武士の旅々   作:技巧ナイフ。

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3限目

 昨晩フラン殿から修行時代のイレイナ殿の話をたっぷり聞かせてもらえた拙者は、ほくほく顔で街中を歩く。

 

 好きな人の過去って良いでござるな。というかイレイナ殿と1年間共同生活とか、フラン殿羨ましすぎでござる。嫉妬で焼死しそう。

 

「今日はモミジさんに授業をしてもらいたいと思うのですが、よろしいですか?」

「いやまぁなんとなく予想してたでござるが、マジでござるか?」

「マジです。ちなみにイレイナはやってくれましたよ」

「ならやるでござる!」

 

 拙者、イレイナ殿に憧れているでござる。

 イレイナ殿のようになりたい! むしろイレイナ殿になりたい! 細胞単位でイレイナ殿と同じになりたいでござるよ! 

 

「よろしくお願いしますね」

「委細承知!」

 

 ピョン! と手を挙げて元気にお返事。

 

 授業と言っても、恐らくフラン殿が拙者に求めているのは過重力に関することのみでござろう。むしろそれ以外を求められても困っちゃうでござるが。

 いくら天上天下唯我独尊のイレイナ殿でも、師匠の言葉には耳を傾けるはず。ここは彼女の期待に応えて、好感度をグイグイ上げるでござるよ。そうしてゆくゆくはイレイナ殿に拙者の活躍を伝えてもらって……うへへ〜。

 

「あっ! じゃあ授業をやるにあたって、ちょっとした小道具が欲しいでござる。少々寄り道をしてもよろしいでござるか?」

 

 

 

 

 

「ハァ……」

 

 学校に到着し、課外授業の時間が迫るにつれて拙者のため息は増えていく。

 よくよく考えてみれば、生徒さんから見たら拙者って別に大したことないのではと考えついてしまったからでござるよ。鬼ごっこ負けたし。

 大体、気分が良いものではないでござろう。イレイナ殿やフラン殿のように魔女ならばともかく、拙者は生徒さん方と同じ魔導士。同じ魔導士の、しかも過重力しかろくに使えないマジカルニートトラベラーに偉そうに授業されるとか、ストレスではないでござろうか? 学級崩壊とか起きないか不安でござる……。

 

「フラン殿……。本当に拙者が授業しても良いでござるか?」

「先ほどまでの威勢が嘘のようですね。何か心配事でも?」

「魔導士が魔導士に授業っていかがなものかと」

「あぁ、そのことですか」

 

 フラン殿はポンと手を打ち、次いでニコニコと相変わらずのミステリアスな微笑み。

 

「問題ありません」

「しかし、昨日はユウト殿を落としてしまったし、嫌われているかも……」

「それも問題ありません」

 

 それはどっちの意味でござるか? 

 拙者が嫌われてないってこと? 

 それとも嫌われていても授業はできるってこと? 

 

「あなたの心配は全て杞憂に終わります」 

 

 そう締めくくって、フラン殿は教室へ向かって歩き出したでござる。本当に大丈夫かなぁ……ぐすん。

 

 

 

 王立セレステリアの国民性なのか、生徒たちは昨日と同じく授業開始前に全員集まっていたでござる。そのわりにフラン殿はお昼過ぎまで寝腐っていたので、その説は却下でござるな。単に生徒さんが真面目なだけでござろう。

 

 本日の課外授業は屋内の教室で行うござるが……うっ、この学校の階段教室、変態人形職人と対峙した劇場を想起させるでござる。泣きそう。

 

 授業開始前から既にトラウマやらプレッシャーやらで涙目の拙者。隣のフラン殿と入室すると、生徒たちが一斉にこちらへ視線を向ける。

 

(出てけとか言われたらどうしよう……)

 

 ビビり散らす拙者に生徒さん達は———わああと嬉しそうな顔。おろろ? 

 

「今日も来てくれたんですね!」「モミジさんが授業してくれるんですか?」「あ、あの…あの、よろしくお願い、します!」

「おろろろろ?」

 

 意外にも歓迎ムードで、生徒さん達は立ち上がって口々に拙者へ声を掛けてくれるでござる。良かったぁ…嫌われてなかったよぉ……。

 

「はいはい皆さん。席に着いてください」

「フラン先生! もしかして今日はモミジさんが授業を?」

「えぇ。お願いしたら、快く引き受けてくれました」

 

 すると、生徒たちの多くが歓声を上げる。そ、そんなに期待されても困るでござるが……と、愛想笑いを浮かべながら教壇へ降りていると、姿勢良く席に座るユウト殿を発見。

 

「昨日は申し訳ござらん。しつこいようでござるが、怪我は無かったでござるか?」

「は、はい。大丈夫……です」

 

 極力にこやかに聞くと、プイ。顔を逸らされながらも、一応は答えてくれたでござる。

 可愛い女の子から顔を逸らされて内心絶望に染まるでござるが、まぁ元気なら良いでござるよ。うん。……うん、元気ならね。何故だか耳が赤いのが気になるでござるが。

 

 流石に1人で教壇に立つのは不安だったので、先ほど泣き落としたフラン殿に隣に立ってもらいながら授業開始でござる。

 

「そ、それでは授業を始めます。誰かに物を教えるというのは初めてなので、拙い部分があるかもでござるが、どうかご容赦を」

 

 ゴミのような授業になるかもしれないので一応の保険だけ掛けておいて、拙者は黒板に『過重力』とチョークで記す。

 

「昨日も話したでござるが、拙者はこの魔法(過重力)くらいしか達者なものはござらん。なので、これを中心に講義していくでござる」

「はいはーい! 質問いいですかー?」

「いきなりでござるか……。どうぞ」

「昨日俺の箒を奪ったのも、過重力の応用なのー?」

「あれはどちらかと言えば護身術の応用でござる。えっと…体術と言えば伝わりやすいでござるか? 拙者は旅に出る前、実家でマミ上…では無く母に習っていたでござるよ」

 

 先生って難しい…。私人ではなく公人として喋る都合上、ある程度硬めの表現で話さないといけないでござるな。

 しかしそんな拙者の心配を他所に、金髪と白い歯が特徴的なイケメ殿が質問を重ねてくる。

 

「お母様が体術を、ですか?」

「然り。気になるでござるか?」

「はい」

 

 授業と関係無い話になるので、これはどうなのかとフラン殿に目を向けると、ニコニコしながら頷き返されたでござる。話し続けろってことかな? 

 

「えっと……拙者の家では父が剣術を、母が体術を教えているでござる。内弟子となり、住み込みで週4日実戦的な剣術を父から習う『森のくまさんコース』。週1回2時間で奪刀術を元に組み上げた女性向けの護身術を習い、その後自由参加のお茶会が付いた『うさぎと亀さんコース』があるでござるよ。んでんで、拙者は毎週マミ上の『うさぎと亀さんコース』を受けていたでござる」

 

 ちなみに『森のくまさんコース』の由来は、入会したら絶望しか無いほどキツいという意味を暗喩しているでござる。

 逆に『うさぎと亀さんコース』は、のんびり自分のペースでという意味。

 

「あとはまぁ、『うさぎと亀さんコース』中に魔法使い向けの護身術もある程度挟むでござるが、そもそも拙者の故郷は魔女見習いになる為の魔術試験を行っていないほど魔法使いが過疎ってるでござる。せっかくなので、準備運動がてらそれも教えるでござるよ」

 

 だいぶ無理矢理でござるが、なんとか授業へ修正。今は拙者の身の上話より、いかにこの限られた時間で生徒さんの身になるものを話せるかでござるからな。

 

「フラン殿。杖を貸してもらえるでござるか?」

 

 拙者の杖は刀の柄なので、この技をやるには不向き。ちょっと興味深そうにしているフラン殿から杖を借りる。

 そして確認のため杖を一旦魔法でしまい、魔力を込めてパッと展開。魔法使いなら誰でもできる芸当でござる。

 

 問題無くできたら、もう一度杖をしまって、拙者は両手を上げる。いわゆる降参のポーズでござるな。

 

「今から教えるのは、誰でもできて尚且つ至近距離であればどんな相手も制圧できる超凄い攻撃魔法でござる」

「「「 おぉ! 」」」

「ではせっかくなのでチャラ殿。拙者の前へ」

 

 これは相手がいた方が分かりやすいので、発端であるチャラ殿にお手伝い願う。

 拙者の前へ来た彼は少々不安そうでござるな。興味を持ってもらうためにちょっと前口上を盛ってしまったので、原因はそれでござろう。

 

「安心するでござる。お主に怪我は負わさぬよ」

「お、おーけー……」

「ではチャラ殿。いい感じにチンピラっぽく拙者に絡むでござる。真に迫った熱演を所望するでござるよ」

「突然の無茶振り⁉︎」

「ファイトでござる!」

 

 拙者がにっこり笑いかけると、他の生徒からもチャラ殿へ「頑張れ〜」や「やったれー!」など声援が飛ぶ。

 そして、意を決したチャラ殿は顎をしゃくれさせてチンピラっぽく詰め寄ってきたでござる。おお、上手い。

 

 演技に関心しながらも彼の顔が拙者の手の届く範囲に来た瞬間———シュガッ! 

 

 展開した杖の先をチャラ殿の右目スレスレで寸止めさせる。

 

「はい、これが誰でもできて尚且つ至近距離であればどんな相手も制圧できる超凄い攻撃魔法。人読んで、マジカル目潰しでござる」

「「「 ………… 」」」

「ポイントは杖を展開してから突くのではなく、()()()()()()突くこと。そして片方の目ではなく、目と目の間を狙うことでござる。訓練されて無い者は突然目の前に何かが飛んできたら自然と左右どちらかに避けるので、勝手にどちらかの目に突き刺さるという寸法でござるな」

 

 実はこの技、男性より女性向けでござる。一般的に女性の方が男性より背が低いので、降参のポーズで上げた手の高さがちょうど対峙する男の目の位置になるでござるよ。

 

「あの…質問、いいですか?」

「はい、イケメ殿」

「どの辺が攻撃魔法なんでしょう? ただの目潰しにしか見えなかったのですが……」

「魔法の杖を使った攻撃なら概ね攻撃魔法でござる。その辺りがなんとなくマジカルでござるな」

 

 と、懇切丁寧に説明したら、何故だか生徒一同が顔を青ざめさせてちょっとだけ距離を取ったでござる。着席してるからほとんど変わってないけど。

 

「……さて、では過重力の話に戻るでござる。チャラ殿、お手伝いありがとう。これあげるでござるよ」

 

 原因はいまいち分からぬが、授業崩壊の気配を感じた拙者は青ざめているチャラ殿にお礼代わりの飴ちゃんを渡して軌道修正。

 あとフラン殿の笑顔を怖い。拙者、別に悪いこと教えてないでござるよ! 

 

「皆さん、過重力はもちろん知っているでござるな? 任意の座標に普段以上の重力を掛ける魔法でござる」

 

 説明しながらチョークで棒人間を1人と、その頭上に横一本線を書き、さらに横一本線に下矢印を重ねる。めちゃくちゃ単純ながら、過重力がどんなものかを一目で理解できる図式でござる。

 

「セオリー通りの使い方であれば、拘束が主でござる。基本は上から下へ。練習すれば逆に下から上や横方向にも掛けられるでござるよ。昨日の鬼ごっこで拙者が逃げたやり方は、簡単に言えば上から下以外の過重力を自分に掛けて跳ね回っていただけでござる」

 

 ここまでの説明は生徒たちも予習済みでござろう。本題はここからでござる。

 

「しかし、ここまではあくまで基本。言うならば初級編でござる。では、中級編とは何か。それは……」

 

 そう言って、黒板の棒人間の周りを四角形で囲むようにして線を描く。

 

「過重力の線を()()()()()

 

 元々が拘束用なので、原点回帰とも言えるでござろう。

 

 実のところ、1方向だけの過重力を掛けられても動けるっちゃ動けるでござる。重たい荷物を肩に乗せているようなものなので、めちゃくちゃ疲れるけど。

 でも、それが多方向からであればどうでござろう? 

 

 拙者はフラン殿から借りた杖の先を教卓に向けて立たせ、手を離す。当然杖は倒れてしまうでござる。

 その光景を生徒たちに確認させた後、抜刀。もう一度杖を立たせて、前後左右の4方向から過重力を掛ける。すると、杖は直立のまま重力によって固定されたでござるよ。

 

 生徒たちの感嘆の声に、ここは1つ小噺を挟んでみようと思い至ったでござる。ぶっちゃけ、杖が立っているところを見てもイマイチ凄さが伝わらないでござるからな。

 

「昔、マミ上と一緒に買い物をしていた時、暴漢に遭遇したことがあるでござる。その時マミ上が、このようにして暴漢を拘束したでござるよ」

「「「 おぉ! 」」」

「そして顔面が砂時計のように変形するまでデンプシーロールでボコ殴りにしていたでござる」

「「「 ………… 」」」

 

 目を閉じれば、あの時のマミ上の凛々しく勇ましい姿はすぐに思い出せる。

 

 ∞字に流れるマミ上の長く艶やかな黒髪。腕の振りに合わせて映える袖の椿柄。桜吹雪のように散る暴漢の返り血。

 そう! あの時、幼いながらも拙者の恋心は確かに萌芽した! 母と娘という禁断の間柄でござるが、その背徳感もまた叶わぬ恋心を燃え上がらせたでござる‼︎

 

 はぁ……あの淡い初恋、思い出すだけで体がポカポカしてくるでござる。寒くなったらまた思い出そう。

 と、少々人にはお見せ出来ないほどだらしなく表情を弛ませていると、フラン殿に肩を叩かれたでござる。

 

「モミジさん。今後、授業中にあなたのお母様のお話を禁じます」

「なにゆえ?」

「授業の記憶が全部あなたのお母様に上塗りされてしまうからです」

「つまりマミ上に心奪われると?」

「語弊がありそうですが、まぁそういうことです」

「マミ上は誰にも渡さぬ!」

「廊下に立たせますよ?」

「理不尽な……」

 

 今は拙者も先生なのに……。

 

「じゃ、じゃあ講義ばかりではつまらないので、ここからは演習でござる。フラン殿、例のものを」

「はい」

 

 フラン殿に杖を返し、それを振ってもらうと教卓にドサッと大きめの籠と人数分のコップが出現。同時に芳しい香りがふわっと教室に充満する。

 中にはちょっとだけ不細工な形をしたリンゴが大量に入っているでござる。訳あり商品として安く叩き売りしていたものを、さらにまとめ買いすることで格安で手に入れたでござるよ。旅人にとって、値切りは必須技能でござる。

 

「これは拙者が過重力の練習に使っていた方法でござるよ」

 

 籠の中から一個、美味しそうなリンゴのヘタを摘んで生徒たちから見やすいように持ち上げ、刀を振るう。

 

「まずリンゴを左右から過重力を掛けて空中で挟んで固定。そしてリンゴの下にコップを持ってきて……一気に潰す!」

 

 見えない壁に挟まれたリンゴは一気に平べったく潰れたでござる。

 そして、下からは潰れた分だけリンゴの果汁が搾り取られてコップの中に落ちてくる。

 

「まぁ、ざっとこんなもんでござるな。左右の2方向だけだとコップ3分目あたりまでしか搾り取れないでござるが」

 

 お煎餅のように平べったくなり食べやすくなったリンゴを齧れば、シャクシャクと咀嚼音が響く。まだ果汁が残っている証拠でござる。

 リンゴを食べ切り、さらに今搾り取った100%果汁のリンゴジュースを飲み干した拙者は、籠からもう1個リンゴを掴んで同じように————しかし今度は前後上下左右の6方向から過重力を掛けるでござるよ。

 

「この方法で過重力の線———拙者は便宜上“重力帯”と呼称しているでござるが、この重力帯の数を増やせば増やすほど搾り取れる果汁の量は増えるでござる。こんな風に」

 

 そしてクルッと刀を振れば、瞬時にリンゴがサイコロのような大きさにまで圧縮されて中から飛び出した果汁に隠れてしまった。

 下からも掛けているので、リンゴと果汁は拙者の前で直方体の透明な箱に入れられているような光景が出来上がったでござる。

 

 下からの過重力を徐々にずらしていき、注ぎ口を作ってそこからコップに注ぐ。リンゴの大きさにもよるでござるが、大体6方向からの過重力でコップ一杯分のリンゴジュースが圧搾できるでござるな。

 

「最初は2方向で挟み込むように。重力帯を増やすことが出来たらその度に増やすでござる。1個のリンゴからコップ一杯分の果汁を搾り取ることが出来たら過重力中級者でござるよ。……あ、リンゴに飽きても大丈夫なようにオレンジも用意したので、欲しくなったらフラン殿に頼むでござる」

 

 フラン殿の魔法で生徒各々にコップとリンゴが配られるのを尻目に告げて、久しぶりに拙者もやってみるでござるよ。

 

 懐かしいなぁ。実家でこの練習をしてた時は、バケツに大量に溜め込んで内弟子のみんなに差し入れと称して押し付けていたでござる。まぁ、わりと喜ばれたけど。

 この練習法、自分の実力がコップに入った果汁の量として目に見えて分かるので上達しやすい。さらに、果物を変えれば別の味も楽しめるので飽きないでござる。

 この練習法を考えたマミ上は天才でござるな! 好き‼︎

 

「ちなみに魔法使いのいない国だと、これでちょっとしたお金稼ぎも出来るでござる。もしこの中で将来旅人になりたいという者がいたら、積極的に練習してほしいでござる」

 

 そんな感じで旅人としてドヤ顔でアドバイスするけど……うん、誰も聞いてないでござるな。既に練習に入ってるし。

 

 見たところ、全員筋が良い。

 実は2方向から過重力を掛けるというのは慣れるのに1日くらい時間がかかるでござるが、もう全員できているでござるよ。やっぱり優秀でござるな。

 中には既に3方向から掛けている者もいるほど。

 

 ……もしかしてこれが普通で、拙者が才能なかっただけ? なんか彼ら彼女らを見てるとその可能性も出てきたでござるぞ。

 

「何か分からないことがあったら、遠慮なく言うでござるよ」

 

 そうして、課外授業の時間は過ぎていく。

 拙者はアドバイスをしたり、時には搾られたリンゴジュースを貰ったり。時には手取り足取りで教えたり。

 自分の教えを吸収して上達してくれる姿を見るのは、とても心地良いものでござるな。

 

 

 

「はい、お疲れ様です」

 

 授業を終え、学校内にある私の執務室のソファで突っ伏すモミジさんに労いの言葉を1つ。そしてテーブルに彼女の練習方で私も搾り取ってみたリンゴとオレンジのミックスジュースを置きます。

 

「か、かたじけない……」

「良い授業でしたよ。最初は緊張していたようですが、時間の経過と共にそれも解れていったようで」

「さいでござるか」

「皆さんも楽しんでくれたようですしね」

 

『楽しい』ということは夢中になるということです。

 確か彼女の国の諺で“好きこそ物の上手なれ”というものがありましたね。なんだかんだで、1番楽しんだ人が1番学び取れるものです。

 そういう意味では、彼女の授業は100点満点なのでしょう。

 

「ただ1つ気になったことと言えば、何故女子生徒に教える時には必ず腰に手を回していたのでしょうか?」

「うぐっ」

 

 突っ伏したモミジさんの体がギクリと跳ねました。

 

「何故なのです?」

「あー…えっと、ほら……魔法って感覚的なものでござろう? 密着した方が教えやすいでござるよ! 決して女子生徒の匂いを嗅いだり体の柔らかさを堪能してたわけではないでござるマジで!」

「男子生徒には口頭説明で済ませていたようですが」

「いやあの…あっ! いくら同年代とはいえ、あの場に限り拙者と彼らは教師と生徒の関係でござった! 女教師が男子生徒に密着するのは色々問題でござろう? ね?」

 

 そう早口で捲し立てるモミジさんに3秒ほど白い目を向けますが、まぁ……お仕置きはしないでおきましょう。元はと言えば私が頼んだことでもありますし、やり方は彼女に任せましたから。

 

 私はモミジさんの突っ伏すソファに座り、同じくミックスジュースを一口。あら美味しい。

 

「フラン殿。拙者、どうしても気になる事があるでござる」

 

 体を起こしたモミジさんは、先ほどまでとは違う真剣な眼差しで私を射抜きます。

 

「なんでしょう?」

「どうして、()()()()()()()()()()()?」

 

 彼女の質問は、何も知らない者が聞けば意味不明なものです。

 しかし、私にはどういう意図の質問なのか分かってしまいます。張本人同士だからこそ、理解できてしまいます。

 

 彼女はこう質問しています。『どうして拙者を教師にしたのか』と。

 考えてみれば当然の疑問でしょう。

 

「拙者は魔導士。ただの旅人で魔法使い。ついでに武士。あと可愛いロリ巨乳」

 

 無駄に高い自己肯定感と共に、モミジさんは語ります。

 自身がいかに教師として不適切な者か。そんな自分を何故、一時的なものとして教師側に迎え入れたのか。

 

「魔法使いとしてなら拙者は明らかに凡庸でござる。魔女になれるほどの才能も持たず、それを目指す努力もしていない。常に向上心を胸に進み続けなければならない学校という場に、これほどそぐわない存在も珍しいでござろう?」

「……そうですね」

「もう一度聞くでござる———どうして拙者だったのでござろう?」

 

 ……まぁ、普通に考えれば不思議ですよね。教える立場の者の実力が教わる立場の者と同等など、おままごととそう変わりません。

 しかしそれでも、モミジさんでなければならない理由があったのです。

 

「———モミジさんは、どうして過重力の説明を中級までで終わらせたのですか?」

「質問に質問で返すのはマナー違反でござるよ」

「あなたの質問の答えに繋がることです」

 

 怪訝そうに柔らかそうな頬を膨らます彼女へ、私は尋ねました。

 

 過重力に対する初球や中級という概念は、モミジさん独自のものでしょう。でも、それならば最後に上級がなければおかしい。そう言った数え方は初級から始まり、中級を挟んで、上級に終わるものです。

 彼女の雰囲気的に何も考えずしゃべっていた、ということも考えられますが、今日の授業を聞いている限りそれも無い。

 

 糸目がデフォルトの私ですが、今は少しだけ目を開いてモミジさんを見据えます。

 すると、彼女は観念したようにため息を吐きました。

 

「初級は過重力の方向を自在にすること。中級は重力帯を増やすこと。そして上級は———()()()()()()()()でござる。フラン殿ならば、何故拙者が教えなかったのか分かるでござろう?」

「……えぇ。そこまでいけばもはや———」

 

 

 

 ———人殺しの技術です

 

 

 

 精度を上げる。つまり、モミジさんの言う重力帯を局所的に絞るということでしょう。

 本来は体の上から抑えつけるように掛ける過重力。それを局所的に絞って狙う場所は恐らく……。

 

「リンゴと人間の脳……どちらの方が潰しやすいかなど、考えるまでも無いでござる」

 

 ()()()()()()()()()。過重力の精度を上げるということは、それを可能にする。

 

「脳を潰す。心臓を重力帯で囲って無理矢理止める。7つある頸椎に別ベクトルの重力を掛けて首を引き千切る———過重力を練習すれば簡単に出来ることでござる」

 

 あまりにも残酷な使い方ですが、それもまた魔法という技術の一側面なのでしょう。

 この説明を受ければモミジさんが何故中級までで説明を止めたのか理解できます。

 

 彼女は話し終えた後、いつも見せてくれたにぱぁ〜とした笑顔を浮かべました。

 

「でも拙者は脳みそ潰して死体を作るより、リンゴ潰してリンゴジュース作る方が好きでござる。それに、人殺しの技術なんてあの生徒たちには似合わぬよ」

「……そうですね」

 

 毎日真剣な面持ちで魔法を練習する彼らの顔を見れば、そんな悲しい一面など見せる必要なんて感じません。

 魔法が好きなあの子たちが、このまま好きであり続ける為に導くのも教師としての務めなのですから。

 

「さて、拙者は質問に答えたでござる。今度はフラン殿の番でござるよ」

「はい。それでは私からもう一つ質問をさせてもらいましょう。質問というよりクイズですが」

「拙者の話聞いてた⁉︎」

「もちろん」

「マイペース極めてるでござる……」

 

 基本的に私はこういう人間です。これで今まで上手くやってこれたので、これからも問題ないでしょう。根拠はありませんが。

 

「モミジさんは、『優秀な魔法使い』とはどんな魔法使いだと思いますか?」

「はぁ……また漠然とした質問でござるな」

「では3択に絞りましょう。

 1、どんな敵も鎧袖一触に薙ぎ払える戦闘能力を持った魔法使い。

 2、あらゆる魔法を使いこなしてどんな病気も杖の一振りで治してしまえる魔法使い。

 3、研究を重ねて他国の追随を許さないほどの生活の発展を支えた魔法使い。

 さて、どれだと思いますか?」

 

 1本ずつ指を立てて選択肢を上げていくと、その度にモミジさんの眉間に皺が寄ります。あらあら。可愛らしいお顔が台無しですね。

 眉間の皺を揉み解すように指先で捏ねると……まぁ! スベスベお肌が気持ち良い。眉間の皺すら柔らかくてクセになりそうです。

 

「ぐぬぬぬ……じゃ、じゃあ、3番の魔法使いで」

「本当に?」

「うぐっ……本当に」

「ファイナルアンサー?」

「ファ、ファイナルアンサー……」

 

 そこまで真剣に悩まなくてもいいのですが…。授業でもそうでしたが、この子も大概真面目ですね。以前会ったシーラのお弟子さんを想起させます。

 

「正解は、“国や文化に寄って違う”です」

「…………」

「あら、どうしました? 不満そうですね」

「3択で聞いておいてその答えはズルくないでござるか?」

「優秀な魔法使いの在り方がたったの3種類なわけないでしょう?」

「むぅ……」

 

 眉間に当てていた手を、今度は膨らんだ頬に添えました。相変わらずスベスベのプニプニですね。若いって羨ましい……。

 いえ! 私もまだまだ全然若いですけど‼︎

 

「それで、なにゆえこのタイミングでそんなクイズを出したでござるか?」

「今のがあなたの質問の答えになるからです」

「うん……?」

 

 可愛らしく小首を傾げてポニーテール揺らすモミジさんには、私が言いたいことが伝わっていないご様子。

 

「イレイナがここで今日のあなたのように特別授業をしたという話はしましたよね」

「然り」

「あの子は未だ10代でありながら、とても優秀な魔女となってくれました。師匠である私すら驚いてしまうほどに」

「弟子自慢でござるか?」

「はい。あの子は自慢の弟子です」

 

 調子に乗るのは火を見るよりも明らかなのでここぞという時にしか言いませんが、これが紛れもない私の本心です。

 才能があり努力も怠らない。1つの目的の為に頑張り続けられる忍耐力。他にもたくさんの要素がイレイナを見違えるほど優秀な魔女に育て上げてくれました。

 

「何度も言いますが、あの子は優秀です。そして、()()()()()んです」

「それに越したことは無いのでは?」

「そうですね。イレイナ本人にとって見ればそれは素晴らしいことです。しかし、他の方々からすればどうでしょう? 例えば———ここの生徒たち」

「———っ⁉︎」

 

 同年代でありながら自身と隔絶した実力を誇る者を見た時、人はどう思うのか。大きく分ければ2つです。1つは、自分もああなりたいと憧れる。

 問題は2つめです。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()

 

「実はモミジさんが授業した生徒の中にも、どこかやる気を無くしてしまった生徒がいたんです」

「そうで…ござったか……」

「だから私は示してあげたかった。イレイナのように魔女になるだけが、魔法使いの在り方では無いと。しかし、それを私が言っても効果は薄いでしょう」

 

 なにせ私自身も魔女なのですから。魔女である私がそれを言っても、嫌味にしか聞こえない。

 悩んでいる生徒がいるのに、その悩みを解決することができない。教師としてこれほど歯痒いことはありません。

 

「だから広場であなたを見た時、らしくもなく天啓かと思いましたよ。多くの魔法を修めるのではなく、1つの魔法を極めて使いこなすモミジさんがこの国に来たことに」

 

 彼女は、シーラやイレイナから聞いていた通りの方でした。過重力一辺倒の魔法使い。自身の向いているものにのみ力を注いだ、ある意味邪道な魔法使い。しかし極められた邪道は、時に王道を越えることもあるのです。

 

「イレイナではダメでした。私だけでは無理でした。———モミジさんだからこそ、別の魔法使いの在り方を示すことができたんです」

「……ただ拙者は、頼まれたことをやっただけでござるよ」

「でもそれが生徒の悩みを解決するきっかけになったんです」

 

『なりたい自分』と『なれる自分』は違う。諦めていたとしても、やはり未練はあったのでしょう。でなければ自由参加の課外授業に出たりはしません。

 そして今日、あの子はモミジさんの授業を受けてイキイキとしていました。以前のように、目を輝かせて魔法を学んでいました。

 

 私はソファから立ち上がり、モミジさんの前に立って頭を下げます。

 

「———感謝します。私が教えられなかったことを教えてくれたことに。生徒にとって、新しい1つの道標(みちしるべ)になってくれたことに」

 

 あなたの示した道は、きっと生徒にとって大きなものだったんですよ。

 

 

 

 長いようで短い。訪れた国を出国する際にいつも思う、使い古された感傷を胸にしまって拙者は王立セレステリアの門の前に来たでござる。

 

「出国ですか?」

「然り」

「忘れ物はありませんか?」

「大丈夫でござる」

「いかがでしたか、この国は」

 

 旅人として、何度も聞かれた質問。しかしそんなもの、答えは決まってるでござるよ。

 たぶんこれは門兵さんが求めている言葉。そして拙者の紛れもない本心でござる。

 

「素晴らしい国でござった。この上なく、これ以上なく、素晴らしい国でござったよ」

「そうですか」

 

 言葉少なにそう答えれば、門兵さんはにこりと笑ったでござる。

 

 露店で売ってるリンゴが美味しかった。

 夢に向かう学生たちが眩しかった。

 生徒を想う教師の心が尊かった。

 そして、拙者だからできたと言われて嬉しかった。

 

 言いたいことはたくさんあるけど、それをしていたら日が暮れてしまうでござる。旅人の出国は日が高いうちにが鉄則。夜は危ないでござるからな。

 門兵さんに門を開けてくれるよう頼むと、彼は頷いて———動きを止めた。

 

「いかがいたした?」

「どうやら忘れ物があったようですよ」

 

 忘れ物……? 

 刀はあるし、鞄もちゃんと持ってるでござる。たまに忘れる下着も服の上から確認すればちゃんと身に付けている。

 そもそもフラン殿が起きる前に抜け出してきたので、忘れ物があったとしても気付く人はいないはず。

 もし気付くとしたら、それは———

 

「———朝は苦手なので、できれば出国はお昼過ぎにしてほしかったのですが」

 

 たまたま早起きしたフラン殿しかいないでござる。

 

「おはようでござる」

「はい。おはようございます」

「拙者、何か忘れ物でもしたでござろうか?」

「えぇ。だから急いで追いかけて来ました」

 

 嘘ではないでござろう。着ている服は皺だらけだし、帽子で覆われていない髪には寝癖が散見してる。悪い事をしたでござるな。

 

「かたじけない」

「いえいえ」

 

 しかし、フラン殿は箒に腰掛けているだけで手ぶらでござる。もしかして忘れ物を届けようとして慌てて出てきたら、忘れ物を持ってくるの忘れた? 

 失礼ながら、フラン殿ならやりそうでござる……。

 

「何か失礼なこと考えていません?」

「いや、別に」

「……まぁいいです。それではモミジさん、忘れ物を取りに来てください」

 

 チョイチョイと手招きするフラン殿に素直に近付くでござるが、マジで何も持ってないでござるな。本当に忘れ物を家に忘れてきたのでは、と。そんな風に考えながら彼女に近付くと、ガシッ。

 フラン殿に抱き締められる……というより、しがみつかれたでござる。なにこれ? 

 

「皆さん! 今です‼︎」

「「「 せーーーの‼︎ 」」」

 

 フラン殿の掛け声に合わせて聞き覚えのありまくる大勢の声が耳朶を叩いた瞬間、

 

 ———ギュウウゥゥゥゥゥゥン‼︎

 

 突然の浮遊感と共に、()()()()()()()()()でござるよ! 何事⁉︎

 

(この感じ…過重力でござろうか?)

 

 あまりの事態に一周回って冷静になった頭が、拙者とフラン殿に掛けられた魔法の正体に気付かせてくれる。てかフラン殿、なんで一緒に吹っ飛ばされているでござるか。

 

「下を見てください」

 

 雲の高さまで打ち上げられたところで、フラン殿に促されたのは……

 

「ふわあぁ……!」

 

 まさに絶景でござる。

 拙者の視界に飛び込んできたのは朝日に照らされた王立セレステリア。色とりどりの屋根も、ロープで揺れる洗濯物も、王立魔法学校も露店の帆さえも、全てが朝露を反射した朝日によって文字通りキラキラと輝いているでござるよ。

 鞘に乗って空を飛ぶことはあっても、こんなに高い所まで来たことは無いでござる。ましてや、1つの国を上空から視界に収めるなんて体験は初めてでござる! 

 

 到達点まで来た拙者たちは、そのまま重力に従うまま視界いっぱいの王立セレステリアが広がって、近付いて…近付いて……おろ? これヤバくね? 

 

「モミジさん、着地お願いします。私どうやら杖を家に忘れてしまったようです」

「この状況で致命的過ぎる忘れ物でござるな⁉︎」

 

 いつの間にか拙者におんぶされるような態勢になっているフラン殿に告げられ、慌てて下から上の過重力を起動。なんとか地面に激突してグシャっとならずに済んだでござる。危ねぇ……。

 ドックンドックン大騒ぎの心臓を抑えて息を整えていると、フラン殿が横からヒョイっと覗き込んでくる。

 

「あなたの忘れ物はどうでした?」

「とっても素敵でござったよ」

 

 そういえば拙者、観光するの忘れていたでござるな。まさか観光スポットを一気に見せられることになるとは思わなかったが。そもそもどこが観光スポットかも分からなかったし。

 たぶん、それ以外にもたくさん意味があったのでござろうが。

 

 拙者は恐怖なのか感動なのかイマイチよく分からない涙をゴシゴシと拭い、周囲を見回す。

 見送りに、集まってくれたでござるな……みんな。

 

「皆さんへの評価をお願いします、モミジさん。教師としての最後のお仕事です」

 

 フラン殿の言葉に、にっこりと笑う。そんなの聞くまでも無いでござろう。

 

 こんな自分を先生として受け入れてくれたこと。

 一緒に鬼ごっこをしたこと。

 潰したリンゴの香りが充満する教室のこと。

 思わず涙してしまう景色を見せてくれたこと。

 その景色を見せる為に過重力を使ってくれたこと。

 

 旅人として、これほど幸せなことなんてないでござる。点数をつけるのも烏滸がましい。それでもつけないといけないのだから、やっぱり拙者、先生はあんまり向いてないかもね。

 

「———100点満点花丸満点だよ、みんな」

 

 

 

 “武士の旅々”は、残り1ページ。






はい、いかがでしたか?魔女旅の世界にデンプシーロールがあるかはツッコまないでください。たぶん無いです。

同年代にも関わらず、魔法使いの最高位である魔女の称号を得たイレイナさん。そんな彼女を見て、あの生徒たちが憧れだけしか抱かないというのも変かなと思い、このお話を思いつきました。
一般的な魔法使いは様々な魔法を広く浅く学ぶのに対し、モミジちゃんはパイルドライバーでブチ抜くように深々と過重力だけに力を注いできた。その結果、才能の有無が関係なくなるほど造詣が深くなったとさ。

さて、今回で本編と言えそうなお話は終わりです。
最後にどうやってモミジちゃんが旅に出たのかを書いて締めに入ります。

ps.今更だけど、1話一万字超えは読みにくいですか?
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