NO ANKO NO LIFE
麗かな春の日差しに照らされて、漆塗りの下駄をカランコロン鳴らして歩く女の子がおりました。
桜色の着物に紅色の袴。腰には刀。その上から羽織る黒いローブには美しい椛が刺繍されています。
彼女の目の前には世にも珍しい十角形の国。その一面には国の中へと続く門があります。
「おや? 旅人ですか?」
「然り。入国したいでござる。よろしいか?」
「もちろんでございます」
門に隣接した小屋から出てきた恰幅の良い門番さんはにこやか且つ速やかに入国審査をしてくれました。
それにつつがなく答えた女の子は、国の中から香る甘い匂いに頬を緩めます。
「ここがお菓子の国というのは本当なのでござるな」
「はい。我が国は砂糖の輸出量が世界で5番か6番か7番くらいですから。お菓子を愛し、お菓子に愛された国民性でございます」
「この国に来れば世界中のお菓子を食べられるというのはマジでござるか?」
「マジです」
なんとも言えない上にアバウト過ぎる砂糖の輸出量はともかく、質問を即答されて女の子の頬はさらに緩みます。はしたなく涎も垂れていました。ばっちぃです。
「さらに! 3日後にはこの国最大のお祭りもあります。我が国の製菓業に携わる全ての人が腕を振るいますよ。旅人さんは運が良い!」
「おぉ!」
太鼓腹をポン! と鳴らして、門番さんは胸を張ります。胸よりお腹の方が前に出っ張っているのはご愛嬌。きっとこの国は平和なのでしょう。
「滞在中はきっと夢のような日々となること請け合いです」
そう言って門番さんは一旦小屋に戻ってから、何やらそこそこ大きなお皿を持って戻ってきました。一瞬遅れて濃いアーモンドクリームの香りが女の子の鼻腔をくすぐります。
お皿の上には8等分に切り分かられている、葉っぱの模様が刻まれた折りパイ。
「これはなんでござる?」
「ガレット•デ•ロワです。8等分されたパイの1つにフェーヴと呼ばれる小さな人形が入っております。もしそれを旅人さんが口にすれば、幸福が訪れます」
「つまり運試しでござるな」
ふむふむと女の子は頷きました。人形とかどうでもいいけど、これ食べたい。
「ではこれを」
見た目は全て同じなので、1番手前にあるものを選び口に放り込みます。
ガリッ! 女の子は歯を負傷しました。
「痛った…当たりでござる……」
「おめでとうございます。きっと貴女に幸福が訪れることでしょう。もぐもぐ」
口を抑えてぷるぷる震える女の子へ、わりとどうでも良さそうに、しかしめちゃくちゃ幸せそうに門番さんは残った8分の7のガレット•デ•ロワを食べながら言いました。太鼓腹の理由が分かりました。
「では、ようこそ! お菓子の国へ!」
パイをもぐもぐしながら門を開ける門番さんに見送られて、女の子は入国します。
さてさて。アーモンドクリームのパイに舌鼓を打ち、一歩進むごとに強まる甘い匂いに機嫌良く艶やかな黒いポニーテールを揺らす女の子は一体誰でしょう。
そう、拙者でござるよ! ……歯、痛った。
世にも珍しい十角形をしたお菓子の国は、バームクーヘンのように何層も重なった道と、十角形の角から中心に向かって走る通りで出来ているでござる。
そして、中心に近いお店ほど国の中で人気があるとされているでござるよ。つまり人気な店ほど訪れやすい構造になっているでござる。
いつも気の向くままに旅をしている拙者でござるが、このお菓子の国には明確な意思を持って訪れたでござるよ。
なにせお菓子の国! しかも門番さんは言ってなかったでござるが、国内での砂糖消費量は世界一でござる! 主な輸出品を国民が消費することは世界的に見ても珍しく、やろうと思えば砂糖の輸出量世界一も普通に取れる国でござる。
それをしないのは、ひとえに国民が砂糖を愛しているから。ぶっちゃけ『余所者に渡すくらいなら我らに寄越せ!』と思っているらしいと何かの雑誌のインタビューに載ってたでござる。その甲斐あって、道行く人達は老若男女問わずみんな丸々とおデブりになっているでござるな。
きっとあのお腹の中には、『砂糖愛』という名の内臓と脂肪が詰まっているのでござろう。
それはそうと、
「おぉ! 美味しそう!」
通りを見れば、右も左も多種多様なお菓子屋さんばっかりでござる。アムネシア殿の妹さんが喜びそうな光景でござるな。
ケーキ、クッキー、マドレーヌのようなわりとメジャーなものから、アップルパイやフルーツタルトなど果物を使ったもの。さらにグミや飴といった安価な駄菓子。
ちょっとした変わり種として、羊の乳から作ったクリームチーズをたっぷり詰めている筒状の揚げ菓子———カノーリ。
クッキーはクッキーでも、バニラシュガーをたっぷりまぶしたアーモンド風味の三日月型クッキー———ヴァニレキプファルン。
外は固めだけど中はふんわり、ラム酒とバニラが香るスポンジを、焦がしバターでコーティングした『溝の付いた』という意味のお菓子———カヌレ。
その他、周囲を見回せばつい涎が垂れてしまうお菓子屋さんばかりでござるよ!
拙者、この国の子になる!
そんな風に目を輝かせて、めちゃくちゃお金が詰まった財布片手にどのお店へ入ろうか検討していると、この場に似つかわしくない威圧的な声が耳へ飛び込んできたでござる。
「いたぞー! あいつだー!」「黒髪の魔法使い……間違いない!」「捕まえろー!!」「絶対に逃すなー!」
平和と思っていたが、やはり人が集まって出来ているのが国でござる。人が複数いれば自然とトラブルは発生するもの。悲しいでござるな。
さて! そんな事は気にせず、拙者はこの国のお菓子を堪能するでござるよ!
見せてもらおうか。この国のお菓子の実力とやらを…!
「動くなぁ!」「貴様! 動くなと言っている!」「動くな! おい動くなってマジで!」「あの! 聞こえてますか! 動かないで! ね?」「お願いだから動かないでぇ〜!」
どんどん下からお願いする形になっていく治安維持組織の皆さんの声をBGMに、拙者はまずカノーリのお店に決めたでござる。羊の乳から作ったクリームチーズ……実に興味深いでござるよ。
「おろろ?」
いざ行かん! カノーリのお店! と、踏み出して行く拙者。
そんな拙者の前に立ち塞がる治安維持組織の皆々様。
これは良くないでござるな。
「ちょっと! 横入りしないで欲しいでござるよ! そういうの、拙者の国だと『ズル込み』って言うでござるよ! ズルでござるズル!」
きっとズル込みしてでも食べたいほど美味しいのでござろう。しかし、それはそれとしてモラルは守るべきでござる。ぷんぷん!
ほっぺを膨らませて抗議する拙者へ、治安維持組織の皆さんは呆気に取られた顔。まさか…この国ではズル込みアリなのでござるか……⁉︎
「ちょっ、違う!」「我々は貴様に用があるのだ!」「何故動くなと言われても動き続けた!」「いいから来てもらおう」「ほら! キリキリ歩け!」
「おろろろ?」
両脇をデブッチョな男性2人に掴まれ、チビッチョな拙者はプラーン。キリキリ歩けって言うわりに足が地面から離れちゃったでござる。あと太ってるせいなのか、この人達の体臭がちょっとキツい。ふぁっきゅー。
「何用でござるか? 見たところ、警察とか衛兵とかその類のようにお見受けするでござるが」
「とぼけるな! 貴様、自分が通報を受けた自覚が無いのか!」
「無いでござる。てか、拙者ついさっき入国したばかりでござるよ?」
強いて言うなら腰の刀でござるが、門番さんにはこの状態でも何も言われなかったでござる。恐らく問題ないはず。
ふむ…皆目見当がつかぬ。
「別に暴れたりしないから、とりあえず離してほしいでござる。自分で歩くでござるよ。それに、人間が横に3人並んで歩いたら往来の邪魔でござる」
「ダメだ! 貴様がさり気なく我々から距離を取ろうとしていることを気付いて無いとでも思っているのか! あまり舐めてくれるなよ」
「それはお主らの体臭がキツいからでござる。ぶっちゃけ臭い。ちゃんとお風呂入ってる?」
「入ってる!」
「じゃあきっと内臓から来るタイプの臭いでござるな。痩せるでござる」
「失礼な! 我々はこの国の男性の平均的な体型であるぞ! 貴様こそもう少し体に肉をつけたらどうだ?」
むかっ。ちゃんとおっぱいにたくさん付いてるもん。
拙者、ロリ巨乳でござるよ。甘やかしたいお姉さんにはロリな部分が。甘えたい女の子には巨乳な部分が。年上から年下までどこまでも需要がある、言ってしまえばフェチの化身でござる。
そんな拙者に向かって肉をつけろ…? デブの分際で何をほざき散らしてるでござる!
と、流石にこれを口に出すと普通にぶん殴られそうなので、拙者はクールダウン。落ち着いて彼らの意見を聞くことに。
「そもそも、なんと通報を受けたでござる?」
どう考えても拙者ではないので、わざわざ面倒事を増やす必要も無いでござる。その場のノリで行動すると痛い目に遭うと少し前に学んだので。
拙者、学習できる子。
「子どもからイタズラを受けた黒髪の魔法使いが、魔法を使ってオーバーリアクションするせいで周りがドン引きしてると」
「えっ……被害ってドン引きだけ?」
「そうだ。まったく……まさか祭りの3日前に仕事初めになるとは」
「いや、年明けたの3ヶ月以上前でござるよ?」
「それほど平和ということだ」
平和過ぎでは……? いやまぁ、良いことでござるが。周りがドン引きしてるって言う理由だけで出動するんだから、彼らは相当暇を持て余しているでござるな。
「来い! 話はマリトッツォでも食いながらじっくり聴いてやる」
「マリトッツォとはなんでござる?」
「小麦粉とバターとハチミツで作った生地に生クリームを挟んだものだ。我が国の取り調べでは定番の菓子だな」
「美味しいでござるか?」
「めちゃくちゃ美味しい」
どうしよう…ちょっと取り調べされたくなってきたでござるよ。流石はお菓子の国。
ちなみに取り調べ中に食事を出すというのは、意外にも自供を促す効果があるでござる。食事中にお喋りする習慣がある人は多いし、満腹中枢が刺激されることで安心感も覚える。その結果、空腹時より口が軽くなるらしいとのこと。昔マミ上が言ってた豆知識でござる。
でも食事が出るということは、つまりそれだけ取り調べが長くなるということ。マリトッツォなるお菓子は魅力的でござるが、その辺のお店を何軒か巡れば出会えるでござろう。
(さて、どうしたものか)
拙者はプラーンの状態で連行されながら頭を回す。見たところ彼らは魔法使いでも無さそうだし、適当に抵抗すればこの場から逃げる事は難しくないでござる。
しかしここで逃げるという事は、この国にいる間はお尋ね者になるということと同義。それでは、せっかくのお菓子が堪能できないでござる。
むむむ…困ったでござるな。
腕を組んでこの状況の打開策を考える拙者の耳に、突如として少女の叫び声が叩き込まれたでござる。
「グワアァァァァァァッ⁉︎やら…れ…たあぁぁ……バタン」
倒れる効果音までセルフという大変サービス精神旺盛な絶叫の方に目を向けると、そこには子どもに囲まれている魔法使いの姿が。
黒のローブを纏い、ショートカットの黒髪の上に黒の三角帽子。黒のショートパンツと黒のソックスの間から覗く健康的な太ももが魅力的な全身真っ黒黒すけな女の子が、子どもの輪の中心で全身の関節が全て外れたかのような動きで地面に崩れ落ちたでござるよ。きもっ。
たぶん通報受けたのこいつでござるな。
しかし、そんな衝撃場面を囲む子どもたちは嬉しそうにはしゃいでるでござる。周りの大人は顔を真っ青にしてドン引きしてるでござるが。
(あの三角帽子、イレイナ殿と同じものでは?)
いいなぁ羨ましい。拙者も欲しいでござる。帽子嫌いだから被らないけど。
とはいえ、
「たぶんお主らが探してる黒髪の魔法使いって彼女のことではござらぬか?」
ていうか、情報伝達どうなってるでござるか。彼女は確かに拙者と同じ黒髪といえど、帽子被ってるし長さも全然違うでござるよ。
ジト〜と拙者を抱える男どもを睨むと、彼らは時折あちらの黒髪さんに視線を送りながら顔を突き合わせているでござる。
「確かに黒髪だな」「じゃあこの子は冤罪ということか?」「いやしかし、この子も髪が黒いぞ」「じゃあどちらも捕まえた方が良くないか?」「なるほど。それなら犯人が2倍。俺たちの手柄も2倍だ!」
「お主ら、髪の色以外で人の判別できないの?」
色々ツッコミたいでござるが、特に最後の奴の発想が地味に怖いでござる。あまりに暇だと、人はこうもアホになるでござるか。
「もっとやって! もう一回やって!」
「ええー仕方ないですねぇー」
子どもの声に応えて黒髪さんは先ほど崩れ落ちたものを逆再生したかのような動きで起き上がる。きもっ。
でも黒髪さん、たぶん良い人でござるな。子どもの純粋無垢な期待の眼差しを向けられてまんざらでも無さそう。むしろめちゃくちゃ嬉しそう。だらしなく表情緩みまくってるでござるよ。
情報量が多くて面倒くさくなった拙者は、黒髪さんをボーと眺めることにしたでござる。
すると、周りの子ども達が小さなお手々を鉄砲の形にしてバンと撃つふり。それに合わせて黒髪さんは杖を振って何やら魔法を使い、グシャっと全身が液体化したかのように地面へと倒れる。確かにこれはドン引きでござるな。だって明らかにそこまで曲がらんだろうってとこまで関節曲がってるでござるよ。きもっ。
未だに男達からは離してもらえずプラーンな状態の拙者は、崩れ落ちた拍子に首が真後ろを向いて倒れた黒髪さんと目が合う。めっちゃ見てるでござるよ拙者の顔。やだ怖い。泣こうかな。
「……?」
「そこのあなた! ちょっとほっぺ触っていいですか⁉︎」
「は?」
グギグギグギッ! ここまで聞こえる音を体中から鳴らして元に戻った黒髪さんは、丁寧に子どもたち一人一人に別れを告げてこちらに駆けてくるでござる。意味不明なことを言いながら。いやいやいや怖い怖い怖い!
助けを求めるように治安維持組織の皆さんへ目配せすると、バッ。全員目を逸らす。どうやら彼らでさえちょっとこの黒髪さんとは関わりになりたないようでござるな。げしげし下駄で蹴りを入れるでござるが、完全に無視。ならせめて拙者を下ろしてほしいでござる。
逃げることすらままならず、黒髪さんの接近を許してしまった拙者はガシ!
「ひぃ⁉︎」
ほっぺを両手で挟まれたでござる。明らかに初対面の相手にやっていいスキンシップじゃないでござる。
「…………」
「あう…な、なにするでござるか……?」
「…………」
すごい真剣な顔で拙者のほっぺたムニムニ。さらにクンクンと匂いまで嗅いてきたでござるよ。セクハラが止まらないでござるな。
怯える拙者など見向きもせず、ほっぺだけを弄ぶ黒髪さん。遊ばれてる…拙者、この人に遊ばれてるでござるよ!
「どうして……」
「な、なんでござるか?」
「どうしてあなたのほっぺから……」
「はい?」
ガタガタ震える拙者に対して俯きながらプルプル震える黒髪さん。それはなんの震えでござるか? 怒り? 恐怖? それとも病気?
拙者は病気に一票でござる。
千切れん勢いで顔を上げた黒髪さんのお顔は意外にもベリーキュート。しかしそんなベリーキュートなお顔は筆舌に尽くし難い歪み方をしているでござる。
そうして———
「どおぉぉしてあなたのほっぺからイレイナさんのほっぺを感じるんですかぁぁぁーーー!!」
ふむ。ただの狂人でござったか。…誰か助けて。
拙者の人生史上最高にやべー奴———黒髪さん。治安維持組織の方々にめちゃくちゃ怒られてるでござる。
このまま拙者はさよならバイバイしても良いのでござるが、黒髪さんが言ってた『イレイナさんのほっぺ』……もとい、『イレイナさん』がめちゃくちゃ気になったので、お説教が終わるのを待つことに。
「……あの、ぼくのせいでご迷惑かけてしまったみたいで、どうもすみません」
先ほどの元気いっぱいの様子が嘘だったかのように、黒髪さんはしゅんとしてトボトボ拙者の方へ歩いてきたでござる。治安維持組織の方々がこちらに背を向けて歩き去るところを見るに、口頭注意で済んだようでござるな。それはそうと、拙者への謝罪はどうした?
「はぁ……。どうしてあんな事してたでござるか?」
「いやその…子ども達に『お菓子くれなきゃイタズラしちゃうぞ』って言われてしまって、ちょうどその時お菓子持ってなかったのでイタズラを受けたんです。でもそのイタズラが凄く可愛くて、ちょっと魔法で本気のリアクションをと……」
「端から見たらえげつないホラーでござったよ?」
「でも子ども達は喜んでくれました」
「大人達がドン引きでござった」
ここの子ども達は独特な感性をしてるでござるな。体がコロコロとしてて確かに可愛かったでござるが。抱き心地良さそう。
「『お菓子くれなきゃイタズラしちゃうぞ』…とは?」
「この国の合言葉です。お祭りの準備期間から終わるまでの1週間、子ども達はこれを言って好きなだけお菓子をせしめるんですって。元々は別の国にあった文化が旅人に持ち込まれて、この国に合わせて変わったらしいですよ」
「へぇ」
良いことを聞いたでござる。拙者も世間的に見ればまだ子ども。つまりこの手法を使えば無料でお菓子食べ放題でござるよ! ひゃっふー!
「ちなみにこれが許されるのは10歳までだそうです」
「ちっ……」
「あなた、やろうとしてましたね」
ジト目を寄越す黒髪さんからバッと目を逸らす。だってお菓子欲しいもん。
誤魔化すように愛想笑いを浮かべ、拙者は自分の胸に手を置く。
「申し遅れたでござる。拙者はモミジ。武士で旅人で魔法使いでござる」
「あ、ご丁寧にどうも。ぼくはサヤ。炭の魔女のサヤです。一応旅人でもあります」
胸元の星を模ったブローチを指して黒髪さん———サヤ殿は言ったでござる。
拙者はその隣にある月を模ったブローチを見て苦い顔になる。
「魔法統括協会にも所属してるでござるか」
「はい! 旅にはお金が必要ですからね。路銀調達するなら協会所属の魔女になった方が稼げますし」
「……なるほど」
「おや? 顔色が悪いですねぇ……もしかして、何か悪いことでもしました?」
いや、あれはもう決着ついたでござるから。もう終わったことだからセーフでござる。
迷惑料と口止め料を貰っている上、事件が事件だけにいくら協会所属のサヤ殿にも言えないので、さてどうしたものか……。
こういう時は誤魔化す! 誤魔化すに限るでござるよ!
「そ、それより! サヤ殿はもしや東の国の出身ではござらぬか?」
「露骨に話題逸らしてきましたね……。まぁ、そうですよ。そう聞くってことはモミジさんもですか?」
「然り。まさか同郷の者にこんな所で会うとは、意外でござるよ」
「ですね。ぼくも結構驚いてます」
よし。逸れたでござる。逸れ逸れでござる。
「拙者は観光でござるが、サヤ殿は?」
「ぼくも観光ですよ。お仕事はお休みです」
「おぉ! ではここで会ったのも何かの縁。もし良ければ、一緒に国を回らぬか?」
「いいですよ———あなたには聞きたいことがありますし」
「奇遇でござるな———拙者もお主に聞きたいことがあるでござる」
なにやら拙者とサヤ殿の間に背筋が凍るほどの緊張感が走ったでござるが……まぁ気のせいでござるな。
「そろそろお昼時でござるな。拙者、この国の中心にあるお菓子屋さんで昼食をと思ってるでござるが」
「いいですね。あっ、でもこの国の中心にあるのお菓子屋さんじゃないですよ。ホットドッグ屋さんでした」
「ホットドッグ屋さん……? お菓子屋さんでは無く?」
「はい。さっきぼく見てきましたから間違いないです」
それが事実なら、この十角形のお菓子の国で1番人気なのはそのホットドッグ屋さんってことになるでござる。変でござるな。
しかしサヤ殿が嘘をついているようにも見えないでござる。そもそもそんな嘘を吐くメリットないし。
「でもその周りにはお菓子屋さんありましたし、なんならパン屋さんもありましたよ? 菓子パン専門店でしたけど、良かったらそこ行きません? 外から見たら可愛い動物パンたくさん置いてたんですよ〜」
「菓子パン専門店! あんぱんあったでござるか? 拙者、この国に来ればあんこが食べられると聞いて来たでござるよ」
「たぶんあるんじゃないですか」
そう! 拙者がこの国に来た1番の目的は、拙者の大好物であるあんこを食べること!
あんこは砂糖を大量に使って作るので、国によっては超高級品だったり、そもそも伝わってないことがほとんどでござる。
でも、ここにはあるでござる。だって砂糖の輸出量が世界で5番か6番か7番くらい高いから!
あんこ! あんこ! あーんーこー!!
「ごめんねぇ。お祭り前だから今あんこ切らしてるのよ」
「…………」
菓子パン専門店のおばちゃんの言葉に、拙者は絶句。……死のうかな。
「あんこ……あんこが無い…」
「大丈夫ですかモミジさん?」
「あんこ食べたいでござる。……あんぱん食べたいよぉ…ふえぇ」
「あんぱん無いくらいで泣かないでください。どんだけあんこ好きなんですか。あっ、ぼくは動物パン全種類を1個ずつください」
「あいよ」
おばちゃんは拙者のことを無視してサヤ殿の注文の品を袋へ手際良く詰めていくでござる。
菓子パンが並ぶショーウィンドウの1番左端にはあんぱんと書かれた小さな立て札。その横には虚しくsold outの立て札。いと悲し。
「お祭り前だとどうしてあんこが切れるんですか? なんかに使うんです?」
「おや、知らないのか。お嬢ちゃん達、旅人?」
「はい」
「3日後にこの国最大のお祭りがあるのは知ってるだろう? 国中の菓子屋が参加するってやつさ」
「らしいですね。なんか競うんですか?」
「そうさ! この国で1番の菓子屋を決めるのよ。正確には、あんこ菓子を1番美味しく作れる店を決めるの。そこで1番になった菓子屋には、次の祭りまでの1年間あんこを優先的に国から支給されるってわけ」
「あんこって支給品なんですね」
「それなりに希少だからね。あんこは人気過ぎるから揉め事が起こらないように国が一括管理してんのよ。それの争奪戦をする祭りだから、通称“あんこ争奪祭り”って呼ばれてるのさ」
なにやらサヤ殿とおばちゃんが話してるでござるが、それより拙者はあんこが食べたいでござるよ。あんこあんこあんこ……。
「じゃあみんなあんこが欲しくて参加するんですか」
「大体はそうさね。あとはまぁ、祭り期間中の売り上げで店舗移動する権利が貰えたりか。この国の菓子屋は国の中心に行くほど人気が高いってのは知ってるだろ?」
あんこ…あんこ食べたいよぉ……。
拙者この国であんこをお腹いっぱい食べるために、道中はほぼ雑草しか食べてないのに。それでも胃袋が小さくなって、いざ食べる時になったらあまり入らないってことが起きないように色々と調整してきたのに。
そのおかげでお金もたくさん貯まったのに……。お金があるのに欲しいものが買えない。諸行無常でござる。わろし! いとわろし‼︎
「あー……どこかあんこが食べられるお菓子屋さん知りません? なんか連れの精神状態がやばいんですけど」
「たぶん中心に近い店は大体ダメだね。外周寄りの店なら探せばあるんじゃないかい」
「本当でござるか⁉︎あんこあるでござるか⁉︎」
「た、たぶんだよ? もしかしたら…ね」
「情報感謝するでござる! あっ、拙者はそちらのネコちゃんブルーベリーを1ついただきたい」
「毎度あり」
数が少ないのでペーパーに包まれただけのネコちゃんを受け取り、拙者はサヤ殿の手を引いて店を出る。
拙者、今日はあんこを口にするまで宿を取るつもりは無いでござるよ!
「あんこが全然ないでござる!」
ガンッ! 悲しさのあまり膝をつき、両拳で地面をハンマーパンチ。超痛い……。
「もうお祭りが終わるまで待つしかないんじゃないですか? もぐもぐ」
「やっぱりそうなのかなぁ……」
拙者の必死さに若干引きながら、サヤ殿は動物パンをもぐもぐ。
「ほら、そんなところで蹲ってたら人通りの邪魔ですよ。みんな見てますし」
「サヤ殿が言うでござるか」
体をグニャグニャさせて何度も倒れたり起きたりしていた彼女に言われるのは大変遺憾でござる。
「そういえば、先ほど子どもに見せていた狂気のパフォーマンスはどうやってたでござる? 関節の着脱が自由自在でござるか?」
パピ上は当たり前のように関節外して刀の間合いを広げるみたいなことしてたでござるが、あれは武芸を極めた者だからこその技術。
見たところサヤ殿は何か武道を嗜んでいる様子はないでござる。もちろん巧妙に隠しているというのもあり得るでござるが、この年で魔女になる為の訓練を行いながら別のことを極められたとは考えにくい。
「あぁ、あれですか。簡単ですよ。魔法で関節の可動域をギリギリまで広げるんです。痛覚も弄れば…ほら、この通り」
「ひやぁ⁉︎」
やべっ、変な悲鳴出た。
杖を出したサヤ殿は魔法で動物パンが詰まった紙袋を浮かせながらグニャン。いきなり目の前でやられたら心臓止まるでござるよ……。
「少し前にイレイナさんがやってた事の真似っこです。協会の隠し芸大会でやったら結構ウケたんですよね〜」
「イレイナ殿もそれやったでござるか?」
「イレイナさんがこんなはしたない事するわけないじゃないですか! あの人がやったのは、これを使って拷も……じゃなくて情報提供のお願いですよ」
……今拷問って言おうとしなかったでござるか? 気のせいでござるか? 気のせいでござるな。よし、気のせいってことにしよう。
あんこを求めて雑談しながら歩いていると、拙者のお腹がグーっとなったでござる。そういえば、朝から今の時間までで食べたのはネコちゃんブルーベリーだけ。
「ふふっ」
「〜〜〜〜〜っ」
わりと大きめの音だった上、サヤ殿に笑われた拙者は恥ずかしさのあまり顔が真っ赤になるのを感じるでござる。うぅ…穴があったら入りたい……。
「……笑うなんてひどいでござる。お腹が鳴るくらい誰でもあるでござるよ」
「まぁそうなんですけどね…ふふっ。すみません。すごい大きかったので」
「むぅ……」
むすっと頬を膨らませる拙者へ、サヤ殿はヘラヘラ笑いながら動物パンを一つ差し出してくるでござる。
「良かったらどうぞ。まだまだあんこ探し続けるんでしょ?」
「それはもちろん。でもいいでござるか?」
「1個くらい構いませんよ。いっぱいありますから」
紙袋を指して、にっこり笑い掛けてくれるサヤ殿。優しい。
最初の出会いこそちょっとやべー奴感をこれでもか放っていたでござるが、話してみれば普通でござるな。何故か親近感が湧くでござる。
「かたじけない」
「いえいえ」
齧ると中身に栗が詰まったクマさんのパンをもぐもぐ。美味しいでござる。さすが中心寄りのお店。
もぐもぐと味わって食べる拙者と、何故かそれを優しく見守るサヤ殿。
さっきとは別の恥ずかしさを感じながらも道の脇で食べていると、遠くから聞いたような威圧的な声がこちらに向かってきたでござる。
「いたぞー! あいつらだー!」「黒髪の魔法使い……間違いない!」「捕まえろー!!」「絶対に逃すなー!」
目を向けると、先ほど拙者をとっ捕まえた治安維持組織の皆さん。それを見て呆然としている拙者とサヤ殿をあっという間に囲んできたでござる。なにゆえ?
「貴様ら! 何も聞かず我々について来てもらうぞ!」
「え? えっ? なんですかいきなり!」
「…………」
これは……厄介事の予感しかしないでござるよ。いとわろし。
はい、いかがでしたか?イレイナさんが絡まなければ比較的まともなサヤさんでした。まぁ、この子がまともなまま終わるわけないんですけどね。
今回出てきたお菓子は全部実在のものですが、読み方に関しては諸説あるので自分の持ってる漫画や小説から拝借しました。
チーズ系統のお菓子ってあまり好きじゃないんですけど、カノーリは一回食べてみたいです。