小柄な拙者とサヤ殿が猫掴みで連行された場所は治安維持組織の本部……ではなく、お菓子屋さんでござった。しかも拙者がこの国に来て最初に入ろうとしたカノーリのお店。
「「……?」」
顔を見合わせて首を傾げる拙者達は、そのまま店内に降ろされる。
カスタードホワイトに統一された店内はお菓子屋さん特有の甘い香りが広がっており、さらに油で揚げた小麦粉特有の匂いも鼻腔を撫でてくる。小さなお店でござるが、床はよく磨かれていて埃1つ落ちてないでござる。ショーウィンドウも水垢が一切残っておらず、まるで新品のように綺麗。しかし小ぢんまりしたイートインコーナーに並ぶ小さな2つの円卓からはそれなりの年季を感じるでござる。
店のどの部分を赤ちゃんが舐めても問題無いくらい掃除が行き届いてるでござるな。きっと大事にされているのでござろう。
「ママ〜! 連れてきたよ〜!」
拙者達を運んできた彼らのうち、恐らくリーダー格のような男性が店内奥の厨房へと声を張り上げる。ママってことは、彼の実家でもあるでござるか。てかその年でママって……。
少し待っていると、厨房からカウンターに姿を現したのは……え?
白と水色を基調とした可愛らしいウェイトレス服に身を包んだ———スキンヘッドのおじさん。
髪を剃り落とした頭部にはファンシーにデフォルメされたイチゴやりんご、ブドウにメロンその他諸々のたくさんの果物が刺青で掘られているでござる。その上からはフリルたっぷりのホワイトプリモ。
さらにこちらにもフリルがあしらわれた袖とスカートから覗く肢体は筋骨隆々に鍛え込まれ、両手にはケーキナイフとパン切り包丁が握られているでござる。
……これはなんという妖怪でござるか? ママでござるか? ちょっと拙者が知ってるママと違うんだけど。
「逃げますよモミジさん!」
「承知! 退くでござるよお主ら!」
柄と杖を掴み、明らかに一般人とは思えないビジュアルの妖怪、通称ママから逃亡を図る拙者達。
しかし店の出入り口では、治安維持組織の皆さんが通せんぼしてるでござる。
流石に彼らを実力行使で排除するのはまずい為、右往左往するうちに———ガシッ! 拙者の肩をケーキナイフが握られた左手、サヤ殿の肩をパン切り包丁が握られた右手でそれぞれ掴まれたでござるよ。ひえぇ!
「「 あわわわわわ…… 」」
あまりの恐怖に抱き合いながら震える拙者たちへ、妖怪ママはニタァと怖すぎる笑顔を向けてくる。なに⁉︎
「あァーら! 話で聞いてたより断然可愛い子達じゃなァい!」
上品なルージュが引かれた口から繰り出される野太いオネェ言葉。見上げると山のようにデカく、拙者とサヤ殿を重ねてもまだ足りないくらい分厚い体をしているでござる。マフィアが女神と思えるような強面は、やや厚化粧ながらも丁寧に彩られてるでござる。
「ンフッ。アタクシ、この店の
「「 ………… 」」
キャラの大渋滞を起こしている妖怪ママ改め店長さんに、拙者達は思考回路を停止させられ頷くしかなかったでござる。
「……サヤ殿! お主、魔女でござろう! ここは拙者が逃げるから、囮になってほしいでござるよ!」
「……いやいやいや! モミジさんこそ武士でしょう! 武士道とは死ぬことと見つけたりでしょう! ここはぼくよりモミジさんが囮になってください!」
「……なら拙者もう武士やめる! はいやめた!」
「……あっずるい! ならぼくも魔女やめます!」
年季が入っていながらも綺麗な円卓でサヤ殿と顔を寄せ、小声で囮の押し付けあい。クソ、自分が助かればそれでいいでござるか! 卑怯な!
「お・ま・た・せェー! 飲み物は紅茶で良かったかしら?」
「「 はい! いただきます! 」」
ママさんの声に、拙者達は背筋ぴーん。ニコニコ怖さ増し増しの笑顔で円卓にカノーリと紅茶を並べる彼(?)の手元を静かに見守るでござる。いや腕の血管めちゃくちゃ浮き出てるでござるよやばっ。
「ンフフ〜。ごめんなさいねェ、急に来てもらって。本当は自分で行くのが礼儀なんだろうけど、アタクシ1人だからお店空けられないのよォ」
「そ、そうでござったか」
「……あらァ? もしかして緊張してる?」
「いや、これは嬉しさの震えでござるよ。この店のカノーリは食べてみたいと思っていたでござるよ」
ガクブル震える手でカノーリを持つと、グシャ。恐怖のあまり力を入れすぎて握り潰しちゃったでござる。
(……あ、これ死んだわ)
潰れたカノーリを見て目を細めるママさん。
その姿を見て顔を青くし、杖を取り出して逃亡を図るサヤ殿。
サヤ殿を逃さぬよう円卓の下で恋人繋ぎする拙者。
死なば諸共でござるよ。
「あらちょっと! 大丈夫⁉︎熱くないかしら? 火傷してなァい?」
死を覚悟した拙者に対して、野太い声で心配してくれるママさんはすぐに厨房から氷嚢を持ってきてくれたでござる。
……あれ? 意外と良い人? てっきり謝罪として指の2、3本は詰めろとか言われると思ったでござるが。
「もう、おっちょこちょいなんだから! めっ!」
ちょん。拙者の指3本をまとめたような太さの人差し指でおでこを突かれたでござる。まるで母親が子どもを叱るように。見た目ウェイトレスの格好した強面だけど。
流れのままに氷嚢を握る拙者の横では、サヤ殿が出されたカノーリを一口。サクっと良い音をさせながらもぐもぐしてるでござる。小声で「食べなきゃ死ぬ食べなきゃ死ぬ」と連呼してるけど、お味の方はいかがでござろう?
「〜〜〜っ‼︎なにこれめちゃくちゃ美味しいですよ!」
「ンフフ、ありがと。ほら、ポニテちゃんも。あーん」
「い、いただきます……あっ、美味しいでござる」
氷嚢とサヤ殿の手で両手が塞がっている拙者には、ママさん自らの手でカノーリをあーん。
まず口の中に広がるのは、一般的なクリームチーズとは一線を画す優しいさっぱりとした甘さのリコッタチーズ。それを包む生地は揚げたてと言うだけあってまだ温かく、サクサクの食感が楽しいでござる。
さらにリコッタチーズにはいくつかのシロップ漬けしたチェリーが乗り、その酸味のおかげで最後まですっきり食べられるでござるよ。
美味しい…文句無しで美味しい! いくらでも食べられるでござる!
「アタクシ、
強面をもっと強面に…たぶん優しく緩めたんでござろうがさらに怖くなってるでござるよ。
とりあえず円卓にカノーリがある限りサヤ殿は逃げることがないと思うので、彼女の手を離して拙者もムシャムシャいただくでござる。
今食べたもの以外のカノーリの中にも、別の果物が色々入ってるでござるな。なんだろう?
首を傾げながらも止まらない舌鼓を打つ拙者にママさんは優しく教えてくれる。
「それに入ってるのはイチゴ。そっちはシナモンを馴染ませたリンゴね。今魔女ちゃんが食べたのにはブルーベリーを詰めてみたのよォ」
スキンヘッドに彫り込まれた果物を1つ1つ丁寧に指差して教えてくれるでござる。いやそれ怖いから。
しかし、美味しいお菓子と美味しい紅茶をいただいたことで拙者達の恐怖は薄れ、食べ終わる頃には普通に会話ができるくらいにはなっていたでござる。
紅茶のおかわりをいただきつつ、拙者達の前に腰を下ろしたママさんへサヤ殿が問いかける。
「それで、ママさんでしたっけ? 一体ぼく達になんの用があるんです?」
「あなた達、東の国の出身よね?」
「はい」
「然り」
「あんこを使ったお菓子、食べたことあるわよね?」
「それはもちろん」
「なら話が早いわ……」
神妙な顔で頷いたママさんは一度顔を伏せて、バッ! 強面を素早く上げてビビらせてくる。
「お願ァい! アタクシと協力して、あんこ争奪祭りに出場してほしいの!」
あっ…それお願いの表情でござったか。心臓悪い人なら死んでたでござるよ。それはそうと、
「なにゆえ?」
拙者は率直な疑問を一言。
確かあの祭りは、この国のお菓子屋さんがあんこをどれだけ美味しくできるか競うもの。聞いた話だと、3日間開催されるお祭り期間の1日目に用意された目玉イベント。これの戦績によって次の祭りまでの1年間、国から支給してもらえるあんこの優先度が決まるとのこと。
そのお祭りで、あんこの国としては代表的な拙者とサヤ殿を戦力に迎えたいとのことでござろう。
しかし、拙者達は旅人。サヤ殿はどうか分からぬが、拙者は軽く料理ができるとはいえ所詮は素人でござる。焼き石に水ではござらぬか?
「実はね……この店、経営がピンチなの。次の争奪戦で一旗上げないと潰れちゃうのよォ」
「ほほう。それは大変ですね」
「でしょォ? だ・か・ら、力を貸してほしいのよォ」
「…………」
サヤ殿? なんで拙者を見るでござる?
なにやら言いたげな視線を向けてくるので、頭を傾けて彼女の口元に耳を寄せる。……サヤ殿、なんか赤ちゃんみたいな匂いするでござるな。
「……ぼく、お菓子作りとかほとんどしたことないんですけど」
「はぁ……そうでござったか。拙者はちょくちょく作ってたでござるが」
「いやそういう話ではなくて。ぼく達、東の国の出身だからって理由だけで頼られてません?」
これは旅人をしてると分かるでござるが、いわゆる偏見というやつでござるな。
きっとママさんの中では、東の国出身なんだからあんこ菓子が作れて当然、みたいな認識なのでござろう。
「ちなみにモミジさんは協力するつもりですか?」
「もう少し話を聞いてみてから決めようかと。さすがに『協力してほしいのよ』『はいやります』と即答する気はないでござる」
「……意外と慎重に考える人だったんですね」
「どういう意味でござるか」
即断即決は美徳でござるが、それで痛い目に遭ったことを忘れるほどおバカちゃんではござらぬ。
「サヤ殿は?」
「う〜ん……正直ぼく達が協力してもしなくても、結果は変わらないと思いますよ」
「どうして?」
「いいですか、モミジさん」
サヤ殿は指を一本立てて、耳打ちを続ける。
「中心寄りのお店は普段からお客さんが多いんです。つまりリピーターさんが多いわけです。その時点で、既にこのお店とは雲泥の差です。天と地の差です。月とスッポンなんです」
「ううん? どういう意味でござる?」
「例えばですね、普通はあり得ませんが、味も匂いも食感も全部同じクロワッサンがここに2つあるとするでしょう? 1つは知らない人が捏ねたやつ。もう1つはイレイナさんが捏ねたやつ。モミジさんならどっちを美味しいって言います?」
「……待ってほしいでござる。イレイナ殿が捏ねたパンを食べるということは、それすなわち拙者の消化器官をイレイナ殿がコネコネしてくれているのと同義ではござらぬか?」
「そうなんですよ! さらにイレイナさんに頭を撫で撫でされたら?」
「それはもう全身をコネコネされているのと同じでござるな! 中からも外からもコネコネでござる! 滾るでござるよ‼︎」
「そうです! つまりイレイナさんこそ至上で極上で特上ということです!」
なるほど。つまり采配をあげるならば……
「イレイナ殿が捏ねたクロワッサンでござるな。それはもう美味しいでござるよ。色んな意味で」
「ぐへへ〜そうですねー。ぼくも自分で言っててテンション上がってきましたよぉ〜」
「あのォ、2人とも? 涎垂れてるわよ?」
耳打ちで話すサヤ殿と、それを聞いて普通に話す拙者にママさんはナフキンを渡してくれる。おっとお恥ずかしい。乙女としてはしたないでござる。
「うん? でも、つまりどういうことでござる? イレイナ殿が素晴らしいという事は全世界共通の認識でござるよ?」
「今さらそんな常識を再確認するわけないでしょう。ぼくが言いたいのは、リピーターが多い分中心寄りのお店の方が贔屓されるってことですよ」
「あぁ! 確かに!」
言われてみれば当たり前でござる。味が同じなら…いや、多少劣っていたとしても、いざという時には誰だって馴染みの店を優先する。
このお祭りは、あんこを美味しくする為というお題目を掲げただけの出来レースでごさる。
「つまり、味はもうほとんど関係ないと」
「ですね。ぼく達が協力して万に一つめちゃくちゃ美味しいものを使っても、一旗上げるっていうのは不可能なわけですよ」
サヤ殿……めっちゃ頭良いじゃん。正直舐めてたでござるよ。ただのやべー奴とか思ってごめんね。
「話はまとまったかしら?」
拙者達が無言になったところで、ママさんは強面を緊張気味に強張らせたでござる。スキンヘッドの上にあるホワイトプリモを揺らしながら首を傾げる。
「一応聞いておきたいでござる。ママさんはどうして経営がピンチのこのお店をまだ続けたいと思っているでござる?」
味は素晴らしいでござるが、ママさんのビジュアル的にちょっと客商売は向いてないでござる。いっそのこと店を畳んで別の仕事をした方が楽でござろう。借金の取り立てとか。
質問の意図は伝わったらしく、ママさんは神妙な顔で語り出してくれる。
「この国はね、製菓店以外がお菓子を作るのを禁じているのよ。だから店を閉めちゃうとカノーリが作れなくなるの」
お菓子を作りたいなら生活を賭けろってことでござるか。
「カノーリはね、あの人との絆でもあるのよォ。アタクシとあの子とあの人と、3人が笑って過ごした思い出なの」
「あの人とは?」
「妻。もう遠くに行っちゃったけどね」
ママさんは切なげに店の外へと視線を流す。これはなんというか…軽い気持ちで聞いたのは良くなかったでござるな。
なんとなく、話が見えてきたでござるよ。いなくなってしまった奥さんとの思い出にはいつもカノーリがあったのでござろう。
そしてママさんがウェイトレス———女装しているのも、母親がいないことで息子さんに寂しい想いをさせない為。
どこかズレてて、ちょっと不思議で、それでもありふれた家族の繋がりでござるな。それはきっと、世間一般で『家族愛』と呼ばれるのでござろう。
「だから、この店を潰すわけにはいかないのよ。カノーリにはね、アタクシの家族との思い出がリコッタチーズよりもたくさん詰まってるの!」
「「 ………… 」」
カノーリを揚げるための油よりも熱いママさんの弁舌に、拙者はサヤ殿と顔を見合わせる。
見た目こそふざけているとしか思えないママさんでござるが、それは全て自分の大切なものを守るため。一家の大黒柱の務めでござるな。
感動で涙目になる拙者は、ガシッとママさんの手を握る。
「拙者は協力するでござるよ」
「ポニテちゃん……」
「拙者はモミジ。武士で旅人で魔法使いでござる」
「モミジちゃんね。アタクシはまァ…店長よ。ママでパパで菓子職人と言えば良いかしら?」
「然り。ママさんでござるな」
もう、この見た目に恐怖は感じないでござる。あるのはただ、家族のために頑張る父親へと尊敬だけ。
拙者はにっこり笑い、サヤ殿を見る。……うわっ、目だけで『これぼく巻き込まれてません?』と言いたげでござるな。安心するでござる。ちゃんと巻き込まれてるでござるよ。てへっ。
「…………」
「ほら、サヤ殿も自己紹介でござるよ。サヤ殿は何でござるか? 何で何で何でござるか?」
「そのフレーズ気に入ってるんですか?」
「わりと」
簡潔明瞭かつそこそこ語呂が良いので気に入ってるでござる。コツは1つめから3つめにかけて文字数を増やすこと。
「ぼくはサヤです。魔女で旅人で…えっと……炭の魔女です!」
「……魔女が2回出てきたでござる。40点」
「魔女で旅人でイレイナさんの愛人です!」
「100点でござる。よく身の程を弁えてるでござるな。まぁ拙者は未来の伴侶でござるが!」
「は?」
「お?」
ここに、武士と魔女とママ(おっさん)の同盟が誕生したでござる。
甘い香りの中にちょっぴりの殺気が混ざりながら。
刀と魔法で小突きあった拙者とサヤ殿は、もう一度国の観光に戻ることにしたでござる。
否、観光ではござらぬ。敵情視察でござるな。こう言った方がカッコいい!
「うまぁ〜」
「サヤ殿、こっちも一口いかがでござる?」
「いいんですか! むぐっ…うわぁ〜こっちも美味しいです! お返しに、はい」
「あーん」
…………敵情視察でござる!!
拙者達の手には中心寄りのお店で買ったクレープが2種類。焼いた小麦粉生地で巻かれた色とりどりの果物によるアンサンブルを心から楽しむでござる。
すごい……生クリームがまったくしつこくないでござるよ! チューブから飲みたい!
「あ、サヤ殿のは栗が入ってるでござるか。季節外れだけど、全然アリでござるな」
「モミジさんのはオーソドックスなイチゴですね。…ん? これってお餅?」
「そうでござるよ! クレープにお餅! 斬新でござる!」
思わぬ組み合わせに興奮する拙者。お餅はきめ細かなもので、伸びるけど噛み切りやすい。生地と一緒に切れるので、ストレスなく伸ばせるでござる。お年寄りも全然食べられそう。
イチゴとお餅…ここにあんこなんかあったら最高でござるな。イチゴ大福でござる。
「モミジさん。涎垂れてますよ」
「おっと失礼」
「口元ゆるゆるですね」
「こんなに素敵な国で財布と口元が緩まない者は、きっと人間ではござらぬ」
「あはは…」
クレープを食べ切り、次はどこのお菓子を堪能……ではなく敵情視察しようか考えていると、サヤ殿に袖を引かれる。
振り返ると、彼女はベリーキュートなお顔を不安の色に染めていたでござる。
「いかがいたした? 太るのが心配でござるか?」
「いやまぁ、正直その心配はありますけどそうじゃないです。お祭りのことで」
「うん?」
「なんか流れで引き受けちゃったけど、大丈夫なんですか?」
「う〜ん……まぁ大丈夫でござるよ」
「そんな適当な……」
そっか。そういえばまだ話してなかったでござる。
「別に適当に引き受けたわけではござらぬよ」
「本当に?」
「本当に。ちゃんと勝算があるから協力するでござる。ちなみに勝算に気付かせてくれたのはサヤ殿でござるよ」
「へ?」
いや、そんな鳩が豆鉄砲を食らったような顔しないでほしいでござる。萌えちゃうでござるよ。
拙者はクレープ屋さんの3軒隣り、スフレ屋さんでレモンスフレを注文して焼き上がるまでの時間を説明に充てることに。
「拙者もサヤ殿に言われて、ちょっと考えてみたでござるよ。確かにあんこ争奪祭りは出来レースでござる」
「ですね」
「常連客による贔屓だけではござらぬ。中心寄りのお店は1年間優先的にあんこが支給される。もちろん外周寄りのお店よりも多いということでござるな」
「もしかしてあんこのリソースが多い分、次の争奪祭りで出す為のあんこ菓子を練習できるって言いたいんですか?」
「……然り」
得意げに話し出したのに、ちょっと聞いただけで言いたいことを当てられてちょっと膨れる。むぅ……。
「練習は本番のように。本番は練習のように。そもそも練習できる回数が違う時点で、この祭りは明らかに公平性を欠いているでござる」
「まぁそうですね……」
「———でもそれが勝負の世界でござるよ。それをズルイというのは、ただの甘え。この程度の不公平を乗り越えることも出来ないような人間は、たとえ今回勝ったとしてもすぐに負け犬に堕ちるでござる」
正々堂々。いざ尋常に。真っ向勝負。騎士道精神。武士道精神。全て同じ意味でござる。旅人の立場から言わせて貰えれば、
あったとしても、子ども同士の遊びの中ぐらいでござる。
「……見た目に反して意外と言いますね」
「事実でござるからな」
「でも、それならどうするんですか」
「簡単でござるよ。諦めるでござる」
「はぁ⁉︎」
拙者の言葉に驚きの声を発し、さらに襟首を掴まれたでござる。
えっなに脱がされるの? と思ったら、そのまま前後に拙者の体をガクガク揺さぶるという虐待に移行。ドメスティックバイオレンス! ドメスティックバイオレンス!
「あうあうあう〜〜〜!」
「どーするんですかぁぁぁ! なに諦めてんですかバカなんです⁉︎」
「や〜め〜て〜!」
拙者の服は体の前で重ねて帯で留めているので、襟を持たれて揺さぶられるとどんどん着崩れていくでござるよ。えっち!
「落ち着いてほしいでござるよぉ……って、ちょっ⁉︎おっぱい溢れちゃう! ストップストップ!」
「なにさり気なく巨乳アピールしてきてんですか! 腹立ちますね!」
「羨ましいでござるか?」
「…………」
「あぁぁぁぁ! サラシ解かないで!」
拙者、下着までならOKでござるが、流石にそれより先を公共の場で丸出しにする気はないでござる。それより先を見て良いのは———そう、イレイナ殿でござる!
なんだか一方的なおっぱいへの私怨が行動理由に切り替わってるようなサヤ殿に下から上への過重力を掛けてぶん投げ、強制的にやめていただくことに。
あっ、ほうき出して空中で乗った。すごい。
と、そのタイミングでスフレ屋さんから声が掛かったでござる。服も直さないといけないので、ちょうど良いでござるな。
店主の女性に説明してちょっと中まで入れてもらい、そこで直した拙者はスフレを持ってサヤ殿の元へ戻る。
「いいでござるかサヤ殿。拙者が言いたいのは、お菓子作りで勝負することを諦めるって意味でござる。あんこ争奪祭りでの勝利を諦めるという意味ではござらん」
「あ、そういう……」
「別に拙者のおっぱい見たいなら素直に言ってくれればいいのに」
「いやあなたのおっぱいには一切興味ないです。どちらかと言えばイレイナさんの……」
「拙者の未来の伴侶で邪な想像するのはやめていただけぬか?」
「は?」
「お?」
さっきは決着つかなかったし、今ここでやるでござるか? おお?
煽りたい気持ちでいっぱいでござるが、拙者達の目の前には白いココットに乗せられて粉砂糖を被ったスフレがあるでござる。これは温かいうちに食べねば台無しでござるな。
スプーンを入れれば、中からはレモンピールが混ざった卵液と湯気が溢れるでござる。ふわ〜と湯気と共に広がる匂いに頬を緩め、熱々のスフレを口に運ぶ。
…おぉ……おぉ!! 外側の薄い生地と内側のとろけるような舌触りは、柑橘類特有のさっぱりした味と絶妙に混ざり合う。ほっぺが落ちちゃうでござるよぉ〜。
サヤ殿を見れば、おそらく拙者と同じ感想を抱いたのでござろう。先ほどから発していた殺気はすぐさま引っ込み、ニッコニコでほっぺに手を当ててるでござる。可愛い。
「わざわざ相手の土俵で戦うことは無いでござるよ」
同郷ならば伝わるであろう有名な慣用句で拙者はサヤ殿の危惧を取っ払う。
「はい?」
「あんこ争奪祭りでお菓子作りの勝負は不毛でござる。だったら拙者達は別の戦い方をすれば良いでござる」
武士と魔女とママ(おっさん)。この3人ならではの戦い方を見せてやるでござるよ!
はい、いかがでしたか? この子たち食ってばっかりですね。喧嘩するほど仲が良いサヤさんとモミジちゃんでした。
なんだかんだで似た者同士なので、相性は良いんです。ちなみにモミジちゃんはサヤさんのことかなり気に入ってます。イレイナさんが絡まなければめちゃくちゃ仲良くなれますね。
ps.2021年1月12日から密かな目標だった日刊ランキングに載ることができました。これも読んでくださる皆さんが「面白い!」と思ってくれてたおかげです。自己肯定感が止まりません!ありがとう(≧∀≦)
これからも楽しんでもらえるよう、頑張ります!
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