武士の旅々   作:技巧ナイフ。

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なんだかんだでサブタイトルが1番悩む


仮釈放のリテラチュア
ブチギレボブカット物語 幾


 夏の茹だるような炎天下の中、時おり吹く温い風に長い黒髪ポニーテールを靡かせる女の子が1人、とある国に向けて歩いていました。

 水色の着物に紺色の袴。その上には着物が透けて見えるほど薄く、雪の結晶が刺繍されたローブ。揺れる袴から覗く白い足元は裸足に草履と涼しげです。

 本来の年齢より幾らか幼く見える童顔を暑さに歪め、ちょくちょく腰から抜いた刀の刃を柔らかそうなほっぺに当てて「ひんやりでござる〜」と呟いております。

 

 さてさて。では、そんなちょっぴりおかしな、しかし大変キュートでラブリーでプリティーな武士とは一体誰でしょう。

 

 そう、拙者でござる! 

 

 

 

 このクソ暑い中、やっと辿り着いた国の名前は『収穫のガーベラ』。少しばかり面白い国民性の国でござる。

 なんでも、新しいものが大好きとのこと。

 どうやら、約1週間ごとに国の中で新しいブームが到来するらしいでござる。1週間で飽きられるものをブームと呼ぶのかどうかという疑問はあるでござるが、郷に入りては郷に従え。

 小っちゃいことは気にせず、その国を楽しむのが旅人の作法でござるよ。

 

「今はお人形さんがブームでござろうか?」

 

 特に問題なく入国できた拙者が道行く人を見回せば、多くの国民が肩にお人形さんを乗せて歩いているでござる。しかも、そこそこ精巧に作られているやつ。特に髪なんて凄まじいでござるな。夜な夜な伸びてそうでござる。是非匂いを嗅いでみたい。

 

 ちなみに拙者、昔から『人形』というものがどうにも苦手でござった。

 理由は上手く言語化できぬが、恐らく人の形をしているのに表情が常に同じというのが不気味だったのでござろう。

 まだ小さい頃———今でも小さいでござるが年齢的に———内弟子の誰かが拙者にお人形さんをプレゼントしてくれたことがあったでござる。まぁ、大体女の子の玩具と言ったらお人形さんでござるな。これは案外どこの国でも同じでござる。

 

 とりあえず、首だけ捥いで捨てた。

 

 首が無くなればもう大丈夫でござった。今でも拙者の生家の自室に大事に飾ってあるでござる。閑話休題。

 

「ふむ……。男性にも人気でござるか」

 

 こう言っちゃ悪いでござるが、男がドレスを着た人形を肩に乗せてメロメロしてる光景は奇妙の一言に尽きるでござる。どうして男がメロメロしてる顔って気色悪く見えるのでござろう? 

 

 あんまり長居したい国ではないでござるな。まぁ、このお人形さんブームも1週間経てば過ぎ去るのでござろうが。

 とりあえず適当に観光しよ。

 そうと決まれば、まずは聞き込みでござるな! ガイドに書いてないけど良い場所って、現地の人しか知らないものでござるからな。

 

「あそこの人形屋が1番だね!」

「あの人形屋かな〜やっぱり」

「あの人形屋しか勝たん」

 

 どうやら現在の観光名所は人形屋さんらしいでござる。正気か。

 

(でもまぁ郷に入りては郷に従え、でござるか……)

 

 気は進まないでござるが、行ってみなければ分からないものもあるでござる。もしかしたら、拙者の性癖にぶっ刺さる素晴らしいお人形屋さんかもしれないでござるし。

 

 なので、教えてもらったお人形屋さんとやらに来たでござるが……

 

「これはお店でござるか……?」

 

 明らかにボロ倉庫でござる。なんかね、小さい男の子達が秘密基地として不法占拠した感じの。うん。そんな感じ。

 もしかしたら場所を間違えたかも、と建物を注意深く見ると、看板らしきものがあったでござる。そこには『人形差し上げます』と。タダでござるか⁉︎

 ついでに“Open”と表記されたプレートがお店のドアノブに引っ掛かっているでござる。つまり営業中? 

 

「ご、ごめんくださ〜い」

 

 戦々恐々と扉を開けて入店すると———バッ! 店内に所狭しと並べられた人形が一斉に拙者を見たでござる。怖っ‼︎

 

『やぁ! いらっしゃい』

「ひうっ‼︎」

 

 入店した瞬間に退店したくなった拙者へ、お人形さん達の口が一斉に動いてお出迎えの言葉。だから怖いでござるよぉ……ぐすん。

 涙目になりながらも、拙者は今の声に違和感を覚えたでござる。声自体は1つしか聞こえなかったでござるよ。

 

「ど、どなたかいるでござるか?」

「うん! ボクだよ」

 

 すぐに逃げられるよう刀の柄を握りながら店内全体に問いかけると、カウンターの奥からピョコンと1人の女性が顔を出したでござる。

 

 まず目を引くのは、異常なまでに白い肌。健康的というよりは、ほとんど太陽に当たらず引きこもっていたせいという印象でござるな。

 さらに伸ばしっぱなしの髪を乱雑に後頭部でまとめ、寝不足なのか栄養不足なのか黒く落ち窪んだ目元。それに反してこれまた異常なくらいギラギラした目。

 身なりを整えればそれなりの美人さんでござろうが、彼女の優先事項は他にあるようでござるな。総じて不健康そうという言葉がしっくりくる方でござる。

 

「あなた、人形は好き?」

「えっ…いや……」

「もし好きならどれでも持っていっていいよ? 好きじゃなくても、これから好きになるかもしれないから持っていっていいし。あ、もちろんお金はいらないよ。君の喜ぶ顔が見られればそれでOKさ」

「あう……」

「ちょっと待ってよく見たらあなた可愛い! ねぇ、嬉しい? わたしのお人形貰えて嬉しい⁉︎良かったら喜ぶそのお顔もっとよく見せて!」

 

 うわぁ…ぐいぐい来るぅ……。人形と一緒にぐいぐい来るぅ。

 

 拙者の可愛いお顔を見て唐突に興奮し出す女性にドン引きするでござるが、どうも察してもらえていない様子。むしろほっぺを両手で挟まれ、鼻と鼻がくっつきそうな距離でさらに顔をまじまじ見られ始めた。怖い怖い怖い! 

 

「お、落ち着いてほしいでござるよ!」

「あらら」

 

 彼女の肩を両手で押して、まずは距離を離す。勢い余って唇奪われちゃうところだったでござる。拙者はどちらかと言えば奪いたい派。

 

「もしかしてあなた、旅人?」

「然り。人形は嵩張って荷物になる故、お気持ちだけありがたく頂戴するでござるよ」

「じゃあ尚更持っていってよ!」

「話聞いてる⁉︎」

 

 おかしいでござる……。あれでござるか? はっきり『ノー』を突きつけないとダメでござるか。

 確かに拙者の国の者は、“断らない国の人”として諸外国から舐められているでござる。

 

「あなたがいらないなら別の国に行った時にでも売っちゃっていいよ? むしろ、そうしてくれた方が嬉しいんだ。ボクのお人形が他の国にいる誰かを喜ばせるなんて、想像しただけで心がポカポカするよ!」

「むぅ……」

「ちなみにボクが前暮らしてた国だと、ボクの作るお人形はそこそこ良い値段で売れてね? その国の特産品になった程なんだよ。だから、あなたにとっても悪い話じゃないと思うんだ。どう? もちろん後でお金を請求したりなんてしないよ?」

 

 さて、どうしたものか。途端にここにあるお人形さんが欲しくなったでござるよ。というか、今の話を聞いた直後からお人形さん達がお金に見えてきたでござるよ。

 

 高く売れる人形がタダで貰える。拙者からすれば、次の国に行くまで少し荷物が嵩張るだけでござる。メリットとデメリットの天秤は、確実にメリット側へ傾いてる。

 でも、こんな上手い話があるでござろうか。流石に怪しい……。

 

「拙者、別にお人形に詳しいわけではござらぬが、そんな素人目から見てもお主が作るお人形は素晴らしい一品だということが分かるでござる」

「でしょでしょ?」

「国の特産品になるのも頷ける。でも、どうしてそんな品をタダで渡してしまうでござる?」

 

 そこそこハッキリと疑問を呈すると、店主は一瞬目をまん丸にしたでござる。

 でも、すぐに血色の悪い顔を笑みに変えて説明してくれる。

 

「さっきも言ったでしょ? ボクは誰かの喜ぶ顔が好きなんだよ。ボクの作るお人形で誰かが笑顔になる。嬉しいって思ってくれる。それだけで、ボクはいつまでも頑張れるんだ」

「…………」

 

 なんというか———感動したでござるよ! なんと清らかな人でござろうか! 他人の喜びを自分のことのように思えるなんて、素晴らしい人格者でござる! 

 

「だから、はい! 他の国に行った時に、質屋に入れちゃってよ。出来れば、人の出入りが多いところが良いな。色んな人達にボクのお人形を知ってほしいから」

「承知したでござる。拙者、必ずやこのお人形を質屋に売り飛ばすでござるよ!」

「うん。よろしく」

 

 差し出されたのは綺麗な白髪のお人形。受け取る時に軽く触れた髪は、あまりにも滑らかでござる。心なしか、恋する乙女のような匂いまでするでござるな。ずっと嗅いでたい。

 拙者はその人形を傷付かないよう予備の着替えで包んで、大事に鞄に仕舞うでござる。

 

「あ、そうだ。化粧道具はお持ちでござるか?」

「うん? それはあるけど、なんで?」

「ちょっと貸して欲しいでござる」

 

 すると、彼女は不思議そうな顔をしながらカウンターに潜り込み、もう一度顔を上げるとその手には化粧道具の入った木箱が握られていたでござる。そこに置いてあるの? 

 

 意外なところから出てきた木箱を開けると…うっ、ちょっとカビ臭い。たぶん箱のせいでござるな。化粧道具自体は問題無く使えそうでござる。

 拙者はまずチューブ式の下地クリームを手に取り、店主を手招き。少し顔を寄せてもらう。本来は座ってやるものでござるが、残念ながら椅子などがないので立ってやるでござるよ。

 

「前髪を上げておでこを出すでござる」

 

 予想通りのノーメイク顔に、まずは下地を塗り塗り。血色悪いわりには化粧乗り良いでござるな。

 下地が出来たら今度はパウダーファンデーションで軽く顔色に明るさをつけるでござる。ムラができないよう丁寧にまんべんなく。

 拙者くらいの年齢であればこれで終わりにしても問題無いでござるが、悲しいことに彼女の顔色の悪さはそれだけでは隠せない様子。この上から、目元を中心にアイラインやチークを使って濃くならないように隈を目立たぬようカバーするでござる。

 

 実家にいた頃にマミ上のお化粧をしてあげた経験があったので、10分強くらいでなんとか完成。うん、やっぱり拙者の見立ては正しかったでござるよ。

 

「美人さんになったでござる」

「うえ? ……これがボク?」

 

 拙者は自分の手鏡で彼女の顔を映し、見せてみる。鏡に映る自分の姿に、大層驚いたようでござる。

 

「せめてものお礼でござる。そちらの方が素敵でござるよ」

 

 元々の素材は良いので、そこを活かしただけでござるが。

 こんな小娘でもできるお化粧でそれだけ美しくなるのだから、本格的にやればモテモテでござろう。

 

 最後に拙者は彼女と笑みを交わし合い、お店を出たでござる。

 

 

 

 時刻はお昼時を少し過ぎた頃。そろそろお店が空き始めた頃でござろう。

 拙者は空腹感を訴えるお腹の音色に羞恥で少し顔を赤らめながら、この国の飲食店ガイドブックを片手に歩いているでござる。

 

「ふむ、肉か魚か…もしくはパンもアリでござるな」

 

 新しいもの好きの国民性というだけあって、各種様々な料理があるでござる。

 料理というのは、飽きたと思ってもふとした時にまた食べたくなるもの。そのせいか、新しいもの好きと言っても飲食店はあまり廃れないようでござる。

 

 どのお店も美味しそうで迷っちゃうでござるな。こんな時は、次に目についたお店に入ると決めているでござる。

 その場その国で一期一会の出会いをするのは、食事も同じ。人も食事も一期一会というのが旅人の基本でござる。

 

 さてさて。どこにしようかな〜。

 

(…うん? あの後ろ姿は……)

 

 現在ブームのお人形を肩に乗せた人々の間からお食事処を探していると、見覚えのある人物を発見。

 柔らかそうで良い匂いがしそうで実際いい匂いがするショートカットの白髪。シンプルながらも髪色と対比してよく映える黒色のリボンで飾りつけているでござる。そしてなにより白を基調としたローブ。

 拙者が拙者を拙者と呼ぶようになった理由の彼女がいるでござるよ! 

 

(でもなんか落ち込んでる?)

 

 肩を落として俯きしょんぼりした姿に、拙者は少し不安を覚える。周囲の人達は自身の人形に夢中で気付いてないようでござるな。

 俯いている彼女と人形に夢中の通行人。この2人がごっつんこするのはまぁ……当然の帰結でござる。

 

「痛っ!」

 

 ぶつかった相手は不幸にも大柄な男性。しかし態度そのものは紳士的であり、尻餅を着いてしまった彼女に謝罪を一言述べて歩き去っていく。

 しかし彼女は立ち上がらず、座り込んだままでござる。

 もしや腰を痛めたでござろうか? 拙者は冷たい汗を背中に感じながら駆け寄るでござる。

 

「アムネシア殿! 大丈夫でござるか⁉︎」

「ほえ?」

 

 なんだか知ってるものよりも少々幼い声で拙者を見上げるアムネシア殿。……アムネシア殿? 

 あれ? 前会った時よりも幼くなったでござるか? ほんのちょっぴりロリ を感じるでござるよ。

 

「モミジさん……?」

「あれ? もしかして———アヴィリア殿?」

 

 よくよく見れば彼女はアムネシア殿ではなかったでござる。以前アムネシア殿と再会した時に顔を合わせた、彼女の妹。名前はアヴィリア。

 

(あれ? でも確か、アヴィリア殿の髪はもっと長かったような……?)

 

 旅をする上で邪魔になって切ったとか? 

 他愛もない疑問に首を傾げる拙者を見上げるアヴィリア殿の目に……涙が…どんどん涙が溜まっていくでござるよ! なんで⁉︎

 

「うわぁぁぁぁぁん! モミジさぁぁぁぁぁん‼︎」

「ごふっ!」

 

 そして遂には拙者の腰に抱き着いて泣き出す始末。さり気なく彼女の可愛らしいおでこが鳩尾に刺さり…悶絶でござるよ……。

 

 お昼食べる前で良かったぁ……。

 

 

 

 

 拙者の昼食兼、アヴィリア殿を落ち着かせる目的で近くの喫茶店に入店。

 とりあえず今は食い気よりも彼女が泣いていることの方が重要なので、りんごジュースを2つと甘いケーキをご注文でござる。確か甘いもの好きだったよね。

 

「まずは久し振りでござるな。お元気で……は無いようでござるが」

「はい…ご無沙汰なのです」

 

 ぐしゅぐしゅと鼻を鳴らしながらも、アヴィリア殿は行儀良く一礼。口調も相まって普段は年齢よりも大人っぽく感じるでござるが、今は泣いたせいで目が腫れてむしろ幼く見えるでござる。

 

 アムネシア殿の妹さん、アヴィリア殿。元は『信仰の都エスト』の正統騎士団という治安維持組織に属していたでござるが、紆余曲折あって今はお姉さんのアムネシア殿と共に短期バイトで食い繋ぎながら旅をしているでござる。

 実を言うと拙者、以前アムネシア殿と再会して紹介してもらうよりもさらに前に、一度会ったことがある()()()でござる。

 “らしい”というのは、アムネシア殿と初めて会うより1ヶ月前に訪れた『信仰の都エスト』でのことだったから。

 あそこは国民以外が出国する時、エストに関する記憶を全て消されてしまうでござる。つまりその消された記憶の中に、正統騎士団時代のアヴィリア殿との交流があったということでござるな。

 

 再会した時にサラッと本人から説明されたのでござるが、拙者は文字通り記憶にござらん。あの時は日記もつけていなかったので、記録もござらん。

 しかし、どうにも拙者はアヴィリア殿に懐かれている様子。一体拙者はエストで彼女に何をしたでござる……? 

 

 注文したケーキが来たので、拙者は「まずは食べるでござる」とおすすめ。悲しいことがあった時は、好きなものを食べるに限るでござるよ。

 ちびちびと小動物のように食べるアヴィリア殿に頬を緩ませつつ、拙者もりんごジュースを一口。

 そして彼女が落ち着いたのを見計らって、優しく言葉を投げかける。

 

「アムネシア殿はどうしたでござるか?」

「お姉ちゃんなら今頃宿で寝ているのです」

「寝坊でござるか?」

「違うのです。夜のアルバイトだったから、朝帰りだったのです」

「夜のアルバイト⁉︎」

 

 なんでござるか夜のアルバイトってぇ! えっちなお仕事でござるか⁉︎オトナなお仕事でござるか⁉︎ダメでござるよアムネシア殿! 

 

「……一応誤解のないように言っておくと、いかがわしいお仕事ではないのです。ただの夜間警備なのですよ」

「モチロンワカッテルデゴザルヨ」

「目が泳いでいるのです」

 

 ジトーっとジト目で見られてしまい、思わず目を逸らす。これに関しては若干紛らわしい言い方をしたアヴィリア殿にも原因があると思うでござる。

 しかし、今のやり取りで少しだけ元気を取り戻したことが分かったでござるよ。もう少しおしゃべりを続けるでござる。

 

「そういえば、髪切ったでござるな。アムネシア殿とお揃いで可愛いでござるよ」

「…………」

「アヴィリア殿……?」

「う、うぅ……」

 

 えっ、なんかまた涙目になっちゃったでござるよ⁉︎地雷踏み抜いた? 

 

「…て…ないの……」

「え?」

「切って…ないのです……」

「切ってないでござるか?」

「わたしは切ってないのです! 宿で寝てる間に()()()()()()()()()()!」

 

 それだけ大声で叫び、アヴィリア殿はテーブルに突っ伏してまたも泣き出してしまうでござる。ど、どうしよう……。

 喫茶店にいた他の客からは、明らかに拙者が泣かしたみたいな冷たい視線を向けられる。いやまぁ、確かに拙者の質問が原因だけど……。

 

 てか、アヴィリア殿ってもっとクールな印象だったはずなんだけど、こんな風になってしまうほどショックだったのでござろうな。髪は女の命でござる。

 

「な、泣かないでほしいでござる! ほら、ケーキでござるよ〜」

「あーん……美味しいのです」

 

 ケロッと泣き止んだでござる。食べ物の力は偉大なり。

 

「それで、いつ頃髪を切られたでござる? もし良ければ拙者も犯人探しを手伝うでござるよ」

「本当ですか‼︎」

「然り」

 

 さすがにこんな状態の知人を放置する気にはならないでござるよ。拙者は安心させるように笑いかけ、りんごジュースを一口。

 先ほどの質問に対する答えをアヴィリア殿に促す。

 

「いつ頃切られたのかは正確には分からないのです。クローゼットで寝てて、起きたらいつの間にか髪が無くなっていたのです」

「さも当たり前のように言ったでござるが、何故クローゼットで寝てるでござる?」

「それは……」

 

 言い淀むように口をモゴモゴさせるアヴィリア殿。何か言い難い理由でござろうか。

 

「朝帰ってくるお姉ちゃんをビックリさせようと思って隠れてたのです。そうしたら、いつの間にか寝落ちしちゃって……」

 

 え、なにその可愛い理由。

 

「モミジさん? 鼻血が出てるのです」

「おっと失敬。のぼせてしまったでござる」

「外は暑いですもんね」

「……そうでござるな」

 

 のぼせたのはアヴィリア殿の可愛さでござるが、話の腰を折らぬように合わせるでござる。

 

「ていうか、アムネシア殿を驚かせたいなら帰ってくる直前に隠れれば良かったのでは?」

「はっ‼︎……それは盲点だったのです」

「マジでござるか」

 

 この子ちょっと天然でござるな。そんなところもきゅんきゅんポイントでござるが。

 

「アヴィリア殿の髪のこと、アムネシア殿は知ってるでござるか?」

「知らないはずなのです。もしこんな姿を見せたら心配かけてしまうので、お姉ちゃんが帰ってくる前に急いで宿を出たのです」

「いやそれは尚更心配すると思うでござるが」

「大丈夫なのです。ちゃんと『探さないでください』と書き置きも残しておいたので」

 

 それもはや家出じゃね? アムネシア殿から見たら。

 それでいいでござるか? 

 

「お姉ちゃんは優しいから、きっとわたしのこんな姿を見たら悲しんでしまうのです。———わたしはもう、お姉ちゃんを悲しませないと心に誓っているのです」

「固い決意を全面に出したキメ顔してるところ悪いでござるが、恐らくアムネシア殿の性格からして、こういう時に頼ってもらえない方が悲しいと思うでござるよ?」

「でも夜勤明けで疲れているお姉ちゃんを頼るのは気が引けるのです」

「それは確かに」

 

 基本的にこの姉妹の2人旅は国で短期バイトをして路銀を稼ぎ、別の国へという流れでござる。

 しかもアムネシア殿は魔法が使えないので、バイトに採用される確率も低い。以前再会した時もそうでござったが、滞在中はほぼ毎日シフトを入れてたでござる。

 

 つまり、アヴィリア殿は自身の髪を切った犯人を自分1人で探さなければならない。……いや、拙者もいるから2人でござるな。

 

 拙者はもう一口りんごジュースを口にしようとして、空になっていたことに気付いたでござる。

 この店は何故か客が店員のところまで行って注文しないといけないので、アヴィリア殿に何が飲みたいかを聞いてからもう一度注文する為に列へ並ぶでござる。

 

「グラスフェッド・バターコーヒー。深煎りフレッシュ少なめで」

「かしこまりました。こちらの席へどうぞ」

 

 拙者の前の人が呪文のような注文をすると、店員さんがその人を店の奥側へご案内。その方向を見ると2階へ行くための階段があったでござる。どうやら2階も喫食スペースになってるようでござるな。

 目についてパッと入った店でござるが、2階まで使うってことはそれなりに繁盛しているお店の証拠。どうやら当たりのお店に来たようでござるな。ラッキー。

 

「お待たせしました。ご注文をお伺い致します」

「えっと…グラスフィット……コーヒー?」

「グラスフェッド・バターコーヒーでございますか?」

「あ、それでござる。何か特別なコーヒーでござるか?」

 

 そう尋ねると、店員さんは意味ありげに目を細めて笑顔に。

 しかし、それもすぐに消して元の営業スマイルに戻ったでござる。

 

「グラスフェッド・バターコーヒーとは、当店自慢の看板商品でございます。失礼ですがお客様、もしや旅人の方で?」

「然り」

「であれば、是非1度ご賞味ください。グラスフェッド・バターを混ぜたコーヒーはふわりとした豊かな風味が特徴です。普通のコーヒーよりも格段に飲みやすく、シュガーやフレッシュ(ミルク)との相性もバツグンでございます」

「なるほど。では砂糖増し増しのそちらを1つと、りんごジュースを1つお願いするでござる」

「かしこまりました。ご一緒にブターシュトレンもいかがですか?」

「……いただくでござる。2個」

 

 少し考えたでござるが、シューウィンドウから見える美味しそうなシュトレンに拙者の理性は完敗したでござる。コーヒーには甘いお菓子が合うでござるからな。

 

 看板商品というだけあって、席に待つまでもなくトレーに載せられて渡される。これはきっと繁盛してるので一々店員さんに運ばせるよりも効率を追求しているのでござろう。まぁ、このくらいの面倒は我慢でござる。

 席に戻り、シュトレンとりんごジュースをアヴィリア殿の前へ。あっ、目がキラキラしてるでござるきゃわわ! 

 

「モミジさん…それはブラックコーヒーなのですか?」

「そうでござる。この店の看板商品らしいでござる。飲んでみるでござるか?」

「うっ…わたしはブラック飲めないのです。モミジさんは大人なのです!」

 

 コーヒー1つで尊敬の眼差しを向けてくるアヴィリア殿に、拙者はドヤ〜! 超絶ドヤ顔になるでござる。

 

 ちなみに砂糖増し増しのコーヒーをブラックと言ったのは、別に嘘をついた訳ではないでござる。この国がどうだかは知らぬが、ブラックコーヒーというのは文字通り黒いままのコーヒーを指す。砂糖だけを入れたコーヒーは色が変わらないので、国によってはブラックコーヒーと表現しても嘘にはならないでござるよ。これ旅人豆知識。

 

 拙者はシュトレンを本来ならフォークぶっ刺して丸ごとかぶりつくところを、上品にナイフで切って一口ずつ食べる。そして大人っぽい余裕の笑みを薄く称え、コーヒーも一口。

 

(……苦っ)

 

 砂糖増し増しって言ったのにぃ〜……っ‼︎

 しかし…っ……耐えるで…ござるよ…! ここで顔を顰めたら『ブラックコーヒー飲める大人なモミジさん』というアヴィリア殿のイメージが崩れてしまうでござる! 

 拙者は咀嚼する口を抑えるフリして引き攣った口元を隠し、なんとか元の顔に戻して微笑む。

 

「美味しいでござる」

 

 あの店員さん、マジ許すまじ。

 

 

 

 なんとか威厳を保ち抜いた拙者は、とりあえず宿を確保してアヴィリア殿をご招待。

 クローゼットで寝落ちして髪を切られたことに気付いたアヴィリア殿は、早朝から意味もなく国の中を徘徊していたらしいので、若干睡眠不足でござる。だからと言ってもう一部屋別の宿で取れるほどお金に余裕もない為なんとか耐えてたそうでござるが、食事をしたら強い眠気が湧いてきたとのこと。

 流石にそんな彼女を引き連れて切り裂き魔(髪を切ったことから命名)の手掛かりを調査するわけにもいかず、結果として拙者の宿で仮眠を取ってもらうことに決めたでござるよ。

 

「部屋は好きに使って良いでござるよ」

 

 さっそくベッドにダイブしたアヴィリア殿へそう言って、拙者はすぐにもう一度部屋を出ようと扉に手を掛ける。

 

「どこに行くのです?」

「切り裂き魔の手掛かりを探しに。こう見えても拙者、聞き込みは得意でござる」

「…………」

 

 無駄に胸を張ってできる奴アピールをするでござるが、アヴィリア殿の反応は薄め。かけ布団を被り、口元を隠して何か言いたげな視線を向けてくるでござる。……もしかしてカッコつけすぎて呆れられた? 

 

「どうしたでござる? 何か欲しい物があれば買ってくるでござるよ」

「……行っちゃやなのです」

「なにゆえ?」

 

 時間は有効活用するべきでござる。なにより、こういった犯罪は犯行後に犯人が逃げることのほうが多い。ちんたらしていると、最悪取り逃すということもあるでござるよ。

 ベッドサイドにしゃがみ、アヴィリア殿の顔がよく見える位置につくと……ぷい。顔を逸らされたでござる。泣きそう。

 見られていないことを良いことに涙を目に浮かべていると、ぎゅ…。控えめな手つきで拙者の袖が掴まれる。

 

「おろ?」

「……1人で眠るのは怖いのです」

「———っ!」

 

 そっか。アヴィリア殿は寝ている間に髪を切られたでござる。

 拙者と同じように彼女も髪を伸ばしていたのであれば、毎日の手入れは欠かしていなかったはず。それは短くなっても手触りの良さそうな白髪を見れば明らか。

 であれば、それを寝ている間に切られた彼女のショックは計り知れないでござる。

 

「……申し訳ない。拙者の配慮不足だったでござるよ」

 

 今アヴィリア殿を1人にしても、安眠することは不可能でござろう。同じ人物を短時間のうちにもう一度狙うとは考え難いでござるが、それが彼女にとって恐怖を打ち消すものにはなり得ない。

 

 拙者はローブを脱ぎ髪を解いて、アヴィリア殿に添い寝する形でベッドへ潜り込むでござる。

 

「たまには昼寝をするのも良いでござるな」

「……すみません。わがまま言って」

「ありがとう、と言ってもらえた方が拙者は嬉しいでござるよ?」

「ありがとう……なのです」

 

 小さくそう零すと、アヴィリア殿は拙者の胸に顔を押し付けてくる。特に不快感はないので、そのまま苦しくならない程度に頭を抱き締めてあげるでござる。

 すると、上目遣いで拙者を見てくる。待って湧き上がる母性で溺死しそうでござるよ! 

 

 しかし……髪型のせいもあってアヴィリア殿は本当にアムネシア殿に瓜二つでござるな。

 

「こうしていると、平安の国カイヤナイトでのことを思い出すでござるよ」

「モミジさんがお姉ちゃんと初めて会った国でしたっけ?」

「そうそう。たったの三日間だけでござったが、こうやって同じベッドで寝たでござる」

 

 頭を撫でてあげながらその時のことを思い出していると、アヴィリア殿が蚊の鳴くような声で一言。

 

「……ずるい」

 

 聞こえてしまったその言葉があまりにもいじらしくて、苦笑が漏れちゃうでござる。

 彼女を見やれば、対抗心と抗議がない混ぜになった目をしている。

 

「そもそも、どうやってあの寝相最悪のお姉ちゃんと同じベッドで寝られたのです?」

「コツがあるでござるよ。ちょっとした護身術の応用でござる」

「……難しい技なのですか?」

「もしかして習得しようとしてる?」

「迷惑でなければ教えてほしいのです」

 

 そういえばアヴィリア殿、お姉さんであるアムネシア殿に姉妹愛を超えた特別な感情を抱いていたでござるな。

 それ自体はまぁ、珍しいとはいえ否定するものではないでござるが……アムネシア殿の寝相の悪さって、図らずも貞操の自衛になっているのではと考えてしまうでござるよ。

 

「他人である拙者にはそうやって素直に頼めるのに、お姉さんであるアムネシア殿には素直になれないってどういう事でござる?」

「うぐっ……ごめんなさい」

「別に責めてないでござるよ。単純に疑問に思っただけ。言い方が悪かったでござるな」

 

 お詫び代わりに手櫛で前髪を整えてあげるでござる。これから寝るので無駄なことではござるが。

 ただ、こういった無駄の積み重ねも信頼を築く一助になると拙者は知っているでござる。

 

「———わたしにお姉ちゃんを頼る資格なんて無いのです」

 

 返された言葉の中には、どうしようもない後悔の色が冗談のような濃さで浮かんでいた。まるで、一生掛かっても償い切れない罪を告白するかのように。

 拙者は未だ治らない浅はかな自身に苛立ちを覚えつつも、それを感じさせないように努めて明るい声でアヴィリア殿へ問いかけるでござる。

 

「でも、アムネシア殿のことは好きでござろう?」

「はい。大好きなのです」

「そういえば拙者、小さい頃のアムネシア殿がどんなだったのか気になるでござるよ」

「ふふー! では特別にわたしが教えてあげるのです。小さい頃のお姉ちゃんはですねぇ———」

 

 話題のチョイスが100点満点な自分に拍手喝采でござる。

 

 恋する乙女のような匂いを髪から香らせるアヴィリア殿から幼少期のアムネシア殿の話を聞きながら、拙者は優しく彼女を撫でるでござる。

 それは、アヴィリア殿が安心して睡魔に負けるまで続いたでござるよ。

 

 

 

 あどけない寝顔のアヴィリア殿に釣られて眠ってしまった拙者が目覚めたのは夕方でござった。さすが姉妹でござる。顔が良い。

 美人というよりはまだ可愛らしさが目立つ彼女の顔を寝起き1発目で見れたことで機嫌良く目覚めた拙者は———違和感に気付く。

 

 普段は体を起こす時に顔に掛かる髪が、今はまったくない。

 拙者は急いで洗面所に向かい、鏡を覗き込めば———黒髪ボブカットのキュートでラブリーでプリティーな女の子が。

 ……無いでござる…拙者の自慢の黒髪が…無いでござるよ! 

 

「やられたでござる……っ!」

 

 






はい、いかがでしたか?アヴィリアさん回です。知らない人、4巻を買ってきましょう(しつこい)

アムネシアさんと違ってアヴィリアさんは本当にアニメでは出てないので悩みましたが、こういう形で出てもらいました。

アヴィリアちゃんアニメ出てないやん
      ↓
  この子髪長いな可愛い
      ↓
そういえばアニメで暴れたやべーのいたじゃん
      ↓
   やべーの仮釈放

というわけで、あの人にも出てきてもらいました。口調はアニメ寄りになっております。
正直アヴィリアさんの話は『信仰の都エスト』での出会いを書きたい気持ちがありましたが、どう頑張っても4巻のネタバレをしないといけなくなるので、自分の頭の中にあるそれを前提に、モミジちゃんとの関係を描いています。
なので、原作勢の方はこんな無防備なアヴィリアさんには少し違和感があるかもしれませんね。
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