朝起きると、ベッドの上はぐちゃぐちゃでひどい有り様でした。
確か、お互いにじゃれつきあってそのまま眠ってしまったんでしたっけ……? よくよく考えてみれば、同年代の女の子とあそこまではしゃいだのは初めてかもしれません。
私、灰の魔女ですから。魔女といえばクールなものでしょう。まぁ、時には…たまには……わりと日頃から? 小狡いこともしていますが。それは思考の彼方にスローイン。
「あっ、起きたでござるか。おはようでござる、イレイナ殿」
「おはようございます……って、なんで服着てないんですか? 痴女ですか?」
「痴女ではござらん。サラシを巻くために脱いだらちょうど目を覚ましただけでござる。……イレイナ殿? 拙者の胸部に何用か?」
喋りながらモミジさんが胸に巻いている包帯のようなもの。サラシと言いましたか。
なるほど。ああやって本来はかなり大きい胸を小さく見せていたんですね。私への当て付けでしょうか。
「どうしてそんなの巻いてるんです?」
「剣を振る時、邪魔になるからでござる。それに激しい運動をしたら揺れて痛いって経験、イレイナ殿にもあるでござろう?」
「…………」
ねーでござる。生まれてこの方、私の胸が揺れたことは一度たりともねーでござる。煽ってんですか? おおん?
そのまま慣れた手つきで私を苛立たせない程度に胸を小さく収め、モミジさんは服を着ながら聞いてきます。
「本日の予定はどのように?」
予定ですか…。正直この国、見るとこないんですよね。なんでもかんでも普通ですし。観光地らしきものもありません。
「特にないですね。明日の朝にはこの国を出るつもりなので、出発の準備にでも充てようかと。この宿に今夜も泊まると出費がえげつないので、別の宿も探すくらいでしょうか」
つまり、これといった予定はないということです。
「明日の朝でござるか……」
「はい。……そんな顔しないでください」
「でもぉ……」
朝っぱらから泣きそうな顔になるモミジさん。どんだけ泣き虫なんですか。
「じゃあ今日は私がモミジさんに付き合いましょう。どこか行きたいところとかありますか?」
「本当でござるか⁉︎拙者と付き合ってくれるでござるか⁉︎」
「語弊があったらいけませんので正しく言いますね。モミジさん
「なーんだ……ちっ」
「露骨に舌打ちしましたね」
先ほどのしおらしさはどちらへ?
「むぅ…。じゃあイレイナ殿! 武器屋に行きたいでござる」
「武器屋ですか。なぜそんな場所に?」
「刀を研いでもらいたいでござる」
あぁ、そういえば錆びて鞘から抜けないんでしたっけ。
「それは構いませんが、そういうのって自分で研ぐものじゃないんですか? 武士の魂なんでしょう?」
「時間かかる上に面倒くさいから嫌でござる」
なんとまぁ……。というか、その研ぐためのお金って私が払うんですよね? モミジさん、お金持ってないですもん。
「んでんで、研いでる間にイレイナ殿の買い物を済ませてしまいましょう。そうすれば時間も無駄にならないでござろう?」
「そうですね。助かります」
私が承諾すると、モミジさんはうきうき顔で支度を始めました。もし彼女に尻尾が生えていたら、千切れんばかりに左右へ振られていたことでしょう。
そんなこんなで最高級宿をチェックアウトした私達は、まず武器屋さんを探しました。
すぐに見つかりました。剣やら槍やらが店の前でワゴンに入り、格安で叩き売りされています。仮にも凶器が、このようなお粗末な管理で良いのでしょうか。武器が無くても普通に強い魔女にはあまり縁の無い疑問です。
意気揚々と店の中に入るモミジさんは腰から鞘ごと刀を抜き、カウンターへ置きました。
「店主! 武器の研磨を依頼したいでござる」
「あいよ。…って、嬢ちゃん。この刀、鞘から抜けないじゃねぇか」
「店主! 拙者と綱引きならぬ、刀引きでござる!」
「力づくで抜く気か⁉︎」
わりと昨日から思っていましたが、モミジさんはもしかしたら少しお馬鹿さんなのかもしれません。
きっと頭にいく予定だった栄養も胸に回ってしまったのでしょう。可哀想に。
私の哀れみの視線の先で、モミジさんと店主さんはうんとこしょ。どっこいしょ。それでも刀は抜けません。
「はぁ…仕方ありませんね」
あまりにも抜けず、苛立った様子の店主さんは「てめぇなんでこの状態になるまで放置してたんだ馬鹿野郎」と言いたげな目でモミジさんを睨みつけていました。もちろん彼女は涙目。
なので、時間逆転の魔法で抜けるくらいまで巻き戻してあげました。できれば綺麗な状態まで戻して出費を抑えたかったのですが、どうやら何か代償が必要なくらいには魔力を食いそうです。ホント、どうしてそんなに長い間放置していたんでしょうか。
「じゃあ明日の朝にでも取りに来な」
「了解でござる。頼み申した」
モミジさんは返された柄を刀の鞘に収め、外見上は今までと変わらない状態にして腰に戻しました。あの刃、取れたんですね。
「ではでは! 拙者とイレイナ殿のデート、開始でござる!」
「いやデートじゃないです」
「逢引きでござるか?」
「それ意味同じですよね?」
「ではちょっとえっちな感じに逢瀬と」
「だから意味同じですよね?」
「むぅ…。ああ言えばこう言うでござるな」
「こっちのセリフです」
ちょっと棘のある返しをしても、モミジさんはニコニコしています。ついでに武器屋さんを出てからずっと私の手を握っています。
よほど機嫌が良いのか、鼻歌も聞こえます。ちょっと音痴ですが。
「やっぱり逢瀬と言ったら……宿でござるか?」
「あっ帰ります? いいですよさようなら〜」
「冗談でござる!」
私の口元くらいしかない背丈なので、上目遣いにちょっと色っぽく見上げてなにやら戯言をのたまってきました。昨日のベッドでの所業を見る限り、本当に冗談か怪しいところです。
これ以上戯言を並べられても耳が腐るので、私から提案することにしましょう。
「まぁ無難に朝食でもどうです? そろそろパン屋さんも空く頃だと思いますし」
時間はちようど朝食と昼食の間くらい。パン屋さんとしては昼食向けのパンを焼き始めたあたりでしょう。運が良ければ焼き立てを食べられるかもしれません。
「いいでござるな。拙者、この国を出るまでにあのパン屋のパンを制覇したいでござる」
「それは構わないのですが、飽きないんですか?」
「何故だかイレイナ殿と食べるとなんでも飽きずに食べれるでござる。これはきっと愛の力でござるな」
「きっとあのパン屋さんの腕が良いんでしょうね」
あのクロワッサンは絶品でした。以上。この話終わり。
それからも他愛なく、中身もなく、どこまでも薄っぺらいながら楽しくおしゃべりしてパン屋さんに向かいます。この人、目につく物が気になる子犬のような性格なので話題がコロコロ変わりますね。
美味しそうな匂いを嗅げば、
「マミ上の作るおしるこは最高でござる。特に寒い日におやつとして出されたら、3杯はおかわりしてしまうでござるな」
帽子屋さんを見つけると、
「パピ上の頭頂部がハゲてるのは、どうやら若い頃外国にかぶれてハットを被り続けたのが原因らしいでござる。マミ上からそれを聞いたので、拙者は三角帽子を被らぬ。遺伝子怖い」
仲睦まじく並ぶカップルを見かければ、
「拙者の国では昔『衆道』というものが盛んでござった。言ってしまえばBLでござるな。内弟子の何人かもその道を突っ走ってござった」
ふむ。わりと彼女の国も面白そうですね。是非近くに行ったら寄ってみたいです。
そんな事を考えると、モミジさんは私を見上げました。
「いつかイレイナ殿にも来てほしいでござる。拙者、張り切って観光ガイドを務めるでござるよ」
「ふふ…今ちょうど私も行ってみたいと思ってたところです。そうですね。その時はお願いしましょうか」
そう言ってあげると、モミジさんは満面の笑みを浮かべました。尻尾があったら遠心力で千切れたことでしょう。
頭を撫でたい衝動に駆られながらもなんとか堪え、ちょうど目の前まで来たパン屋さんへ意識を移します。この国での私達の食事、今のところここのパンだけですね。
「いらっしゃい。また来てくれたのね」
「はい。美味しくてつい」
にこりと笑い、素敵な女店長に挨拶を交わしました。すっかり常連扱いになっちゃいましたね。
「う〜んんん! やっぱりいい匂いでござる〜!」
「あと少しでクロワッサンとベーグルが焼き上がるわよ。ちょっとだけ待っていられる?」
「ベーグル⁉︎まだ食べてないでござる! 食べたいでござるよ!」
「はいはい。じゃあ他のパンでも選んでてちょうだい?」
店長さんのモミジさんに向ける視線は、娘や孫に向けるもののそれですね。ああも天真爛漫で素直な反応を返されると、やはり嬉しいものなんでしょう。
そんな様子を澄まし顔で眺める私ですが、実は焼き立てのクロワッサンが食べられると聞いてうきうきを抑えられていませんでした。気を抜くと鼻歌を歌い出してしまいそうです。
踊る心を抑えながら、私達は今日も店頭に並ぶ多種多様なパンを吟味していました。
その時です。この幸せ空間に、汚い怒声が響いたのは。
「全員動くなぁ!!」
入り口から武器を持った3人組が押し入ってきました。
剣を持った筋骨隆々の男性。
槍を持った骨のようなガリガリ男。
本を持った太っちょ。
とてもバラエティに富んだ見た目の強盗3人組です。あと、全員って言ってもここにいるのは店長さんと私達の3人だけです。
「へっへっへ。動くんじゃねえぞ嬢ちゃん達。ちっとでも動いたら俺様の聖剣、エクスカリパーの錆にしちまうぞ?」
「ひひひ……オイラの魔槍、ゲイ・ポルグが君達の心臓を貫いちゃうよぉ〜」
「デュフフ。僕ちんのドラゴンを滅ぼす魔導書でこのお店めちゃくちゃにしちゃうかもよ。デュフ!」
「………………」
なんでしょう? あの剣も槍も、さっきモミジさんが刀の研磨を依頼したお店の前でワゴンセールをしていたものによく似ています。なんならタグが付けっぱなしです。
あと魔導書に関しては表紙に擬人化した異様に露出度の高い女の子と、その女の子に腕を組まれて赤くなってる男の子がポップな雰囲気で描かれています。たぶん10代あたりを中心に読まれているライトなノベルでしょう。嘘をつくならせめてブックカバーくらい買ったら?
「おう店長さんよ! ここの店にあるパンを全部寄越しな! 今すぐにな! ぁ!」
「ほらほらぁ〜早く寄越しなぁ〜」
「デュフフ! パン食べ放題だよ。デュフ!」
あまりのインパクトに沈黙するしかない私達をビビってると勘違いしているのか、強盗さん達はめちゃくちゃイキってますね。店長さんが心配なのでチラッと見ると……あっ、パン生地伸ばすための麺棒を両手に持っています。優しい見た目に反して殺意高めな店長さんです。
一応、パン屋さんは私にとって神聖な場所なので、血が流れるような事態は極力避けたいです。ばっちぃので。
なので、最低限警告だけはしておきましょう。
「あの〜これ見えますか?」
私は胸元の星をかたどったブローチ———魔女の証を強盗さん達に見せます。
魔女とは魔法使いの最高位。普通の人が武器を持って束になったところを杖の一振りで壊滅させるなんて朝飯前です。ちょうど私、まだ朝ごはん食べてないですし2つの意味で朝飯前です。
大半の賊はこれを見れば「ひいぃ!? ごめんなさぁい!」と土下座で謝るなり、「人違いでしたぁ!」逃げるなりして一件落着します。
それらをしない人は魔女すら知らない田舎者か、魔女だろうと俺なら勝てると思春期の勘違いから抜け出せない可哀想な人でしょう。
「なんだぁ? そのぺったんこの胸がどうしたんだよお嬢ちゃ〜ん?」
「オイラ達を誘惑してんのかい〜?」
「デュフ! 僕ちん、君みたいなお子ちゃまには興味ないかも」
この人達、この世に、いらない。
ですが誇り高い灰の魔女、それが私です。殺しはしません。生と死のボーダーラインを指の第二関節が超えるくらいで許してあげましょう。
彼らの処遇を決めた私は懐から杖を取り出そうとしました。すると———
「おのれ痴れ者共ぉ! 拙者のイレイナ殿に指一本でも触れてみろ! 即刻打ち首獄門にしてくれるでござる!」
モミジさん、鬼の形相で叫びました。なんのスイッチが入ったんでしょうか。
「聖剣を手に取り、魔槍を掴み、魔導書を持ちながら、それらを悪事に使うなど不届き千万! 拙者が成敗致すでござる!」
あっ、この人強盗さん達の言葉信じちゃってます……。大変です。やっぱり彼女はお馬鹿さんでした。
「へ、へへ…俺様たちのやろうってのか?」
「おおおおオイラ達をを本気にさせちゃううぅ?」
「ぼぼぼぼ僕ちん、強いんだからな! デュフフなんだからな!」
そして逆にビビる強盗達。どうやらこのパン屋さんにいる6人中4人は悲しいくらいに頭が弱いそうです。
モミジさんはパンの載っているトレーをカウンターに置き、刀に手を掛けて私を強盗達から守る位置に立ちました。それはそうと、その刀って刃ないですよね?
「イレイナ殿は拙者が守る!」
わーかっこいいー。それはそうと、その刀って刃ないですよね?
「義には義を。恩には恩を。ときめきにはときめきを。昨日から貰ったたくさんのモノをイレイナ殿に返すでござる」
そして私に振り返り、ウインクを一つ。
「拙者に———ときめいてもらうでござる」
めちゃくちゃキメ顔でそんな事を言いました。強盗さん達に顔を向ける瞬間「…ふっ、キマった」とか漏れてますし。
「やっ、やっちまえー!!」
めちゃくちゃカッコつけてるモミジさんへ、強盗さん達は武器を振り上げて襲い掛かっていきます。約1名、本を朗読し始めましたが。
それに対してモミジさんは———バッ! 刀を握った瞬間、その場から消えました。
いえ、消えたのではありません。天井を足場にして上下逆さまの状態になっています。そこからさらに壁へ飛び移り、強盗さんの背中へと回りました。そしてまずは1人。剣を持った筋骨隆々の人を鞘でシバきます。
上下前後左右。壁も天井も足場にして、モミジさんは店内を飛び回ります。
(あれは……過重力の応用でしょうか?)
過重力とは読んで字の如く、重力を過剰にかける魔法です。本来は相手の身動きを封じるなど主に捕縛を目的として使用されますが、モミジさんはそれを自分自身にかけているようです。上から下へはもちろん、時には下から上へ。右から左へ。後ろから前へ。
そのせいなのか、彼女が壁や天井を蹴る音はとても静かです。おかげで山盛りに積まれたパンは少し揺れるだけに留まり、落ちることはありません。
(速いですね。室内に限って言えば、私も危ないかもしれません)
恐らく初見であれば魔女である私も負けていたでしょう。それほどまでにモミジさんの技術は洗練されています。
「ガッ⁉︎」
私が冷静に分析している間に槍を持ったガリガリ男も倒しました。ほとんど抵抗させず、速度で翻弄してのノックアウト。見事なものですね。
感心しているとモミジさんはガリガリ男と筋骨隆々男の後ろ襟を掴み、
「イレイナ殿! 店のドア開けてほしいでござる!」
「え? あ、はい」
魔法でドアを開けると———ブウゥゥン! まず後ろから前へ、すぐに前から後ろへ過重力を掛けて生まれた慣性を利用しぶん投げました。2人はもつれ合うようにして店から転がり出されます。
その時です。
「あっ……」
静かとはいえモミジさんの踏み込みで揺れていたバケットが、私の魔法で開けられたドアの振動で山の上から落ちてしまいました。
「任せるでござる」
モミジさんは店の入り口からトングだけを掴み、床に触れるギリギリでキャッチ。カウンターに置いた自分のトレーへ追加で乗せて、店長さんにウインクを1つ。
「これも追加でお願いするでござる」
「……ぁ…」
店長さんはどこか乙女な声を上げました。どうやら落ちたのは店長さんのようですね。マジですか。
そして残ったのは太っちょさん。
「『ば、馬鹿野郎! 一緒に暮らすってなんだよ⁉︎』『だって君、いつもその辺で買ったご飯食べてるじゃない。だ・か・ら、私が毎日料理作ってあげる♡』こんな美少女と…一つ屋根の下で……っ⁉︎冗談じゃねぇよ‼︎」
無駄に広い声帯技術で役を演じ分けながら未だに朗読していました。強盗辞めて大道芸人になればいいのでは……?
「あとはお主1人でござる。さぁどうする?」
「ぼぼぼ僕ちんは…僕ちんはぁ!! ごめんなさぁぁぁい!!」
太っちょさん、逃走しました。体型に見合わぬ俊足です。明らかにこの人が剣なり槍なり持ってた方が良かったのではないでしょうか。
店を出て、一緒に強盗をした2人を踏みつけさらにまっすぐ走り去ります。踏まれた2人、体からヤバい異音を発していました。ドンマイ。
ですが、未遂とはいえ強盗は強盗。旅の魔女として、それを捕まえるくらいのことはするべきですね。
私は杖を逃げる太っちょさんに向けると…モミジさんが立ち塞がりました。
「モミジさん、どいてください? あの距離なら私の魔法の方が早いです」
「然り。しかしイレイナ殿、まだ拙者にときめいてござらんな?」
「そもそもときめきって口で言うものなんですか?」
「少なくとも拙者は口で言っちゃうでござるか」
「そうですか」
「なので、イレイナ殿に良いところを見せてときめいてもらうでござる」
少なくとも、店長さんはときめいたようですよ。ほら、恋する乙女のような顔でモミジさんへ熱い視線を送っています。
それには気付かず、モミジさんは刀を肩に担ぐような構えを取りました。
「それでは特別に、拙者の遠距離魔法をお見せするでござる」
そしてさらに体を捻り……まさか…?
「遠距離魔法ぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
大きな掛け声と共にぶん! すぽっ。ゴツンッ!
縦に振り下ろされた刀の遠心力により鞘がすっぽ抜け、逃走する太っちょさんの後頭部を直撃しました。痛そう……。
「ふっ。またつまらぬものを斬ってしまったでござる」
斬ってません。一から十までぶん殴ってます。
そんなツッコミが頭をよぎりながらも、私は目の前で起こった光景に目を見開きました。
鞘も無くなり、ただ握る以外なんの役にも立たなそうな柄をモミジさんは振りました。すると、飛んでいった鞘が戻ってきて———キン。そのまま柄を納めました。
明らかに物理法則を無視した鞘。手に握った柄の振り方。その2つの動きを私は知っています。なんなら、魔法使いならば誰もが馴染みのある動きでしょう。
「もしかしてあなたの杖は———その柄ですか?」
モミジさんは然りと頷きました。
魔法を扱う為に必要な動作は大きく分けて2つです。
1つめは杖を握ること。
2つめは杖を振ること。
振る為には握らなければならないので当たり前ですが。
そしてそれは、
一応魔法使い用の杖という物はありますが、人によって自分が握りやすいように形状を加工することができます。つまり、
剣士然とした立ち振る舞いや昨晩の話から、実はモミジさんはほとんど魔法を使えないのではないかと私は考えていました。ですが、見当違いだったようですね。
そもそもよく考えれば分かることです。刃の無くなった刀をどうしてわざわざ持ち歩くのか。武士の魂と豪語する物を、どうして錆びつくまで手入れせず放置していたのか。
彼女にとって刀の刃の部分はさほど重要ではなかったのです。重要なのは柄。もしかしたら、鞘は飛ぶ為のほうきとして使っていたかもしれませんね。
元々私が持っていたモミジさんへの違和感はこれだけではありません。今の戦闘で、芋づる式に確信へと変わりました。
私とモミジさんは強盗を捕らえた謝礼として警察から僅かばかりの金貨を貰い、そのまま別の安宿へと移動しました。
ついでにパン屋さんからは大量のパンと保存の効くラスクをいただきました。モミジさんだけ。羨ましい…。
「美味しい〜! 美味しいでござるよ、イレイナ殿!」
「良かったですね。店長さんからだいぶ気に入られたみたいですし、明日の朝にでも行ってみては?」
「イレイナ殿、機嫌悪くないでござるか? ………はっ! まさか嫉妬?」
「違います」
焼き立ての香りに我慢できなかったのか、お行儀悪く安宿の廊下で食べ歩くモミジさん。あまりのパンの美味しさに、頬が緩みまくってます。
まぁ、お行儀悪いのは私も同様ですけどね。並んでもぐもぐしてますから。
ポロポロとパンくずをこぼして廊下を歩く私達に、宿屋の従業員さんが大変イラッとした様子でした。
「そういえば、本当によろしいのでござるか? 少しばかりとはいえお金も貰ったので、同室でなくても構わないでござるよ?」
「まぁ、そうなんですけどね。なんというか…私がモミジさんとまだ話したいことがあるんです」
「……子どもは2人くらい欲しいでござる」
「グーお見舞いしますよ?」
「もっと欲しいでござるか⁉︎その…拙者頑張るでごさ痛いっ!」
グーはさすがに可哀想なのでパーにしておきました。戯言はそこまでにしてもらいましょう。
おっと。ここが私達の部屋ですね。扉を開けて、モミジさんに先に入るよう促します。
「おぉ……狭いでござるな」
「昨日泊まった宿と比べたら可哀想ですよ」
「壁も薄そうでござる。声我慢できるかな……」
「今度こそグーで殴りますよ?」
「なるほど。どちらかと言えば、イレイナ殿が下になりたいと。確かにイレイナ殿は受けの方が痛い!」
グーで殴りました。私も手が痛い。
というか、前にも別の人に同じようなことを言われましたね。
そんな事を思いながら私はパンの袋を申し訳程度に設置されたサイドテーブルに置き、今入った扉を背中にして立ちます。もし私が想定する最悪の結果になれば、廊下にいた従業員さんが巻き込まれてしまいますからね。
「モミジさん。私はあなたに聞きたいことがあります」
「なんでござるか? なんでも聞いてくれていいでござるよ」
私は服の中で杖を握りながら緊張感に包まれているのに、彼女はにぱーと今までと変わらない顔で呑気に首を傾げました。
もしかしたら、この質問が私達の決別を招くかもしれない。
もしかしたら、この質問さえ飲み込んでしまえば私達は今まで通りの仲良くなった旅人のままでいられるかもしれない。
それでも聞かなければなりません。でなければ、私はモミジさんを本当の意味で信用できません。
「あなたはあんなに強いのに、どうして山賊なんかに襲われていたんですか?」
その瞬間、モミジさんの表情が……、
「あなたはどうして、襲われたとき抵抗しなかったんですか?」
どんどんと……無くなっていき……、
「———あなたの目的はなんですか?」
スッと消えました。
そして———チャキ、と。静かに刀の柄へと手を掛けます。彼女が魔法を行使する為の杖へと。
はい、いかがですか?ちょっと不穏な雰囲気になりましたね。
魔女の旅々、まだ刊行してる分を全部読んだわけではないんですけど、剣と魔法を組み合わせるタイプの子はまだ見てないので戦闘方法はこんな感じにしてみました。
まぁ、別にバトルものとかではないのでキャラを立たせる為の一因程度ですけどね。
次こそは!次こそは終わらせます( ̄^ ̄)ゞ