できるだけ現段階アニメ視聴済み、原作未読の方でも読めるように書いたつもりです。分かりにくいネタがあったらすみません。
楽しんでもらえれば幸いです。
「おや? あれは……」
美しい紅葉と黄葉のアンサンブルを楽しむため、少し高めにほうきを飛ばしていた私は、眼下の様子に注意が向きました。
街道のど真ん中で、3人の汚くて屈強で臭そうでむさ苦しい男達が1人の女の子を通せんぼしています。
「うわあぁぁぁん! 許してほしいでござる〜! 拙者、金目の物など持ってないでござるよぉ! 金目の物と言えばこの刀でござるが、これを金目の物と言ったら盗られちゃいそうなので、金目の物など持ってないと言っておくでござるぅぅぅ!」
「…………」
どうやら山賊に襲われているようです。女の子は持っていた荷物を脇に置いて、地面に跪き、両手をつき、頭を下げて許しを乞うています。
可哀想に。主に女の子のわざわざ金目の物がどれかを教えてしまう頭が。
「あっ! ちょっ、マジでそれだけはやめて! それ武士の魂だから! 拙者の魂持ってかないで! 魂盗るなら、もう山賊なんか辞めて死神に転職したらいいでしょ……あっ待って! 冗談だから! 侍ジョークだから!」
予想通り、山賊の方々は女の子から刀を強奪しようと引ったくっています。それに抵抗する女の子。というか、実は結構余裕ありません?
とはいえ、流石にこの状況を見過ごすわけにはいきません。
風で飛ばされないように黒の三角帽子を抑え、黒のローブと灰色の髪をはためかせて華麗にほうきで急降下する、それはそれはかっこ可愛い美少女とは一体誰でしょう。
そう、私です。
結果から話せば、山賊さん達は私が「えいや」と魔法を使うだけで簡単に撃退できました。そもそも魔女である私が、汚くて屈強で臭そうで実際臭かった山賊3人に負けるはずなどないのですけどね。
問題はその後です。
「えぐっ…ひぐぅ……ぐすぐすん……」
襲われていた女の子が私のローブを掴んで離してくれません。このまま放置するのも気が引けたので、一緒に街道を歩いてあげてるのですが、いつ泣き止んでくれるのでしょう。
目を向けると泣き顔を見られたくないのか、私のローブに顔を埋めてしまいます。涙と鼻水と涎が付きました。きたない。
「ちーん!」
そのまま鼻かまれました。なにさらしとんじゃ貴様。
「あの、あなたお名前は? あまり見慣れない格好をしていますが、もしかして東国の出身ですか?」
「ぐす…そうでごじゃる…。拙者、名前をモミジと申す者。16歳。恋人募集中でござる」
「そこまで聞いてないです」
「なにゆえ東国の出身とお分かりに?」
「知り合いにいるんですよ。あなたと同じ黒髪黒瞳です」
女の子改めモミジさん。あなた、16歳にもなってそこまでガチ泣きしますか。
そんな感想を持ちながら、私はモミジさんの服装に興味を引かれました。下はヒラヒラとした黒いズボン———確か袴といいましたか。上は体の正面で重ねるバスローブの親戚みたいなものを着ています。合わせ目はバスローブと逆ですが。
さらに、その上から黒いローブを羽織っていました。桜の花びらが刺繍されていてお洒落です。ちょっと欲しいかも。
さらに目を引くのは、腰に佩いた刀。以前知り合った眠ると記憶を失う白髪さんのような真っ直ぐした刃ではなく、軽く反っています。武士の魂とか言っていましたか。
「ローブを着ているところを見るに、あなた魔法使いですか?」
「然り。まだ未熟者ゆえ、魔導士の位ではござるが」
「それでも最低限攻撃魔法は使えるでしょう。どうして魔法使いでもない山賊に襲われていたんです?」
「拙者、ほうきで飛んでいたところ尻が痛くなったでござる———」
話を聞いてみると、どうやらお尻が痛くなって歩いていたら襲われたそうです。それならまぁ、普通に魔法で撃退できたはずですが、何を思ったか彼女は刀で戦おうとしたそうです。
ですがだいぶ長い間手入れを忘れていたそうで、錆び付いて抜けなかったとのこと。聞くところによると、以前海でその刀を銛代わりにして素潜り漁をしたそうです。武士の魂、扱い雑すぎませんかね。
そのままガチャガチャ抜こうと四苦八苦していたら囲まれてしまい、テンパって魔法も使うことができなかった、と。
「えっ、アホすぎません?」
「うぅ……穴があったら入りたい」
「まぁ、怪我がなくて良かったです」
「はい! このご恩、一生忘れないでござる。もしよろしければ、名前を伺ってもよろしいでござるか?」
「イレイナです。灰の魔女で旅人です」
「イレイナ殿…イレイナ殿……うん、覚えたでござる!」
そう言って、モミジさんは勢い良く抱き着いてきました。あまりに唐突過ぎて腕でガード。汚された袖で防いでやろうとしましたが、まるで子犬が障害物を潜るように避けてガシッ。捕まりました。
「イレイナ殿〜大好きでごじゃる〜! 命の恩人でごじゃる〜かっこよかったでごじゃる〜! バチクソときめいたでごじゃるよ〜」」
すりすりすりすり。めちゃくちゃ頬擦りしてきます。武士は礼儀を重んじるって噂で聞いていましたけど、これが重んじられた礼儀ですか。無礼千万でしょう。我命の恩人ぞ?
「イレイナ殿、拙者の主君になってほしいでござる。誠心誠意、命の限りお仕えするでござる」
「いえいりません。旅人ですので、仕えられても困ります。ていうか、今現在困っています離してください」
ほっぺ無くなりそう。
「むぅ…。ではせめて恩返しさせてほしいでござる。旅人ならば、イレイナ殿はもしやこの先の国に滞在する予定ではござらぬか?」
「えぇ、まぁ」
「なれば、その国での滞在費は拙者がもつでござる」
やだラッキー。旅の醍醐味って、やっぱり人との素敵な出会いですよね。
辿り着いた国は、なんともまぁ普通な国でした。普通に男性がいて、普通に女性がいて、普通に老人がいて、普通に子供がいます。普通です。
普通じゃないレベルで普通です。あれ、普通ってなんでしょう?
「イレイナ殿! あちらの宿などいかがでござるか?」
『普通』とは何かという哲学に直面した私の手をモミジさんに引かれ、現実に戻って来ました。ただいま。
後頭部上側に結われた黒くて長いポニーテールが、まるで子犬の尻尾のように左右へぶんぶん振れてます。
ちなみにこの国へとおしゃべりしながら歩いてきたのですが、その時こんな会話をしました。
「そのポニーテール可愛いですね」
「これはポニーテールではござらん。『ちょんまげ』というものでござる。武士の魂でござる」
「ポニーテールと何が違うんですか?」
「概ね一緒でござる」
じゃあポニーテールでいいじゃん。そう思ったのは内緒です。たぶん顔には出ていましたが。
そんなこんなでいつもなら安宿で十分な私ですが、今回はできるだけ良い宿に泊まろうと目を皿のようにして探します。いっそ人にこの国1番の宿を聞いてしまいましょうか。うんそうしよう。
「すみません。この国の中で1番良い宿ってどこですか?」
「あら。それなら南東にある宿がいいわよ。普通に美男美女の従業員揃いで、普通に最高のもてなしを普通に最高の笑顔でしてくれるわ。まぁ、もちろん普通にお値段は張るけどね」
「ありがとうございます」
あのマダム、会話しててちょっとイラッときますね。『普通』が多い。
ですが、他の皆さんに聞いても南東の宿が最高と言うので、そこに行くことは決定しました。
一応お金を払ってくれるのはモミジさんなのでお伺いを立てると、笑顔で頷いてくれます。あらやだ素敵。
———ですが、その普通に最高級の宿に着いてチェックインをしようとした時、事件は起きました。
「イレイナ殿ぉ! お財布どこかに落としちゃったよぉ…ぐすん」
この馬鹿ちんが! 心の中で叫びました。10回叫びました。なんなら、3回目と7回目は口から出たような気がします。
フロントでまたもやガチ泣きするモミジさんの顔は…うわ汚な。頭部にある耳以外の穴という穴からありとあらゆる液体を垂れ流しています。うわ汚な。
フロントの従業員さんは、めちゃくちゃ迷惑そうな顔をしています。その視線が助けを求めるように私の顔へと向けられ、胸に提げた魔女の証である星をかたどったブローチを捉え、もう一度視線を私の顔に向けてきます。
その目は、なんだか『お、魔女じゃん。魔女なら払えるよね? この国で最高級の宿でお値段は普通に張るけど、魔女なら払えるよね? だって魔女だもん。えっ、もしかして払えない? 魔女なのに?』と語っています。
魔女ハラスメントですか?
「イレイナ殿ぉ……」
いまだ涙と鼻水と涎をダラダラ垂れ流しながら情けない声でモミジさんもこちらを見てきます。
この状況……もしかしなくても私が払わないといけませんか?
「当宿は冷やかし厳禁。フロントに来たからには、最低一泊はして頂かなくてはならない規則となっております」
「……ちなみに一泊のお値段は如何程?」
「金貨12枚となっております」
思わずほうきを呼び出して逃げたくなりました。ぼったくりも良いところです。
「お食事を付けますと、追加料金で一食につき金貨5枚のお支払いとなっております」
ぼったくりも良いところです。
「……わかり…ました…。払…い……ま…す……」
プルプル手と声を震わせながら、私はフロントに金貨12枚を渡してチェックインしました。
「申し訳ないでござる! 本当に、本当に申し訳ないでござる〜‼︎」
さすが高いだけあり、部屋は最高のものでした。
そんな部屋のベッドの上で突如ダイエットしてしまったお財布へ茫然とした眼差しを向ける私へ、モミジさんは相変わらず泣きながらひたすら謝っています。
泣けば許されると思ってんじゃねーですよとも思いましたが、部屋に入って調べたら、この宿はどうやらバカンスに来た王族貴族向けのものらしいです。これはたぶん私が最高級の宿と聞いたのが悪かったですね。はい。
とはいえ、基本的に性根の腐っている私です。一言、八つ当たり気味にモミジさんへ言ってやろうと考えましたが……やめておきます。
この部屋、ベッド1つしかないんですよ。バカでかいベッド。その上の真ん中で、土下座で謝りながら泣くものですから…あーあ。ベッドがモミジさんの顔面から流れ出る体液でどんどん汚れていきます。
これ以上泣かれると、私はモミジさんの体液でビチャビチャになった場所で夜を過ごさなくてはなりません。それはそれは地獄なことでしょう。
「別にそこまで怒ってませんから、もう泣き止んでください。ほら。そろそろお昼ですし、パン屋さんにでも行きましょう?」
「……本当でごじゃるか? パン屋さんに行くふりして拙者を撒いて、そのまま閉め出したりしないでござるか?」
「しませんよそんなこと」
ちょっと魅力的に感じてしまったのは内緒です。
そうして最低限の荷物だけ持ち、私達はパン屋さんに来ました。私が旅をして訪れた国の多くは露店が多かったですが、この国のパン屋さんはどうやらお店を構えるタイプのようですね。
入店すると、私達は焼けた小麦の香りに包まれました。幸せです。
「ここまで来て聞くのもアレですが、モミジさんはパン平気なんですか? 確かあなたの国の主食はお米でしたよね」
「郷に入りては郷に従え。その国の味を楽しむのも旅の醍醐味でござる」
「なるほど」
「……ぶっちゃけ米食べ飽きただけなんだけどね」
「今のは聞かなかったことにしましょう」
店の入り口でトレーとトングを手に取り、私達は山盛りに積まれたパンを吟味しながらそんな会話を交わしました。
カチカチ。カチカチ。こういったパン屋さんでパンを選ぶ時、ついトングをカチカチしちゃうのってどうしてなんでしょう?
「イレイナ殿。何個までパン取っていいでござるか?」
美味しそうなパンに目を輝かせながらモミジさんはそんな事を聞いてきます。そういえば、彼女の支払いも私がもたなければならないんですよね……。
「たくさん食べるほうですか?」
「たくさんの種類を少量ずつ食べたいほうでござる」
「では私と1つのパンを半分ずつ食べるというのはどうでしょう?」
「それがいいでござる! まるで恋人のようでござるな?」
なにやら戯言が聞こえましたが、無視。
「……もしかしてイレイナ殿、クロワッサン好きでござるか?」
「はい。パンは全部好きですが、特にクロワッサンが大好きです」
私のトレーにクロワッサンが二桁は載せられています。モミジさんはなにやら言いたそうですが、お金を払うのは私なので言葉をグッと飲み込んだようです。賢明ですね。
口を尖らせながら、モミジさんは5種類のパンをトレーに載せました。
「結構食べるんですね?」
「夕食の分も入ってるでござる」
「何故です? また夕食の時に来ればいいじゃないですか」
「……いいでござるか?」
「横でお腹をグーグー鳴らされたら安眠できないでしょう?」
「拙者お腹グーグーなんて鳴らさないでござる!」
顔を真っ赤にしてプイっとそっぽを向かれちゃいました。この子、からかうと楽しいかもしれません。
夕食も同じパン屋さんで買って宿の部屋で食べた後、私たちは交代交代でシャワーを浴びました。
そうして、私は今日あったことを日記帳である『魔女の旅々』に記していた時のことです。
「イレイナ殿、何をしてるでござる?」
タオルで髪を拭きながら私の肩越しにひょいっと日記帳を覗き込んできました。
「旅の日記をつけているんです。今日は面白いことがあった…の…で……」
振り返ってバスローブ姿の彼女へ目を向けると、私はモミジさんの変化に言葉尻が濁っていきます。
おかしいですね……。モミジさんの胸、シャワーを浴びる前より明らかに巨大化しています。
東国出身の女性の胸はスポンジでできているのでしょうか?
いえ、前に知り合った彼女は背丈もお胸もちんちくりんでした。その説は却下です。
「面白いこと…? もしかして拙者のこと書いてくれてるのでござるか!」
何が嬉しいのかは分かりませんが、ピョンピョン跳ねてモミジさんは喜びを表現しています。
そして、ピョンピョンに合わせてポヨンポヨン動く彼女の胸に私の目は釘付けです。なんですかその暴力的な揺れは。
「ハイカラな日記帳でござるなぁ」
「……」
「読んでいいでござる?」
「…………」
「イレイナ殿?」
「……………………寝ましょう」
どうやらコレは悪い夢なようです。だっておかしいでしょう、あの大きさは。モミジさん16歳ですよ? 私より2つ年下ですよ? なんなら東国出身の女性は体の
私は年下の脅威的で驚異的な胸囲に不貞腐れ、ベッドに潜り込みました。
「おろろ? 拙者のこと、日記に書いてくれないでござるか?」
「もうほとんど書きましたさっさと寝ましょう」
「うん? わかったでござる」
惚けた顔でモミジさんもベッドに入ってきます。
「って、なんでそんなにくっついてくるんですか」
「だってあっちの方、なんだかベチャベチャしてるでござる」
「……」
それあなたの体液です。まだ乾いてなかったんですね。
「拙者にくっつかれるの、嫌でござる……?」
ぶっちゃけ嫌です。モミジさんの胸がまるで私を煽るように押し付けられますから。
ですが、たぶんこれを言うとまた泣いてしまうでしょう。今の質問をする時にはもう声が震えてましたし。
「別に構いませんよ。あなたが良いなら」
「えへへ。やったぁ」
すると、彼女は私の首に手を回してまたもや頬擦りをしてきます。私の胸にモミジさんの豊満な胸が押し付けられます。どうやら宣戦布告のようです。よろしい。ならば戦争だ。
「イレイナ殿は優しいでござるなぁ。優しい女性は大好きでござる」
「女性はって……もしかしてモミジさん、女の子がすきなんですか?」
「はい。拙者、男より
「…………」
どうしましょう…もしやこの状況、貞操の危機なのでは……?
「初恋の相手はマミ上でござった」
「マミ上…? それはもしかしてお母さんのことですか?」
「然り。ちなみに父上はパピ上と呼ぶでござる」
「まぁそうだろうなとは思いました。なんでそんな変な呼び方を?」
「そんなに深い理由はないでござるよ」
よし、なんとか話題を逸らせましたね。このまま逸らし続けます。
「元々拙者、両親のことは父上、母上と呼んでござった。しかし2人はパピー、マミーと呼んでほしかったらしいでござる。その結果、折衷案としてこの呼び方に落ち着いたのでござる」
「愛されてるんですね」
「そうでござるな。一人娘ゆえ、大事に大事に育てられたでござる」
えへへ、と。照れ笑いを漏らしてモミジさんは私の首元に顔を埋めました。
「あっ…イレイナ殿いい匂い」
状況は未だレッドゾーンです。
「そ、それで、そんなに大事に育てられてたのに、よく旅に出ることを許してもらえましたね?」
「う〜ん…正直許可を得られたかと言われたら怪しいところでござるな」
「というと?」
「拙者の家、近所では有名なそこそこ大きな剣術道場なのでござる。内弟子が50人以上いて、一つ屋根の下で暮らしておった。その内弟子の寝食やら炊事洗濯やらはマミ上と拙者でまかなっていたでござる」
「50人だと、結構な重労働だったのでは?」
「然り。特に苦痛だったのは洗濯でござった」
そう言って一息吐き、モミジさんは当たり前のように私の耳たぶをはむはむし始めます。なにしてんですかお願いだから食べないでください2つの意味で。
「男の汗が染みついた服を洗う毎日でござる。臭いし汚いしで、本当に地獄でござった。だから家出同然に飛び出したのでござるよ」
「じゃあ、ご両親はとても心配してるんじゃないですか?」
「してるでござろうな」
さらにそのまま、モミジさんの舌が私の耳の中へと入ってきます。筆舌にしがたい感覚がビリビリと脳を刺激しますが、なんとか変な声を出さないようにして話の続きを促します。
「そりゃあもう、家を出る前はめちゃくちゃ止められたでござる。パピ上はもちろん、内弟子も総出で拙者を捕らえにきたでござ…痛っ⁉︎」
手が服の中に入ってきたあたりで、私はモミジさんをベッドから蹴り落としました。さすがにもう無理です。
「あまり調子に乗らないでください。蹴り落としますよ?」
「蹴り落としてから言わないでほしいでござる……」
「話は聞いていますが、どこか別の場所で寝てください」
「どこかって…どこも空いてないでござるよ? ソファは拙者達の荷物があるし」
「床が空いてるでしょう」
「イレイナ殿…ドSでござる」
「それでその後はどうやって旅に出たんですか?」
「このまま話を続けるのでござるか?」
うるうるうるうる。彼女の目が涙で揺れます。
「……もう何もしないと約束できるならベッドに入っていいですよ」
「約束するでござる」
「もし破ったら?」
「拙者の体…好きにしていいでござるよ?」
「あなたの国では床に寝るんですよね? 帰郷したと思えば夢見も良いでしょう」
「冗談でござる!」
力強く言って、もう一度入ってきます。いや、なんで首に手を回すんですか。
そんな抗議の視線に気付いたらしく、モミジさんは上目遣いで言い訳がましくお願いしてきました。
「これくらいはいいでござろう…?」
「……まぁ、これくらいなら」
「やった。———さて、どこまで話したでござろうか……」
「確か内弟子さんとパピ上さんがあなたを全力で止めにきた、ってところまでです」
「あぁ、そうでござった。もうほとんどクライマックスでござるな。あとはもう簡単でござるよ。さまざまな手練手管や智略戦略を巡らして内弟子とパピ上をシバき倒した拙者は、無事旅立ったというわけでござる」
ちゃんちゃんと、モミジさんは話を締め括りました。できれば手練手管やら智略戦略やらも詳しく聞きたいところですが、別に気になった部分が私にはありました。
「待ってください。その話だとモミジさんは剣術をやったことがなかったってことじゃないですか?」
「然り。道場での鍛錬を目にすることはあっても、剣を握ったのはその日が初めてでござる」
「それでも内弟子50人以上とお父さんをシバき倒したんですか…?」
「はい。自分で自分を褒めてあげたいでござる」
いや天才じゃないですか。なんであなた魔法使いやってんですか。
「あっ、今なんで拙者が魔法使いやってんだって思ったでござるな?」
目を細めて察したようにモミジさんは笑います。先を促すように沈黙を返すと、彼女は少し耳を赤くしてまたもや私の首元に顔を埋めました。
「笑わないって約束してくれるなら教えてあげるでござるよ?」
「笑いませんよ」
今までとは打って変わって真剣な声色で一言、私は返しました。
ただ魔法が不得手というだけで冤罪を被せられ、妹以外の誰にも信じてもらえず、毎日記憶を失いながら世界を彷徨った女の子を私は知っています。
ただ魔法が使えなかったというだけで、教師の夢を諦めるしかなかった人を私は知っています。
ただ魔法が使えないというだけで夢を諦めるしかなかった友人を不憫に思い、間違った手段であると知りつつも17年の歳月を捧げてただの人を魔法使いに変える薬を開発しようとした女性を私は知っています。
そして———ただの絵本に憧れて旅の魔女になろうと必死に頑張り、結果出会いと別れを楽しむ美少女を私は知っています。
魔法には良いにしろ悪いにしろ魅力があるんです。それは捨てられない憧れとなり、時には本人を苦しめる呪いになることもあります。
「きっかけがなんであれ、動機がどうであれ、私はあなたが魔法使いをする理由を笑ったりはしませんよ」
努めて優しく囁くと、モミジさんは嬉しそうな顔で私を見つめ返します。
「魔法使いなのに剣で戦うという一見非合理的な矛盾、めちゃくちゃカッコ良くない?」
「はっ…!」
鼻で笑いました。動機
「あっ! 笑ったでござる! 笑わないって言ったのに〜」
ポカポカと可愛らしく叩かれてしまいます。“鼻で”笑ったことはいいのでしょうか。
そんなモミジさんが可愛くて、私は仕返しにくすぐってやりました。どうやらくすぐりへの耐性がないらしく、面白いくらいの反応が返ってきます。
それから私達は大きいながらも寝れる範囲が狭いベッドの上でじゃれあい、それは疲れて寝落ちするまで続きました。
はい、いかがでしたか?百合の尊さは表現できたでしょうか?
本当は1話完結にしたかったのですが、書きたいことが多くて前後編に分けました。なのでもう1話、イレイナちゃん視点で続きます。