ロアの視線が攻撃対象を、捕捉する。
______瞬間、彼女の身体は歓喜した。
脱力、前傾、踏み込み、腰の捻転、肩の旋回、腕の撓り。
それらを一息で行い接近を成す。
幾度とない闘争で染みついた、一糸乱れぬ肉体の連動。
身体はすでに引き絞られている。
一切の無駄をそぎ落とした、よどみのない動き。
研ぎ澄ました刃のような、ある種の機能美すら感じさせる動作。
攻撃の摂理に従い、動作は力へ、力は敵へ。
即ち______
「ぶ!?」
ロアの拳は僕の顔を、正確無比に撃ち抜いた。
***
「______あれ」
思い出したかのように起き上がる。
どうやら木の下で眠っていたようだった。いったい何が起こったんだ。
「起きたー!」
「しぬなー! きずはあさいぞー!」
「えいせいへーい!」
見れば近所の子供たちが、僕を覗き込んでいた。
「うーん、なんか綺麗な川の向こうで両親が手を振ってたんですけど。なにが起こったんです?」
「ウィルがロアねーちゃんと」
「タイマン始めて」
「一撃で沈められた」
「.........ああ、そうだった」
だんだん思い出してきた。
そうだ、ロアさんが戦闘経験豊富って聞いたから、頼み込んで組手の相手をしてもらったのだった。
街の広場で。
「手加減なしで頼む」なんて言ったのがいけなかった。最近読んだ格闘漫画やら体術入門書で強くなった気がしていたのだが、やはり気のせいだったようだ。
頬がクソ痛てぇ。
「これは恥ずかしい」
「だっさ」
「草超えて森超えてユグドラシル」
「心配かけたロアねーちゃんに謝ってほしい.........、謝れ、謝れよ!」
「あっ」
僕を一撃で沈めたストライカーを探すと、座り込んでしょぼんとしているロアさんがいた。
「すまなかった、店長.........」
「いや、僕が悪いんで」
「そうだぞー、ロアねーちゃんは悪くないぞ」
「ヘボヘボなのが悪い」
「みのほどを、ね」
悪ガキたちも言いたい放題だが、何も言えねぇ。
自信ありげに構えたくせに、無抵抗でぶん殴られるんだもん。そりゃビックリするよな。
咄嗟に緩めてくれたらしいが、それでも意識が飛ぶ威力が出るのヤバくない?
これで魔力で身体活性されてたら、誇張抜きで前が見えねぇになっていた可能性まである。
ちなみに身体活性は簡単なので僕でも出来るのだが、魔力量がスライム級なので一秒未満しか持続できない。
短すぎんよー。
「その、もう少し寝ていなくても大丈夫か? 私の膝を使ってくれ」
ロアさんが自分の膝を、ポンポンと叩く。
............ん?
ん?
「もしかしてロアさんの膝で寝てました?」
「.........? そうだな」
へぇ~、気絶してる間は膝枕してもらってたのかー。
最高じゃん。
「.........あっ、ちょ~っと、ふらつくので失礼しますね」
「ああ」
「しばらくしたら良くなるんで」
「ああ」
許可が出たので、極めて自然にゴロンと横になる。
今回のロアさんの服装はシャツにジャケット、そしてハーフパンツというラフな姿だ。なぜ服装を説明したかというと、特に理由はない。
はぁ、柔らか。なんか温かいし、良い匂いもする。
「なんてしあわせそうな顔してやがる!」
「はよしゅぎょーしろ!」
悪ガキ共が騒ぎたてるが、全てがどうでもいいことに思える。
「今日はしゅぎょうするって言ったじゃん!」
「うそつきー!」
修行? なにそれ?
膝枕より優先されることなのか? 否である。
確かに悪ガキたちとは約束したが、そんなものは後回しだ。
喚かれようが、ゴネられようが動く気はない。
「このっ! このっ!」
「オラオラオラオラ!」
「びえ”え”え”え”え”え”え”え”え!!!!!」
「ちょ、うるさっ、やめっ、蹴るな、引っ張るな! 傷をつつくな! 邪魔するな! .........お”ま”え”ら”!!」
キレて追い回す僕。
逃げる悪ガキ。
捕まえる僕。
抵抗する悪ガキ。
悪ガキに身体活性を使われて喧嘩に負ける僕。魔力量の差には勝てない。
弱肉強食。
世界は残酷だった。
途中で不毛なことに気が付いた。
仕方がないので子供との争いをやめて、ロアさんと再び組み手を再開した。もちろん手加減ありで。
ブンブン、スパァン! みたいな。
ブンブンが僕のパンチ、スパァンがロアさんのパンチだ。
戦闘経験豊富なロアさんに、実力を測ってもらうのが目的だ。
そもそも子どもと喧嘩して負けるような人間に、実力の高い低いがあるのか疑問だが。まあ試すだけならタダだ。
「で、どんなもんですかね」
「普通だ」
「普通ですか」
ロアさんの言葉を復唱する。
「クソ雑魚ナメクジくらいは覚悟してたんですけど」
「クソ雑魚というほどでもない。私の攻撃に目をそらさないし、動きも悪くないと思う」
「あの子供に喧嘩で負けるんですけど」
「.........アレは、魔力が無いせいだろう。動きが多少良くても、力で負けていれば押し切られる」
身体活性は子供でも使える技術だ。
というか、体内を魔力が巡っているだけで身体は活性化するので技術ですらないかもしれない。
「じゃあ、やっぱり体術とか覚えても無駄ですかね」
子供に力負けするのでは意味がなさそうだ。
「そうでもない。戦場は、生死を分ける瞬間がある。そこで自分を助けるのは、身につけた技術だけだ」
「生死を分ける瞬間」
「武器がなくとも戦えるというのは強みだ。身を守るための受け身も覚えておいて損はない」
相手に勝つのではなく、自分が生き残るための技術。
僕が身につけるべき技術は、ソレからだと彼女は言った。
「なので、受け身の練習をしてもらう」
「なるほど。ちなみにどんな練習なんです?」
「受け身を取ればいい。私がお前を投げたり転がし続ける」
シンプルだった。
案外簡単かもしれない。
「シンプルですね」
「どんな状況でも受け身を取れるようになってもらう」
「.........ちなみにいつまで?」
どのくらいで終わるのかなーと思ったので、ロアさんに尋ねてみる。
彼女が一瞬きょとんとして首を傾げる
「出来るまで」
彼女は結構厳しかった。
その日は街の広場で宙を舞う「ウ~ズ」の店長の姿が目撃された。
朝から延々と投げ続けられ、僕がようやく彼女が納得するレベルの受け身を取れるようになったのは、日が沈んでボロ雑巾みたいになってからだった。