それは人間に似た姿だった。
野生の狼を思わせるような黒髪と獣のような耳、宝石のような紅い瞳を備えた整った容姿。
もう長いこと、弱く輝く視線を彷徨わせながら、ソレは暗闇の中にいた。
「_____は......ぁっ♥」
喘ぐような呼吸を漏らして、ロアがハッと口をつぐむ。
また、意識が飛んでいた。
朦朧とした意識の中で、何度目かの正気に戻る。
「.........ぁ」
まだ拘束の甘い、首を動かして視線を下げる。
どくん、どくんと脈打つ赤黒い色の肉塊。
生々しさを感じさせる肉の壁の中に、両手足の半分以上を飲み込まれていた。
その酷くおぞましい魔物の中に、もう長いこと少女は囚われたまま逃げ出せずにいた。
なんのことはない。
自分は人の住む街ではなく、魔獣が蠢く安全圏の外で野宿をしたというだけだ。
一歩間違えれば自殺と何ら変わらない行動。だがロアにはそうするだけの事情があった。だから危険であると承知の上で野宿をした。
何度も安定区域外での野宿は経験していたし、多少の魔獣なら撃退できるだけの実力があった。
想定外だったのは、野宿に選んだ場所一帯をなわばりにしている魔獣と出くわしたこと。
そしてその魔獣が規格外に強力だったという事だ。
結果、一瞬で無力化され、呑み込まれた。
それから、もう長いこと、息苦しさを感じるほどの閉塞された空間で、無数に生え蠢く触手に四肢を締めるように巻きつかれ、身じろぎすることすら難しい拘束を与えられている。
痛みはないが、どれだけロアが暴れても拘束が緩む気配はない。ただ消耗されるだけの体力が、ロアに無力感を教えていた。
「______っ♥」
服の下に潜り込み、触手に内股をぬらりと撫で上げられ、びくりと腰を浮かせる。
苦痛による反射ではない、ただ純粋に肌を擦られた快感に身体が起こした生理的な反応だ。
この魔物についてロアが理解したことが一つあった。
脱力して俯いていた顔をゆるゆると上げて、身体にまとわりつく触手を見る。
蛸や烏賊を思わせる軟体生物めいた肉色の触手。
嫌悪感すら湧き上がる異物を光らせる、とろりとした白みがかった粘液。
この魔物の分泌する生臭い液体には、身体の感覚を鋭敏にし、また興奮させる作用があった。
媚薬______などという生易しいモノには例えるまい。
それも使われるたびに効果の上がる、とびきり
抵抗できないままに塗りたくられて、身体を撫でられるだけで気持ちよくなってしまう。
必死になって暴れて抵抗し、それでもやめてもらえずに、問答無用で徹底的にロアは粘液漬けにされた。
いまでは衣擦れや肌を撫でる空気すら、彼女を責め上げる。
頬が赤く上気し、浅くはやい呼吸を繰り返す。
無視のできない触手の接触に加え、休むことのできない状況下での長時間の拘束は、ロアを弱らせきっていた。
「.........っは、......ぁ♥。 ~~~~~~~っ!?」
漏れ出る声を抑えて体をよじる。
意地だった。
ロクな抵抗も出来なくなった彼女の、僅かばかりの反抗。
だが触手は知ったことかとばかりに蠢き続ける。
服の下に潜り込み、快感で反り返った腹を撫で上げられ、触手から逃げるように丸めた背筋を這いずられる。気持ちよさから逃れようと体を反らしたその場所へ、先回りして撫でさする。
じわじわと味わうように、楽しむように、なによりロアを追い詰めるように。
ビクリと身体を動かす彼女に反応するように、暗闇から這い寄るように、一匹また一匹と触手が現れては彼女を責め立てる。
もう長い時間、ロアは触手に弄ばれていた。
「.........っ♥、......♥」
体中に広がる甘い痺れを感じながら、ロアはぴくぴくと痙攣を繰り返していた。
触手に撫でられても脱力したままロクな反応がない。
頭部は首が座らずにガクリとぶら下がるように揺れているし、ロアの瞳はぐるりと裏返ってしまっている。
途切れることのない快楽の連続、意識を反らすこともできずに積み重なるソレはもはや拷問に近い。
長時間に及ぶ触手の愛撫は、ロアを心身ともに疲弊させきっていた。
動かなくなったロアに気が付いたのか、彼女の体を這いずっていた触手たちが動きを止める。
しばらくして、状態を確かめるように気を失ったロアを揺すり、頬を叩いては彼女の反応を待つという動作を繰り返す。
「.........ぅ、ぁ」
だが返ってくるのはうめき声だけだ。それも弱々しい、唇の隙間から漏れ出る程度の。
休まず責め立ててくる触手、逃れられない環境、蓄積され続ける快感。
それでもこの状況から逃れるためにロアの体が起こした本能的な最後の抵抗が、自身の意識の喪失だった。
限界まで追い込まれて、責め上げられて、ようやく至った最後の手段。
計画性も何もない、どうしようもなくなってしまったが故の苦肉の策。
しかし事実として、その場しのぎだとしても彼女は触手の責め苦から逃れることができた。
「_________」
もっとも。
それも一時しのぎに過ぎないものだったが。
トスリ、と小さい音が肉の空間で鳴った。
音の主は、一本の触手だった。
先ほどまでロアを撫でまわしていた無数の一本。
赤黒い肉の腕は、拘束していたロアの体に自身の先端を押し付けていた。
ロアの着ていた上着越しに細い先を押し付けるという、ロアの服に潜り込んで這いまわっていた時とは異なる動作。
状態確認の延長とさえ思える単純な接触。
その効果は極めて分かりやすく表れた。
「ふぇぁ_____!? っっあ?? あ、あぁ......♥ あぁぁああああああああああああ!?」
ロアの途切れていた意識が覚醒する。
快楽と疲労で朦朧としていた意識が鮮明になり、夢から現実へと強制的に引き戻される。
体が熱いのに冷たいような異常な感覚。
視界が鮮やかだ、自分の体臭が変わっていくのを感じる、心臓の鼓動がうるさいほどに鳴っている、空気の味がわかる、時間が流れるのが遅く感じる。
何より気持ちいい。
「ひゃぐっ!? なんへ!? これっ、はぁっ.........♥」
ナニカを打ち込まれたのだと本能的に理解する。
触手に塗り回された粘液などとは比較にならない。
粘液よりも即効性で、はるかに強力な効力。無理矢理に感覚を引き上げられて、滅茶苦茶に気持ちよくされるとんでもない劇薬だ。
四肢に巻き付く触手が気持ちいい。
身に着けている服の衣擦れが気持ちいい。
声で震える喉が気持ちいい。
肺を出入りする空気が気持ちいい。
苦しいのが気持ちいい。
どうしようもないこの状況が気持ちいい
「はへぇぇぇええええええっ、へぅぅうううううう!?」
身体を弓なりに反らしながら、目を見開いて口をパクパクと動かす。
快感を逃がそうと身体を暴れさせて、それを押さえつける触手の締め付けでさらに快楽の域地に押し上げられる。
静まり返っていた先ほどと違い、ガクガクと危うい反応を起こすロアを確認し、動きを止めていた触手群が鎌首を持ち上げる。
それはロアの体を這いまわるためではなく、彼女の体に先端を押し付けるための動作。
「............っ! ぞれっ......はぁ......っ♥」
快感に溺れそうになりながら、視界の端にとらえた触手にロアが気付く。
赤黒い、光沢のある粘液をまとった肉々しい触手。
その先端に映る、細い極小の針。そこから伝うように垂れている濃密な紫色の液体。
______毒針。
この状態を引き起こした元凶であることを直感で理解する。
弱々しく、けれど必死にその恐ろしい
そして目の前で蠢く触手群が、先端に隠した毒針をむき出しにしてゆっくりと距離を縮めていることに気付く。
「あ、は.........ひっ♥」
引き攣った笑みを浮かべながらロアは顔をゆっくりと横に振る。
四肢を動かす。
動けない、逃げられない。
視線を彷徨わせる。
出口はない、逃げられない。
快楽と絶望がロアの胸中を支配する。
もう目の前まで、触手が近づいてくる。絶望が目に見える、地獄が正面から近づいてくる。
「______め......ろ......」
単なる偶然か、それとも言葉が通じたのか、あるいはただの錯覚か。
それでも触手が止まった気がして、最後の力を振り絞って。喉が震える快感をこらえてロアは必死に言葉を紡ぐ。
「ひゃめ♥、ろぉっ......い♥ ひゅっ、もう、ひゃめ、てくへ......!」
呂律が回らず、それでも必死に絞り出した言葉が暗闇に響く。
静寂。
祈るようなロアの叫びに対する触手の返答は、トスリという無慈悲な音だった。
「あ、あぁ......、ひゃら! 嫌らぁっ♥ やめ、あ、ひゃ、あぁぁぁぁあああぁぁあぁああああ!!」
ゾクゾクと背筋を冷たいものが走り抜ける。
トスリトスリと触手が殺到する、音が鳴るたびに、気持ちよさが跳ね上がっていく。
触手が体を這い始める。
ガクガクと撫で上げられる快感で身体が暴れ回る。
腰を震わせながら訳も分からずに絶叫をする。
捕らえる肉の空間がうねりながら悲鳴を虚しく呑み込んでいく。
彼女の地獄は、まだ始まったばかりだった。
***
バイトを募集したのだが、すぐに集まるものでもない。
だから、待ってる間にスライムの育成研究でもしようかなと思ったのだ。
スライムを育てる方法はいくつか考えてあるのだが、出かける機会もないくらい忙しかったので、気分転換もかねて、街の外にいる野生のスライムの調査に向かったのだ。
いわゆるフィールドワークという奴である。
スライムは環境や食物で、性質が変化することがわかっている。
火山付近の高温地帯であれば熱耐性、凍土であれば凍結耐性といった具合に耐性を獲得し環境へ適応することが出来る。
金属を食べさせれば金属の性質を備えるメタルスライム、毒草を食べさせれば毒の性質を獲得したポイズンスライムといった具合に成長するのだ。
今回は近場の森なので、あらかじめばら撒いておいた手下のスライム達の成長観察。あと植物を食べるグリーンスライムを探して、食性や性質、どこに分布してるのかとか調べようというわけである。
まあ近場とはいえ、人の住む安全圏の外だ。
魔獣と出くわす可能性もある。
自分の攻撃力のなさは、嫌というほどわかっていた。
なので強い従魔士を護衛に雇って「外」に繰り出したわけである。
久しぶりの休日だったのもあって、かなりノリノリでスライム探しをしていたわけだが、そこで見つけたのだ。
彼女を。
黒い髪と獣耳が特徴的で、宝石のような紅い瞳。
なんかめっちゃヌルヌルしてる液体まみれ、瀕死の動物のようにぴくぴくと痙攣を繰り返しているし、瞳は半開きで焦点が合っていないし、だらしなく開いた唇からは真っ赤な舌が力なくはみ出ているが、それを除けば美人と言って差し支えない感じの人だった。
いや、マジでなんだこれ。
意味が解らん過ぎて困ったので、護衛依頼を受けてくれた従魔士の指示を仰ぐことにした。
「ドランさーん! .........あー、なんていうか美人が落ちてたんですけど、どうすればいいですか?」
「はぁ!? おいおい、ウィルくんさぁ.........。こんな森の中に美人なんているわけねーだろ! .........っているじゃん!」
スライムを探すのをやめてこっちにやって来たAランク従魔士のドランさん(42歳)が、倒れている女性を見て目を丸くする。
が、何かに納得したように頷き始める。
「あー、これはヌシの犠牲者だな、しかも魔族。命に別状はないな。久しぶりに見たぜ。へぇー、ほぉーん」
「うーん、よくわからないので説明プリーズ」
「任せろボーイ」
ベテラン従魔士のドランさん曰く、この僕が活動拠点としている街「ノスト」の周辺は、テンタクルと呼ばれる一匹の魔獣の縄張りになっており、それを従魔士達はヌシと呼んでいるとか。
その強さは規格外であり、ノストに暮らす従魔士全員で戦っても歯が立たないとかいうバケモノらしい。
想像以上に厄ネタだった。
テンタクルが本気出したら街滅びるじゃん。
「そうなんだよなぁ。でも倒せないからしょうがねぇんだよな」
「それでいいんですかね.........」
「街の連中は諦め気味だぜ。俺が生まれた時からずっと放置してるし」
だが、テンタクルが縄張りにしているために、他の強い魔獣がノストに近づかない、居ても捕食してくれるという利点もある。おかげで魔獣による被害もほとんどないので平和だとか。
昼間は洞窟で過ごしており、縄張りを徘徊するのは夜とわかっているので、そこだけ注意すれば問題はない。もし遭遇しても魔力が吸い取られる程度、死ぬことだけはないので、討伐対象として扱っていないらしい。
「でも、たまにノストの街を知らずに野宿した奴がああなるんだよなー」
「そりゃ気の毒な話ですね」
「怪物と出くわして命があれば安いもんだろ、普通は死んでるぜ?」
「それはそうですね」
まあ人間、生きていれば安いか。
死人に口なし。死んだらどうにもならないのは、故郷が滅んだ時に十分に理解した。
まあ命に別条がないなら大変結構。
放置するのは気が引けるので街に搬送して差し上げよう。
命拾いした上に、安全な街まで移動できる。そう考えると確かにラッキーな話なのかもしれなかった。
「ちなみに取り込まれたら、搾りカスになるまでエッチな方法で魔力を吸われるぞ。老若男女関係なく触手と媚毒で死ぬほど気持ちよくされるとよ」
「エロ漫画ですか?」
.........前言撤回、気の毒な話だった。