それはブギーマン
「ハァ…ハァ…ハァ……ッ」
いつからだろう……俺はいつから追いかけられているのだろう?
少なくとも、5歳の頃までは平和だった。あれは……そう、学校に通い始めてからだ。
最初は微かに気配を感じるだけだった。すれ違った誰かがたまたま自分の影を踏んだ程度の、そんな気にすれば気になるけど、気にしなければ気にならない。その程度のもの。
だけど、年を重ねるごとにその存在はハッキリと感じ取れた。16歳になった時には俺がどこにいても、どこに隠れてもすぐ背後に現れていた。
———“奴”が俺を追いかけている。
「こ、来ないでくれ! 俺が何したって言うんだ‼︎」
昼下がりの街の大通りで、18歳の俺は恥も外聞もなく喚いた。周囲の通行人たちは、何事かと一目こちらを振り返ってくる。
でもダメだ。誰もが俺の顔を見た時、諦観の表情を示すだけ。手を差し伸べようとはしてくれない。
だって、みんな知ってるから。俺が“奴”に追いかけられていることを。そして“奴”に追いかけられている者は、誰も助けることができない。本人が対処するしかない。
だから……俺も諦めていた。
そう———諦めていた…はずだった。
「いかが致した?」
大通りのど真ん中で蹲る俺に、そんな心底心配そうな声を掛けてくる人がいるなんて。
「何か困り事でござるか?」
その声に顔を上げると、黒髪黒瞳で東の国の民族衣装に身を包んだ女の子が俺を心配そうに見ていた。腰にはご丁寧に刀が差してある。
よく見れば、民族衣装の上からローブを羽織っている。魔法使いなのか? だったら、この子は他所者か。
この国には魔法使いがいない。一応魔力を扱う人達はいるけど、彼ら彼女らは『魔眼勇者』———1年に1人生まれる、選ばれし者達だ。
縋るような気持ちで見上げると、女の子は安心させるように優しく微笑みながら俺に声をかけ続けてくれる。率直に言って結婚したい。
「拙者
「あっ…あ……“奴”が…」
「おろ?」
「“奴”が……追いかけてくるんだ…‼︎」
「“奴”、ですか?」
すると、黒髪の女の子の後ろから灰色の髪の女の子がぴょこっと顔を出した。好奇心に揺れる瑠璃色の瞳が俺を射抜く。ついでに整った顔立ちが俺のハートも射抜く。
「“奴”の名前はブギーマン。どこにいても追いかけてくる。どこからでも現れるんだ。例え俺が便所にいようと、ベッドにいようと、街を歩いていようと、風呂に入っていようと……っ」
「ふむふむ。ブギーマンさんというストーカーですか」
「たぶん違うのではないでござるか?」
「あぁそうだ。違う。ブギーマンは、この国の子どもを追いかける。大人に近づくにつれて、その姿がハッキリと見えてくる」
「もしや、魔物の類でござるか?」
「それも違う。ブギーマンは魔物じゃないんだ!」
提示した可能性を全て否定された黒髪の女の子は眉を寄せる。しかし、俺の怖がりように充てられたみたいで少し怯えた様子だ。たぶん俺が夫として守ってあげるべきなのかもしれない。
「じゃ、じゃあ…ブギーマンとはなんなのでござるか?」
大人に近付くに連れて姿をハッキリさせるブギーマン。
何処にいても何をしていても、追いかけてくる恐怖の存在。
この国では誰もがその姿に怯え、恐れ、慄き、やがて大人になっていく。
そう、ブギーマンとは———
「ブギーマンとは———将来への不安だ」
「イレイナ殿〜お昼何食べるでござる?」
「そうですね。パンが良いです」
ブギーマンの正体を聞いた瞬間、即座に踵を返した2人の美少女は談笑しながら遠ざかっていった。
「朝もパンだったでござろう……」
「朝食べたのはバケットです。あのガーリックトーストは絶品でした。良かったらまた作ってください」
「拙者と結婚したら毎日食べられるでござるよ?」
「……………………は? 無理です何言ってんですか」
「今ちょっと迷ったでござるな…。え、拙者ってイレイナ殿にとってガーリックトーストしか価値の無い女でござるか⁉︎」
「お昼はクロワッサンにしましょう」
どうやら俺にとってのブギーマンは、彼女達の昼食以下の問題のようだ。
「ほら、早く行かないと売り切れてしまいますよ———モミジさん」
———ブギーマンは誰のところにでもやって来る。今も誰かの背中に付き纏っている。
そう、あなたの後ろにも……。
健やかなるポモドーロの周辺国をイレイナ殿と共に旅すること2週間。
早くも4カ国目のこの国は、山の中にあるでござる。
この国の特徴は主に2つ。
1つ目は、先ほど出会った青年が語ったように“ブギーマン”の存在。まぁ、将来の不安を言い換えたものでござるな。確かに将来の不安って大人になるに連れて大きくなるでござるが、あそこまでビビるとは…。
そして2つ目は———
「———“
「あぁそうだよ。1年に1人、この国に生まれる魔力を扱う資格を持った選ばれし勇者様さ」
イレイナ殿の要望により、さっそく目に着いたパン屋さんに訪れた拙者達。
食べたいパンを決めた拙者は、さっさと会計を済ませて店主にこの国の事を教えてもらっているでござる。
ちなみにイレイナ殿は、クロワッサン以外にも色々目移りしたせいか未だにパンを選んでる最中でござる。
「それは魔法使いと言うのでは?」
「いやいや。勇者様たちはね、魔法を使うのに杖を使わないんだ」
「おろ? ではどうやって魔法を行使するでござる?」
「あたしも聞いただけなんだけどね、どうやら魔力を目に溜めるらしいのさ。そうすると、勇者様1人1人が持つ“魔眼”が発動するって寸法さ」
「魔眼……」
なんとも年頃の男の子が好きそうなワードでござるが、こちらの店主さんが妄想を語っているとは思えないほど真摯に教えてくれてる。
「つまり私たち魔法使いが扱う魔法とは別系統のもの、ということですか?」
「うん…? あたしはそもそも魔法というものがなんなのかわかりゃしないんだが、そうなんじゃないかい」
めちゃくちゃ長考の末、迷うくらいなら全部買っちゃえ! という結論に至ったらしいイレイナ殿。
トレーにはこのお店のパン全種類が載せられているでござる。うわぁ…。
「……そんなに見てもあげませんよ?」
「いや、引いてるだけでござる」
さすが無頼のパン好き。パンの為ならば金銭感覚がトチ狂うようでござるな。拙者と初めて会った時は、もう少し理性的な買い方をしてたような気がするでござるが。まぁ、人は成長するものなのでござろう。……成長…なのかな?
「そっちのイートインコーナーで食べるなら飲み物サービスするけど、どうする?」
「ではお言葉に甘えて。私はコーヒーをお願いします」
「拙者はカフェオレ! 砂糖増し増しでお願いするでござるよ」
「あいよ」
店の奥に引っ込んでいく店主さんを見送り、拙者とイレイナ殿はイートインコーナーの隅っこを陣取るでござる。拙者の個性なのか国民性なのか、隅っこって落ち着くでござるよ。
「魔法使いの端くれとして聞くでござるが、拙者達の使う魔法とは別系統というのどういう意味でござる?」
イレイナ殿が言ってたのでなんとなく食べたくなったクロワッサンを齧りながら尋ねてみる。
餅は餅屋。魔法のことなら魔女に聞くのが1番でござる。
「魔法というか、正確には別系統の魔法使いですね。まぁ、魔法史学の中でも未だに仮説の域を出ないマイナーな説ですが」
「仮説…でござるか?」
「そもそも“魔法使い”って
「おろ…? 魔法を使える人間のことではないでござるか?」
「その通り。では———何故魔法を使える人間と使えない人間がいると思いますか? しかも地域によってその比率も異なります。確かあなたの国は魔法使いが少ないんでしたよね?」
「改めて聞かれると困るでござるな……」
拙者の国は魔女見習いになる為の魔術試験が行われないほど魔法使いが過疎ってるでござる。
魔法を扱える拙者やマミ上は珍しい存在だし、むしろパピ上のように頭のおかしい剣術のほうが魔法より信用されているのが実情でござる。
一応魔法の才能は遺伝によるものが強いとされているでござるが、それも確実なものでは無い。親が魔法使いだから、子も魔法使いとして生まれるとは限らないでござるな。
拙者が答えられないと判断したイレイナ殿は、丁寧に千切って食べたパンを嚥下してから教えてくれたでござる。
「『魔法使いは、魔力に影響を受けた突然変異の人間』と言われています」
「突然変異…でござるか」
なんとなく人に向ける言葉では無い気がするのは傲慢でござろうか。
しかし、言われてみれば分からなくも無いでござる。
「つまりその仮説に沿って言うならば、この国の“魔眼勇者”は拙者達とは別の方向に突然変異した存在ということでござるか?」
「そういう事です」
「なるほど。そこそこ興味深いでござるな」
「まぁ、この『突然変異説』よりも有力な説なんて山ほどあるんですけどね」
最後の一言にずっこけそうになったでござるよ。わりと的を得てると思うけどなぁ……。
不満気に頬を膨らませる拙者が面白かったのか、イレイナ殿は「ふふっ」と笑みを漏らす。可愛い。
「まず、突然変異とは往々にして『環境に適応する為』に起こるものです。毒物に耐性がある個体が生まれるのは、それに適応しないと生きられないから。寒さに強い個体が生まれるのは、それに適応しないと生きられないから。ですが、別に人間は魔力に適応出来なくても問題なく生きていけますよね。実際そういう人がたくさんいるわけですし」
「ま、まぁ然り」
「ですが、動物や植物が魔力の影響で突然変異をするという事象は実際にあります。……私も旅をする中で、そういった光景を見たことがあります。だから未だにこの『突然変異説』は仮説止まりなんです」
「可能性は限りなく低いけど、完全に否定できる論拠も無いと」
魔力による動植物の突然変異の下りで薄っすらとイレイナ殿の顔に影が差したのは気になるでござるが……まぁ、旅をしていれば
「あれでござるな! こういう『なになに説』とかの話を食事中にすると、なんだか頭が良くなった気がするでござる」
「それを人は“思い上がり”と言います。よく覚えておいてください」
「急に辛辣⁉︎でもそんな所も好き!」
「……なんか最近、あなたサヤさんに似てきましたよね」
「とんだ暴言でござるな」
「どこがですか」
「アレと同列に扱われるとか反吐が出るでござる」
「あなたもあなたで辛辣過ぎませんか……?」
「いや、サヤ殿本人はめちゃくちゃ好きでござるよ? 礼儀正しいし、素直だし、どんな事にも一生懸命になる姿は尊敬してるでござる。ただ、イレイナ殿に関連する事でサヤ殿に似てると言われるのは人権問題に触れると言っても過言では無いでござろう?」
「たぶんサヤさんも同じこと言うと思います」
よく似合うジト目で吐き捨てるように言われたでござる……心外な。
「拙者はただ、イレイナ殿の胸でバブり狂いオギャり散らしたいだけでござるよ……」
「そういうところですよ」
心外な。
むすっとほっぺを膨らませて抗議するでござるが、イレイナ殿は柳に風とばかりにパンをもぐもぐ。既に彼女の興味は拙者からパンへ移っているようでござるな。むぅ……。
今度は別の意味で拙者が膨れていると、店主がサービスの飲み物を持ってきてくれたでござる。
「ありがとうございます。———ところで店主さん、この国の見所ってありますか? 観光名所とか、絶景とか」
「う〜ん……やっぱり勇者学校じゃないかい?」
「勇者学校というと、先ほどの“魔眼勇者”さん達が通う学校ですか?」
「そう。と言っても、あんまり見て面白いもんじゃないけどねぇ。外観も普通の学校と大差ないし、運が良ければ訓練中の勇者様が見られるくらいさ」
「ふむふむ」
「羨ましいもんだよ。勇者様として生まれられるなんてね。なにせ、
「おろ? 店主さんもそのような時期が?」
「そりゃそうさ」
店主さんは鷹揚に頷く。そして、椅子を引き拙者たちと同じテーブルに着いたでござる。暇なの?
まぁ暇なのでござろう。お昼時よりも少しズレてるし、店内には拙者とイレイナ殿以外のお客さんは皆無でござる。
ここはこの国の情報収集がてら、店主さんの雑談に付き合うとするでござるよ。
「あたしはね、ビッグになりたかったのさ」
「ビッグとな?」
「あぁ。とにかくビッグな人間になりたかった。道を歩けば誰もが『バンザーイ』と称え、あたしの名前を知らない人はいない。いつも金に余裕があって、老若男女問わずの人気者になりたかった。でもね……」
そこで店主は少しだけ自嘲気味な笑みを浮かべたでござる。
「大人になって現実を知るに連れて、あたしの所にも
———夢を諦める。それは確かに“大人になる”というのかもしれない。そうやって妥協して、人は成長するでござるな。
「だから今はどうやってパン屋をやりながらビッグな人間になるか考えてる最中なのよ」
……訂正。この店主、成長してないでござる。
「もぐもぐ」
パンを咀嚼しながら雑談を華麗に聞き流し、何やらこれからのプランを考えるイレイナ殿。それから拙者にお伺いの目配せをしてきたでござる。
恐らく、勇者学校に行ってみるかどうかでござろうな。
「行ってみるだけ行ってみるでござるよ。“魔眼勇者”という者達には興味があるでござる」
「あ、勇者様を見るのは自由だけど、接触するのはダメらしいからそこは気を付けるんだよ。ヘタな事すると、王宮までしょっ引かれるからね」
「しょっ
「えっ……」
店主さん、ドン引き。
何か変なことを言ったかと自分の発言を振り返ってみると……あ、やべっ。拙者やべー奴じゃん。
「失敬、語弊があったでござるな。旅をしてると、どれだけ気を付けていても知らず知らずのうちに何やら違反を犯してしまうものでござるよ。間違っても拙者たちは危険人物ではないでござる」
「…………」
「いや本当に。そんな目で見ないで欲しいでござるよぉ……」
明らかに犯罪者を見るような目をされ、拙者の瞳はうるうる。
必殺、泣き落としでござる。
しかし、人生経験豊富な店主には効果がいまひとつ。イレイナ殿へ視線を移す。
「そっちの魔女さんも、よくしょっ引かれるのかい?」
「何言ってんですか私は魔法使いの最高位である魔女ですよそんな訳ないじゃないですか」
「うわぁ…すごい早口」
「捕まる前に逃げるなんて朝飯前ですよ」
イレイナ殿、語るに落ちたでござる。
……あらら、店主さんがさっさと店を出て行ってほしそうな顔になっちゃった。
結論から記せば———しょっ
「ふむ。お主らが旅人か?」
勇者学校を覗いていた拙者たちは、突如衛兵みたいな連中に囲まれてお縄に。刀を取り上げられて、何やら国の中枢っぽい建物に連れてこられたでござるよ。
そして、拙者とイレイナ殿の前には玉座にふんぞり返った王様っぽいおっさんが1人。
「……本当に捕まるとは思わなかったでござる」
「……杖は取り上げられなかったので、一応いつでも逃げることはできますよ」
「……話だけでも聞いておくでござるよ。もしかしたら、これがこの国なりの歓迎かもしれないでござる」
「……滅べばいいのに」
大変イラッとした様子のイレイナ殿に激しく同意の首肯を返して、拙者がおっさんの問いに答えることに。
今のイレイナ殿に会話をさせたら、罵詈雑言の雨あられでござろう。
「然り。つい先ほどこの国に到着したばかりでござる」
「そうか。いや、手荒な真似をしてすまなかった。見たところ、お主らは武力を保有しているようだったのでな」
「おろろ? 門番に持ち込み禁止とは言われなかったでござるが。国民の方々も、特に警戒していないようでござった」
「旅人ならば自衛の為に必要ではあろう。ワシも禁じるような事はしていない」
随分と回りくどい言い回しをするおっさんでござるな。あとなんか偉そうで腹立つ。
「であれば何が目的でござるか。手荒な自覚があるところを見ると、歓迎というわけでは無いでござろう?」
拙者みたいなちんちくりんが凄んでも怖くはないでござろうが、それでも問答無用で拘束されれば睨みもするでござるよ。
これがマミ上ならおっさんにラリアットを食らわしていただろうし、パピ上なら宝物庫から持てるだけでお宝を強奪していたでござろう。
何より、拙者を縛った者が男だったというのが気に食わないでござる。拙者は女の子に縛られたいでござるよ!
「単刀直入に言おう。お主ら2人に、我が国を救っていただきたい」
「お断りします」
「お断りでござる」
異口同音に、拙者とイレイナ殿は単刀直入な願いを一刀両断。
「…………」
あまりの即答におっさんは言葉を失っているでござる。
だがすぐに持ち直し、頭を振って再度偉そうにこちらを見据える。そして、こちらがビックリするような事実を告げてきたでござる。
「意外に思えるかもしれないが、現在この国は他国と戦争をしている」
「とてもそうは思えぬが」
先ほどの国の様子を思い出してみるでござるが、普通に平和そのものでござった。
戦争あるあると言えば物価の高騰でござるが、特にそこも他の国と変わらない平均的なもの。殺伐としているわけもなく、略奪があるわけでもなく、ごくごく普通の田舎国でござる。
一応“魔眼勇者”やら“ブギーマン”やら、若干因習めいたものはあったでござるが。
「休戦から既に70年が経っている。誰も彼もが戦時下であることを忘れてしまったのだ」
……それはもう実質終戦なのでは?
「だが、休戦から70年。我が国は毎年1人、敵対
「もしかして、そのスパイって“魔眼勇者”ですか?」
「……正解だ。彼らは我が国が誇る最大戦力。それらが通じないとなれば、もはや我々に残された道は破滅しかない」
「どういうことでござるか、イレイナ殿?」
唐突に出てきたこの国名物の“魔眼勇者”という名前に拙者が首を傾げると、イレイナ殿は真面目な表情を浮かべた。…あ、惚れちゃう。もう惚れてるけど。
「毎年1人生まれる不思議な力を持った人達。そして毎年1人スパイに行く人達。もちろん敵が多い場所に単独潜入するなら、特別な人の方が良いでしょう?」
「ふむ」
「加えて、あの勇者学校です。まるで世間から隔離するような作りは、スパイ養成機関だからでは?」
「そちらの魔女らしき格好をした者は頭の回転が早いな」
「申し遅れました。灰の魔女イレイナです」
そう言いながら、耐えかねたらしいイレイナ殿は魔法で自分の縄を切って自由の身に。カッコいい…!
拙者もそれに倣って、スルッと縄抜けの術でござる。
「あなたの言いたいことは分かりました。つまり、連絡がつかなくなった魔眼勇者さんを捜索してほしい。あわよくば、そのまま戦争を終わらせてほしいと」
「いや、そうではない」
少々したり顔で言い切ったイレイナ殿の言葉を、今度はおっさんが一刀両断。
「つい昨日、こういった手紙が敵対村から送られてきたんだ」
恥ずかしそうに顔を赤くしてるイレイナ殿へ、チョイチョイとおっさんは偉そうに1枚の紙面を手渡した。
拙者もそれを読む為にイレイナ殿へ顔を寄せ、彼女のフレーバーでフィーバーしながら共に読み進める。
「「 ……っ⁉︎ 」」
その手紙には、70年前に潜入した最初の魔眼勇者が危篤状態であることが記されていたでござる。
「お主らには手紙の真偽を確かめて欲しい。ただそれだけだ。報酬も払おう。こちらは着手金だ」
おっさんの言葉に、衛兵が2個の巾着袋を持って現れた。チャリンチャリンと、巾着袋からはお金の音。
その音に、拙者とイレイナ殿は目がキラキラでござる。
「旅立つ前の勇者達と同じ金額だ。成功報酬も別に用意しておく」
このふんぞり返ってるおっさんが用意したお金でござる! きっと金貨が大量に……っと期待で胸を膨らませながらさっそく巾着袋をひっくり返すと———
「銅貨……」
「10枚……?」
何かと間違いでござろうか? 仮にも戦時中の敵側に潜入する者へ、銅貨10枚……露店のパン10個分…?
「当面の武器も用意した。ほら“木の棒”だ」
「「 ………… 」」
「なんだ。不満か?」
「えっと……旅立つ魔眼勇者の方々には、全員このような粗末な物を?」
「銅貨10枚と木の棒1本。それが勇者の伝統的な初期装備だろう」
……だから生きてるのに帰ってこないんじゃね?
「あぁ、あともう1つ。今年の魔眼勇者も連れて行け」
もういっそおっさんシバいてバックれようかと、イレイナ殿とアイコンタクトを交わしているところに15歳くらいの男の子がおっさんの横へ現れたでござる。
「ほれ。この2人がお主と共に潜入するものだ。挨拶をしろ」
「はい、王様」
あ、やっぱりおっさん王様でござったか。
「バロルと申します」
どこか機械的で感情を感じさせない瞳が、拙者達を射抜く。
しかし、何故でござろう…? その瞳で見つめられることに、どうしようも無い嫌悪感を感じるでござる。
別に体を舐め回すように見てるとか、下心があるとかじゃない。
もっと原始的な、本能的な忌避感がバロル殿に見つめられているだけで湧いてくるでござる。
それはイレイナ殿も同じらしく、少しでもバロル殿の視線から逃れようと身を引いてる。
「このバロルの魔眼は魔眼勇者史上最高の能力を持つ。きっとお主らの役に立つ」
「身に余る光栄でございます」
恭しく頭を下げるバロル殿はそのままおっさんから木の棒を受け取り、そのまま拙者とイレイナ殿の間を通り抜けて部屋の出口へ向かっていく。一礼。退室。
えらく人形染みた少年でござるな。
……ただ、武士の本能に従って言えば———
(彼は危険人物でござる)
武士として、旅人として、魔法使いとして。そして何より生物として。
バロル殿の存在に本能的な警鐘が止まらない。
「……王様」
「なんだ?」
「バロル殿の魔眼は、一体どういう能力でござるか?」
「ふっ……そうだなぁ。道中にでも本人へ尋ねると良い」
王様はニヤリと、嗜虐的な笑みを浮かべたでござる。
刀を返してもらい、さっそく出発した拙者たち。バロル殿の先導に従って、拙者とイレイナ殿は肩を並べて歩いていくでござる。
「そういえば、結局どこと敵対してるって言ってたでござるか?」
「さぁ? ただ、私の耳がおかしくなければ
「———正しいですよ」
背筋を伸ばして前を歩いていたバロル殿が、足を止めずにこちらへ感情の孕まない目を向けてくる。
一瞬また忌避感を覚えながらも、なんとか歩みは止めないで聞き返すことができたでござる。
「正しい、とは?」
「僕の国と敵対しているのは、この山の麓にある村です」
「村と国が戦争してるでござるか?」
「はい」
これはまた、えらく不可思議な構図でござる。一介の集落が、国と渡り合った上で休戦まで漕ぎ着けたでござるか。
しかし、魔眼勇者なんて者が生まれるような土地でござる。その村もまた、一筋縄ではいかないような事情があるのでござろう。
「察しているとは思いますが、もちろん普通の村ではありません。村の名前は“魔王村”———魔物が闊歩し、魔王が住む村です」
事ここに及んで、魔王ときたでござるか。
「ですが安心してください。どんな魔物が相手でも、僕の魔眼さえあれば取るに足らない相手です」
「どういった能力なのですか?」
丁寧な言葉遣いとは裏腹に、ピクリとも表情を動かさないバロル殿はなんて事の無いようにイレイナ殿の質問に答える。
「死の魔眼———相手は死にます」
こっち見んな。
はい、いかがでしたか?魔眼ってかっこいいですよね!
今回のお話は、モミジちゃんとイレイナさんの2人旅後半と行ったところです。
実はモミジちゃん視点でイレイナさんとの本格的なお話は初めてということで、気合入れて頑張ります!