙綾……その、お、俺は……」
「……なんてね! もうっ、遥ったら茹でダコみたい! アハハハハハハハハッ!」
「沙綾……テメェ……!」
お互いに顔を真っ赤にしながら、それでも尚楽しそうに笑い、怒り、触れ合っていた。
……そう、僕らのが散々遥のことを『どヘタレ』だの『ヘタレ王子』だの罵倒しているのも、明らかにお互いに想い合っているにも関わらず、山吹さんから積極的に迫っているにも関わらず、なんなら告白に近いことすらされても居るのに。今だって、かなり踏み込んでいるのに。
この男、ヘタレるのである。
それこそ、月明かりに照らされながら、二人並んで歩く帰り道。月を見上げながら呟いた山吹さんの『月が綺麗ですね』に対し、『あ、月隠れたぞ! ノーカン! ノーカン!』なんて返す大バカだ。
あの時ばかりは、それこそ普段寝ている夢ですら起きてブチ切れていた。積み上げてきた好感度がかなり下がった。
取り敢えず、山吹さんの努力が実を結ぶことを切に願うとして。
「二人とも……買い物、良いかな?」
目の前で散々見せ付けてきたラブラブカップル(予定)に対し、それはそれは『不機嫌です!』という顔をしてみせる。
──付き合ってすらないのに、周りにピンクの空間広げんなボケ。
思わず毒を吐きそうになるが、気配だけで何とか抑えた。逆に言えば、気配は盛れたと思う。
その方が、恐らく自然なのだろう?
「ご、ごめん! 」
「み、見んじゃねぇ!」
「そう言うならやらないでよ……」
──変な所は似てるのになぁ。
そんな事を考えながら、トレーとトングを手に取った。
……余談だが、無性に腹が立った僕は、次の練習の時に遥の目の前で『サウダージ』を四人で聞かせた。『沙綾は誰よりも可愛いわ! お前らふざけんな!』とブチ切れられた。
本人に言ってやれよ、と誰もが思った。
ご閲覧ありがとうございます。地味に狂ってる回でした。気付いてくれたら、嬉しいです。
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それでは、また次回。