そうだ、スライム(魔獣)でオ○ホを作ろう   作:赤雑魚

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終われ

 

 気を失った青年の身体を抱えて『ウ~ズ』の奥に設けられた小部屋に横たえる。

 

 

 脈と呼吸を確認する。

 

 規則正しい脈拍、穏やかに繰り返す呼吸。

 

 元より締めていた呼吸は二の次、堰き止めていたのは首に走る動脈の流れ。

 脳に血が行かなければ、すぐに意識は落ちる。気絶した後に絞束を継続しなければ命にも別状はない。

 

 だから、気にするべきは彼自身がつくった傷だ。 

 

 彼が自身の喉を掻きむしった傷を診る。

 加減せずに指を食い込ませたのだろう。血管は傷付いてはいないが、思った以上に深い跡になっていた。

 

 血をふき取って、適当な処置を施す。

 

 傷の手当だけは得意だった。

 

 それだけは、戦場で覚えたから。

 

 

「............なぜ、こんなことをした」

 

 

 彼に向けた呟きが、静寂にとける。

 

 強い言葉で突き放したはずだ。

 力任せに掴まれて、命の危険すら感じただろう。

 自分を傷つけるのは恐ろしかったはずだ。

 

 

 だというのに、こんな傷を作ってまで出した言葉は、恨み言でも命乞いでもなかった。

 

 

 視界が歪む。唇が震え、言葉にならない声が漏れる。

 

 彼が必死に言葉を紡いだ理由がわからない。

 口にした言葉の意味もわからない。

 なにより彼を拒絶した自分が、なぜこんなにも苦しいのかが、わからない。

 

 滅茶苦茶な気分だった。

 奥底で何かが乱れる感覚、思考が妙にまとまらない。

 

「私には、わからない」

 

 嗚呼。

 

 けれど、わかることもある。

 

 彼との関係はここで終わるのだ。 

 今を続けられない理由はたくさんあったけれど。最後に終わらせることを決めたのは自分だから。

 

 奥底から湧き上がる何かを、ギュッと手で抑え込むようにして瞼を閉じる。

 

「............終われ」

 

 もう、余計な混乱は必要ない。

 最後なのだから、「わからない」は必要ない。

 

「終われ」

 

 言葉を重ねる。

 

 混乱するナニカを忘れるために、自分に言い聞かせる。

 

「終われ」

 

 自分の過去を思い起こす。

 

 強く在ることだけが生きるための真実。

 それ以外の要素は不要、無意味な上に、事実を濁す不純物に過ぎなかった闘争の世界。

 

 何もかもを殺し続けた冷徹な自分を思い出す。

 

「終われ」

 

 また、一人に戻るだけだ。

 戦うことが当たり前の、あの頃の強い自分に戻るだけ。

 

 だから、何も変わらない。

 

 あの頃の自分には、どんな言葉も届かない。

 

 

 『幻狼』はなにも揺らがない。 

 

 

「______」

 

 目をゆっくりと開く。

 

 胸中をかき乱していたナニカは、もう治まっているようだった。

 かつての自分ほどではないけれど、冷たい思考が戻ってきたのだと思えた。

 

 少なくとも、やるべき事だけはハッキリと解る。

 

 足早に小部屋の出口に向かう。

 もうこの店に用はない。街に留まる理由も残っていない。

  

 けれど、ドアを開けて出ていこうとする時に、一度だけ後ろを振り返る。

 

 青年を見る。

 

「...............」

 

 他人に食い物にされるタイプの人間だ。戦いにならないほど弱い上に、誰かを踏みにじるほどの強かさもない。

 

 『幻狼』として評価できる点は一切ない男。

 けれど魔族を拾った奇特な人間に思うことはいくつかあった。

 

 気を失っているから聞こえることはない。

 

 単なる自己満足で、伝える意味もない。

 

 だから短く、二言で済ませることにした。

 

 

 

「ありがとう、さようなら」

 

 

 

 返事を待たずに扉を閉める。

 

 ガチャリと、無機質な音だけが返って来た。

 

 

 

 

 

 

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