「———構えろモミジ。その怠慢の結果を、身をもって教えてやる」
その一言を聞いただけで、私は失神しそうになった。
(いや無理これどうしよう⁉︎)
もはや勝てる勝てないの問題じゃない。この勝負、私は五体満足で終わらせられるのかな?
とにかく尻もちから立ち上がった私は、素早く杖を振って過重力を父上に掛ける。上から下の、もっとも基本な使い方。
全身に鉛を入れられたような過重力特有の感覚に父上が眉を顰めてる。とりあえず、あの見えない踏み込みはこれで抑えられたね……って⁉︎
「危なっ」
まるで最初から居たかのように、
「心理状態にも寄るが、人は4秒に1回、0.12秒間マバタキをする———つまり目を閉じる。それは魔女もただの人間も変わらない」
だからその0.12秒の間に近付いてしまえば良い、って?
いきなりタネ明かしをして来たのは謎だけど、その内容はさらに上をいく謎さに溢れてるよ。そんなの不可能だもん。
私は後ろに下がりながら牽制で魔力の塊を幾つか放つ。狙いはバラバラだけど、どれも父上の体の何処かに当たる軌道。瞬間、木刀を握る手が霞み———
「ふっ…!」
———パパパパパパパパパパパパパパパパァン‼︎その半分を叩き返し、もう半分に当てて打ち消した。
「よく見ろ、モミジ。マバタキすら命取りになる相手がここにいる」
彼我の実力差は絶望的。天と地の差なんて生易しいものじゃないよ。こんなの、ダンゴムシが象に立ち向かうようなもの。
(それでも…勝つんだ!)
ゆったりと歩いてくる父上を、私は目が渇いて涙が溢れてくるのも構わず凝視する。一応魔力の塊は撃っておくけど、それは全部父上の右肩から先が霞んだ瞬間に打ち消されていた。コンチクショー!
内心悔しさでいっぱいだけど、それでも父上から目を離さない。離したら終わる。
開始早々マバタキすら許さないという鬼畜親父に、これ訴えたら勝てるんじゃねと別の場所で勝機を見出した時———
「……っ…」
慌てて首を回して周囲を確認すると、チラッ、チラッと視界の端で父上の姿が確認できる。でも、その見えた場所に視点を向けると見えない。
(これは……
昔、父上と隠れんぼをして遊んだ時に使われてブチギレた技。それはまさに読んで字の如く、突如消えてしまう技なんだ。
人間の目には“盲点”と呼ばれる、視界の中にあっても見えない部分が存在する。日常的にも、『気付いて当たり前だったことに気づかなかった時』に“盲点だった”って言うよね。
でも、今使われる“盲点”は網膜の構造上どうしても生まれてしまう人間の欠陥部分のこと。
この『神隠し』は、そんな視界の中でも見えない部分である
クソッ! 凝視したのを逆に利用された……!
(でも『神隠し』は、1対1じゃないと効果が薄い)
私は周囲を長方形に囲んでいる内弟子の視線を追う。今の父上の神隠しは、あくまで私だけの盲点に入ってる状態。
周囲からは普通に見えてる!
足音は聞こえないけど、地面の土をよく見れば父上が今いる場所も自ずと分かる!
内弟子の視線と土の動きを合算させて導き出した父上の居場所は……
「右側頭部を守れ」
……私の、真横…⁉︎
———バシンッ! 言葉に従って反射的に上げた右腕へ、強い衝撃。そのまま吹っ飛ばされた!
「くっそ……!」
女の子としては少々お下品な悪態を吐きながらも、なんとか過重力を使って着地できた。うぅ…右腕が痺れるように痛いよぉ……。
さっきまで私がいた場所を見ると、左足を蹴り抜いた姿勢で父上が立っていた。つまり、私を吹っ飛ばしたのは父上の蹴りってこと?
いやいやいや! 警告したとはいえ、大事な1人娘の顔面を蹴ろうとする普通⁉︎
あまりにもドメスティック・バイオレンス‼︎
「休んでる時間は無いぞ」
「———っ⁉︎」
たぶん私は今マバタキをしたんだね。当然のように一瞬で距離を詰めた父上が木刀を振るう。———バキッ。杖を折られた。
「だったら……っ!」
折られた杖を父上の顔面に投げつけ、すかさず逆の手に魔力を込めて予備の杖を取り出して———シャガァ!
もう躊躇してる余裕なんて一切ないので、容赦無くマジカル目潰し。
(入った!)
これは避けられない。
どんな達人も、相手に致命的な一撃を与えた後は気が緩むものだからね。今回で言えば、父上は魔法使いである私の杖を折ったことで安心しちゃったんだ。
ふーんだ! 私の勝ちだよ!
……と、内心ほくそ笑んでいたら———
「ふがっ」
イビキのような声を上げて、受け止められた———
「いや汚なっ⁉︎」
「スウゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ‼︎」
そのまま鼻呼吸で息を吸って———すぽ。
……えぇ。入っ…ちゃっ……た……。
「ぺっ」
そして口から吐き出した。うわぁ……父上の体液でテラテラと光ってるぅ…。ばっちぃ。
てか、鼻から口に通す時点で突っ掛からない? 杖って基本は木製の棒だからほとんど曲がらないんだけど。
だけど、その疑問の答えはすぐに分かった。地面に転がる体液塗れの杖から、若干吐き気を催す酸っぱい匂い。
「もしかして……1回飲み込んだ?」
「あぁ。食道で止めようと思ったんだが、勢い余って胃まで行っちまった。年は取りたくないもんだ」
「…………」
つまりあの杖は、まず父上の鼻水でコーティングされて、胃液に浸かった後、仕上げに唾液でフィニッシュ決めた、と……。
「これが秘技、魔法封じだな」
「確かにね⁉︎」
そりゃあ封じれますよ! 触りたくない上半身の体液ベスト3でビッチャビチャにされれば! 鼻水、胃液、唾液。もう字面からして超絶汚い!
どうせ目を離そうが離すまいが変わらないので、屋根の上にいるマミ上に今の行為は魔女的にどうかお伺いの目を向けると……あ、遠い目してる。たぶんマミ上もやられたことあるね。
「さぁ、拾えモミジ」
「絶対イヤ‼︎」
私はさらに予備の杖を取り出して、思いっきり過重力で飛んで距離を詰める。
マバタキしたも凝視してても近付かれるなら、もはや父上から遠ざかるのは無意味に等しい。木刀の攻撃範囲は、使い手を中心に置いたドーナツ型だからね。さっきまでは外側に立ってたけど、今度は内側まで強引に入り込んでやる!
私はその勢いのまま手首を掴んで奪刀術。剣士である父上から木刀を奪い取ってやった。
「———っ⁉︎」
「相手の武器を奪う時、相手もこちらの武器を奪うことが出来る。覚えておけ」
逆に…奪われた……! 私の杖が!
でも構うものか。父上が神業のバーゲンセール人間でも、所詮はただの人間。魔法を使って武器の強度を上げることはできない。
「たあ‼︎」
「これはお前の得意技だろう」
杖で防がれてもそのまま叩き折れるよう思いっきり振り下ろした木刀を、また奪われた! 2連続の奪刀術だ…! ———やられる⁉︎
「ほら、もう一回」
「ふえ?」
次の瞬間には襲ってくるであろう痛みに備えた私に、父上は杖を投げ返してきたんだけど。なんで?
と、私の可愛く大きな目をパチクリさせたら———ブゥン!
パチクリの間に懐に入られてぶん投げられた。
(って、着地着地!)
内弟子が形作る長方形の土俵を対角線に投げられた私は、ズサァと地面を滑りながらもなんとか着地できた。勢い殺すために私の進行方向にいた内弟子のお腹に1発掌底打ちしちゃったけど。ごめんね?
自分の投げたものに走って追いつくとか普通にできるのが父上なので、油断無く視線を上げると……良かった。私を投げた位置からほとんど動いてない。
この土俵の中で1番離れている対角の位置で、父上は木刀を肩に担いだ。
「分かっただろ、モミジ。オレとお前の差が。お前に勝ち目はない」
「……だったらなにさ」
「『参った』と言え。それでこの体操も終わる」
体操、と来たか。確かに父上にとってみれば、今の攻防なんて体操レベルなのかもしれないね。私にとって危険な綱渡りの連続でも。
「イヤだね」
「イヤだイヤだと……反抗期かとも思ったが、実はだいぶ遅めのイヤイヤ期か?」
「ふん!」
「そういう態度だから友達できないんだぞ」
「うるさいなぁ‼︎」
思わぬ憎まれ口に顔真っ赤で言い返すと、父上がゆったり歩いてくる。
今度は普通に。視界の中で消えたり、突然目の前に現れたりせず。
(もう出し惜しみしてる余裕はないね……)
私は杖を父上の正中線から指2本分左———心臓に向けて集中。集中。集中。過重力の正六面体で父上の心臓を囲む。
(よし、成功)
過重力を用いた必殺技——マミ上は『
父上は心臓を文字通り締め付けられる感覚に脂汗を垂らして顔を顰めてる。常人なら胸を抑えてのたうち回る苦しさの筈だけど、それでも普通に歩いてるのはほら……父上だし?
でも、私はそれ以上に神経を使っている。この技、力加減をミスると本当に心臓を潰しちゃうからね。いくら真剣勝負でも、実の父親を殺すつもりは無い。
だけどこれで私の勝ちは確定した。
「降参して、父上。自分が今どんな状態なのかくらい分かるでしょ?」
「あぁ……くっ、この…感覚は……懐かしっ、いな」
「降参してくれないと、もっと苦しくなるよ」
「はっ! やってみろ」
不敵な笑みを浮かべながら、父上は歩みを止めない。
『心筋拘束』はある意味魔法を使った絞め技。本来は頸動脈などの太い血管の血流を止める絞め技を、血流の大元である心臓に掛けてるんだ。
「降参…しなよ!」
「だからもっと苦しめてみろ」
ギリッ……ギリギリッ……と。私は徐々に力を込めていく。
だけどおかしい。もはや立っているどころか、極端に遅くなった血流によって酸素が脳に届かず失神してる頃のはず。なのに父上は、失神どころか歩く速度がまったく変わってない。なんで……?
その答えは、歩み寄られたことで理解できた。信じ難いことだけど。
父上が
「心臓は血流を作るのに不可欠な器官ではない。あくまでポンプだ。全身の筋肉をこんな風に動かせば、血流を作ることは難しくない」
いや難しいわ! てか普通できないわ!
「お前が生まれてからは控えていたが、夫婦喧嘩でこんな風に心臓を止められるなんて何回あったことか」
……え、なに? マミ上喧嘩になると心臓止めてくるの? 怖すぎじゃない?
ていうか、そんな夫婦生活を生き延びた父上がもはや人間じゃない。
「———そろそろか」
もう本気で父上を人間じゃない別の生き物として考えようと決めた時———クラ。突如、強めの目眩に襲われる。
加えて、頭痛、吐き気と、まるで乗り物酔いのような症状が現れ始めた。なんで…いきなり……っ!
(うっ…気持ち悪い……)
脳みそを丸ごとシェイクされてるみたいだ…! あまりの気持ち悪さに、私は膝をついて父上の心臓に掛けていた過重力をキャンセルしてしまう。
「相変わらずこういった策に引っ掛かりやすいな。どうしてオレが、わざわざゆったり歩いていたのか疑問に思わなかったのか?」
「なん…だよ……! 私に何したのさ…!」
「
これは…初見の技だ。周囲の内弟子を見ると、何人かは私と同じように顔を青くして込み上げる吐き気に耐えている。
わからない。この技の正体がわからない。父上は、ただ普通に歩いていたはずなのに。
「人は視覚情報と三半規管のバランスが狂うだけで簡単に酔う。実際には揺れているのに、見ている風景は揺れていない。たったそれだけでな。
つまり私は、父上が歩く姿を見て
クソ! 『心筋拘束』を行使する為に集中したのを逆手に取られた。
でもここまで見せられて、魔法を使えない父上がどうして“魔女狩り”なんて呼ばれるほど魔女を圧倒できるか、なんとなく分かってきたぞ。
父上の本当に恐ろしいところは、なんでも問答無用で斬り裂く斬撃でも、魔力の塊を木刀で叩き落とすことのできる反射神経と情報処理能力でもない。心臓をほとんど止められた状態で問題無く活動できるところでもない。その全てが明らかに人間の域を飛び越えているけど、真に恐るべきは———多彩な接近方法だ。
よくよく考えれば当たり前だよね。剣士の父上が攻撃できる範囲は、自身を中心に置いたドーナツ型。そこに入らなければハエだって倒せない。音速を超えた斬撃も意味を成さない。
———だから近付く。
魔女だって所詮は人間だ。どんなに強力な魔法を使えてもマバタキはするし、視覚で捉えているなら盲点も存在する。箒で飛ぶんだから三半規管だってある。
相手が“人間である”という部分を、とことん突いて接近すること。その技術の研鑽が、父上を“魔女狩り”と呼ばれるまでに祭り上げた。
「お前はあまりにも素直すぎる」
「…っ……だからなにさ。素直で可愛いとかもはや最強でしょ……っ」
「お前の最強の概念はイマイチ理解出来ないが、少なくとも旅人にとっては危険なものだ」
「なん…でよ……」
「———世界は悪意に満ちている」
膝をつく私の視線に合わせるよう片膝立ちになり、父上は言葉を説き始めた。
「聖人君子なんていない。旅をしていれば分かる。誰も彼もが、他人を利用して甘い蜜を啜ろうとするクズばかりだ。善人なんて、極少数派なんだよ。そして利用されるのはいつだってそんな極少数の善人だ」
「………っ……」
「モミジ。お前はあまりにも優しく素直だ。正直本当にオレの子どもかと疑うほどにな」
私は確かに善人なのかもしれない。だって可愛いし。可愛いは正義だし。
でも、だからこそ父上は、そんな私を旅に出させようとしない。
「旅人になんてなるな。オレも色々やらかした側だから真っ当な人間とは言えないが、それでも真っ当な父親にはなりたいと思ってる。父親として、大事な1人娘を悪意の渦中に放り込みたくない」
何を今更……!
「この世界にはな、反吐が出るような理由で平然と人を傷付ける奴が大勢いるんだ。……いや、理由があればまだマトモな方だ。ただ単に、まるで呼吸をするように人を殺す奴がいる。暇だからと犯罪に手を染める奴がいる。それはもう撲滅し切れないほどにな」
「…………それでも」
「お前が行こうとしているのはそういう世界だ。だからやめろ。旅人になるなんて」
「……それでも」
「……………」
「それでも私は———旅人になる!」
その言葉と同時に、この至近距離で魔力の塊を叩き込む。狙いは、顔、膝、肩。合計5箇所を同時に。
よし、無駄なお喋りのおかげでなんとか酔いが覚めてきた。
「そうか———なら仕方ない」
父上の声から感情の色が失せ、片膝立ちの姿勢にも関わらず5発の魔力の塊は木刀で弾き飛ばされる。チッ…化け物め。
追撃に備えて杖を構えると———スゥ。父上は立ち上がり、私に背を向けて歩き去ろうとしてる。この…まだバカにして‼︎
「どこ行くの!」
「先達としてアドバイスしてやる。旅人の基本その1———相手の土俵で戦うな」
パチン! 父上が背を向けたまま指を鳴らすと、ザッ!
私達を囲んでいた内弟子が———
「旅人の基本その2———利用しろ。自分の持つ人脈、権力、暴力、その場にある全てを利用しろ」
「えっ、ちょ……なにこれ⁉︎」
「別にオレが直々に手を下すまでも無いだろう。お前程度の魔法使い、内弟子だけで十分だ」
父上がそう言ってる間に、長方形を作っていた内弟子が木刀片手にゾロゾロと私を囲んでくる。
まずい……完全に袋小路だ。今の私は袋のネズミ。この状況の末路は、袋叩きしかない。
「旅人の基本その3———使えるモノはなんでも使え。自分の周囲にある物も人も、有機物も無機物も、空気から石ころ1つさえも。全てが現状打破の鍵になり得る」
たぶん父上、結構テキトーに喋ってるね。若干その2と被ってる。
(でも———いいよ。だったら利用してやるもん!)
私は囲んできている内弟子の中から1番の若手、私に“龍浦”を見せてくれたサイコパスお兄さんを見つけ出して、魔法で彼にだけ声を届けるように操作。
『聞こえるね? もし聞こえてたら頷いて』
彼を見ていると、怪訝な表情を浮かべながらもコクリと頷いた。よし。
『君がもし攻撃を仕掛けてきたら———私に“龍浦”を見せてくれたことを、父上にバラす!』
旅人の基本その2に則り、利用させてもらうよ。君の弱味をね!
私の言葉に顔を真っ青にしたサイコパスお兄さんは、壊れたように首を縦に振り出した。やったね大成功。
これに味を占めた私は、拡声の魔法を使って周囲の内弟子にも呼び掛ける。
「みんな聞いて! もし私に攻撃したら———もうみんなのご飯作ってあげない!」
「「「 ———っ⁉︎ 」」」
「負けたら私はずっと家事をして暮らすことになるけど、絶対にご飯作らない! マミ上にも、食事は作らなくて良いって進言するから!」
ふっふっふっ……どうだ!
狙い通り、内弟子のみんなは迷ってるよ。そりゃそうだよね。腹が減っては戦はできぬ。いくら剣術を学びたくても、お腹が空いていたら集中できないもんね。
でもまだ弱い。だから私は最後の一押し。
「もし私の味方をしてくれたら、なんでも好きなもの作ってあげる!」
「「「 うおおおおおお! 師範覚悟ぉぉ‼︎ 」」」
「全員、掛かれえぇぇぇぇ!」
「「「 イエス! マム‼︎ 」」」
内弟子全員が雄叫びを上げながら木刀を振りかぶって父上へ向かっていった。食べ物の力は偉大なり。
「……素晴らしい」
ふと、雄叫びの中から小さく父上の賞賛が聞こえたけど……気のせいかな? 視線を向ければ、冗談のようにぶっ飛ばされていく内弟子しか見えなかった。
それからわずか1分。内弟子軍団は壊滅。まぁ予想通りだけどね。
死屍累々と、我が家の庭には内弟子達が転がっている光景が広がっている。その中心には、50人以上を1分で制圧したのに息一つ乱してない父上の姿。
「作戦は悪くはなかった。だが、無意味だったな」
「そうでもないよ」
「なに?」
旅人の基本その3。使えるモノは使え、でしょ?
私は1番近くに転がっている内弟子を過重力で軽くして掴み上げる。
右手に杖。左手に
「マミ上が言ってたよ。———飛んでくる人間というのは、それだけで凶器になる、ってね!」
「流石はマイハニー。血も涙も無い」
「私のマミ上をハニー呼ばわりしないでよ。キモい……から‼︎」
———ブゥン‼︎気絶した内弟子を思いっきり投げつけてやった!
父上はなんだかんだで内弟子を大事にしてるからね。絶対に怪我をさせるようなことはしない。
そこを突かせてもらいましょう。
私は庭を縦横無尽に走り回り、片っ端から転がる内弟子を拾って投げる。ポイ! ポイ! ポイ!
対して父上は木刀を離して、次から次へと飛んでくる彼らを減速防御の要領で左右へ投げ捨てるように受けるしかない。避ければ怪我しちゃうだろうし、普通に受け止めたら捌き切れないからだ。
私の内弟子連射砲は止まらないよ。なにせ弾は無限に転がってる。一度投げた人でも、もう一度使える。なんてコスパが良いんだろう!
「ほらほら! さっきまでの威勢はどうしたのさ!」
「もはやセリフが完全に悪役なんだが……」
「私は可愛い! 可愛いは正義! つまり可愛い私の行いは全て正義の執行‼︎」
「カルト宗団かな」
ふふん! さっきまで煮湯をガブ飲みさせられていた分、手も足も出ない状況にしてやるのは気分が良いね!
……だけど、正直これは決め手に欠けてる。私が投げて父上が止めるを延々と繰り返してるだけになってるよ。
この状況が続けば、先に体力が尽きるのは攻めてる私の方。父上は怪我をさせないように受け止めないといけないから神経使うけど、私は魔法と並行して走る、投げるという3動作をしてるからね。
(でもね、父上。あんだけ言いたい放題言ってくれた仕返しが、これだけに終わるはずないよ)
ニヤリと胸中でほくそ笑みながら、馬鹿の一つ覚えのようにまた1人投げつける。
「まさかこんな形で『一緒にキャッチボールしたい』という、父親としての夢が叶うとはな」
「———あっそ」
「おっ?」
ここで初めて父上の表情が変化した。その顔は———私のすぐ目の前。
受け流した内弟子の影から私が現れたことにビックリしてるね。まさかこの状況で私が踏み込んでくるとは思わなかったみたい。
(確か狙うのは……両肩、両肘、両股関節、両膝だったね)
今初めて握った木刀でいきなり技を出すのは、普通なら無理かもしれない。でも私には魔法がある!
魔法を行使する動作は杖を振ること。それは、“振る”という動きさえできれば問題無い。
生まれた慣性を両手に乗せて、私が唯一見た技を放つ。
「———
二刀での龍浦。両肩を狙った最初の2発を———バシッ、バシッ!
「白羽取りは、剣士の必修科目だ」
当然のように受け止められた。左右とも、親指と他の4指で挟む真剣白羽取りの片手版で。
でも、それで良い。ここまでは予想通りだよ。
(内弟子の砲撃。木刀によるパクリ技。でもこれだけじゃ、意地悪言われた仕返しとしては物足りないよね。だから最後は———私だ‼︎)
受け止められた木刀を離して、私は勢いそのままに父上へ突っ込んでいく。
そして空中で体を仰け反らすように振りかぶって———ゴッッッ!
過重力、龍浦、体重、その他諸々の勢いを全部乗せた私の頭突きが、父上の鼻っ柱に炸裂した。
「痛った……っ」
うぅ……頭がクラクラする。視界の中でお星様が飛んでるよ。そのせいで上手く着地できず、あからさまに転んじゃった。
「チッ……まさか1発貰うとはな」
「へっ! ざまーみろ!」
鼻血を流す父上の姿に、胸が透く気分だよ。
頭突きの反動で口から落ちた杖を拾って、私は油断なく構える。距離は刀の間合い。気絶しなかったってことは、反撃が来るぞ……。
「まさかここまで粘るとはな。しかも『龍浦』まで使ってくるとは思わなかった。誰に教わったんだ?」
「教わってないよ。ただ見せて貰っただけ」
「ほう……見ただけで習得したか。魔法を併用こそしていたが、技そのものは完璧だった。剣の才能の方があるんじゃないか?」
マミ上より自分寄りな才能を私が持っていたのが嬉しいのか、父上は口元を綻ばせながら木刀を左腰に充てた……抜刀術の構えだ。
でも、それは悪手なんじゃない? 木刀がどんな軌道で飛んでくるのか、私には丸分かりだよ。
「本邦初公開だ。この奥義は」
「出させるわけ無いでしょ」
旅人の基本その1———相手の土俵で戦うな、だよ。
奥義と言うからには、ヤバいのが来る。だったらその前に仕留めてやる!
私は自分の持つ最大威力の過重力を父上に掛ける。常人ならそのまま熨斗イカみたくペチャンコにするくらい。
距離が離れていたらこれでも対処してくるだろうけど、これだけ近ければ過重力で押さえつけられた父上に追撃を加えるのは簡単。
私は観音開きのように両手を広げて、父上の両耳を挟み込むように掌打。三半規管を狂わせるそこそこエグいやつで一気に勝負を決める———
「———
父上は…私の過重力に身を任せてしゃがんだ。対処じゃなくて、
「旅人の基本その4———騙される前に騙せ」
———パァァァァアァァァアァァンンンン‼︎
抜刀一閃……と言うのかは木刀だから微妙だけど、両掌打を外した私の顎を掠めるように超音速の斬り上げが放たれた。
(——っ? 外し…た……?)
空気の壁を破った破裂音のせいで耳がキンキンするけど、それ以外私に外傷は無い。
だったら今がチャンス。奥義を放って隙だらけの父上へ、体術の間合いまで踏み込むと、
「ほっ……ほえ……? ふえ?」
とた、とたた、と。前へつんのめって、ペタン。顔を打たないように体を捻った私は、そのまま女の子座りで尻もちをついた。な、なんで?
「脳震盪だ。あまり動くなよ」
そう呟いた父上は———ビュン‼︎片手平突きを私の喉元に寸止め。
……あぁ、なるほどね。奥義を顎を掠めたのは、振動を脳に伝えるためか。確かにそれなら、私を怪我させずに無力化できる。
「そこまで! 勝負アリ! 勝者———」
この状態を戦闘続行不可能と見て取ったマミ上が、屋根の上から高々と宣言した。
うん。この勝負……
「———モミジ‼︎」
昨晩、私は布団の中でマミ上に1つお願いしていた。
『あのね、明日の勝負———私の勝ちにしてほしいんだ』
今回の勝負の勝利条件は大きく分けて2つ。どちらかを満たせば勝ちだった。
1つ。どちらかが“参った”と言うこと。
2つ。
だからまぁ、ざっくり言ってしまえばね———
私はマミ上をマミ上と呼ぶことで、このお願いを聞いてもらえた。父上には悪いけど、この勝負は結局出来レースだったんだよ。はい残念でした〜!
でも父上、言ったもんね。
旅人の基本その4———騙される前に騙せ、てさ。最初から騙されてたんだよ〜あっかんべー!
あの勝負から2週間。ついに家を出る日が来た。
家の門の前ではマミ上と内弟子一同が見送りの為に出てきてくれてる。
その中に、父上の姿はない。
「父上は……?」
「朝早くから出掛けて行ったわ。急いでたみたいだけど」
実はあの勝負以降、私は父上と会話らしい会話をしていなかった。同じ家に住んでるから何度も顔を合わせることはあったけど、どうにも気まずくて無視するような形ですれ違ってたよ。
(嫌われちゃった……かな)
ぶっちゃけ、卑怯過ぎた自覚はある。審判を味方につけるのは流石にやり過ぎたかもしれない。
そもそも、出来レースを仕掛ける必要なんてなかったんだ。勝負開始と同時に、マミ上に私の勝利を宣言してもらえばそれで終わったことだった。
それでも私がわざわざ父上と戦ったのは———
(たぶん……遊んで欲しかったんだろうなぁ)
自分でも自分の気持ちは不確かだけど、たぶんこれが正解。
私が小さい頃から父上は内弟子と鍛錬ばかりして、遊んでくれた記憶なんて片手の指で足りるくらいしかない。
マミ上には、私自身も分からない私の気持ちがお見通しなのかもしれないね。
「まぁいいか」
ちょっと寂しいけど、仕方ない。これも私の行動の結果だもん。受け入れないとね。
少しだけ浮かんだ涙は、俯いて誤魔化す。門出に涙は似合わないから。
そしてこれから長い間見納めになる我が家へと目を向ける。
「バイバイ、マミ上。バイバイ、内弟子のみんな。バイバイ、父上……」
「———パピーと呼びなさい」
いつの間にか、隣に父上が立っていました。怖っ!
「まったく……父親に挨拶しないで出掛ける奴がいるか」
「あらおかえり。朝っぱらからどこ行ってたのよ」
「ちょっと市場まで」
「なんだ…行くなら言ってよ。ちょうど大根とお味噌切れてたから買ってきて欲しかったわ」
「わかったわかった。後で行ってくるよ」
「あなたっていつもそうよね。なんでもかんでも事後報告で」
「だからわかったって」
と、当たり前のように普通の主婦と夫っぷりを見せつけてくる我が両親。
あれ? この場の主人公って私だよね? 私の旅立ちの瞬間だよ?
「あの……」
「あぁ、モミジ。餞別だ。———ちょっ、わかったから。モミジが出掛けたらすぐ行ってくるから」
マミ上に詰め寄られながら適当に放られた、中身の入った拵え袋をキャッチ。そこはもう少し感動的なムードで渡さそうよ……。
拵え袋っていうのは刀を持ち運ぶ為の布袋なんだけど———その中身を出すと、予想通り一振りの刀が入ってた。護身用に持ってけってこと?
確かに見える所に武器を提げてた方が威嚇にはなるけど。
「うんー?」
とりあえず抜刀してみるけど……うん、刀身も別に何か細工があるわけじゃないね。名刀とか業物ってわけじゃないけど、そこそこ丁寧に作られた普通の刀身だ。刀特有の刃紋がビューティフル。
たぶん父上が朝早く出掛けたのはコレを取りに行ってたんだろうけど、別にこの程度の品なら物置にたくさんあるじゃん。餞別だから新品を用意したとかかな?
私が刀を見て首を傾げていると、それに気付いた父上……いやなんで土下座で謝ってんのさ。尻に敷かれてるなぁ……。
「知り合いに頼んで柄を魔法の杖に加工してもらった。いつもみたいに振ってみろ」
袖の中から出したリンゴを私に投げ渡しながら、そんなことを言ってくる。リンゴジュースを搾れってことか。
コップが無いのでどうしようかと迷ったら、マミ上が魔法で作ってくれた。さすが魔女。
「こ、こう?」
刀身がある分いつも使ってる物より重いからちょっとコツがいるけど、おぉ! ちゃんと魔法が出た。使い心地も悪くない。
搾り取れたリンゴジュースを一口飲んで———そこで1つ思いついた。
「はい、マミ上」
「あら? マミーと間接キス?」
「違うよ。水盃の代わり」
水盃とは、盃に入った水を回し飲みするちょっと衛生的にはアレな別れの儀礼。飲み終えたら使った盃を割り、この盃はもう使わない=2度と会えないという意味で行うもの。
私のは旅だか家出だかもはや分類不可能で分からないけど、それでも今から危険な国外に出るわけだからね。もしかしたら道中で野垂れ死ぬかもしれない。
そんな時、両親に何も言えないのはあまりにも親不孝だもん。だから、ここでそれを済ませとこうと思ったら———
「ゴボゴボゴボゴボッ⁉︎」
マミ上は土下座していた父上を蹴って仰向けに寝かせ、口にコップをひっくり返してリンゴジュースを注ぎ込んでいる。
えっ、これ大丈夫? “魔女狩り”の異名を持つ父上、リンゴジュースで溺れ死にそうになってるんだけど。ご近所さんに見られたら通報待ったなしの狂気の絵面だよ。
私の心配をよそに、空いたコップをポイっと捨てて魔力に霧散させてから、マミ上はいつも通り優しく微笑む。
「バカね。こんな古びた儀式必要無いわ」
「でも……」
「あなたのその律儀なところは美徳だけど、その美徳が時には親不孝になることも覚えておきなさい」
物分かりの悪い我が子を叱るように———実際そうなんだけど———マミ上は私のおでこをツンっと人差し指で押してきた。
「『これが今生の別れになるから』なんて気を遣われて喜ぶ親、いると思う?」
「それはいないだろうけどさ」
「だったらお前は、いつも通りにすればいいんだ」
「父上……」
「パピ上と呼びなさい」
マバタキの間に立ち上がった父上も、マミ上と並んで私のおでこを押す。
「お前の門出が、旅になるのか家出になるのかは知らん」
「でもね……旅も家出も、終点は“我が家”よ」
「よく言うだろう? 『家に帰るまでが遠足だ』てな」
「だからマミーもパピーも、今から出掛けるあなたに掛ける言葉は1つしかないの」
「世界で1番大切な1人娘が出掛ける時、親が掛ける言葉なんて決まってるだろ?」
そう言って2人は…私の頭を優しく撫でてくれる。
……うん、そうだね。私が間違ってた。水盃は『さよなら』の儀式だ。
でも、子どもが親に『さよなら』を言うのは死別の時しかない。
私が言うべき言葉も、浮かべるべき表情も、やるべき行動も、全部間違ってたよ。
ごめんね、バカな子で。そしてありがとう。私のやりたい事を尊重してくれて。
本当は分かってたよ。父上も……いや、
だってさ、明らかに技を見せてくれてたもん。私程度なら一瞬で倒せたのに、それをしなかったもん。
厳しく当たったのは、私を鍛える為だったんだよね。わざわざ“旅人の基本”を教えてくれたのは、私が死なない為だったんだよね。
マミ上だってそう。『交換条件は旅に付いて回るもの』なんて、あからさま過ぎだよ。そんなの、私が外に出ることが確定してるようなものじゃん。
旅人の基本その4———騙される前に騙せ。
私は最初から……最初の最初から、この両親に騙されてたんだ。
「あらあら」
「おっ」
だから私は堪え切れなくなった涙もそのままに、それでも笑顔で思いっきり2人に抱き着く。右腕をマミ上に、左腕をパピ上に、それぞれ首に回してしがみつくように飛び付いた。
そんないつまで経っても甘えん坊な私を2人は抱き留めて。
“魔女狩り”としてでも無く、“矛盾の魔女”としてでも無く、ましてや旅人としてでも無く。
どこにでもいる親として、ごく普通に言ってくれる。
———気を付けて、行ってらっしゃい。
「行ってきます」
そして今日この日から、私は旅人になった。
私はモミジ。武士で旅人で魔法使いだよ!
はい、いかがでしたか?色々詰め込み過ぎて長くなりましたが、モミジちゃんの旅立ちはこんな感じでした。まさに家出騒動。
一応イレイナさんと初めて会った時の身の上話に矛盾がないよう心掛けましたが、あったらすみません。モミジちゃんが見栄を張ったということで流してくださいな。
モミジちゃんの旅人としての価値観はほとんどこの勝負から生まれました。パピ上のセリフに色々混ぜ込んだので、暇な人は読み返して見つけてみてください(再読誘導)
ちなみに技名に関してはちょっとした法則性があります。
マミ上は言葉遊び。魔法。
・心筋梗塞→心筋拘束
・八艘飛び→八箒飛び
父上は威嚇のために尊大(厨二病)。剣術
・龍浦
・神隠し
・神騙し
・神眩まし
モミジちゃんが技名を呟くのは剣術を使う時だけでした。だって名前からして強そうじゃん(´・∀・`)
さてさて。新しい年度になり、新しい出会いを経験する人も多いでしょう。昨年度(2020年度)は疫病により多くの事が制限された1年になりました。未だ収束がいつになるか分かりませんが、それでも時間は進んでいきます。
後輩は先輩に。学生は社会人に。新人は上司に。どれだけ自分が足踏みしていると思っていても、なんだかんだで成長していくものです。
重荷も増えるでしょう。責任も増えるでしょう。やりたくなくてもやらなければならない事も増えるでしょう。
だから、ここまで読んでくれた方に「行ってらっしゃい」と。作家の真似事をしてるだけの人間ですが、これからも頑張っている読者の方々に言わせてください。
新生活へ、行ってらっしゃい。
ps.次回、最終話です。