武士の旅々   作:技巧ナイフ。

18 / 28
誰も傷付かないモミジちゃん無双。


2限目

「え、早すぎません?」

 

 魔法のインク塗れで生徒さんから猫掴み状態になって戻ってきた拙者に向けて、フラン殿の一言。さりげなく「せっかくお昼寝タイムができたと思ったのに……」という最悪な呟きも耳に入ったが、それは聞かなかったことに。

 

 いや、よく考えてほしいでござる。そもそも鬼ごっこって、逃げる側が多数派の筈でござろう? なんで鬼が多数派で逃げる側が拙者1人なの? まさに逃亡犯そのものだったでござるよ。もしくは借金取りに追われる多重債務者。

 

「フラン殿の生徒さんは大変優秀でござるな」

 

 不貞腐れた拙者は、嫌味を1つ飛ばしておくでござる。こんなのイジメでござるよ。ぴえん越えてぱおんでござるよ。

 

「「「 ……………… 」」」

 

 ほら〜! 生徒さんも『この即刻捕まったエセ侍どうしよう…』みたいな顔で戸惑ってるでござる。

 内心の意図は違えど、この場にいる全員からジト目を向けられたフラン殿は顎に手を当てて唸り始める。

 

「……モミジさん。あなた、どうやって逃げました?」

「どうやっても何も、普通に鞘に……あっ、拙者にとっての箒は鞘でござるが、それに乗って逃げたでござるよ。生徒さんと同じやり方でござるな」

「なるほど」

 

 なにやらフラン殿の中で合点がいったらしく、手を合わせて「ふむふむ」と頷き始めたでござる。

 

「ではもう一回戦やりましょう。皆さん手を前に」

 

 いじめでござるか? 拙者を魔法のインク塗れにする斬新なイジメでござるか? 

 そんな悲嘆に暮れる拙者をよそに、フラン殿は戸惑う生徒さんの両手へ魔法を付与。今度は蛍光ピンクでござるな。目がチカチカする。

 それに合わせて、着物に付いた緑色が消えたでござる。ちゃんと消えて良かったぁ…。

 

「せ、先生。さすがにモミジさんともう一度というのは…その……」

 

 明らかに気落ちする拙者を見て、ユウト殿がそうフラン殿に進言してくれる。優しいでござる。さすがは優等生。優等生の『優』は優しいの『優』でござる。実際彼女は鬼ごっこでも生徒の指揮を取っていたし。

 たぶん時間の無駄、という考えもあるのでござろうが。

 

 しかし、ユウト殿の言いたいことが伝わったのか伝わらなかったのか、フラン殿は変わらず笑みを浮かべたまま。

 

「問題ありません。皆さんがモミジさんを捕まえるのは至難の技ですよ」

「いや、そんなにハードルを上げられても拙者が困るでござるが」

 

 実際開始3分でタッチされたし。

 

「あぁ、1つ言い忘れていました」

 

 すると、フラン殿は拙者を手招き。何かと首を傾げたまま近付くと、耳元に口を寄せてきたでござる。

 ふむ…フラン殿、大人の女性らしい落ち着いた香りがするでござるな。これまでも拙者、アムネシア殿、イレイナ殿、シーラ殿、サヤ殿、アヴィリア殿と数多くの美女美少女のスメルをくんかくんかしてきたでござるが、負けず劣らず悩殺されそうな素晴らしい香りでござる。抱き着いて良いかな……ではなく。

 

()()()()()()()で逃げてください。生徒に合わせる必要はありませんよ」

 

 そう言って耳元から離れる。拙者のやり方……でござるか。

 

「本当によろしいのでござるか? いくら遊びとはいえ…いや遊びだからこそ、正々堂々と同じ条件でやらないのは拙者の主義に反するでござるよ」

「これは遊びではありません。()()です」

 

 ———そういうことでござるか。あくまで鬼ごっこは、理解を円滑に進める為の演習授業。そして拙者は()()

 どうやら拙者は、とんでもない思い違いをしていたようでござるな。そういうことであれば承知したでござる。

 

「では皆さん。条件は先ほどと同じです。その魔法のインクをモミジさんにベッタリ付けてあげてください」

 

 色々言いたいことはあるようでござるが、生徒さん達は大人しく箒を呼び出して乗った。めちゃくちゃ良い子達でござるな。

 対して拙者は———腰に戻した刀に手をかけて直立。鞘には乗らない。

 

「位置についてー、よーい…どん!」

 

 本日2度目の鬼ごっこ開始を告げる号砲に合わせて、相変わらず綺麗に連携の取れた動きで生徒さん達は突っ込んでくるでござる。

 ()に乗らない拙者に対しても油断なく、今回は横一直線に広がって。とても合理的な陣形でござるな。確かに魔法使いは箒に乗らなければ上下の動きが極端に小さくなる。

 しかし、全くできない訳ではないでござるよ! 

 

「うっ、うわぁ⁉︎」

 

 驚愕に染まるイケメ殿の顔面スレスレで、拙者は過重力を自身に掛けて()()()()()。生徒さんの陣形を丸ごと背面跳びでやり過ごすでござる。

 

「鬼さんこちら♪ 手の鳴る方へ♪」

 

 そのまま拙者は学校の門まで走り、バク宙で高い柵を飛び越えながら目を丸くしている生徒一同へ告げる。調子外れの音程はご愛嬌。

 

 さぁ、リベンジマッチでござるよ! 

 

 

 

 流石に突っ走り続けるのは疲れるので、学校を出た拙者は鞘に乗って街中にある高い建物の屋根へ移動する。

 そして、人混みのある道を挟んで橋渡しされている洗濯物が吊るされた紐の上で綱渡りのようにして待ち構えるでござる。落っこちないように軽く過重力を掛けてバランスを取ることも忘れない。

 

 王立セレステリアの国民がわざわざこのようにして洗濯物を干すのは、魔法使いが箒で低い位置を飛びにくくする為とのこと。それは魔法使い同士の衝突や、落下した魔法使いが歩行者に激突することを防ぐという目的でござるが、今回はそれを利用させて貰うでござるよ。

 

「お、来たでござるな」

 

 30分という時間制限があるので、別に隠れていても良いでござるが、今の拙者は教材でござる。それをやったら後でフラン殿に小言言われそう。

 それに、せっかくなら鬼ごっこを楽しみたいという純粋な遊び心もあるよ。

 

 最初に来たのは先ほど顔面スレスレを失敬したイケメ殿と、彼が率いる生徒数名。箒に乗っているので分かりにくいが、よく見ると2人1組のようでござるな。

 

「逃げなくていいんですか?」

「逃げるでござる…よ!」

 

 しかし、全員で正面から来たのは悪手でござる。拙者は洗濯紐の上から後ろに倒れ込むように落下。紐に掛かった洗濯物で一瞬だけ彼らの視線を切る。

 

「みんな! 左右から挟み込むように追って!」

 

 素早く指示を飛ばし、集団で包囲するように飛んでいくイケメ殿を()()()()()()()見送り、歩いて彼らとは逆方向に向かう。

 別に魔法使い同士の鬼ごっこが上空だけで行われるとは限らないでござるよ。

 

 拙者は洗濯紐から落ちる直前に見えた魔法学校の時計台が示した時刻を思い出す。残り時間、23分。

 

 

 

 市場まで来た拙者は、おやつ代わりにリンゴを購入してもう一度別の建物の屋根の上へ。実は市場まで来る途中にも何度か上空を(生徒)たちが飛んでいるのを目撃したでござるが、どうも拙者を捜索する目は地上に向けられていなかったでござる。

 これでは隠れているのと同じ。『魔法使いは飛んで逃げる』という固定概念から抜け出せない生徒たちに原因はあるが、だからと言って教材である拙者が授業放棄はまずいでござるからな。

 

 シャクシャクとリンゴを齧っていると、背中側から視線を感じる。

 

「見ーつけた! 買い食いはダメなんだぜ?」

「内緒にしてくれると嬉しいでござるよ。チャラ殿」

 

 律儀に声をかけてきたのは、軽薄そうな喋り方が特徴的な男子生徒でござる。

 彼が率いる生徒たちは、互いが当たらぬよう間隔を取りながら不規則にバラけている。

 

「いや〜最初は驚いたけどあの背面跳びで避けるやつさ、この状態で攻められたらできないよね?」

「然り」

 

 学校から飛び出した時の生徒たちの陣形は、言うなれば『線』でござった。だからこそ容易に飛び越えることが出来たでござる。

 しかし今回のチャラ殿たちの陣形は、『面』。散弾のように広く展開して逃げる場所を潰す作戦でござるな。悪くない。

 

 でもそれは、拙者が避けることを前提とした陣形でござる。逆説的に、()()()()()()()()という結論に至るでござるよ。

 

「全員突撃いいい!!」

 

 お調子者っぽく声高々にチャラ殿は叫ぶ。それと同時に、彼らは一斉に突っ込んで来た。

 

「とか言いながら俺も行っちゃうんだよね!」

 

 拙者に両手を突き出して突っ込んできたのはチャラ殿でござる。彼は最初から避けられると思っているらしく、結構な速度を出している。

 対応するのはチャラ殿のみ。他の生徒は無視でござる。

 

「柔は剛を制す。覚えておくでござるよ!」

 

 まず拙者は食べかけのリンゴを前方に放り投げて刀の柄を握り、突っ込んでくるチャラ殿に下から上への過重力。チャラ殿は今両手を離して足だけで箒にしがみついている状態なので、すぐにバランスを崩したでござるよ。

 

「うわわわわわわわ⁉︎」

「危ない危ない」

 

 箒の慣性に乗ってつんのめるように拙者へ倒れ込んでくる彼をヒラリと躱し、右手で彼の箒を、左手で彼の襟首をキャッチ。

 そのまま片足を支点にしてクルッと時計回りに180°回転してチャラ殿の勢いを殺し、屋根に下ろしてあげるでござる。さらに、右手で握られたまま一緒に180°回転したことでUターンした()()()()()()

 

 ———奪刀術(だっとうじゅつ)という技術がある。読んで字の如く、相手の武器を奪って無力化する護身術でござる。まぁ、拙者が実家でマミ上から習っていたものでござるが。

 今回の鬼ごっこに関して言えば、鬼側の武器は魔法使いの代名詞とも言える箒。それを奪ってしまえば、少なくとも奪われたチャラ殿は無力でござるよ。

 

「ちょ、待てよ!」

 

 彼と同じ速度で突っ込んでいた生徒たちは急な方向転換ができず、振り返って拙者の後ろ姿を見送ることしかできない。

 逃げ場を潰すというのは悪くなかったでござるが、やるなら第二陣も用意するべきでござったな。

 

 盗んだ箒で走り出しながら投げたリンゴをキャッチ。ついでに魔法学校の時計台を確認。残り時間、15分。

 

 

 

 

「ととと止まってください!」

 

 チャラ殿の箒でのんびり浮いていたところ、オドオドした声に静止を掛けられたでござる。

 拙者の進行方向には、蛍光ピンクに光る手のひらを向けているオドコ殿。そして止まったのが運の尽きでござったな。

 全方位、上下前後左右全てを一瞬にして囲まれたでござる。

 

「こ、これなら…逃げられません……」

「ふむ。そう言った言葉は壁ドンされながら言われたいでござるよ」

「かか壁ドン…なんて、そんな……っ」

 

 ウインク混じりに軽口を叩くと、オドコ殿は小さなお口をあわあわさせながら顔を真っ赤に染めたでござる。めちゃくちゃ初心(うぶ)じゃん。壁ドンを想像しただけで赤面とか、変な輩に騙されないか心配になるでござるよ。

 

 それはそれとして、今度は随分と大所帯で来たでござるな。イケメ殿とチャラ殿のグループを合計したらちょうどこのくらいの人数になりそうでござる。ざっくり言うと、だいぶ多い。

 さらにここまで囲まれてしまえば、先ほどまでのように『逃走』という手段は使えない。ここは少々頑張りどころでござるな。

 

「とりゃああああああ」

 

 不意打ちを食らわないよう周囲に意識を集中させていると、わざわざ掛け声を上げて真後ろから男子生徒が飛びかかってきたでござる。

 拙者は普通に箒をコントロールして避ける。すると、それを皮切りに拙者を包囲していた生徒が続々と襲いかかってきたでござるよ。

 

「これ、チャラ殿に返しておいてほしいでござる」

 

 拙者は正面から迫る蛍光ピンクの両手に、乗っていた箒を握らせ、さらにその者の肩に手をついて跳馬運動の要領で飛び越える。すぐさま別の生徒がタッチしようとしてくるが、それは体を傾けるだけで回避。

 

 拙者は落下しないように腰から鞘ごと刀を抜き、その上に立って———構える。両手を開いて前方へ。

 

 この鬼ごっこにおける拙者の敗北条件は、フラン殿が生徒に付与した魔法のインクを付けられること。

 しかしそのインクは、生徒の手のひらにしか付与されていないでござる。つまり、()()()()()()()()()()()負けにはならない。

 

「やあああああああああああああ」

 

 気合と共にタッチしようとしてくる女子生徒。その手が拙者の腕の届く範囲に入ったところで———ペシッ。()()を痛くならない程度の強さで横から叩いて()らす。

 武術ではごくごく当たり前の技術。打撃に対する基本的な防御テクニック。それをこのシチュエーションに合わせて応用しただけでござる。

 

 そこからは一方的でござった。(さば)く。逸らす。(しの)ぐ。受け流す。単純作業とも言えそうなほどに、それを繰り返すだけでござる。

 このように全方位を囲まれて仕掛けてくるような状況は春頃経験済み。お人形さんではござったが、明確な攻撃意思を持ったもので。それに比べれば、ただタッチだけを目的にした彼ら彼女らの軌道は至極読みやすいでござるよ。

 

(そもそも皆、良い子そうでござるし)

 

 フラン殿の生徒全員、紛れもなく良い子ちゃん達でござる。別に侮ってるとか馬鹿にしてるとかではなく、ただ単純な感想として。

 少なくとも、殴り合いの喧嘩とか似合わないでござるな。

 

 まぁ、だからこそこのルールに限って言えば拙者が1枚上手でござる。

 守るよりも攻める方が体力を使うので、5分も経てば拙者を囲んでいた生徒たちは死にそうな表情で息を切らしている。そろそろ頃合いかな。

 

「息の乱れは陣形の乱れ。魔法使いにも体力は必要でござるよ」

 

 疲労によって集中力が途切れたらしく、包囲網に穴が空く。それを見逃してやる理由も無いので、拙者は素早くその穴から脱出。

 そろそろ制限時間なので、魔法学校に戻るとするでござるよ。

 

 残り時間、6分。

 

 

 

 時計台に腰掛けていると、内部の歯車が鳴らすカチコチという風情溢れる音が聞こえてくる。

 眼下には、校庭の芝生で寝転がっているフラン殿が見えるでござるが……あれってもしかしてお昼寝してる? 

 

「これがラストチャンスでしょうか」

「時間的にそうでござるな」

 

 眼鏡を掛けたリーダー的存在の女生徒———ユウト殿の言葉に、笑顔で頷きを返す。

 

 今現在拙者は、生徒全員に囲まれているでござる。オドコ殿の時とは密度が桁違い。

 さらに、時計台が背中にあるせいで逃げ場は無し。

 ユウト殿の的確な指揮のおかげか、この包囲網が形成される時間は10秒にも満たなかったでござるよ。

 

「あと1分ほどでござるか?」

「はい。まさか魔女でもない貴女に、ここまで煮湯を飲まされるとは思いもしませんでした」

「まるで勝つことが確定したかのような口ぶりでござるな?」

「いくらなんでも、この人数を捌くのは無理でしょう」

 

 確かに、この密度で手を伸ばされては捌き切れない。なんなら両手だけでなく、両足、両肘、両膝を使うということもできるが、流石に上空でそれをやってしまうと生徒たちが危ないでござる。

 加えて、チャラ殿に対してやったような奪刀術の応用での突破も難しい。1人の箒を奪っても、別の生徒が控えてるこの状況では効果が薄いでござるからな。

 視界を切れるものも無い上、関係者以外立ち入り禁止の学校敷地内では人混みに紛れるという手段も使えない。

 

 恐らくユウト殿は、拙者の逃走方法を全て観察していたでござるな。そして拙者が見せた逃走方法全てを潰した。素晴らしい洞察力と観察眼でござる。

 でもそれは結局、既存の方法が使えないというだけでござるよ。

 

 背中には時計台。後退は不可能。拙者をお椀で囲むような包囲網に隙は無い。よく見るとその包囲網は、二重、三重に敷かれたようにも見える。

 少なくとも、鞘に乗っての突破は無理でござる。

 

「モミジさんの箒に依存しないバッタみたいな移動方法は恐らく過重力の応用でしょう。あれは接する物が無ければ直線的な動きしかできませんよね?」

「バッタみたいって……」

 

 いやまぁ、ピョンピョン跳ね回ってるからそう見えなくもないでござろうが。

 

「その時計台から離れてしまえば足場はありません。私達の勝ちです」

 

 確かに拙者の過重力を応用した移動は障害物の多い室内で真価を発揮する。屋外であろうと街中であれば建物の壁が使えたが、今ここにはそれすら皆無。何せ王立セレステリアのどこにいても見えるほどの高さを誇る時計台の上でござる。

 

 だけど足場が無いというのは些か早計でござるよ、ユウト殿。

 

「残り時間40秒。勝ち誇るのは構わぬが、拙者にタッチしなきゃ負けるのはお主らでござるよ?」

「分かっています。———みんな!」

 

 勝つことが確定したとしても、ユウト殿は油断することなく全体を見渡せるように下がって一声。それに合わせて包囲網を縮小させるかのような動きを抜群のチームワークで成し遂げる生徒一同。

 

 きっとユウト殿から見れば、拙者は気付かず網の中に入ってしまったお魚さんのようでござろう。

 

 でも、彼女は1つ勘違いをしているでござる。足場が無い? 

 だったら———()()()()()()()()()()()()! 

 

「よーい、どん!」

 

 ———ダン! 拙者は自身に過重力を掛けながら時計台を蹴り、生徒たちの包囲網に向かう。

 今まで逃げるか防ぐの防戦一方だった拙者が立ち向かってきたことに、彼ら彼女らの顔は驚愕に染まっているでござる。

 何も驚くことは無い。この程度の『想定外』、鬼ごっこ中何度も見せた筈でござるよ。

 

 拙者は時計台を蹴ると同時に体を螺旋状に半回転させ、上下逆さまの視界の中で、トン…。

 この空中にある唯一の足場———()()()()()()()()()を静かに踏み込む。

 

 過重力の特性を最大限まで活かした包囲網突破術———八艘(はっそう)跳びならぬ、八箒(はっそう)跳びでござる。

 本来は踏み込みと同時に箒を破壊したり乗ってる者を突き落とすでござるが、今それをやったら普通に大事件なので足場にするだけに留める。

 

 トン…トンットン……! 

 

 静かな足音と共に突破する拙者へ反射神経の良い生徒は手を伸ばすが、それはペシッと手首を軽く叩いて逸らす。

 そして包囲網最後尾列にいたユウト殿の箒を踏んだ瞬間、

 

(しまった……っ!)

 

 最後の最後で気を抜いてしまった拙者は過重力の制御を誤り、予想以上の強さでユウト殿の箒を踏んでしまう。

 

「あ……っ」

 

 お尻側から箒越しに蹴り上げられた彼女はそのまま落ちてしまったでござるよ…! 

 

 ユウト殿は指揮を執るため、包囲網全体を見られるように他の生徒から少しだけ離れていた。そのせいで、落下する彼女を助けることのできる生徒はいない。今まさに地面へ真っ逆さまに落ちていく彼女を追っても間に合わないでござる。

 

「くっ!」

 

 拙者は鯉口を切り、鞘ごと腰から勢い良く抜刀。遠心力に任せて鞘を前方に投げ、そのまま即席の足場にする。

 そして鞘に拙者側———正確には落下するユウト殿側に過重力を掛け、さらに自分にも掛けて全力で踏む。

 

(間に合え……っ‼︎)

 

 踏切台のような高反発を受けて…よし! なんとか届いた。

 お姫様抱っこで彼女を支え、刀を小指と薬指で振って下から上への過重力。衝撃を打ち消し、無事着地できたでござるよ。

 

「怪我は無いでござるか?」

「ひゃ、ひゃい……」

 

 腕の中にいるユウト殿はちょっと上擦った声でお返事。顔を見れば、トレードマークの眼鏡が少しズレただけで無傷のようでござるな。少々顔が赤いのが気になるでござるが、恐らく落ちた時の恐怖によるものでござろう。

 ゆっくりと地面に下ろし、ズレている眼鏡と乱れてしまった前髪を優しく直してあげたら……プイ。か、顔を背けられた……⁉︎

 もしかして嫌われたでござるか⁉︎

 

 顔が真っ赤なままこちらを見てくれないユウト殿にショックを隠せない拙者は、若干フラフラしながらフラン殿へ振り返る。

 

「はい、制限時間です」

 

 いつの間にか杖を握って立ち上がっていたフラン殿はパンと手を叩き、鬼ごっこの終わりを宣言したでござる。

 

「この鬼ごっこ———モミジさんの負けです」

 

 

 

 逃げ切ったかのように思えたでござるが、最後の最後———つまりユウト殿を助けた時。彼女は無我夢中で拙者の服にしがみついていたでござる。

 ハプニングとはいえ、あれも制限時間内でのこと。蛍光ピンクのインクが着物に付いたことで、ルール的に拙者が敗北となったでござる。結構悔しい。

 

 本日のフラン殿の課外授業はそれで終わり、後日レポートを提出する旨を告げて生徒たちは解散。

 現在拙者は、フラン殿の家にお邪魔している次第でござる。

 

「本当に泊まってもよろしいのでござるか?」

「はい。いきなり授業をしてもらったんですもの。せめてものお礼です」

「しかし、今日会ったばかりでござるよ?」

「問題ありません。あなたの人柄はある程度理解しているつもりです」

 

 いいのかな……? いやまぁ、本人が良いと言うなら良いんだろうし、拙者としても宿代が浮いて助かるでござるが。

 

「拙者が悪人という可能性もあるでござる」

「悪人はあんな必死な形相で今日会ったばかりの私の生徒を助けようとはしませんよ」

「あれも演技だとしたら?」

「その演技がずっと続くのを祈ります」

 

 ふむ…おっとりした見た目に反して、フラン殿は我が強いタイプのようでござるな。

 

「それはそうと、モミジさんはお料理得意ですか?」

「拙者の数少ない特技でござるな」

「では、今日の夕食をお願いしても?」

「…………」

「最近誰かの手料理というものを食べていないものでして」

 

 まさかの提案に言葉を失ったでござる。あれ? 拙者一応お客だよね? 

 

「泊めてあげるわけですし、それくらいは構いませんよね? ギブアンドテイクでいきましょう」

「別に構わぬが、泊めてもらえるのは今日の授業のお礼では?」

「ほら、会った時に言っていたではありませんか。『美しい貴女と言葉を交わせる今この時が最高の報酬でござるよ』と。私のギブ(与える)は2つ。対して現在モミジさんからのテイク(貰う)は授業の1つ。1つ足りません」

「もはやギブアンドテイクのかつあげでござる」

「あの……ダメですか?」

 

 うっ……その上目遣いは反則でござるよ。美少女の行う上目遣いとは違い、大人の女性が行う上目遣いには『あざとさ』が無いでござる。むしろ地位も名誉もある人が上目遣いで頼んでくるというのは、どこか背徳的な色気があるでござるよ。フラン殿のような美人であればなおの事。

 

「ま、まぁ、一宿の恩を一飯(いっぱん)で返せるのなら安いもの。何か希望はあるでござるか?」

「お肉とパンが食べたい気分です」

「承知」

 

 首肯を返して鞄から財布を取り出そうとしていると、フラン殿からスッと花柄の巾着袋を渡されたでござる。

 

「お金はこちらから自由に使ってください。流石にお代まであなたに払わせる気はありませんよ」

 

 中にはお金がたくさん。明らかに食事の買い出しには多過ぎるでござるが、これは拙者のことを信用しているという証拠なのでござろう。

 ありがたく受け取り、拙者はこの国の市場へ向かう。

 

 

 

 フラン殿の家のキッチンを借り、拙者は彼女のお金で買ってきた食材を作業台へ並べる。

 まずメインとなる牛の肩肉と挽いた鶏むね肉。さらにレタスとトマト、紫オニオン。ガーリックオニオンドレッシングにハチミツ、マスタード。そしてバンズ。拳大のゴルゴンゾーラチーズ。

 フラン殿がパンとお肉をご所望ということで、今夜はハンバーガーを作るでござる。

 

 まずは魔法で冷やしたボールに挽いた鶏むね肉と生卵、岩塩、こしょう、ナツメグを入れる。

 そして牛の肩肉をみじん切りのように包丁で刻む。こうすることで、挽き肉オンリーのものよりも旨味と食感が増したパティができるでござるよ。

 そして刻み終えた牛肉もボールへ入れ、()()()()。ひたすらグーパン。ただただグーパンでござる。思わず「オラオラオラオラオラオラオラオラオラ!」と言いたくなるほど殴り続ける。気が狂ったかのように。急にキッチンで殴打音が鳴り出したので、フラン殿が心配で見に来ちゃうくらい。

 これは別に拙者の頭がおかしくなったとかではなく、大量の血管が通った手のひらで捏ねると体温が伝わって脂が溶け出してしまうからでござる。逆に拳ならばほぼ骨なのでその心配がいらない。めちゃくちゃ合理的な理由でござるよ。

 

 そして両手で整形し、オリーブオイルを敷いて温めておいた鉄板へポイ。ジュワアァァァと音を立てながら香ばしい肉汁が溢れ出す。

 パティを焼いてるうちにバンズパンを真ん中で切り、外側を軽く炙るでござる。白くまっ平の内側には接着剤代わりのハニーマスタードをたっぷり塗り、その上から千切ったレタス、切ったトマト、ガーリックオニオンドレッシング、タイミング良く焼き上がったパティ、紫オニオンの順番で乗せる。その上から、小鍋で溶かしておいたムワッと濃い匂いのゴルゴンゾーラチーズを回し掛け。肉とチーズの匂いが混ざり、口の中には瞬時に唾液が分泌されるでござるよ。

 そして溶けたチーズの上にもう一度切ったトマト、千切ったレタスを乗せ、さらにゴルゴンゾーラチーズ。最後に上側のバンズパンで蓋をして崩れないよう串で留めたら……完成! 

 拙者お手製のハンバーガーでござるよ! 

 

「はい、お待たせしたでござる」

「まあ!」

 

 ハンバーガーと漏れ出したチーズが乗ったお皿を出すと、フラン殿の目がキラキラと輝き出す。

 

「こ、これは……どうやって食べるのですか?」

「一般的にはサンドイッチのようにかぶりつくでござる。こんな風に」

 

 お手本を見せるように、拙者は自分の分を素手で掴み、口の大きさに合うように少しだけつぶして思いっきりかぶりつく。

 トマトとレタスのおかげで肉汁の重さは軽減され、紫オニオンの辛味はバンズに塗られたハニーマスタードによって緩和される。

 打ち消し合うのではなく、お互いがお互いを引き立てさせ合う。そして濃いチーズがその全てを調和させる。我ながら拙者のハンバーガーは完璧でござるな! 文句なしに美味い! 

 

 お手本であることを忘れて舌鼓を打つ拙者に、フラン殿は少し難しい顔をしているでござる。

 

「そ、それは少々はしたないような……」

「そう言うと思って、ナイフとフォークを持ってきたでござる。パティ……えっと、ハンバーグの下から分けて食べるという方法もあるでござるよ」

「あっ、それならなんとか」

 

 その為にゴルゴンゾーラを分けて掛けたでござるからな。

 

 お上品にナイフとフォークを使って食べるフラン殿と、何も気にせず欲求に従ってかぶりつく拙者。2人だけの食卓には、ただ2人の咀嚼音だけが響く。

 美味しいものを食べてる時って、食べるのに夢中で無口になるでござるよ。そして、その美味しいものを作ったのは一体誰か。

 

 そう、拙者でござる! ドヤさ‼︎

 

「そういえば」

「もぐもぐ……はい?」

「どうしてフラン殿は、『拙者のやり方』を知っていたでござる?」

「あなたのやり方…ですか?」

「ほら、鬼ごっこの時でござるよ。拙者、過重力を使った移動はフラン殿に見せてないでござる」

 

 フラン殿が拙者の過重力を見た時といえば、拙者が子ども達相手に“胡蝶の舞”を披露してた時くらいでござろう。ほぼ効果が無かったので、かなり分かりにくかったはずでござるが。

 

 なんとなく疑問に思ったことを質問すると、フラン殿は口の中のものを飲み込んで静かに拙者を見据える。

 

「チーズ、口に付いてるでござるよ」

「あらあら。こっちですか?」

「反対でござる」

 

 そんなやり取りを挟み、フラン殿は口を開く。

 

「———知っていたんです。私はあなたのことを」

「拙者のことを?」

 

 真面目な顔で首を傾げるが、拙者の内心は冷や汗ダラダラでござる。

 えっ、何知ってるって⁉︎優秀な魔女とはいえ、ただの学校の講師が拙者を知ってるってどういう事⁉︎そんなに拙者色々と噂になってるでござるか? 確かにやらかした経験はそこそこあるけど、あれくらい旅人なら普通じゃないの? 

 博物館にカチコミ入れたり、パン屋に入った強盗シバき倒したり、国の心臓とも言える墓地で魔法統括協会のエージェントとバトルしたり、お祭りであんこ菓子作ったり、仮釈放された変態人形職人をもう一度檻にぶち込んだりするのって、旅人なら誰もが通る道でござろう? えっ、違うの? 

 

 ドックンドックン大騒ぎの心臓を抑え、異常な速さで流れる血のせいで暑さを感じながら、フラン殿に話の続きを促す。

 

「そうですね。では、改めて自己紹介をさせていただきましょう。———私は星屑の魔女フラン。魔法統括協会に所属している夜闇の魔女シーラの姉弟子で、灰の魔女イレイナの師匠です。ここまで言えば分かりますね?」

「つまり、弟子であるイレイナ殿の未来の伴侶となる拙者の嫁力を測るために料理を作らせたと……?」

「違います。自分でした質問を忘れないでください。あと嫁力ってなんですか」

 

 嫁力とは、嫁になった場合どれほど嫁としての務めを果たせるかでござる。ちなみに現代社会の傾向的に、嫁=女性というわけではござらん。

 基本的に家事全般をどれだけできるかというものなので、家事が得意な男も嫁力が高いということでござる。

 拙者の実家には誰1人としてそんな男はいなかったが。少しは手伝えゴミクズ共と思った日は両手の指じゃ足りないくらいでござる。

 閑話休題。

 

「一目見て気付きました。『あぁ、この子がシーラとイレイナが言っていた子か』と」

「え、どこででござる?」

「そんな個性極振りの格好と口調の女の子は世界広しと言えど、1人しかいません」

 

 拙者は自身の格好を見て、首を傾げる。

 着物に袴、漆下駄。現在の季節の風物詩と真逆のものが刺繍されたローブを羽織って、腰には刀を差した魔法使い……ふむ。

 

「探せばいそうでござるな」

「いません」

 

 力強く否定されたでござる。解せぬ。






はい、いかがでしたか?なんだかここに来て初めて過重力を存分に活かした気がします。

ちょくちょくマミ上に関しての言及も入りましたが、魔女旅の世界で魔法使いは遺伝的な才能と言われているので挟みました。
パピ上が剣士でマミ上が魔法使い。わりとありきたりな家族構成ですね。その代わりモミジちゃんの両親は内面がぶっ飛んでおります。それはまた後々。

次回はモミジちゃんが授業します。正直、この子がちゃんと先生できるか心配でなりません。だってちょっとお馬鹿だもん。

ps.ぶどう踏みの乙女の格好をしたフラン先生。御み足が素晴らしすぎます。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。