春香さんは低音ボイスしか出せないようです 作:ピヨピヨ
・春香さんの765プロ入所が他のメンバーより遅い
・春香さんと千早が幼馴染み
という設定となっております
「あー、みんな集まってるな」
アイドル戦国時代の日本の中で、特に人気の高いアイドルを数多く輩出している大手芸能プロダクション765プロ。その事務所の一角にて、一人のプロデューサーとその担当アイドルたちが集合していた。
「みんな集めて何なのダーリン? なんかイベントでもするの?」
眩しい金髪の少女、星井美希がプロデューサーに訊ねる。
「あぁいや、イベントっちゃイベントだが、そんな仰々しいもんじゃない。今日からみんなの同僚になる子との顔合わせだ」
「あら、新しい子が入って来たんですね」
柔らかい雰囲気の女性、三浦あずさがそう頷いたが、小柄な少女、水瀬伊織が首を傾げる。
「新人との顔合わせにしては随分な待遇じゃない。いつもならプロフィールだけ知らせてみんなの都合が合った時に順々に顔合わせしていくのが普通なのに」
「社長の意向でな……何でもその方が面白そうだからとか」
プロデューサーも詳細を知らないのか腕を組んでそう返答した。
「社長がそう言うってことはすっごい天才とか?」
「いや、プロフィールだけ見た感じでは普通の子みたいだったな」
「ん? 兄ちゃんも会ってないの?」
「おう。俺もまだ書面でしか知らない。写真は見たから顔は知ってるが」
「ふーん」
ボーイッシュな少女や双子の少女とそう会話していたプロデューサーはおっと、と手を叩いた。
「まだその子の名前を教えてなかったな。天海春香っていうんだが」
「えっ、春香!? 天海春香って言いましたか!?」
「お、おう。そうだけど、どうした千早」
スレンダーな少女、如月千早が大声でプロデューサーに聞き返す。いつもクールな彼女にしては珍しい反応だった。
「千早さん、知ってる人ですかー?」
「え、ええ……天海春香は、私の幼馴染みなのよ」
「あぁ、知り合いの名前が出て驚いたのか」
プロデューサーは「千早の幼馴染みだったんだな」と呟いたが、当の千早は頭を抱えていた。
「あの、千早ちゃん? その子がどうかしたの?」
「いや……春香なら確かに納得がいくのよね。うちに入ってくるのも、社長が面白がってこういう顔合わせをしたがるのも」
千早には社長が春香を気に入った理由がわかった。春香の才能とか以上に、
「ちなみにどんな子なんだ? 千早」
「歌うのは好きですけど、正直プロデューサーも言った通り、どこにでも居る普通の子ですよ……ええ、普通の子なんです」
「なんか含みのある言い方ね、千早」
そうこう話しているうちに、プロデューサーが社長から知らされた顔合わせの時間になってきた。
「そろそろだな。春香って子、いきなりアイドルが勢揃いしていて怖がらないでくれたらいいが」
「多分大丈夫です。私もいますし……というか」
千早はそこで皆を見渡して言葉を区切った。
「というか……なんだ?」
「私はみんなの方が心配なんですよね。いい子なので、怖がらないで仲良くしてあげて欲しいんです」
「は? 千早、それってどういう……」
聞き返そうとしたプロデューサーだったが、廊下から足音が聞こえて来たことで言葉を止めた。おそらく件の人物である天海春香だろう。足音の人物は扉の前で立ち止まってから礼儀正しくノックをすると、ノブを回して扉を開いた。
『失礼します』
「はっ?」
聞こえて来た声色に誰かが疑問の声を上げたが、件の人物は気にも留めずに部屋に入って来た。そうして、部屋にいる人物を見渡すと自己紹介をする。
『私は、この度765プロダクションに入所させて頂きました、新人アイドル候補生の天海春香です。皆さん、これからよろしくお願いします!』
そう言って皆に頭を下げる春香。その言動も態度も何一つおかしいところは無い。しかし、その場にいる面々が彼女に受けた印象はひとつであった。
(((((声ひっっっっっく!?)))))
そう。彼らの前に現れたどこにでもいるような容姿の女子高生、天海春香は、その外見からは不釣り合いなぐらいの低音ボイスの持ち主だった。どのくらいかと言えば、あずさや真は幻でも見たかのように目をぱちくりさせ、伊織や双海姉妹が思わず辺りを見回してスピーカーを探すくらいには。
言わんこっちゃない、とばかりに唯一冷静だった千早が春香の会話相手になるために前に出た。
「久し振りね、春香。あなたもついにアイドルになれたのね。おめでとう」
『ありがとう、千早ちゃん! まだ候補生だけどね。千早ちゃんが歌ってる姿を見て私もなりたいって思ったんだ』
文面だけ見れば微笑ましい友人同士の会話はしかし、邪悪な魔女が少女のふりでもしているのかと思うような春香の低音ボイスからもたらされる謎の圧のせいで凄まじいちぐはぐ感を醸し出していた。
(えっと……マジであの子の喉から出てる声だよな? スピーカーとかねえよな?)
(ボクもファンの人たちからイケボとか言ってもらえるけど、なんというか格が違う感じ……)
(うっうー! なんか格好いいです~!)
(す、すげーの。ただ喋ってるだけなのに謎のオーラがあるの)
それぞれが好き勝手な感想を述べる中、春香と話している千早にチラリと視線を送られ、ようやく前に出る。それに気付いた春香が頭を下げた。
『あっ、すみません。私ってば、千早ちゃんとばっかり話し込んじゃって……』
「しょうがないわよ。天海さんは千早と幼馴染みなんでしょ」
『えっと……水瀬さん。私は後輩なんだから、さんなんてつけずに気軽に春香と呼んでくれていいですよ?』
普通に聞けば単なる謙遜なのに、例によって低音ボイスのせいで謎の威圧感が発生していた。そもそも伊織が天海さんなどと呼んだのも呼び捨てにするのが微妙に怖かったからだ。
「わ、わかったわ、春香。ならあんたも敬語はやめてよね」
『わかり……わかったよ、伊織ちゃん』
「ふふん、それでいいわ。あんたなかなか話せるじゃない」
がしかし、元々物怖じしない伊織である。すでに春香と普通に会話できていた。
『あ、皆さんも。私のことは気軽に春香って呼んで下さいね。これから同じ仕事をする仲間なんですから』
(((((いい子なのに声のせいで凄く胡散臭い!!)))))
皆に明るい笑顔でそう言う春香だったが、残念ながら悪の組織の首領でも通用しそうなド低音ボイスのせいで絶妙に信用できない発言になっており、特に『仲間』というワードが致命的に似合っていなかった。
そんな事を思われているとは露知らず、春香は改めてこれから同僚となる皆の姿を見回してから、うーんと唸った。
「どうしたの、春香」
『いやぁ、みんなやっぱり特徴的な人たちが揃ってるなぁって思って』
そう言うと春香は頬に手を当てて悩みのポーズを取る。
『私って、特に個性が無いけど大丈夫かなぁ?』
(((((有りすぎるぐらいあると思うんですけど!?)))))
容姿と年齢からは想像もつかないド低音ボイスでそんなことをのたまい、内心で盛大に突っ込まれる春香であった。
【天海春香】
常時悪役みたいなド低音ボイスでしか喋れない春香さん。
ファイナルデイ様みたいな悪役ボイスで日常的な言動をするので違和感バリバリ。
声のせいで普通に話しているだけで何故か怖がられたり、言葉のニュアンスが全く別ものに聞こえてしまったりする。
周囲が騒いでいる時に『みんな、静かにして』とか言うと一斉に静まりかえるのはなんでだろうとか思っている。