武士の旅々   作:技巧ナイフ。

15 / 28
ブチギレボブカット物語 星

「…………」

「…………」

「モミジさん」

「……なんでござる?」

「なんでわたしを膝の上に乗せるのですか?」

 

 サラサラのいい匂いがする白髪の隙間から、アヴィリア殿は拙者を恥ずかしそうに見てくるでござる。

 

 場所は宿のベッドの上。胡座で座る拙者の足の中にいる彼女は、意外にも大人しいでござる。若干ツンケンしてるところがあるので、てっきり逃げちゃうかと思ったでござるが。

 恐らく拙者への信頼でござろうが……拙者は一体どうやってこの子からここまでの信頼を得たでござる? 

 

「なんとなくでござるよ。嫌でござるか?」

「いえ……」

 

 なんでござろう……なんか凄くイケナイことをしてるような気分。いたいけな少女の信頼を利用してるような感じ。

 

「すー…はー……」

「ひゃう⁉︎」

 

 後ろ髪に鼻を押し付け一気に匂いを吸い込む。うん、最高。……ではなく、

 

(やっぱりでござるか)

 

 拙者は確信を得て、アヴィリア殿を解放。そして急いで自分の鞄を漁るでござる。

 しかし、目当ての物は見当たらず。

 

「な、何を探しているのですか?」

「人形でござるよ。昼間この国の観光名所たる人形屋の店主から貰ったものでござる」

「それをどうして今?」

「貰った人形の髪の毛、あれはたぶん()ヴィ()()()殿()()()でござるよ」

「っ‼︎」

 

 どうも手触りが良いと思ったでござる。新品であればそれも頷けると安易に納得してたでござるが、だとしても匂いが素晴らし過ぎたでござるよ。

 早朝、アムネシア殿を驚かせようとしてクローゼットで寝落ちしたアヴィリア殿の髪が切られた。

 切りたてホヤホヤのアヴィリア殿の髪が付けられた人形を、昼間拙者が受け取った。切られてから半日しか経っていない髪の毛だから、匂いもほぼほぼ残っていたでござる。

 

「マジですか⁉︎」

「マジでござる。アヴィリア殿の髪の匂いと同じでござった」

「えっ」

「え?」

 

 なんかみるみるうちにアヴィリア殿の目が名状しがたい何かを見るようなものに変わっていくでござる。さっきまであった信頼の色は何処へ? 

 

「モミジさん。今のはいくら冗談でもキモいのです」

「冗談じゃないでござるよ。あの人形の髪、アヴィリア殿と同じ白でござったし」

「いやそこではなく」

「おろ?」

「“同じ匂い”ってとこです」

「それも冗談じゃないでござる」

「キモいのです!」

 

 解せぬ。

 

「あんまりキモいとか言わないでほしいでござるよぉ……」

 

 うるうるうる。涙をたっぷり溜めた上目遣いをアヴィリア殿へ。

 いつもならここで髪を一筋口に咥える演出も付けるでござるが、生憎と短くなったせいで咥えにくい。下手人マジ許すまじ。

 

 内心ブチギレの拙者でござるが、今はアヴィリア殿の中で下落し始めた拙者の株を元に戻すことに集中するでござる。

 

「ただ拙者は、アヴィリア殿の髪を切った下手人の手掛かりを見つけようとしただけでござるぅ……」

「あっ、あっ、な、泣かないでほしいのです」

「撫で撫でしてくれたら泣き止むでござる」

「わ、わかりました」

 

 えへへ〜。やっぱり可愛い子から撫でられるのは最高でござるな。昼寝前までの“大人なモミジさん”のイメージは跡形も無く崩れ去ったでござろうが。

 まぁ、嫌われるよりはマシでござる。

 

 さてさて。アヴィリア殿に撫でられて元気100倍な拙者は、キリッと表情を引き締めて彼女へ告げる。

 

「とりあえず、明日はその人形店へ行くでござるよ。拙者が貰った人形が無いことから、十中八九人形に髪を切られたの考えて間違いないでござる」

「人形を使って……ですか? そんなこと可能なんでしょうか」

「恐らく。あの人形店の店主、魔法使いでござるよ。店に入った瞬間、飾られていた人形が一斉に拙者を見たでござるし」

 

 あの時は微妙にズレた演出として流していたでござるが、魔法を使ったのであれば納得できる。『扉が開いて人が入る』という条件起動にすれば、さほど難しい魔法でもない。

 

 しかし、店に行ったとしても問題が残っているでござるよ。それはアヴィリア殿から疑問の形で提示された。

 

「もしお店に出向いてその店主を問い詰めたとして、シラを切られたらどうするのです?」

「ぶっちゃけ打つ手なしでござる」

「えぇ……」

 

 そう。この切り裂き魔の事件、証拠が無いでござるよ。

 そもそも、『人形に髪を切られ、持ち去られた』と訴えかけても信じる者のほうが少ないでござろう。可愛いけど頭がおかしい女の子の妄言として処理されてしまうでござる。

 

「あんまり拷問はしたく無いでござるし……」

「サラッと怖いこと言わないでください」

「おっと失敬。アヴィリア殿の服、白だから血の汚れが目立つでござるな」

「いやそこの心配はしてないのです。もっと別の場所なのです」

 

 可愛い女の子に頭撫でられて少しは機嫌が直ったでござるが、それでも拙者、かなり頭に来ているでござる。

 10年近く切らないで大事に伸ばしていた髪を、寝ている間にバッサリ。

 ふむ……仕返しに下手人の首をバッサリいってしまおうか。

 しかし拙者、人殺しになるつもりは毛頭なし。さてさてどうしたらものか。

 

 顎に手を当てて下手人の処遇を考えていると、

 

「あーーーっ‼︎」

 

 突然アヴィリア殿が大声を上げたでござる。えっ、なに⁉︎

 

「ど、どうしたでござる?」

「もうお姉ちゃんがバイトに行く時間なのです!」

「あぁ…夜間警備でござったか」

「そうなのです。やべーのです! お姉ちゃんお腹空かしているかも……」

「流石に食事くらい自分で用意するのでは?」

 

 確かにアムネシア殿ってしっかり者に見えて甘やかしたくなる感じあるけど、それでも一人旅経験者でござる。一々誰かに用意してもらわないとダメな赤ちゃんとは違う。

 

「違うのです! そうじゃないのです! わたしの作ったご飯を食べて、仕事に向かうお姉ちゃんへ『いってらっしゃい』とお見送りすることで疑似新婚気分を味わうという1日の楽しみがぁ……」

「それはまた……」

 

 アレでござるな。拙者も人のこと言えないでござるが、この子も大概ロクでもないでござるな。

 

「それ以前に、家出した妹が心配で仕事も手に付かないのでは?」

「書き置きは残しましたよ?」

「あの文面は完全に家出でござるよ」

 

 際限なく落ち込むアムネシア殿の顔が目に浮かぶでござる。

 

「でも、今書き置きをしに行ったらお姉ちゃんと鉢合わせしてしまうのです。そうしたら、やっぱりお姉ちゃんに心配をかけてしまうのです」

「まぁ、アムネシア殿が出た後だと今度は宿自体が閉まってる可能性があるし……」

 

 魔法使いのアヴィリア殿ならば窓から侵入するという手もあるでござるが、万が一誰かに見られて通報されたら明日の調査に差し支えるでござるし。

 どうしたものか……と、頭を悩ませていると、アヴィリア殿はポンと手を打っておもむろにメモ帳へ文字を書き始めたでござる。

 

「こうすればいいのです!」

 

 そして書いたメモ帳を破り、折り折りして完成。ペーパーダーツ(紙飛行機)でござるな。

 そして杖を取り出し、窓からそれを飛ばしながら何かの魔法を付与したでござる。

 

「わたし達の泊まる部屋の窓の隙間に刺さるようにしたのです。これならきっと、お姉ちゃんも気付くのです」

「なるほど賢い!」

「ふっふー。もっと褒めてくれていいのです」

 

 ちょっと褒めただけで偉そうに胸を張るアヴィリア殿可愛い。

 拙者甘えるのも好きでござるが、甘やかすのも同じくらい好きでござる。特にアヴィリア殿のような美少女をトロットロになるまで甘やかして、拙者抜きで生きられないように依存させたいという願望がちょくちょく顔を出してしまうでござるよ。まぁ、第一希望はイレイナ殿でござるが! 

 

 拙者無しでは生きられないほど依存するイレイナ殿……良き! いと良きはべりいまそかり! 

 

「モミジさん、だらしない顔になってますよ」

「これは失敬。でもアヴィリア殿は本当に賢いでござるな」

「ふっふっふ。これでも元エリートですから」

 

 ……アヴィリア殿とイレイナ殿の髪の色、同系統の色じゃん。これで髪の長さが戻ったらもうほぼイレイナ殿なのでは? 

 

「アヴィリア殿、拙者に依存したくないでござるか?」

「何言ってるですか。というか目が怖いのです」

 

 そういうアヴィリア殿の拙者に向ける目は、不審者へのそれでござる。解せぬ。

 

 そんな風に駄弁っていると、部屋の中にぐ〜という腹の虫さんが鳴く音が響いたでござる。2人分。

 

「「 ……っ…! 」」

 

 言うまでもなく、拙者とアヴィリア殿のでござるな。お互いに同じタイミングでお腹が鳴ったのに、やっぱり恥ずかしくて顔が赤くなるでござるよぉ…。穴があったら入りたい。

 まぁ、拙者たちまだ成長期だし! 寝てるだけでも成長にカロリー使うからお腹減るのは当たり前だし! 別に食い意地張ってるわけじゃないでござるからね! 

 

 拙者は鞄を漁り、未だに残ってる羊羹を刀で切り分けて半分アヴィリア殿へ。

 

「どうぞ。美味しいでござるよ」

「……なんですこれ?」

「拙者の国のお菓子でござる。とりあえずこれでお腹の虫を止めて、どこか食べに行くでござるよ」

 

 ツヤツヤした見た目に怪訝な顔を浮かべながらもパク。すると、ピョコンっという擬音がつきそうなくらい目を開き、咀嚼するたび顔が蕩けていくでござる。めっちゃ可愛えぇ。

 ……なんというか、やっぱりアムネシア殿の妹でござるな。この餌付けしたくなる顔は。カイヤナイトでアムネシア殿に天ぷらをあーんした時を思い出すでござる。ちょうど今は髪型も同じだし。

 

 すぐに渡した分を食べ切り、拙者につぶらなお目々を甘えるように向けてくるでござる。…くっ、そんな顔されたらもっとあげたくなっちゃうでござるよ! 

 

 

 

 

 中途半端な時間にめっちゃ寝たせいで夜更かしを余儀なくされた拙者達は、結局お昼前まで惰眠を貪ってからお人形店へ向かう。

 まぁ、夜間警備から帰ってきたアムネシア殿が眠る時間を考慮すると、この時間であればエンカウントしないだろうという憶測もあるでござるが。

 

「ここでござる」

「ここは……ゴミ倉庫ですか?」

「聞いて驚くでござる。なんとここ、お店でござるよ」

 

 率直に件の人形店への感想…というかもはや暴言を述べるアヴィリア殿に苦笑を漏らしながら、昨日と変わらない『人形差し上げます』の看板を見る。

 

 よくよく考えれば、この店の外観からして既におかしかったでござる。

 いくら一過性のブームが毎週起こるこの国『収穫のガーベラ』でも、ブームを作ったのならそれ相応に改修工事してもいいはず。

 さらに言えば、あの店主は母国で特産品を作れるほどの人形職人。言ってしまえば国の経済の一端を握る人材でござる。そんな人材を、みすみす他国に移住させるわけがない。

 そして、かつて愛悼の霊園でシーラ殿から聞いたイレイナ殿とのエピソードの中に、人形を使って髪を切る切り裂き魔の話があったでござる。

 

 これだけ材料が揃えばあとは簡単。シーラ殿とイレイナ殿の協力で捕まった切り裂き魔が牢屋から出てきたか脱走したかで、この『収穫のガーベラ』に流れ着き、またここで同じような悪事を働いているということでござる。悪い子ちゃんでござるな。ぶっ殺すぞ。

 

「足でドーン!」

 

 ———バンッ! アヴィリア殿の手前、怒りを抑えて店の扉を蹴り開けるでござる。すていくーるでござる。

 店に入ると、またもや飾られた人形が一斉にこちらを見てくるでござるが無視。ズカズカと踏み込み、カウンターの裏へと入るでござる。

 しかし、そこにはあの店主の姿が無い。どこ行ったでござるか! 

 

 店の中を見回すと、カウンターの上に書き置きがあったでござる。それを手に取って読むと……

 

(そういう事でござるか)

 

 書かれた内容に納得すると同時に、グシャ。その紙を怒りのあまり握りつぶす。

 

「モ、モミジさん……」

「なにか?」

「今このお店、『closed』なのです」

「…………」

 

 アヴィリア殿に呼ばれて入り口まで戻ると、確かに扉のノブの部分にそんなプレートが。やべっ、蹴り開けたから鍵掛かってたの気付かないかってござる。

 鍵ぶっ壊しちゃったでござるな。でも別に犯罪者の住処だし…いやでも器物破損は別問題……? 

 

「ぐぬぬぬぬ……」

 

 押し入り強盗だと間違われても嫌なので、張り紙で言い訳しとこ。『換気しておきました』っと。

 

「これでよし」

「………」

「これで、よし!」

「あ、はい」

 

 ジト目で見てくるアヴィリア殿を勢いで押し切り、その手を取って歩き出すでござる。逃走とも言う。

 

 そして店から離れた所で、グシャグシャに握り潰した書き置きを彼女に渡す。

 

「これは?」

「店のカウンターに置いてあったでござる。つまりそこにあの店主がいる」

「う〜ん……変なコーヒーの名前が書いてあるだけなのです。これが犯人の居場所を指しているのですか?」

「然り」

 

 書かれた文字を怪訝な顔で眺め、アヴィリア殿は改めて読み上げる。

 

「——— “グラスフェッド・バターコーヒー。深煎りフレッシュ少なめ”を飲んで来ます」

 

 

 

 持ち歩いていた飲食店ガイドによると、この『収穫のガーベラ』でグラスフェッド・バターコーヒーが飲める店は、昨日拙者とアヴィリア殿が昼食の為に入ったあの店だけ。

 しかし、何故書き置きで店の名前では無く商品名を記すのか。恐らく、それは店の名前を記す以上に意味があると推測できるでござる。

 

「というと?」

「昨日、その商品名を一言一句違わず述べた客がいたでござる。ちょうど拙者の前に並んでた者なのでござるが。その人は、それを注文すると二階の席に案内されたでござる」

「はぁ…」

「その注文を聞いて、拙者もそのコーヒーを頼んだでござるよ。砂糖増し増しで」

「砂糖増し増し……ですか」

「すると、すぐにそのコーヒーが出てきたでござる。店員さんが持ってくるまでもなく、注文したらすぐに渡された。これって変ではござらぬか?」

「つまりこの紙に書かれている『グラスフェッド・バターコーヒー。深煎りフレッシュ少なめ』という注文自体が、あの店では何かの合言葉なのではないか、と?」

「そういうことでござる」

 

 看板メニューだからすぐに出てきた。これなら納得でござる。

 しかし、それならば拙者の前にいた客にも提供出来たはず。しかもあの客が注文したのは件のコーヒーだけでござった。

 対して拙者はコーヒーに加えてりんごジュースとブターシュトレン2つ。合計4品でござる。

 看板メニューを1品頼んだ客は席で待たせて、看板メニュー以外のものも頼んだ拙者には素早く提供できる。普通の飲食店ならばクレームものでござるよ。

 

「……あの時のコーヒー、ブラックじゃなかったのですね」

「…………」

「…………」

「知ってるでござるか? 色が黒のままであればブラックコーヒーって言うでござるよ」

「…………」

 

 アヴィリア殿の冷たい視線が痛い……。低温火傷しちゃう。

 

「と、ともかく! あの店でその注文をしてみるでござるよ! 運が良ければあの店主にも会えるでござる」

「……」

「とりあえず引っ捕らえて、そこから拷問でもなんでもして髪を返してもらうでござる」

「…………」

「何か言ってよぉ……」

 

 ひたすら冷たい目を向けてくるアヴィリア殿に追い込まれた拙者、涙目でござる。ぐすん。

 もはや彼女の中で『大人なモミジさん』に戻るのは無理でござるな。だったら猫被るのやめる! にゃんにゃんするのやめるでござる! 

 

「別に……わたしに見栄なんて張る必要ないのです」

 

 アヴィリア殿は、何故だかフニフニほっぺを膨らませてぷいっとそっぽを向いてしまったでござる。これは拗ねてる……でござるか? 

 

 女心と秋の空という慣用句があるでござる。変わりやすく予想し難いという意味で使われるでござるが、しかしそれは男から見た場合の話。

 でも、今のアヴィリア殿の心は同性である拙者にも皆目見当がつかないでござるよ。確かに嘘を吐いたのは悪かったでござるが、そんなに怒るほど? 

 

「怒らせてしまったのなら誠心誠意謝るでござる」

「……違うのです。別にモミジさんに怒っているわけではないのです」

「おろ?」

「———情けない自分に怒ってるのです」

 

 よく分からぬが、なにやら今のやり取りでアヴィリア殿が自省するきっかけがあったようでござるが……どの部分? まるで分からないでござるよ。

 

 なにやらちょっとした懸念事項が生まれたでござるが、とりあえず今は目の前のことに集中するでござる。

 昨日も来た喫茶店に到着した拙者達は、肩に人形を乗せた客の中を突っ切って真っ直ぐカウンターへと向かう。そして、営業スマイルを浮かべる店員さんへご注文。

 

「グラスフェッド・バターコーヒー。深煎りフレッシュ少なめ」

「かしこまりました。そちらのお連れ様もでしょうか?」

「は、はい。そうなのです」

「承りました。こちらの席へどうぞ」

 

 昨日拙者の前に並んでいた男性客が消えていった階段を上がるでござる。

 上がりきると、目の前に広がっていたのは喫食スペース。

 しかし1階とは違い、椅子も机もそこそこに品の良い物を揃えているでござる。明らかに街角の喫茶店には不似合いでござるな。キナ臭い。

 

「……アヴィリア殿。拙者の刀に認識阻害の魔法をかけて欲しいでござる」

「わかりました」

 

 壁に耳あり障子に目あり。小声でアヴィリア殿へ頼み、刀を周囲から認識されないようにしてもらう。本来ならここに来る前にやるべきでござったが、それをすると子どもなどの背の低い通行人が激突する可能性があるので取れなかったでござるよ。

 

「かたじけない」

「いえ」

「杖はそのまま、見えないように握っておくでござるよ」

 

 ここからは本当に何が起こるか分からないでござる。特に、アヴィリア殿に万が一のことがあればアムネシア殿に顔向けできない。この子は拙者が守るでござるよ! 

 

「お待たせしました。どうぞこちらへ」

 

 密かに決意を固めたところで、拙者達が上がってきた階段とは逆の方向にある通路から声が掛かる。そこには明らかに一般人とは思えない筋肉の膨らみ方をしたスーツ姿の男性が2人。見るからに怪しげなサングラスを掛けているでござる。

 

 男性達に促されるままそちらの通路へ進めば、幅の狭い下りの螺旋階段が。その階段を男性A、アヴィリア殿、拙者、男性Bと1列になって下りる。さりげなく挟まれたでござるな。

 階段はそれほど長いわけではなかったでござるが、それでも体感で地下まで来たことは分かるでござる。一旦2階まで上った後に地下まで別の階段で下ろされたということでござるな。二度手間でござる! 

 階段を下り切ると、壁も床も天井も大理石で出来た狭い通路に出たでござる。幅は人間2人が横に並べるくらい。天井の高さは拙者の頭にもう1人拙者を乗せたらゴッツンコしそうなくらい低い。

 

 

 

 ———仕掛けるならここでござる! 

 

「わりと長い道のりでござるなっ!」

 

 拙者の後ろを歩く男性Bに質問するように振り向きながら、スナップを効かせた指先で睾丸を弾く。

 

「はうっ……⁉︎」

 

 マミ上曰く、男性の睾丸は潰すように殴りつけるより、ペチンと弾いたほうが効きやすいとのこと。

 拙者には存在しない臓器なので分からぬが、筆舌に尽くし難い苦悶の表情を見るにその通りのようでござるな。

 

 内股になって両手で股間を抑える男性Bの両耳を、すかさず挟み込むように掌底打ち。三半規管にダメージを与える。

 さらに刀の柄を左手で握り、拙者お得意の過重力を起動。魔法で羽のように軽くなった男性Bを右手一本で掴み……

 

「アヴィリア殿、伏せて!」

 

 ———ブゥン! 先頭を歩いていた男性Aに向けて、伏せたアヴィリア殿の頭上を通してぶん投げる。

 飛んでくる人間というのは、それだけで凶器になるでござる。これでとりあえずこの2人を無力化したかと思いきや———

 

「フッ」

 

 驚異的な反射神経で潜るように避けたでござる。ちっ……! 

 

 拙者は過重力を使って飛び上がり、天井に着地。抜刀。

 アヴィリア殿を飛び越える形の三角跳びで、今まさに伏せて無防備な彼女へ蹴りを入れようとする男性Aの大腿骨を峰打ちで殴り砕く。

 しかしこれだけでは決め手に欠けるので、この男にも過重力を掛けて軽くし、砕いてない方の足首を掴んで———ゴッ! 

 アヴィリア殿を足蹴にしようとしたことに対する仕返しも兼ねて、振り回すように顔面から壁に叩きつけてやるでござる。

 

「ふぅー…。すまぬ、アヴィリア殿! 怪我は無いでござるか?」

 

 一瞬とはいえ、危険に晒してしまったでござる。蹴りが入ったようには見えなかったでござるが……。

 

「だ、大丈夫なのです。それより、その……殺したんですか?」

「いや、あの程度で人は死なないでござるよ」

 

 顔面から叩きつけたのは、鼻や歯が頭蓋を守るクッションになるという理由もあるでござる。その代わりめちゃくちゃ痛いけど。

 拙者は安心するようにアヴィリア殿へ微笑みかける。

 

「人殺しはしないでござるよ。拙者の大切な人が、拙者を人殺しにしなかったから」

 

 ———あの日、イレイナ殿は拙者が人殺しになるのを止めてくれた。それが意図しないものだったとしても、その事実は変わらない。だから拙者は絶対に殺さないでござる。

 もし殺してしまえば、イレイナ殿との繋がりが無くなってしまうような気がするから。

 

「ぐっ…このメスガキ……」

「あ、まだ意識あるでござる。死ねぇぇぇ!」

「ガハァ!」

 

 ゴツン! 最初に倒した男性Bが起き上がってきたので、慌てて殴り倒すでござる。危ない危ない。

 

「……………」

 

 そしてアヴィリア殿の視線が冷たい冷たい。

 

「……まだこの人達が悪い人だと決まったわけでは無いのに倒しちゃって良かったのですか?」

「はっ! ……やべ」

 

 そういえば勝手に決めつけてやっちまったでござるが、アヴィリア殿の言う通りでござる。髪切られた怒りと状況の有利さで気が逸っちゃったでござる。てへ! 

 

「……違ったら全力で逃げるでござる」

「そこで謝らないの、良くないのです」

「謝ったら捕まるでござるよ。恐らくアヴィリア殿も共犯でござる」

「逃げる時はわたしも連れて行ってほしいのです」

「愛の逃避行でござるな」

 

 ウインク混じりに軽口を叩けば、アヴィリア殿はくすりと笑ってくれたでござる。その笑みに拙者は内心安堵する。

 ———スカートを履いているのでよく見える白くて綺麗で舐め回したい彼女の生足。それが微かに震えているでござる。

 怖かったのでござろう。未遂とはいえ、屈強な男の躊躇い無い暴力を向けられたでござる。それは仕方あるまい。

 

 アヴィリア殿の目元あたりの身長しかない拙者でござるが、それでも優しく微笑んでフニフニほっぺを撫でる。

 

「大丈夫でござるよ。アヴィリア殿は拙者が守るでござる」

「わたしは…大丈夫なのです。もう守られてばかりのアヴィリアは卒業したのです」

「そうでござるか。怖かったら言うでござるよ」

「もう!」

 

 丁寧な口調のわりに動きが幼いので、どうしても庇護欲が湧いてきちゃうでござるよ。だって仕方ないじゃん可愛いんだから! 

 

「とにかく先を急ぐのです」

「然り」

 

 少しからかい過ぎたのか、アヴィリア殿はズンズンと先に歩いてしまう。あー可愛い♡

 拙者はキュンキュンする気持ちを抑えて、過重力で今倒した男性達をボールくらいに軽くして蹴り転がしていくでござる。もし倒れている2人が見つかって騒ぎになったら面倒でござるからな。

 

 

 

 3分ほど歩き、やっと通路の先に出たでござる。

 

 そこは———劇場…というのでござろうか? 

 いやに静まり返っている空間を見下ろすと舞台があり、そこから扇型に段々畑のような感じで観客席が並んでいるでござる。

 そして、その観客席にはチラホラと色とりどりの髪色をした後頭部が。顔こそ見えぬが、髪飾りや背もたれから覗く服の装飾からしてそこそこ高貴な立場の者達でござろう。

 

(えっ……マジでこの人たち無実でござるか)

 

 若干顔を青くしながら、ここまで蹴り転がしてきた男性2人を見下ろす拙者。これはやらかしたでござるか…? 

 アヴィリア殿を見ると……あっ、目が泳ぎまくってる。たぶん心境は拙者と同じでござろう。

 

 さてさて、どう逃げようか。周りを見回し即座に逃亡手段を模索する拙者に向けて、静寂を突き破って聞き覚えのある声が掛けられる。

 

「あれ? 随分早かったね! まだ準備終わってないんだけどなぁ」

 

 観客席に座る者とアホみたいに近い距離で向かい合うよう立つその声の主は、あの人形店の店主。てかその人と近くない? もしかしてちゅーしてたでござるか? もはやその距離でござるよ。

 

 拙者は劇場の観客席でそんなけしからん事(疑い)をする背徳的な店主に詰め寄ろうと踏み出す。すると、アヴィリア殿に袖を掴まれたでござる。

 

「……モミジさん。おかしいのです」

「何がでござる?」

「今のあの人のセリフ———まるでわたし達が来ることを最初から分かっていたかのようなのです」

 

 怒りのあまり聞き流してしまったでござるが、確かにおかしいでござる。

『随分早かった』なんて、拙者達の行動を理解していなければ出てこない。

 

 つまり———誘い込まれた? 一体どのタイミングで? 

 

「どうしたの? こっちにおいでよ。ボクに用があって来たんでしょ。お話しよう?」

 

 拙者たちが思考を優先して動きを止めていても、店主は構わず声をかけてくる。ニコニコと笑い、まるでお茶にでも誘うような気軽さでござるな。

 

「ほら、おいで?」

 

 警戒心丸出しで身構えているにも関わらず、店主は観客席に座ってその隣の席をポンポンと叩いているでござる。

 

(どうする…話が通じる相手でござるか)

 

 会話で解決できるならば、それに越したことはない。しかし、そもそも彼女は問答無用で髪を切るようなやべー奴でござる。

 ならば一度行動不能まで追い込んだほうが安全でござろうか。

 

 拙者は頭の中で考えをまとめ、刀の鯉口を切る。アヴィリア殿の手を優しく外してやりながら一気呵成に過重力で店主のもとまでダッシュでござる。

 観客席の背もたれを足場にして下りていき、抜刀一閃。抜くと同時に刃を返して、店主の右肩に叩き込む。

 バキン! 何かの粉砕音とその感触が手に伝わってくるでござる。

 

「ははっ、壊さないでよ」

「———っ⁉︎」

 

 その瞬間、理解する。一瞬前まで確かに人間の顔だった店主が、刀で殴った時には人形に変わっていたでござる。これは変わり身の術? 

 

 いや、違う。さっき拙者がアヴィリア殿にかけてもらった認識阻害の応用でござる。

 拙者たちはこの人形を、確かに人間として認識していた。この店主、予想以上に魔法が達者のようでござるな。

 

 拙者は本物の店主を探すように周りを見て……ひっ! 心臓を鷲掴みにされたかのような恐怖に支配されたでござる。

 拙者がいる位置はちょうど、アヴィリア殿の立つ出入り口と舞台の真ん中辺り。つまり劇場内の真ん中。

 そこまで来て分かったのは、ここにいる観客が()()()()()()()()だということ。

 なるほど。先ほど拙者と店主の会話に一切反応しなかったのはそういう事でござったか。

 

 地下にある秘密の劇場。その観客席には等身大の人形。

 明らかに異様な空間でござるよ。ここは。

 

「あんまりボクの大事なお人形を手荒に扱わないでほしいんだけど」

 

 すると、今度は舞台袖から店主が現れたでござる。手には黒髪と白髪の人形を大事そうに抱えて。あの白髪の人形、見覚えがあるでござるな。

 

「その人形の髪の毛。それは拙者たちのでござるか?」

「うん、そうだよ! あなた達とっても綺麗な髪してるから欲しくなっちゃって」

 

 この状況で分断されるのはまずいと考え、アヴィリア殿のもとに戻りながら会話に応じる。

 正直、ここから逃げた方が良いかもしれない。明らかにここは彼女のホームでござるよ。

 

「それにしてもツイてたよ! 綺麗な白髪が手に入ったと思ったら、すぐに対称的な黒髪の君が現れたんだもん。もうこれは神様の思し召しかと思っちゃった」

 

 そう言って店主は拙者とアヴィリア殿の髪が付けられた人形を左右に1つずつ頬に当ててすりすり。さらにすーはー、と匂いを嗅ぎ始めたでござる。

 キモい……。

 ドン引きする拙者たちを見て、店主はパァァ! みるみると血色の悪い顔が輝き出すでござる。

 

「ああん! その顔良い! 最っ高!」

 

 さらに何かに悶えるように体をくねくねさせ始めたでござる。うわぁ……。

 

「結局のところ、たくさんの人を自分の人形で笑顔にしたいというのも嘘でござったか」

「ううん、それも本当だよ。人が喜ぶ顔を見るのが好きっていうのも本当。特にあなた達みたいに可愛い女の子のね!」

「だが拙者たちは今めちゃくちゃ怒ってるでござる」

「うん! そういう顔も大好きだよ! できれば絶望したり悲しんでる顔も見せてくれると嬉しいな!」

 

 あ、ダメだこの人。話通じないでござる。

 

「わ、わたしの髪は……そんな事の為に…切られたのですか……‼︎」

 

 そして隣で静かにブチギレる白髪ボブカットのアヴィリア殿。たぶんこの顔を店主に見せると喜んじゃうので、隠すように前に立つと、

 

「ちょっと何してるの⁉︎その子の顔が見えない! ねぇ怒ってるの? 泣いてるの? どっちでもいいから見せてちょうだい!」

 

 なんか怒られた。たぶん拙者悪くないでござるよ。

 

 舞台からなんとかアヴィリア殿の顔を見ようとする店主と、それを阻止する拙者の小競り合いを数分ほど続き、どうしても見られないと分かるとため息を1つ。

 それと同時に、観客席の人形が同時にバッと立ち上がる。

 

「ねぇ、あなた達。もし良かったらボクの工房に来ない?」

「このタイミングでそんな話、受け入れると思うでござるか?」

「もちろんタダでとは言わないよ。正当な金額のお給料は出すつもり。あなた達の髪が近くにあるだけで人形作りのインスピレーションがたくさん得られると思うんだ」

 

 店主が言葉を続ける間にも、立ち上がった観客人形たちはジリジリと拙者たちに近付いてくるでござる。

 多勢に無勢。このまま撤退しようかと後ろを見るが……クソッ。いつの間にか唯一の出入り口には音も無く鉄格子が嵌められていたでござる。会話に気を取られた隙に魔法で作ったでござるな。

 

「これでもお金は持ってるほうだからね。ボクのところに来ればなんでもあるよ?」

 

 舞台上で店主は手に持った人形の髪の匂いを存分に堪能しながら勧誘を続ける。すごくやめてほしいでござる。

 

「美味しい食事は3食つけるし、昼寝だっていつしてくれても構わない。フッカフカのベッドも用意するし、希望があればどんなおやつでも出すよ? この上の店で売ってるブターシュトレンなんか絶品だよね。欲しい服や宝石だってな〜んでも買ってあげる」

 

 優しい声で。しかし目をギラギラさせて、店主は笑みを作って続ける。

 その間にも、観客人形は拙者たちを包囲してくるでござる。既に刀が届く位置でござるな。

 

「まぁ、無いものを強いて上げるなら———」

 

 

 

 ———あなた達の自由、かな。

 

 

 

 そして、観客人形が拙者たちを捕らえようと襲いかかってくる。







はい、いかがでしたか?この店主のヤバさは皆さんご存知ですね。やべーです(語彙力)

モミジちゃん、素手で戦う時はかなりエグい箇所を攻撃しますね。一応護身術の類なんですけど、書いてて自分でも縮み上がる思いでした。

ぶっちゃけアヴィリアさんの強さってどんなもんなんですかね。そもそもこの子、原作でも戦闘という戦闘はほとんどしてないので立場やら何やらから推測するしかないんですよね。まぁ、あまり争い事が似合わない子なので、できれば戦ってほしくないんですが(保護者)

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。