翌日から、私は家事と食事睡眠以外の全ての時間を鍛錬に充てることにした。
何はともれあれ、やっぱり父上に対して私の最大のアドバンテージは魔法が使えること。そこから繋がるけど、攻撃範囲の広さだね。
いくら父上が魔女すら圧倒する掛け値なしの化け物でも、結局のところは“ただの人”。攻撃方法は広くても握った刀の範囲を出ない。
だったら私のやる事は———
「ふぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬっ‼︎」
1番得意な魔法である過重力に磨きをかけること。中途半端な付け焼き刃の魔法より、よっぽど信頼できるからね。
左右から螺旋状の過重力を掛けて洗濯物を丸ごと絞る。滝のように水が流れてちょっと気持ち良い。
「せい!」
さらに、広げて干した洗濯物にも過重力。上下左右の4方向に内側から外側へ。シワ伸ばしのために絶妙な力加減でかけていく。
「ふぅ〜」
そして一休みの一服に過重力を使って搾り取ったリンゴジュースをゴクゴク。直接手で触れないので衛生的。体温も伝わらないので冷えた状態で美味しくいただけます。過重力、超便利。
「お嬢さん」
「うん?」
至福のひと時に水を差す男の声。そちらへ振り向くと、よく私に声を掛けてくれる内弟子の1人がお盆にお茶とお菓子を載せて立っていました。
「奥方様がおやつを用意してくれましたよ」
「あ、持ってきてくれたの? ありがとう」
「いえ」
この人は内弟子の中でも1番若いらしくて、年齢は17歳。入門したのは1年前だったかな。
内弟子の大半は荒々しくてゴツゴツしてて臭いけど、この人はとっても紳士的で柔和。しかも臭くない! ここ重要!
「リンゴジュース飲む?」
「いただきます」
臭くないので近付かれても問題なし。私は隣をポンポン叩いて座るように促し、自分のとは別のコップにリンゴジュースを圧搾する。一杯分を隣に座った彼に渡して、代わりに湯呑みに入った温かい抹茶と羊羹を受け取った。
「師範と立ち合うそうですね」
「あら、耳が早いね」
「どうやら
「ふぅん。面倒事を増やしちゃったかな?」
「いえ、そのようなことは。むしろ師範の本気を見られるかもとワクワクしてるくらいですよ」
やっぱり彼も父上の内弟子だね。技の吸収に貪欲。柔らかな口調とは裏腹に、1週間後が待ち遠しくて堪らないと言いたげだよ。笑顔が獰猛だもん。
「父上の本気ね……。実際どんなもんなんだろ」
実のところ、私は父上が本気で戦うところを見たことがない。いや、本気どころか戦闘そのものを見たことがないや。
いつだって父上は過酷すぎる鍛錬を内弟子に施してる。何も知らない人が見たらパワハラとか言われそうなほどのね。
だけど、逸話だけなら母上や内弟子からいくつか聞かされた。
曰く、10人以上の魔女が防衛する城に単身乗り込んで5分で制圧した。
曰く、戦時下の国から亡命した民衆を守る為に1人で1000人の軍勢を足止めした。
曰く、周辺諸国に無差別攻撃をぶっ放す迷惑千万な国をぶっ潰した。
などなど。英雄なのかテロリストなのかイマイチよく分からない眉唾ものの逸話を多数聞かされたよ。
あまりにも嘘くさいので本人に確認したところ、遠い目で「若気の至りだったんだ」と言われた。そんなアグレッシブ過ぎる若気の至りがあるかい。
「師範は人間辞めてますからね。この間の乱取りなんて耳掻きしながらやってましたよ」
「どゆこと……?」
「僕らが束になっても、耳掻きの片手間に対処できる程度には絶対的な差があるということです」
「なるほど。それは確かに人間じゃないね」
1対50を耳掻きの片手間にこなすんだから、私との1対1なんて遊びにもならないか。てか危なくないのかな?
「その前は寝坊したからと朝食摂りながら箸を使っていました」
「いや折れるでしょ」
「さらに前は木刀の代わりに爪楊枝1本を得物にしてましたね」
「…………」
「それより前はミルクティーを混ぜながらティースプーンでしたよ」
「誰か父上に武器と食器は別物ってこと教えてあげて」
逆に内弟子のみんなはそれでいいの? 剣術習いに来てるのに、師範が剣使ってないけど。
「歴史を紐解けば食事中に襲撃されたなんて事案は山ほどあるので、ある意味剣を使うより実戦的なのかもしれません」
「……まぁ、確かに」
「『よーいどん』で始まる戦闘の方が少ないそうですからね。『棒状の物は概ね剣である』とよくおっしゃっています」
道具を使い始めたばかりの原始人みたいな発想だよね、それ。
「尊敬しかありません」
「冗談でしょ?」
「もちろん本気です。一芸に秀でる者は万芸に秀でる。あくまで剣術は万芸への足がかりでしか無いということを、師範は身をもって示してくれています」
空を仰いで語る彼の目には、確かに尊敬の色が濃く表れてる。人生棒に振ったね。
私は羊羹を食べ、その甘さを渋めの抹茶で洗い落としてから1つお願いごとを思いついた。
「君はさ、必殺技みたいなの使える?」
「必殺技……単純に技ということでしょうか?」
「そうそう」
「まだまだ若輩者ゆえ、習得できたものは1つだけですが」
「おぉすごい! 見せてほしいな」
小首を傾げて可愛らしくおねだり。この時、ちょっと顎を引いて上目違いにするのがポイントだね。
「やっ…その……困りますお嬢さん。師範から無闇に披露するものでは無いと……」
「……だめ?」
「その……」
むむむ…意外と強情だね。あまりやりたくないけど……ええい! 手も握っちゃえ!
「お願い」
「……わ、わかりました」
へっ、ちょろいぜ。
まぁ、私は可愛いからね。可愛い女の子のお願いを無下にするなんて人の道に非ず。私がお願いすれば、砂の一粒から砂糖の一粒まで私に従うこと間違いなし!
止められない止まらない自画自賛をしているうちに、木刀を持った彼は私から見て半身になる。
「僕が技を見せたというのは、どうかご内密にお願いします」
「もちろん。それでそれで? どんな技なの?」
「
1度目を閉じ、一拍後に開く。
すると、それだけで彼の空気が変わった。月並みな表現になるけど、まるで張り詰めた糸のように緊張感が周囲を覆う。
「———いきます」
そして———パパパパパパパパンッ‼︎
甲高い破裂音が8回。連続で突き出した切先から鳴り響く。同時に正体不明の衝撃が8回、私の髪を揺らした。
もしかして今の破裂音……音速超えたから? 空気の壁を突き破った時に鳴るやつじゃない?
母上が不必要に音速超えたパンチでハンバーグ殴ってるから聞き覚えあるけど。
「両膝、両股関節、両肘、両肩———もしくはその逆から。とにかく、相手の主要な関節を瞬時に破壊することを目的に作られたそうです。極めれば龍さえ捕獲できるとのことですが……」
「いや、それ以前に今の突き技、音速超えてたよね?」
「ただの人間が魔女に対抗するなら、音速程度超えなければなりません」
「音速を超えた攻撃ができる人はもう“ただの人間”じゃないよ」
母上は一瞬だけ過重力を掛けてるからできるけど、それを素の身体能力だけでやるとなると、本当に人間じゃない。
しかも、彼の口調的に『超音速の攻撃』は内弟子の中じゃできて当たり前の技術っぽい。我が家の道場は化け物養成所だね。
「私、自信無くなってきたよ……」
正直、魔法を使える私ならなんとかなると思ってた。だって魔法使いが剣士より優れてるっていうのは常識だもん。
だけど、そもそも父上は人間の常識が通じないときた。1番の若手がコレなら、指導者の父上はもはやどんな事をしてくるか分かったもんじゃない。
「それでも頑張ってください。僕はお嬢さんを応援しています」
「ありがとう」
「お嬢さんが頑張った分だけ、師範の魔法使いに対抗する技術が見られますから。こんなチャンスは滅多にありません」
「それが狙いか!」
おい待てこの人が1番怖い。
彼の応援する理由、父上の技を見たいからじゃん。私が頑張れば頑張った分だけ父上は剣術を使わなきゃならないから。
「楽しみだなぁ。師範、どんな技でお嬢さんを倒すんでしょうね?」
これを本人に笑顔で言うんだもん。もはやサイコ。
「私は負けないから」
「えぇ。全力で足掻いてください」
「明らかに負けると思ってるよね⁉︎」
「ふふふっ」
そう笑って誤魔化し、彼は立ち上がった。鍛錬に戻るようだね。早く行け! バーカバーカ!
「では、リンゴジュースご馳走さまでした」
「はいはい」
シッシッと虫を払うようにすると、困ったようにもう一度笑って彼は道場の方へ戻っていった。
「ねぇ、母上」
「なあに?」
「私、可愛い?」
お布団の中で母上に抱き着きながら私は尋ねました。
「あらあら。これは『可愛い』と答えたら、マスク取りながら『これでも〜?』って聞かれるのかしら?」
「なにそれ?」
「そういう怪談話があるの知らない?」
「知らない」
「あらら……。これも時代かしら」
なにやらジェネレーションギャップに打ちひしがれ始めたけど、母上はまだ全然若いと思う。
父上なんて40代で既にハゲてるし。たぶん帽子のせいで。
「ちなみにそれはどういう怪異なの?」
「『私、キレイ?』って大きなマスクをした女性が道行く子ども達に質問して回るってものね」
「それただの事案じゃないの?」
「それで、『キレイ』って答えると『これでも〜』ってマスクを取るのよ。そのマスクの下の口の端が耳まで裂けてるってわけ。で、逃げると追いかけてくるの。しかも足がめちゃくちゃ速い」
「あぁ……それは怖いね」
「子どもの頃マミーも遭遇したのよね……」
「それでどうなったの?」
「ボディ1発で沈めてやったわ」
どうやらその怪異には物理攻撃が有効だったらしい。哀れ、口が裂けた女性。
「いくら怪異とはいえ、女性の顔を殴るわけにはいかないもの」
「母上、かっこいい……」
「モミジも女性には優しくするのよ」
「男には?」
「殺さなければ問題ないわ」
問題発言です。
「それで、モミジが可愛いかって話だったわね」
「そうそう。みんなさ、可愛いって言ってくれるじゃん? だからてっきり私は森羅万象の何よりも可愛いんだと思ってたんだけど……」
「正直甘やかし過ぎたかもと反省してるわ」
「やっぱり可愛くないのかな……?」
上目遣いで見ると、母上は眩しそうに目を細めました。そして私の頭を撫でてくれます。
「疑問の余地無く可愛いわよ。食べちゃいたいくらい」
「でも父上は私のこと可愛くないって思ってるんじゃないかな?」
「あら、どうして?」
「だって『可愛い子には旅をさせろ』って言うでしょ? なのに父上は私が旅に出ることを反対してる。これって、逆説的に私が可愛くないってことにならない?」
「…………」
私の疑問に、頭を撫でる手も止めて母上は黙っちゃった。
もっと撫でてほしいので、当てられたままの手に頭をすりすり。母上のお手々柔らかくて気持ち良い〜。
「母上?」
「……ごめんなさい。あまりにもトンデモ理論だったから少し頭が働かなくなっちゃったわ」
「でも、天才の一歩目はいつだってトンデモ理論から始まるよ。だから私は可愛い天才」
「そ、そうね……」
え、なんで目を逸らすの? 泣くよ? 産声に負けないくらいの泣き声ぶちかますよ?
「まず、パピーはモミジのことを目に入れても痛くないほどに可愛いと思ってるわ。それは間違いない」
「えぇ……それはそれでちょっとキモい」
「…………。ちょうど良い感じにフワッと可愛いと思ってるわよ」
「それならまぁいいや」
「あなた面倒くさいわね」
「女の子は大体面倒くさいものだもん」
「そうね」
「それでそれで?」
「あ、うん。———だからじゃないかしら?」
「どゆこと?」
「これでもかってくらい可愛いと思ってるから、旅に出したくないのよ」
母上の言いたいことは分かる。でも、それだと『可愛い子には旅をさせろ』っていう言葉と矛盾するよ。いくら母上が“矛盾の魔女”だからって……。
「簡単に言ってしまえば親心ね。寂しいから行かないで欲しいっていう気持ちもありそうだけど」
「父上にそんな感情は無縁でしょ」
「そうでもないわ。あの人、結構モミジのこと大好きよ」
本当なのかな……。この間の口調的に、父上は私のこと然程気にかけて無いと思うけど。
旅に出るのを反対するのも、単に家事をする人手が減るのを嫌がってるだけだろうし。
「これはまぁ……親になってみれば分かることなのかもね」
「…………」
「モミジだって、別にパピーのこと嫌いではないでしょ?」
「……どうでもいいだけだよ」
「そう」
なんでもお見通しだと言いたげな母上の視線から、胸に顔を埋めて逃れる。クスッと小さく笑う声が頭の上から聞こえた。
「母上は……」
「うん?」
「母上も、私のこと大好き?」
「もちろん」
「そっか」
少しだけ体を離し前髪を手で上げておでこを見せると、母上はチュっとキスしてくれた。えへへ……これ好き。
「ねぇ母上。1個だけお願いがあるんだけどいい?」
「明日の勝負に関すること?」
「うん」
私は、絶対に勝ちたい。勝って旅に出て、あのお洗濯地獄から解放されたい。たとえ大好きな母上に毎日会えなくなっても。
「じゃあ、マミーも1個お願いしようかしら」
「交換条件?」
「そうね。交換条件は旅人に付いて回るものよ」
「だったらのむよ。なに?」
「マミーのこと、これからは“マミー”と呼びなさい。母上じゃなくて」
「……マミーは恥ずかしい」
「じゃあマミーもモミジのお願い聞いてあげな〜い」
ぐぬぬぬ……。
「……マミ上」
「え?」
「マミ上ならいいよ」
私が母上と呼ぶのは、ここまで生んで育ててくれたことへの敬意を示してのこと。
子が親に敬意を払うのは当たり前だけど、それ以上に私自身が尊敬してる。だから母
でも自分のやりたい事を通す為には、時に自分自身を曲げないといけない。きっと母上は……いや、
「マミ上じゃ……ダメかな?」
「マミ上…いいわね! すごくいい!」
……あ、これ違うわ。ただ単に『母上』って呼び方が気に入らなかっただけっぽい。
「喜んでもらえて何よりだよ」
「ふふふ。明日パピーに自慢しちゃいましょ♪」
「あ、うん」
まぁいいや。マミ上の笑顔が見られたし。
私はニッコニコで就寝前にも関わらずテンションMAXなマミ上が落ち着くのを待ってから、大事なお願いを口にしました。
「あのね、明日の勝負———」
ついに勝負の日。私にとっては、これからの人生を決める文字通り一世一代の大一番。最大最高の真剣勝負。
自慢できるほど広い我が家の庭で、私と父上は対峙していた。
周囲は内弟子が長方形に並んで囲んでいる。
「土俵代わりだ」
と、父上が言う。なるほど。この内弟子包囲網からは出ずに戦うってことね。
「改めて勝敗の確認をする。と言っても至ってシンプルだ。どちらかが参ったと言うか……」
「審判役のマミ上が勝ち負けを判断したら終了、でしょ?」
「あぁ。……ん? マミ上?」
私の呼び方が気になったらしく、審判役として屋根の上からこちらを見下ろしているマミ上へ、父上は視線を向けた。
「そうなのよ♪ 昨晩からそう呼んでくれてるの」
「……いいなぁ」
ほっぺに手を当てて、まるで初恋が叶った少女のようにクネクネするマミ上。……可愛い。
「よし。じゃあパピーがお前に勝ったら、パピ上と呼んでもらおうか」
「絶対イヤだ」
「……反抗期か?」
「うん」
もういいやそれで。親の言う事を聞かず旅に出たいから父親とバトルするような娘は、ある意味反抗期だろうし。
私は気を引き締めて父上を見据える。服装はいつも通り、私が洗濯した道着に袴。手には木刀。そして———腰には刀。
拵えから見て、たぶん真剣だ。使うつもりなのかな…。
私の視線から考えていることを読み取ったのか、父上は渇いた笑いを浮かべて口を開いた。
「安心しろ。ただの儀礼だ。この立ち合いはお前にとって
「ただのダジャレじゃん」
「だが気が引き締まる。久しぶりだよ、
つまり本気で来るんだね。“魔女狩り”なんていう痛々しい異名が付くほどの実力全てで。私を旅に出させない為に。
「パピーは準備OKだ。お前は?」
「私も……いいよ」
右手に魔力を込めて杖を取り出し、構える。
(始まりの合図で一気に後退。同時に過重力で拘束)
いくら父上が人間離れした剣術を使うといっても、攻撃できるのは剣の届く範囲のみ。だったら私は、魔法の特性を活かして父上の間合いの外から一方的に攻撃すれば良い。
正直なところこんな単純な作戦が通じるか不安しかないけど、残念ながら私にはこれ以外の手段が無い。だから、これで押し通る!
「それでは、いざ尋常に……」
マミ上が手を上げる。始まるんだ。合図と共にあの手が下ろされた瞬間、私の人生を左右する一発勝負が。
目を閉じて深呼吸。落ち着け。魔法を使うのに1番大切なのは平常心。いつだって慌てるより冷静な方が結果は良いほうに転ぶ。
そして一瞬の精神統一を終えて目を開ける。
「———冗談だろ、モミジ?」
———ザン! 私の握った杖が、いつの間にか距離を詰めていた父上に抜刀一閃。斬り飛ばされた……っ!
フライング⁉︎嘘でしょ⁉︎まだ母上は『始め!』って言ってないのに!
「ちょっ、卑怯だよ!」
いきなり杖を斬られたことに驚いて尻餅をついちゃった私は、すかさず抗議。ズルい! ズルだ! 卑怯者!
「卑怯? もう一度聞くぞモミジ———冗談だろ?」
「……っ⁉︎」
その言葉に、私はまるで刀を直接心臓に当てられているような錯覚に襲われる。父上の声音からはあらゆる感情が排されていた。
そして目も。娘に……いや、人に向けるものじゃない。まるで捨てることを決めたゴミに向けるような、冷たく無機質な目をしてる。
本能的な恐怖に身を強張らせた私は、縋るような気持ちでマミ上を見上げるけど……マミ上は…父上を咎めるつもりは無いということが一目で分かった。———マミ上も同じ目をしてる。
「いざ尋常に……か。まったく笑いを堪えるのに必死だったよ」
「何を…言ってるの……?」
「いいか? 外の世界に、『いざ尋常に』なんてものは存在しない。正々堂々も、真っ向勝負も、騎士道精神も武士道精神も、そんなものは何の役にも立ちはしない」
「だから不意打ちをしても良いって言うの?」
「
「そんなの……」
「———お前は何も分かってない」
父上は切先を私の眼前に突きつけて言葉を紡ぐ。
「何故、わざわざ勝負を1週間後にしたのか。その理由を考えなかったのか?」
「それは鍛錬する為の準備期間で……」
「お前は1週間程度で
「…………」
「準備期間と言ったな。確かにそうだ」
言葉そのものが刀のように、私の鼓膜を斬りつける。
「お前はこの1週間、
「そんなこと……!」
「あるさ。お前は戦って勝てない相手に、戦って勝つ努力をしていただけだ。それを世間一般ではな、
「努力に無駄なんて無い!」
「あるんだよ。無駄な努力なんて山ほどな。お前はオレに勝つ方法を『戦闘』以外から見出すべきだったんだ。その為に、1週間もの時間を与えたんだから」
そこまで言われて、私は自分自身の過ちにやっと気付いた。
そうだ…戦って勝てないなんてこと、最初から分かってた。それなのに、魔法という特権が自分にあることでどこか楽観的になってたんだ。
「お前はこの1週間、なんでも出来た。オレの食事に毒を盛れば良かった。逆に食事を与えないという選択もあったな。今着てるこの道着、着心地が良い。裁縫が出来るならこの服に細工だってできたはずだ。家事全般をお前に依存している以上、戦闘以外にできるアプローチは沢山あったんだよ」
でも、私はそれをしなかった。その選択肢すら頭に浮かばなかった。
「理解しただろう? 完全な準備不足だ。旅に出れば、この準備不足1つで簡単に死ぬ。想定内のことにすら対処する手段を見つけられなかったお前が、想定外だらけの外でやっていけるわけが無いんだ」
吐き捨てるように言うと、父上は刀を鞘に納めて周囲に立つ内弟子の1人に放り投げた。
そして、スタート地点に転がっている木刀を拾う。
「———構えろモミジ。その怠慢の結果を、身をもって教えてやる」
はい、いかがでしたか?ぶっ壊れ性能の人間、それがパピーです。
時系列的にはモミジちゃん最初の一戦。そして物語的には最終決戦となります。
“武士の旅々”を書いていく中で、各話に散りばめていったモミジちゃんの価値観はここから始まりました。
パピーには先達として、旅人としての心構えをこれでもかとモミジちゃんに分からせて貰います。