エルンスト王国の辺境に位置する小さな安全圏、それが辺境街ノストだ。
人口の集中する安全圏____つまり主要都市から離れている街はガスや水道、電気を通せないために基本的に不便な生活をすることになる。
が、例の「
本来嫌われ者の
多少の不便はあるが、従魔士にとって住みやすい環境であることは間違いない。
さて、今日はそんなノストに設置されている従魔士ギルドに用事があった。
従魔士としてのライセンスの発行、依頼の斡旋、従魔士の情報管理、安全圏周辺の環境維持、
受注は掲示板に依頼用紙を張り出すアナログ形式なので、基本的にフリーな従魔士達のたまり場になっている。
重い扉を開けてギルド内に入る。
ぼへーっとテーブルでくつろぐ従魔士に一人が、こっちに気付いて立ち上がる。
アフロヘアーの天辺に一本の苗木を生やした従魔士は、パァッと笑顔になると駆け寄ってくる。
「あっ! ウィル君じゃん! おひさー!」
「おひさ、ウツギ」
「最近ギルド来ねーから心配してたんだぜ! ほら、フラワーちゃんもそう言ってる!」
ズボォ、と頭に乗せていた
「それ怖いからやめなよウツギー」
遅れて、後ろからノホホンとした恰幅のいい従魔士がやってくる。
「別に怖くねぇだろブッチー!」
「あ、うちの母ちゃんが、こんどスライム売ってくれってさー、ゼリー用を」
「ん、用意しとく」
「無視すんなよー!」
ウツギとブチャル。
ノスト生まれノスト育ちの彼らは、従魔士たちの中でも数少ない同年代の仲間だった。
ノストに来て日が浅い僕に気安く接してくれた、気の良い奴らである。
「あぁ!? そういやウィル君さぁ! なんかめっちゃ美人のアルバイト来たべ?」
「まあね」
「ちょっと恥ずかしくてホール買いに行きづらいんだけど」
「それはマジでゴメン」
気が付けばギルド内の他の従魔士たちも集まって頷いていた。アンタらも気になるんかい。
なにか敷居を下げる工夫したほうが良いかもしれない。
「ちょっと、騒がしいよ!」
何かいい方法はないかと首をひねっていると、頬をつねられた。
「痛ひゃい!?」
見ればノストに住む最後の同年代。
ギルドの受付員のレイシアがいた。
綺麗な金髪にギルドの制服姿、丁寧な対応と明るい笑顔が評判のギルド職員だったが、本気で怒るととても怖いことで有名だった。
以前、ドランさんが酔っぱらってギルド内でゲロをぶち撒けたことがあった。
当然怒ったレイシアに説教をされ、泣きながら自分のゲロを片づけるノスト最強の漢を見て以来、彼女を怒らせることは避けねばならないと僕たちは学んだ。
ギロリと彼女が睨む。
「っべー、じゃあなウィルっち!」
「ちょ」
「アッ!! 急にお腹が減った! 帰る!」
「仕事するかー」「今日も社会貢献、させてもらうぜ?」「唐突に薬草採取したくなってきた」
あっという間にギルド内に人がいなくなった。
アイツら、僕を置いて逃げやがった。信じらんねぇ。
「.........もう」
どんなお叱りを受けるのだろうか。
自分の処遇を憂いていると、レイシアがつねっていた頬を放す。
「あれ、怒んないの?」
「こんなので怒ってたらキリがないもの。.........叱ってほしい?」
「叱ってほしくないです」
流石に18歳にもなって、同年代の女の子に泣かされたくはなかった。
「ならよし。何か用事があるんでしょ? こっちに来て」
受付カウンターに回って手招きする彼女に従い、向かい側の席に着く。
パチンと彼女が指を鳴らすと、小さな緑の妖鳥がギルドの奥から紙とペンを持って現れる。
彼女の従魔だ。
「ありがとね」
依頼用紙とペンを受け取り、アリシアさんが礼を言うと、ピィと鳴いてギルドに帰っていく。
見送り終えると、必要事項をスラスラと記入しはじめる。
田舎の安全圏だと、生活に不要な為に教養程度にしか勉強をしない人間も多い。だがレイシアは相当勉強を頑張ったようで、16歳でその時には国際機関である従魔士ギルド職員になっていた。
僕がノストに訪れた時期とほとんど同じであり、彼女との従魔士としての付き合いはそれなりになる。
勉強熱心なしっかり者、それが僕の持つレイシアのイメージだ。
書き終えるのを待っていると、レイシアが口を開く。
「そういえば、アルバイトを雇ったって聞いたわ」
「あー、魔族の人をね。ようやく手伝いを雇えたから助かってるよ」
「ふーん.........、そうなんだ」
興味のなさそうな、素気のない返事だ。
まあウツギやブチャルと違い、彼女はギルドでしか関わらないし。こんなものだろう。
従魔士になった頃は、お世話になりっぱなしだったが、「ウ~ズ」を開いてからは随分と関わる機会も減った。
「あ」
そう言えばドランさんが、レイシアさんが心配していたと言っていた。スライムしか売らない雑魚従魔士を心配するとか、ほんとかよと思わないでもないが。
まあ彼女くらいになると魔族にも詳しいのだろう。
面倒見の良い彼女のことだし、結構心配をかけたのかもしれない。
話すにはちょうどいいタイミングなので、ロアさんはいい人であることをアピールしておこう。
「雇ってる人は真面目だし、仕事の呑み込みはやいし、優しいし、笑顔がかわいいし、しっかり者だし、細かい気配りも出来るし、悪い人じゃないと思いますよ」
「.........っ! そこまで、ウィルが褒めるなんて珍しいね」
「まあ、事実だし。一緒に働けばいろいろ見えてくるもんだよ」
嘘は言っていない。
正直、黒髪獣耳クール美人お姉さんってだけで百点満点だし。他の評価は些細なことだ。
「______いいなぁ」
「え?」
「な、なんでもない。 で、何の用事で来たの?」
「商品の運搬依頼を出したいんですよね」
「ウ~ズ」の資金源は、何を隠そう「スライムホール」である。
どこでも手軽に一発スッキリできる従魔士向けの性処理グッズとは言っているが、基本的に男性全般に人気のある商品だ。
オナホ界隈のオンリーワンにしてナンバーワン、出せば出すだけ売れる。
「スライムホール」を売り始めてかれこれ二年は経過しており、使用感の良さと客の口コミで「スライムホール」はそれなりの知名度を持っていた。
現在はノストだけでなく、他の安全圏の生活用品店と提携して販売をしているのだ。
その商品の運搬を従魔士に頼もうというわけである。
飛行能力のある魔獣を従える従魔士もいるし、人数を雇えば段ボール数十個の運搬もそう難しいことではない。
「最初はおかしくなっちゃったのかと思ったけど、結構人気なんだね」
「あー」
売り出し初めの頃、ギルドにスペースを借りて販売していたら「正気かコイツ」って顔されたっけ。どんな商品か聞いてきたので、説明したらレイシアが赤面していた頃が懐かしい。
三大欲求の一つである性欲を、疑似的にでも満たせるのだから、まあ需要はあるのだろう。
「相手がいれば必要ないだろうけど。独り身の人には需要はあると思うね」
「そうなの?」
「相手のいない人は持っていて損はない商品。僕はそう思う」
以前、ホールを使うとか情けないとか言われたこともあったが、合意を得ないで相手を襲う輩がいることを考えれば、わりと紳士的なアイテムだとは思う。
しかし、彼女が「スライムホール」を自分から話題に出すとは意外だった。
以前は使用方法を聞いただけで顔を赤くしていたのに、なにか心境の変化でもあったのだろうか。
「..................じゃあ、ウィルは使うの?」
「え?」
なんかとんでもねぇこと聞かれた気がした。
............まあ聞き間違いだろ。
「だから、ウィルは使うの? ソレ」
「.........」
できれば聞き違いであって欲しかった。
何で聞いた? 何で聞いた!?
なに興味なさそうなフリして依頼用紙見てるんですかね。世間話で流せるレベルじゃないんですけど。あと目がめっちゃ泳いでるの丸わかりだぞ。
じっとレイシアを見てみる。
だが耳を赤くして俯く彼女が、この状況を動かすつもりはなさそうだった。
完全に返事待ち。
「.........あ、虫だ」
なんかハエを目で追ってるフリをして辺りを見回すが周囲には誰もいない。完全に二人きりの状況だった。まあ少子高齢化と戦う辺境街の一つなので、昼間はこんなものだ。
一旦、落ち着こう。
状況を整理すると、彼女は僕がオナホを使っているかを聞きたがっているらしい。だが、彼女の言葉をそのまま受け取るのは愚かと言わざるを得ないだろう。
果たして知りたいだろうか? 冴えない男がオナホ使ってるかどうか。
僕は知りたくない。
知らないまま人生を終えたい。
という事はその言葉以上の何かを読み取る必要があるという事だ。
今回、気が付いたのは彼女がスライムホールに興味を示していたという事である。
先ほどの会話を振り返る。
『相手がいれば必要ないだろうけど。独り身の人には需要があると思うね』
『そうなの?』
『相手のいない人は持っていて損はない商品。僕はそう思う』
『..................じゃあ、ウィルは使うの?』
じゃあ、と彼女は言った。
僕の言葉を踏まえると「相手のいない人間はグッズを使うが、お前は使うのか?」となる。その言葉の返答によって把握できるのは僕の「オナホの使用の有無」、「彼女の有無」。
なら彼女は「僕に彼女がいるのか?」と暗に問うているのだろうか?
______否である。
彼女の有無を知るためだけに、まあまあセンシティブな商品であるスライムホールを話題に出すだろうか?
いやいや。
彼女は国家レベルでの業務に携わる優秀な人間の一人である。
普通に「彼女いる?」って聞けばいい筈の話を、そんな遠回しかつ無駄の多い方法をとるなんてありえない。万が一そうだとしても、どんだけ慌ててるんだって話だ。そんな恋する少女じゃあるまいし。恋は盲目とはいうが、恋愛漫画の乙女ですらもう少し冷静だ。
という事は聞きたいのは「当然オナホの使用の有無」。
そして、これが会話であることを踏まえればあとは簡単だ。
会話とは続けるもの、発展させるものだ。この話題には発展する先があり、おそらく彼女には持って行きたい会話の方向がある。
なら、この話題の中心はオナニーグッズである。そして今までソレに恥ずかしがっていた彼女が、今回はソレに興味を示している。
______なるほど。
「わかったよ」
完全に理解した。
ならば彼女の勇気に僕も応えねばなるまい。
僕は背筋を伸ばし、彼女をしっかりと見据える。
すると何かを察したのか彼女が俯いていた顔を上げる。
視線が合う。
僕は穏やかに彼女に告げた。
「今度、女性用のグッズを作ってくるよ。内緒で」
彼女はつまり「僕? 使ってるけど、お前はレイシア?」と言わせたかったのだ。
そこから僕に専用のスライムグッズを作ってもらえるように話を持って行くつもりだったのだろう。
彼女がいるかどうかを知りたいだけなら、普通に聞けばいいだけだし。
迷宮入りの事件を説いた気分だった。
清々しい気分でレイシアさんを見る。
彼女は驚いたように目を見開いていた、しばらくして我に返り、次に頬を赤らめて_____
「_______だ、誰もそんな話してない!」
容赦のないビンタが、僕の顔面に突き刺さった。
僕はぶっ飛びながら、じゃあ何の話だったんだよと思った。