1限目
夏の茹だるような暑さが去り、しかし冬よりもずっと過ごしやすい季節。樹木を彩る葉は緑から紅へ。もしくは黄へ。
澄み渡った美味しい空気を吸い込み、笑みを浮かべる女の子がいます。
紅葉を3枚散らした黒い袴に黄色の着物。桜の刺繍が施されたローブを靡かせながら、カランコロンと漆下駄を鳴らしていました。
目指すは正面に聳える無骨な壁に囲まれた国。周囲の美しい景色には不似合いですが、だからこそ目立ちます。
てくてくてく。歩いている女の子が門の前まで来ると、門兵さんが出てきました。門兵さんは女の子の腰にある物を見て尋ねます。
「ようこそいらっしゃいました。あなたは…剣士様でしょうか?」
「武士で旅人で魔法使いでござる」
「うん…? 魔法使いなのですか?」
「間を取って旅人でござるよ」
「なるほど。失礼ですが、お名前を聞いても?」
「モミジでござる」
「滞在期間はどれほど?」
「特に決めてないでござる。観光スポットを巡り終えたら、ではダメでござろうか?」
「構いませんよ」
にっこり笑う愛想の良い門兵さんに、女の子も笑顔を返します。
入国料は銀貨1枚。それを手渡すと、門が開かれます。
「ようこそ。王立セレステリアへ」
さてさて。そんな門兵さんの声を背中に受けながら大手を振って門を潜る、ツヤツヤ黒髪ポニーテールのミニマム女武士とは一体誰でしょう?
そう、拙者でござる。
王立と言うからには王様が治めているのであろうが、そのわりに国民は伸び伸びと過ごしている印象でござった。
老若男女、思い思いに各々の日常を満喫しているでござる。
背の高い建物が両脇に並ぶ道で上を見上げれば、どちらかの建物の住人の物と思しき洗濯物が風にそよそよ。お日様をたくさん浴びて、とてもよく乾きそうでござるな。
そんな王立セレステリア。どうやら魔法使いの人口もそれなりに多いらしく、そこかしこに散見される。
ほうきに荷物を括り付けて運ぶ郵便屋さん。
魔法で
炎魔法を使い、お客さんの目の前で肉を焼く露店。
さらには演劇の舞台で魔法を用いて光やら粉雪やらの演出を加えたり……うっ、人形劇もやってるでござるな。以前の経験から、魔法で動く人形には少し警戒しちゃうでござるよ……。
まぁそれはそれとして。魔法を使った大道芸を見ていると、拙者の中で産声を上げた芸人魂が真っ赤に燃えるでござるよ。心を掴めと轟き叫ぶでござる!
「さぁさぁお立ち合い! 拙者生まれは東国の武士で旅人で魔法使い! お急ぎなされぬお歴々、ちょいと足止め口止めご注目あれ! 祖国の伝統と魔法を組み合わせて、いざ! 刀片手に蝶の如く舞うでござる!」
パチンパチン! 数々の大道芸が披露されている広場の一角で手を打つ。
そもそも拙者の服装は目立つ上、なにより顔面がとても良いので通行人の方々はすぐに目を向けてくれるでござる。
おぉ! よく見れば、子連れの女性や友人同士の女学生、さらには子どもだけの集団が多いでござるな! 素晴らしい!
ある程度の人数に見られていることを確認した拙者は、鯉口を切って抜刀。表情は凪のように余裕のある無表情…ではちょっと寂しいので、薄く微笑んでおくでござる。
抜いた刀を頭上に掲げ、いざ! ゆらりゆらりと舞い踊る。お菓子の国でサヤ殿のサポートを受けながら披露した剣舞でござる。あれよりもスローテンポでござるが。
「「「 おぉ……! 」」」
剣舞は雰囲気的に歓声を上げるというよりは、じっくり見据えて楽しむもの。ローブと長い黒髪を靡かせるように舞い、どこか神秘的な情景を演出する。
しかし、これだけでは当然見飽きてしまうでござる。
「ママ〜飽きた!」「単調ね」「なんか自分に酔ってて鼻につくわ」「変な格好」「チビ」
そのような声が…なんか罵倒混ざってなかった? 拙者泣くよ?
ま、まぁ! そんな声が聞こえてきた辺りで、
剣舞では慎ましくすり気味だった足を大きく使い、ボールを蹴るように上げたり、腰を捻ねってステップを踏んだり。クルンと宙返りも華麗に決める。さらにお尻も素早く左右にフリフリ。
刀を持った手では、あざとさ満点のハートを作って観客の女性にきゅん♡と突き出す。自分を抱き締め、撫で上げてウインクしながら投げキッスもプレゼント。
拙者の可愛いを前面に押して押して押しまくったダンス。それを今、踊り切ったでござるよ…!
「はぁ…はぁ……」
自己評価は100点満点! うわぁ〜拙者のファンになった女の子からお茶に誘われちゃったらどうしよう。照れちゃうでござる!
そんな取らぬ狸の皮算用をしていたら自然と顔がだらしなく緩んでしまい、それを隠す為クールに後ろを向く。
息を整えながら納刀していると———トントン。後ろから肩を叩かれたでござる。これはキタのでは! 女の子がキタのでは⁉︎拙者の時代が来たのでは⁉︎
そんな荒ぶる心を抑え、舞踊中の表情と落差を出す為にぱぁ〜と笑って振り向くと、わお!
「この辺りで刃物片手に踊ってる頭おかしい女の子がいるって通報があったんだけど、君のこと?」
……お、お、おまわりさんだぁ……。
「ちょっと本部に来てくれるかな? お茶出すから」
おまわりさんからお茶に誘われちゃったでござるよ。
「どうもすみませんでした〜」
むすぅ、とほっぺを膨らまして適当な謝罪をおまわりさんにプレゼント。
なんで入国早々捕まりかけなきゃならないでござるか! ちょっと公共の場で抜き身の刀持って可愛らしく踊ってただけで……よくよく考えたら普通にやべー奴でござるな。拙者が悪いじゃん。ごめんねおまわりさん。
「はぁ……」
わりと強めに怒られたので、トボトボと肩を落として先ほどの広場へ戻る拙者。とりあえずリベンジしたい気持ちはあるので、別のやり方で芸を披露するでござるよ。
鞄から扇子と細かく千切った和紙を取り出し、まずは和紙をパサっと軽く前方へ投げる。それを下から扇子でパタパタ。
そうすると、あら不思議。風で煽られた和紙が蝶々のように舞うでござるよ。これぞ拙者の国に伝わる伝統手品『和妻』の定番、“胡蝶の舞”でござる。
少し練習すれば誰でもできるでござるが、これが案外見ていると面白い。
5分ほどパタパタしていたら、子ども3人組が拙者の前でしゃがみ込んでじぃーと見物し始めたでござる。
「わーすげー!」
「蝶々だぁ! 蝶々が飛んでるよ!」
「お姉ちゃんが飛ばしてるの?」
か、可愛ぇ…! 純粋無垢な瞳をキラキラさせて見上げてくる子ども達に、純情可憐な拙者の心は癒されるでござるよ。
見たところ、仲良し3人組といった感じでござるな。いいなぁ〜。拙者も小さい頃にこんなお友達が欲しかったでござる。
「そうでござるよ。それじゃあもうちょっと数を増やしてみるでござる!」
子どもの声援に気を良くした拙者は、さらに和紙をパサっと追加。8匹の紙で出来た蝶々が不規則に舞う。
「「「 おぉ! お姉ちゃんすごい! 」」」
やべっ…泣きそう。子どものあまりに純粋な言葉に泣きそう。この子たち拙者の子にしたい。
そんな願望が生まれつつ、さらに5分。
「「「 ………… 」」」
子ども達の目が死に始めたでござる。
「ねぇつまんない〜」
「他に何かないの〜?」
「すっごく単調〜」
どうやら和紙がフワフワ飛んでるだけの光景に、好奇心旺盛な子どもたちは早くも飽き始めたようでござるな。
しかし、拙者ができる『和妻』はこれだけでござる。なので、扇子を持つ手とは逆の手で刀の柄を握り、過重力を用いてもう少し蝶々に派手な動きをさせてみる。
ふむ……どちらかと言えば空気抵抗を受けて飛んでいるせいか、過重力の効果がほとんど感じられないでござる。肝心な時に役に立たねーでござるな過重力。
「もしかしてお姉ちゃん、これしかできないの?」
「無能だね」
「そんな事しか出来ないのに披露しようなんてよく思えたね?」
あれ? なんか急に雲行きが……。
「そもそも、服装以外で目立つ要素皆無だもん」
「なんか『ござる』とか安直な語尾でキャラ作りしてるけとざ、正直今のご時世それウケないよ」
「ねえお姉ちゃん、恥ずかしくないの? しょーもない一発芸しかできないくせに自信満々に披露してる姿、率直に言って滑稽の一言に尽きるんだけど」
な、なんでござるか…この言語能力の発達が大変著しいクソガキ共は……⁉︎
「大体さ、さっきおまわりさんに連れて行かれたのによく戻って来れたよね」
「その肝の図太さだけは一級品だ〜。見習いたいよ…プププッ」
「めちゃくちゃ生き恥晒すじゃん。お姉ちゃんはアレだね。生き恥=人生な人だね」
こ、堪えるでござる…! ここで泣いたら、もっとバカにされるでござる…うぅ……。
「そんなにひどい言わなくてもいいじゃないでござるかぁぁ! うわぁぁぁぁん!」
ダッ! 拙者はダッシュでその場から逃げ出したでござる。泣くのを我慢とか無理。ぐすん。
自分より10歳は年下の子ども達に泣かされた拙者は、広場の隅で蹲って地面をツンツン。もう拙者に優しいのは地面さんだけでござる。だって地面さんは意地悪言わないもん。優しいことも言わないけど。でも拙者のこと否定しないし。地面さんに乗ってる時が1番落ち着くでござるな。なんででござろう? あ、二足歩行生物だからか。
「どうせ拙者なんてマジカルニートトラベラーでござる……」
「もしもし。そこのあなた?」
「どうせ拙者なんて生き恥=人生のエセ侍でござる……」
「もしも〜し」
「どうせ拙者なんて、顔が最高に可愛いだけの大和撫子ロリ巨乳でござる……」
「あなた実はさほど落ち込んでいませんね?」
「おろ?」
地面さんに愚痴を聞いてもらっていると、何やら拙者に掛けられる耳当たりの良い女性の声。初めてにも関わらず、既にずっと聴いていたいと思わせる美声でござるな。このまま無視し続けられ耳元で囁いてくれるかな…?
いやしかし! レディから声を掛けられて無視するなど、人の道に非ず! その信念の下、拙者は光を置き去りにする勢いで振り向くでござる。
「やっとこちらを見てくれましたね。こんにちは、お嬢さん」
拙者の視線に合わせてしゃがんでいた女性は、期待通りタレ目が特徴的なゆったり美人でござった。ひゃっはー!
夜闇を思わせる長い黒髪で片目を隠し、隠れてない目元にはセクシーな泣きぼくろ。女性の魅力を引き立てる黒を基調とした引き摺るほど丈の長いローブと三角帽子を身にまとい、胸には魔女の証たる星をかたどったブローチを付けているでござる。
全体的に暗い色合いでござるが、どちらかと言うとミステリアスな雰囲気でござるな。
「失敬。お見苦しいところを」
「いえいえ。それよりお願いがありまして」
えっ、いきなり?
「構わぬ。しかし拙者、先ほどこの国に着いたばかり故、デートスポットには詳しくないでござるよ」
「は、はぁ……。私もさほどそういう場所には詳しくありませんが」
「であれば拙者、僭越ながらエスコートさせていただくでござるよ。
「それはありがとうございます」
デートといえば、まずはカフェでお茶でござるな。これだけ栄えている国でござる。適当に歩いていれば見つかるでござろう。
拙者は女性の手を取り、歩き始める。
「それで、私のお願いというのはですね」
「拙者とデートでござろう?」
「違います」
「なんと⁉︎」
騙されたでござる! だったら拙者に何を求めるというのか。まさか……デートもすっ飛ばして体目当てでござるか! えっち!
「先ほどあなたがやっていた、蝶々みたいなのを飛ばすやつ、もう一度見せてもらってもよろしいでしょうか?」
「……なんだ。それか」
「なんで残念そうになるのです?」
「いや、特に理由はないでござる」
恥ずかしい勘違いに、ほっぺが紅潮しているのが自分でも分かるでござるよ。うぅ…穴があったら入りたい。
いやだって勘違いしちゃうじゃん! クソガキ共にあれだけボコボコに言われて落ち込んでたところでござるよ! そんなタイミングで優しく声掛けられたら、マッチポンプで舞い上っちゃうでござるよ!
「あ、もちろんお金は払いますよ。大道芸ですもんね」
「お代は結構。美しい貴女と言葉を交わせる今この時が最高の報酬でござるよ」
「まぁ! お世辞が上手だこと」
「本心でござるよ」
そもそも拙者、お金が欲しくて芸をやってたわけではござらん。どちらかと言えば女性や子どもからの黄色い悲鳴が欲しかったでござる。
得られたのはおまわりさんとのティータイムと、クソガキ共からの心ない罵声でござったが。
一旦柔らかい手を離し、鞄から扇子と和紙を取り出して歩きながら“胡蝶の舞”。
「わぁ…うふふ……」
それを見る彼女の目はキラッキラでござる。尋ねるのは失礼なので拙者の予想になるでござるが、おそらく彼女の年齢は30代半ば。そんな大人の女性が目をまるで女児のように目を輝かせる姿は……うっ! これがギャップ萌えでござるか…。いと良きにござるよ!
「さ、触っても問題ありませんか?」
「ふふっ。追えば逃げるのが蝶でござる」
パタパタと舞う和紙の蝶に触れようとする彼女の手から逃げるように扇子でコントロール。すると、さらに嬉しそうに「あらあら」と声を漏らしたでござる。
拙者よりも一回り以上年上の方に使うのは無礼に当たるでござろうが、敢えて言わせてもらおう。めちゃくちゃ愛らしい、と! この人拙者の子にする!
と、ここまで来て今更でござるが、拙者は彼女の名前を知らないでござるな。
拙者はクルクルと回って蝶を彼女から逃しながら尋ねる。
「申し遅れた。拙者の名前はモミジ。武士で旅人で魔法使いでござる」
「あらあら、ご丁寧にどうも。私はフランです。よろしくお願いしますね。……あ、蝶々」
自己紹介の途中でちょうど通り掛かった本物の蝶を追いかけようとする女性———フラン殿の手首を掴んで止める。それは浮気でござるよ。
「あ…行っちゃいました……」
「いや、そんなに落ち込まなくても」
生きてる蝶々なんて歩いていれば普通に見つかるでござろう。確かにこの季節に蝶々が飛んでるのは少々珍しいでござるが。
「フラン殿は見たところ魔女さんのようでござるが、蝶々など魔法を使って呼び寄せられるのでは?」
「もちろん出来ますよ。こうやって魔法で作り出すことできます」
「えい」とフラン殿が杖を振るうと、魔力の鱗粉を散らしながら舞う蝶々が出現。めちゃくちゃリアルでござるな。……こんな芸当が出来るなら、拙者のような素人が行う“胡蝶の舞”なんてゴミのように映るのでは。
「暇な時は大体この子たちと戯れてますね。蝶々は良いものです」
「なるほど。つかぬ事を聞くでござるが、フラン殿はどのようなご職業に?」
今の時間はお昼とおやつのちょうど中間あたり。王立セレステリアにそのような概念があるかは分かるぬが、恐らく平日でござる。
そんな時間に広場をぷらぷらしているような者は、ろくに働きもしないプーさんの可能性が高い。しかも魔女だから拙者と同じマジカルニートの可能性が!
奇しくも拙者、同志を見つけたかもしれないでござるよ! まぁフラン殿は魔女なので、定職に就かなくても簡単にお金なんて稼げるでござろうが。
「うふふ。ちなみに何だと思いますか?」
「えっ? えーと……」
なんか質問を質問で返されたでござる。「ニートだと思います!」って言っても大丈夫でござろうか……?
言葉選びに苦心する拙者をよそに、フラン殿はちょっと自慢気に自身の姿を見せるようその場でクルッと回る。見た目にヒントがあるということでござるか?
「ふむ……」
引き摺るような長さのローブから、恐らく肉体労働ではないでござろう。そもそも魔法使いって肉体労働するくらいなら魔法使うし。
さらに、露出の少ない肌も不健康ギリギリのように白い。
以上の事から考えられ、さらにフラン殿のイメージに合う職業はただ1つ!
「恐らくフラン殿は夢のような職業ではござらぬか?」
「まぁ…そういう言い方もしますね。人の夢を見守る職業です」
「なるほど」
確定でござる。見守るとはつまり———何もしない!
「夢の職業。略して
「違います」
「失礼。少々遠回しな言い方でござったな。拙者が言いたいのは、ニートという事でござるよ?」
「だから違います」
「どうして嘘をつくでござるか?」
「どうして嘘だと決めつけるのですか?」
あれ? 心なしかフラン殿ちょっとキレてね?
「正解は、学校の先生です」
「またまた〜」
「学校の、先生、です」
「あ、はい」
こんなに威圧感のある笑顔初めて見た……。恐怖のあまり、拙者はコクコクと壊れたように首を縦に振るでござる。
「モミジさんも魔法使いですよね」
「然り。魔導士の位ではござるが」
「では、私の学校に来てみますか?」
「拙者、就学の意思は無いでござるよ」
「いえ、生徒になれという訳ではありません。単なる見学ですよ」
見学かぁ…。学校なんてどこも同じだと思うでござるが。……うん?
「どうして魔法使いだと学校を見学することになるでござる?」
学校は学問を修める場でござる。魔法は関係ないのでは?
「それは———私が魔法を教える学校の先生だからです」
フラン殿はミステリアスな笑みを浮かべて、悪戯っぽく言ったでござる。
フラン殿に連れられて辿り着いたのは、高い時計台が象徴的な王宮と見紛う程に立派な建物でござった。敷地も広大らしく、囲われた柵の外からでは外観以上のことは分からないでござる。
「なんというか……凄まじいでござるな」
「一応この国の目玉観光スポットでもありますから。関係者以外立ち入り禁止なので、外から眺めることしかできませんが」
「ほう。それは運が良い」
こんな立派な観光スポットを外からしか見られなければ、さぞ歯痒い思いをすることでござろう。旅人ならば尚更。
「……まぁ、中には勝手に入ってしまう悪い子もいるんですけどね」
「勝手に入るとどうなるでござる? 首を刎ねられたりするでござるか?」
「普通に門番に止められるだけです」
『王立魔法学校』とそのまんまな名前が記された門の前にいる門番にフラン殿が一礼すると、畏まった様子で開門される。
ふむ。実はまだ疑っていたでござるが、ここの先生というのは本当らしいでござるな。
「今日は授業はお休みでござるか?」
本当に先生ならば、この時間にぷらぷらしてるのもおかしいでござるし。学校なんてほとんど通っていなかったでござるが、確かおやつの時間くらいまでは授業があったはず。
「いえ。ちゃんと授業はありますよ。今の時間だと、ちょうど最後の授業を行なっている頃ですね」
「…………」
「その疑わしいものを見る目はなんでしょう?」
「……やっぱり不法侵入でござったか」
「やっぱりってなんですかやっぱりって。ちゃんと門番が門を開けてくださってでしょう?」
「魔女にビビっただけかと」
「私は基本的に普段の授業は受け持っていません。希望者のみの課外授業であったり、他の先生に指導するのが専門です。だからこの時間は特にやる事が無いだけですよ」
なんだ、そうでござったか。てか先生に指導するってフラン殿、実は結構えらい御仁なのではないでござるか?
「ちょうどこれから課外授業ですので、証拠代わりに見学して行きますか?」
「それは嬉しい申し出でござるが、良いでござるか?」
分野問わず、学問とはある種の財産でござる。だからこそ学校に通うということはアホみたいに高い入学金やら授業料が発生する。言い方を変えれば、“授業”とは高級品でござる。
そんなものを、見学の名目で無料提供しても良いのか。
「問題ありません。私が良いと言えば良いのです。だって先生ですから」
「フラン殿がこの学校の責任者ではないでござろう?」
「ご安心を。
どうやらフラン殿は、実質この学校の支配者のようでござるな。恐ろしや。
「まぁ、そういうことであれば」
「ふふっ。それなら、今日は張り切って授業しないといけませんね」
なんででござろう? 嫌な予感しかしないでござるよ。
嫌な予感。的中でござる。
「はい。今日は皆さんに、この旅人さんと鬼ごっこをしてもらいます」
今日の授業は屋外でやるということで校庭に向かうフラン殿へ着いていき、既に集まっていた生徒の前で放たれた第一声がこれでござる。気は確かか?
「モミジさん。自己紹介をお願いします」
「え? あ……えっ?」
「自己紹介です。挨拶は人として基本ですよ?」
何も知らない旅人騙して生徒と鬼ごっこをさせようとする先生は人として如何なものか。是非とも質問の時間をいただきたいでござるよ。
しかし、わりとこういった事態はフラン殿の課外授業ではある事なのか、生徒たちは既に受け入れモード。むしろ拙者の自己紹介にワクワクしてる様子でござる。なんで?
「えっと……名前はモミジ。武士で旅人で魔法使いでござる。よ、よろしく」
ペコリとお辞儀すると、集まった生徒から社交辞令のような拍手を受ける。どうしてこんな事に……。
「質問いいですか?」
「はい、ユウトさん」
「どうしてフラン殿が許可を?」
「先生ですから」
「それ、どんな時でも通じる言い訳じゃないでござるよ?」
「この場、この時、この状況において言えば、“先生”は無敵の免罪符になり得るんですよ。覚えておいてください」
「教育者とは思えない発言でござる」
まぁ、郷に入りては郷に従え。この課外授業に限って言えば、フラン殿の郷でござる。別に失敗したら死ぬわけでもないし、お人形にされるわけでもない。大人しく従うことにするでござるよ。
とりあえず、最初に質問しようとしたメガネを掛けている絵に描いたような優等生っぽい女生徒———ユウトと呼ばれた彼女に笑みを向ける。拙者とフラン殿の様子を見て、質問していいのか迷ってるし。
「何が聞きたいでござるか?」
「モミジさんは魔女なのですか? 見たところブローチを着けていないようですが……」
「魔女ではござらん。皆さんと同じ魔導士でござるよ」
拙者の回答に、生徒達は若干のザワつきを見せるでござる。そりゃそうでござるよ。魔女ならばいざ知らず、自分達と同じ魔導士を追いかけ回せと言われたら戸惑うのも当然でござる。
「では僕も質問を」
次に手を挙げたのは、金髪と白い歯が特徴的な顔面偏差値高めの男子生徒でござる。一般的に見たらイケメンと呼ばれる類でござろうか。男の顔面など、心底どうでも良いでござるが。
「はい、イケメくん」
「だからどうしてフラン殿が」
「先生ですから」
あ、はい。
「えっと…イケメ殿でござったか。なんでござる?」
「出身はどこですか? 方言のようなしゃべり方をしているようですが」
「東の国でござる。これは方言ではなく、物忘れの激しい友達が拙者を思い出しやすいように特徴を付けただけでござるよ」
「そこまでしないとダメなほど深刻な…?」
「たぶん若年性認知症でござるな。以前再会した時にはもう治っていたでござるが」
確かアムネシア殿の日記には、『夜眠ると記憶が消える病』と書かれていたでござるから、それに類するものだったのでござろう。治って良かったね、アムネシア殿。
「あ、あの……わたしも良いですか?」
今度はオドオドした声の小さい女生徒。拙者と同じくらい長い茶髪がいい匂いしそうでござるな。是非とも後でくんかくんかさせていただきたい。
「フラン殿。彼女は?」
「オドコさんです」
「オドコ殿…。先ほどのユウト殿と合わせて記憶に刻み込んでおくでござるよ」
「質問に答えてあげてくださいね」
「然り」
にこりと質問を促す意味で優しく微笑むと、彼女は顔を赤くしてオドオド。
無性にテイクアウトしたい。いやしかし、彼女と2人きりの空間にいたら理性がテイクオフしちゃうでござるな。
「えっと…その……得意な魔法はなんです…か?」
「過重力でござる。というか、これくらいしか応用まで効かせられる魔法がござらん」
まぁ、過重力は案外汎用性の高い魔法なので応用を効かせられる幅だけできる事も増えるでござる。現在の目標としては、攻撃魔法か操作魔法か分類不可能なレベルまで極めることでござるが……これは言う必要無いでござるな。
追加の質問が無いかという意味で微笑むと、オドコ殿は赤面しつつ首を横にフリフリ。あまりの可愛さに誘拐されないか心配になるでござるな。
はっ!その前に拙者が誘拐すればいいのか……!
「はいはーい! パンツは? 何色のパンツ履いてるの?」
「はい、チャラくんアウトー」
「ぼべえぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ⁉︎」
パーマの掛かった軽薄そうな男子生徒———チャラ殿が質問した瞬間、フラン殿の魔法で顔面から地面に擦過して校庭の隅に飛ばされたでござる。体罰でござるな。教育現場の闇を見た気分でござる。
可哀想なので、質問には答えてあげよう。
「申し訳ないが、拙者パンツは履いてないでござる」
「「「 えっ⁉︎ 」」」
しかしどういうわけか拙者の回答はまずかったらしく、生徒達の間にはすごく微妙な空気が漂っているでござるな。何か変なこと言った?
あと、質問したチャラ殿が凄まじい速さで戻ってきたでござる。素晴らしい頑丈さでござるな。パピ上が見たら内弟子にスカウトしそうでござるよ。
何故だか女生徒は全員くまなく顔を赤らめ、男子生徒は期待の籠った目を拙者に向けている意味不明な空気の中、フラン殿が挙手。
「モミジさんは痴女なのですか?」
「いや、別にそういう人もいるでござろう」
「そ、そうですか。……度し難いですね」
なにやら取り返しのつかない誤解を受けているようでござるが、赤面する女の子というわりと拙者の性癖に刺さるものが見られたので良しとするでござる。てか、ここの生徒さんみんな可愛いでござるな。
「では皆さん。両手を前に出してください」
追加の質問が無いことを確認したフラン殿は、そう言って杖を振ったでござる。
すると、生徒さんのお手々がキラキラと緑色に発光。
「魔法のインクを皆さんの手に付与しました。モミジさんにそのインクをベッタリ付けたら勝ちですよ」
「え、すごく迷惑」
「私が解除すれば消えるのでご安心を」
「その魔法、どこに需要があるでござるか?」
「万引き犯やひったくり犯の服に付着させれば、捕まえた時の証拠になります。ああいった犯罪は現行犯逮捕が難しいですから」
てことは鬼ごっこ中、
解せぬ。
「制限時間は30分です。それでは、位置についてー」
フラン殿の声に、生徒さんは淀みなく一斉にほうきを呼び出して乗る。無駄が省かれた良い動きでござる。
対して、拙者も腰から鞘ごと刀を抜いて座る。実は鬼ごっこ初体験の拙者。なんだかんだ言いつつも、ちょっと楽しみでござるよ。
「よーい……どん!」
魔法で放たれた号砲に拙者は生徒さんから逃げる為、全速力で飛び立ったでござる。
(さぁ、掛かって来るでござる!)
結果———開始3分でタッチされたでござる。何このクソゲー二度とやらんわ。
はい、いかがでしたか?Blu-ray上巻の特典めちゃくちゃ見て書きました。
自分の考えたオリジナルの国にするか、それとも既存の国にするかは結構迷いましたが、結果はこの通りです。
章タイトルにもあるように、モミジちゃんとフラン先生を繋ぐには学校しか無いなと思った次第です。はい。……だってこの2人、ほとんど共通点ありませんし。