そうだ、スライム(魔獣)でオ○ホを作ろう   作:赤雑魚

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おわらないで

 

 

「ごちそうさまザマス」

「美味しかったわ~」

「たまに食べたくなるのよねぇ」

 

 昼も過ぎた斜陽の午後。

 「ウ~ズ」で談笑をしていた主婦たちが椅子から腰を上げたことに気付く。

 

 抱えていたトレイをテーブルに置き、レジへと向かう。

 

 支払われた硬貨を受け取り、細かくなった小銭を差し出す。

 

「あ、ありがとうございました。またのお越しを、お待ちしています」

 

 少し詰まってしまった。

 

 うまく笑えていなかったようにも思う。

 

 「ウ~ズ」の仕事は少しずつ覚えて来たけれど、未だに笑顔を浮かべられない自分に嫌気が差す。

 

 以前より客足が離れていると聞いていたし、その原因が自分だという事も理解している。

 客を戻すのに必要なものは評判なのだから、折角来ていたお客にはできるだけいい気分で帰ってもらいたかった。

 

 不安になりながら主婦の様子を伺う。

 

 彼女らは辺りを見回すと、口元に手を寄せながら話しかけて来た。

 

「ね、ロアさんと店長さんってどういう関係なの?」

「............? 私は、アルバイトで雇ってもらっています」

 

 なるべく慎重に答えるが、主婦たちは首を振る。

 

「違うのよねー」

「それは見たらわかるザマスワ」

「あの.........?」

 

 何を答えればいいのか困っていると、女性たちから驚くべき言葉が飛び出て来た。

 

「恋人とかじゃないの?」

「噂になってるわよねー」

 

 信じられない話だった。

 しかも噂になっているらしい。

 

「最初ビックリしたもの。あの大人しい店長さんが、急に美人な店員さん雇うんだから!」

「そういうのに興味なさそうだったもんね」

「絶対何かあると思ったザマス」

「レイシアちゃんも焦ってたわよ」

「意外よね、THE・草食系っていうか、壁を作るタイプだと思ってたのに」

「でも旦那とは仲いいわよ」

「従魔士さんたちとも仲いいザマスわね」

「交友関係は広いのよね~」

「ノストに来るまでは旅してたっていうし、意外にミステリアスなところもあるわよね」

「「「____で、どうなの」」」

 

 詰め寄る主婦たち。

 

 怒涛の会話になんとか返す。

 

「恋人じゃ、ないです」

 

 はっきりと、否定する。

 

 命を拾われて、仕事を貰って、住む場所さえも借りている。

 

 恩を返すと言って、それ以上のものを受け取っている。

 そんな彼に、魔族と付き合っているなんて誤解を広めるわけにはいかない。これ以上、迷惑を掛けたくない。

 

「えー、本当?」

「みんな最初はそういうのよ」

「いえ、本当に.........」

「あたしも旦那がね______」

「あの」

「アラヤダ、それなら家もさ_____」

「あ」

「ザマスァァァアアアア!!」

 

 どうやって誤解を解くか困っていると、紫髪の女性が声を上げる。

 

「あっ!! そろそろ特売の時間が始まるザンス!!」

「あの、そういう関係じゃ.........」

「急がねば、これにて失礼」

「また来るわね~」

 

 あっという間に走り去っていく主婦達。

 

 静まり返る店内。

 

 呆然と立ち尽くす。

 

 言いたいことだけ言われて帰られてしまった。

 静かになった店内で、食器を片付ける。

 

「.........恋人か」

 

 彼女たちの言葉を繰り返す。

 

 「ウ~ズ」で働く自分と店長、街の人間にはそう見えているのだろうか。

 

 見えて、しまうのだろうか。

 

「なら」

 

 言葉が漏れる。

 

 なら彼は、ウィルと名乗った青年は知っているはずだ。

 自分と違い街の人間と関りがある彼ならば、自分たちがどう思われているかも理解している筈だ。

 

 なら彼は、自分たちの関係をどう思って_______

 

 

 

「______馬鹿な」

 

 

 胸を手で押さえ、何かが溢れそうになるのを抑え込む。

 

 それは、思い上がりだ。

 

 彼が「良い人」なのはわかっている。

 

 自分のような訳ありの魔族を拾い、何も聞かずにリスクを承知で店に雇い続けている。

 金も居場所もない魔族を「ウ~ズ」に住まわせ、好きに使っていいと部屋まで与えている。

 

 優しいのだ。

 

 きっと、彼は誰にでも優しい。

 

 だから思いあがるな。

 これ以上を考えるな。

 自分は十分に恵まれているのだから。

 

「ぁ............」

 

 夕暮れ時の風に乗って、彼の足音と匂いがした。

 

 どこか温かい、落ち着いた温かい匂い。

 

 だが、少し急いでいるのだろうか、彼の足音は少し早かった。

 

「すみません、店を任せっきりにしちゃいました」

「______問題ない、なんとかなった」

 

 彼が店を見渡して、客がいないことを確認する。

 

「どうかしたのか?」

「............いえ、今日は疲れたので店を閉めようかなと」

「そうか、なら休んでいてくれ。片付けは私がしよう」

 

 「CLOSED」と書かれた看板を出す。

 

 店前に掛けようと外に向かおうとして、店長に止められる。

 

「店の点検もしたいんで、僕がやりますよ。ロアさんは休んでいてください」

「本当に、大丈夫か?」

「ええ、手早く終わらせるつもりですから」

「なら頼む」

 

 店内の奥に引っ込もうとして、「あっ、そういえば」と呼び止められる。

 

「ロアさんって、傭兵だったんですよね?」

「ああ、そうだ」

「じゃあ旅行に行きたいので、案内役(ガイド)をしてもらえませんか?」

「それは構わないが、何時だ?」

「うーん、明日から? とか」

「............それは急だな」

 

 準備の良い彼らしくない言葉だった。

 

「そこは申し訳ないんですけど。給料とは別でガイド代は払います」

「そんな思い付きみたいで、大丈夫なのか?」

「基本思い付きでしか行動しないですよ、僕」

「そうなのか?」

「そうなんですよ」

 

 どこかとぼける様な言動、相変わらずの無表情。

 初めて出会った時のように、彼の真意は読み取れなさそうだった。

 

「わかった」

「いいんですか?」

 

 意外そうな声。

 

 返答に期待していなかった様子だが、自分が断る理由は特にない。

 

「ああ、だが観光には詳しくない。楽しむための旅行なら私は連れていかない方が良い」

「そこはまあ、頑張りましょう」

「............善処する」

 

 じゃあそんな感じで、と言って店長が店の奥に消える。

 

 待っている間に湯を沸かす。

 簡単に用意できる茶請けを用意して、茶瓶の中にある茶葉を入れかえる。

 

 店で働いて覚えた業務の一つだ。

 戦いしか知らなかったけれど、このくらいは出来るようになった。 

 

 疲れていると言っていた。

 

 せめて一息、彼には休んでほしかった。

 

 彼に。

 

 ウィルに。

 

「............ウィル」

 

 言葉の響きを噛み締める。

 

 そういえば、自分は彼のことを何も知らない。

 知っていることと言えば、「ウ~ズ」の店長であることくらいだ。そういえば旅をしていたと聞いた。レイシアという誰かとも知り合いのようだ。

 

 湯が沸く音がして、我に返る。

 

 茶瓶に湯を注ぐ。

 

 また、聞いてみよう。

 旅行に行くのなら、旅の途中で話を聞く時間はあるだろう。

 

「_______」

 

 心の中で祈る。

 

 ずっと続けとは願わない。

 ただ、もう少しだけ。

 

 この夢のような、穏やかな時間が続きますようにと、願った。

 

 

 

 

 けれど

 

 

 

 

 

 

 ガランと、扉が開く鈴の音が響く。

 

 夕暮れの光が、扉から差し込む。

 

 影が落ちる。

 

 闇を切り取ったような暗い、昏い人影。

 その影法師は大きな刀を携えていて、二本の角が生えていて______

 

 

「______見つけたぜ」

 

 

 

 

 ____なにより、焼け付くような戦場と、懐かしい流血の匂いがした。

 

 

 

 

 

 

 

 


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