武士の旅々   作:技巧ナイフ。

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再開早々に間を空けて申し訳ありません。


そこに魔眼勇者

 アリベル殿の姉上、『光の魔眼勇者』ことアリエル殿からも話を聞いた後、拙者とイレイナ殿はバロル殿と合流。

 どうやらバロル殿はバロル殿で、他の魔眼勇者から話を聞いていたそうでござる。

 

「で、最初にこの魔王村に来た初代魔眼勇者を見つけたと?」

「えぇ。アポイントは取ったので、明日の正午に伺います」

 

 魔眼勇者たちのキャラが強烈で忘れかけてたでござるが、そういえば拙者たちの目的って危篤状態という初代魔眼勇者さんの安否確認だったでござるな。

 銅貨10枚と木の棒1本というふざけ散らした対価で。

 

「会話はできるでござるか? 危篤中ということでござるが」

「ベッドから起き上がれないそうですが、会話は問題ないとのことです」

 

 であれば、まぁいいか。

 ご臨終される前に生きてるか確認して、王様にそれを報告すれば拙者たちのお仕事はおしまい。あとは魔王村が人外魔境だとか魑魅魍魎が跋扈してたとか良い感じに話を脚色して、報酬をふんだくるでござるよ。

 

「報告は終わりです。僕は宿を取ってあるのでそちらに泊まります。では」

「いや、『では』じゃなくて」

「なんですか?」

 

 無感情に踵を返してちゃっかり自分だけ宿の予約を入れていたバロル殿を、イレイナ殿が呼び止めたでござる。あ、ちょっとだけ眉間に皺が寄った。

 

「この村にも宿あるんですか?」

「あるわけないじゃないですか」

「じゃあバロルさんはどこに泊まるんですか?」

「魔眼勇者の先輩が親切で泊めてくれるというので、そこに」

 

 聞かれたことしか返さないバロル殿との会話はテンポが悪いでござるな。

 

「ちなみに、拙者とイレイナ殿も泊めてもらえるでござるか?」

「先輩にはお2人のことを話していないので、無理かと」

「なんで話してないでござるか」

「聞かれなかったので」

 

 ブチッと拙者のプリティのおでこに青筋が浮かぶ音。さてはお主、指示待ち人間でござるな。

 

 拙者とイレイナ殿のイラッとした顔に、バロル殿は無表情で首を傾げて……ポン。これまた無表情で手を打った。表情筋使うでござるよ。

 

「ここら一帯は比較的暖かいそうなので、山から吹き下ろす風さえ遮れば凍え死ぬことはないそうです」

「私達に野宿しろと? こんないたいけな美少女2人に?」

「……? モミジさんはともかく、イレイナさんは少女という年齢ではないか…もごもご」

 

 凄まじい失言をぶちかまそうとするバロル殿のお口に、拙者が着物の袖で蓋をする。

 やべーでござるな、こいつ。空気読むってことをまるでしないでござる。……うわ、涎ついた最悪。

 

「OK静かにするでござる。じゃあ拙者とイレイナ殿は先ほど出会った“闇の魔眼勇者”殿の家を借りるでござるよ」

 

 これ以上この2人を会話させるのは危険と判断した拙者。

 アリベル殿が泊めてくれるかはまだ分からぬが、とにかくイレイナ殿をバロル殿から引き離すのが先決でござるよ! 我ながらファインプレー。

 

「わかりました。では」

 

 突然口を塞がれたにも関わらず、特に気にした様子もなくバロル殿は夕暮れの村に消えていったでござる。

 

 

 

 それから拙者とイレイナ殿はなんとかアリベル殿に頼み込んで、彼女の家…というか写真館の床を間借りすることに成功。

 旅をしているとやむを得ず野宿を強いられる場面もあるので、屋根と壁があるだけで感謝感謝でござる。

 

 しかし……

 

「これ、起きたら絶対全身くまなくギシギシになっていますね」

 

 うぅ…床が硬いでござる。せめて敷布団が欲しい。

 しかし、この村の寝具はベッドが主流らしく、そんな気の利いた物は無いとのこと。

 

「ふむ、仕方ないでござるな」

 

 イレイナ殿がアリベル殿のベッドからマットレスを強奪する前に、拙者は添い寝するように置いておいた刀の柄をフリフリ。

 

「おっ、これは……」

「これなら多少は体の痛みを和らぐでござろう?」

 

 拙者がかけたのは、下から上への過重力。体を軽くすれば翌朝ぎしぎしになるのも防げるでござろう。やっぱ過重力しか勝たん。

 

「お礼はほっぺにちゅーでいいでござるよ?」

「寝言は寝て言ってください」

「つまりイレイナ殿の夢に現れればいいでござるか」

「あなたが夢にまで出てきたら休まるものも休まらないんですが」

「夢でなら既成事実作り放題でござるな! ひゃっほー!」

「夢での既成事実は既成事実足り得ません」

「ふむ。既成()()でも拙者は構わぬよ?」

「もはや空想じゃないですか……」

 

 暗闇に慣れた目をイレイナ殿に向けると……おろろ? なにやらドン引き顔。でもやっぱり顔が良き! 

 

 はぁ、とため息を漏らしたイレイナ殿はズイっとこちらに身を寄せてきたでござる。そして顔も近付けてきて…きゃっ♡なんだかんだ言って、ちゅー来るでござるか⁉︎

 いやいや、でも近くにアリベル殿がいるでござる。背徳的でござるな……。

 もしや、こうやって隠れてするのに燃えるタイプでござるか⁉︎そんなギャップに拙者は萌えるタイプでござるが! 

 

「……魔眼勇者について、モミジさんの意見を聞かせてもらえますか?」

「…………」

「なんで急に真顔になるんですか」

 

 ……イレイナ殿にはガッカリでござる。

 どうやら顔を寄せてきたのは、アリベル殿に深く関わる話をする為らしい。まぁ、人種の話をするのに近いからこれもエチケットでござるか。

 意見に寄っては差別になるかもしれないし。

 

「失敬。質問が漠然とし過ぎていて考え込んでしまったでござる」

「それはすみません。私が言いたいのは、魔眼勇者の方々の精神面についてです」

 

 残念ながら、拙者は少々お馬鹿ちゃんでござる。

 まぁ、『馬鹿な子ほど可愛い』とよくマミ上にも言われたし、直そうとは思わないけど。

 

 対して、イレイナ殿は拙者と違って賢いでござる。たまにズル賢いとも言えるでござるが、それはそれ。ズルができるというのは、善悪は別として頭が回らなければできない。

 そんなイレイナ殿が拙者に意見を求めるということは———まぁ、答え合わせでござろう。彼女の中ではある程度の結論が出ていて、それが拙者の意見と合致しているか気になったのでござろうな。

 

「拙者には、どこか()()感じたでござるな」

 

 名前を聞き忘れたでござるが、ポップコーンの勇者殿はとにかく自分勝手でござった。商売であるにも関わらず、自分の作りたい分だけ作って客に押し売る。情報を欲していなければ、即刻断っていたでござるよ。

 

 現在文字通りの寝床を提供してくれたアリベル殿も、それは共通しているでござる。

 彼女は最低限の客商売ができているでござるが、懐に入ってしまえばこの上なく素直というか自由な性格が露呈していく。

 少しのきっかけでイレイナ殿と言い合いになったのもソレが顕著に出た結果でござろう。

 

 そしてバロル殿。今年の魔眼勇者ということは拙者よりも年下なので幼いのは仕方ない。

 しかし、それでも明らかにコミュニケーションやら気遣いやらができなさ過ぎる。

 それどころか、感情表現そのものがあまりにも希薄すぎるでござるよ。

 

 今日1日、1人1人と会話したのは長くとも数時間程度でござるが、それが拙者の素直な感想でござった。

 どうやらイレイナ殿の考えも拙者とほぼ同じらしく、コクリと首肯を1つ。

 

「私も同じことを感じました。他にも、皆さん共通して“ブギーマン”に追いかけられたというのも裏切った理由としてあげていますね」

「『将来への不安を感じたから故郷を裏切った』……相変わらず理解しがたい理由でござるが」

 

 故郷であれだけ羨望の眼差しを向けられるなら、居心地の良いものでござろうに。

 

「———そうでしょうか?」

 

 イレイナ殿が一言。疑問の形を取りながらも、どこか確信めいたものを感じさせる。

 

「というと、どういう事でござるか?」

「誰にでも、どんな人にでも、将来への不安はあるということです」

「それはまぁ、あったでござろうが」

 

 魔眼勇者は元々、魔王が支配すると言われている魔王村へのスパイとして生まれた時から育成されていた———言わばあの国の切り札的存在でござる。

 しかし、スパイというのは必ず命の危険が纏わりついてくる職業。いくら強力な魔眼があったとしても、生物である以上、自己保存の本能があるでござる。ざっくり言ってしまえば、死ぬのが怖い。

 

「死と隣り合わせの仕事が将来自分に課せられると分かっていれば、不安にもなるでござろう」

「いえ、私が言っているのはもっと根本的なところです」

「おろ? どういう事でござるか?」

 

 お馬鹿ちゃん丸出しの拙者に、イレイナ殿はどこか沈んだ声で問い掛ける。

 

 

 

「初めから将来が決まっている人と決まっていない人———一体どちらが幸せなんでしょうね?」

 

 

 

 それはきっと、国を裏切った70人の魔眼勇者がぶつかり続けた命題で。

 この時の拙者は、それに気付くことが出来なかった。

 

 

 

 

 

 翌朝、過重力のおかげで床でも快眠できた拙者とイレイナ殿は泊めてくれたアリベル殿にお礼と朝食の催促を投げかけ、意外に美味しかったポテトサラダサンドをご馳走になってから写真館を出た。

 

 集合時間の5分前には到着した拙者たち。対してバロル殿が来たのは、集合時間ジャスト。

 

「少し遅かったですね」

「遅刻はしていませんが?」

「12秒遅刻です」

「意外と小さいところ気にするんですね。老けますよ」

 

 イレイナ殿の額に青筋が浮かぶでござるが、もう拙者何も言わない。

 どうもこの2人、相性が悪いみたいでござるな。

 まぁ、どちらにしろ今日でさよならバイバイなので今我慢すれば良いでござる。

 

 相変わらず無機質な表情で、バロル殿は何も言わず歩き始める。そして歩くこと5分足らずで小さな民家に到着。もはや現地集合で良かったのでは? 

 

「おろ?」

 

 ふと、拙者はどこか忌避感を覚える(にお)いに顔を顰める。これは……死臭でござろうか。

 

 拙者の嗅覚は一天四海、三千世界の女子(おなご)をくんかくんかする為に発達を遂げているので、わりと鋭いでござる。その女子専用の鼻腔へ、危篤特有の臭いが叩きつけられるでござるよ。うへぇ…。

 

「ごめんください。バロルです」

 

 バロル殿が民家の扉をノックすると、ガチャ。扉を開けて現れたのは……わお! 痴女でござる⁉︎

 と、対面1発目でこの上なく失礼な感想が浮かんだ拙者でござるが、実を言うと間違ってない。

 

「いらっしゃ〜い。坊や♡」

 

 甘ったるい声で家の中へバロル殿を招き入れようとする痴女……もとい美人の格好は、真っ黒なマイクロビキニ。まだ寒い季節にも関わらず、あまりにも挑戦的で扇情的な服装でござるが、そのバッサリ開かれた背中からは小さなコウモリの翼がパタパタと動いているでござる。ふむ、人間では無いでござるな。

 

「サキュバスですか」

「ほお。初めて見たでござる」

 

 淫魔、と俗称される魔族でござる。

 特徴としては、整った容姿。この容姿で異性にエッチな夢を見せて精気を拝借することを生業にしているそうでござる。

 イレイナ殿曰く、人間社会に溶け込んで暮らしているので探せばわりと見つかるとのこと。今度探してみよ。

 ちなみに、女性の淫魔はサキュバス。男性の淫魔はインキュバスというらしいでござる。

 

 それはさておき。問題は、何故サキュバスが危篤中である初代魔眼勇者の家から出てきたのか。

 あっ、まさか……初代魔眼勇者の精気を吸いまくって危篤状態に陥らせたとか…っ! 

 

「ほ〜ら、坊や。早く入って入って♡」

 

 女性である拙者とイレイナ殿には目もくれず、バロル殿の背中に豊満なおっぱいを押し付けるようにして家の中に連れ込もうとするサキュバス殿。対してバロル殿は、相変わらずピクリとも表情筋を動かさない。

 その若さでその反応もどうかと思うでござるが。

 

「バロル殿。彼女は?」

「初代魔眼勇者の奥方さまです」

「まさかのお嫁さんでござるか⁉︎」

 

 いやまぁ、確かに70年もこの村で住んでれば結婚くらいするでござろうが…。その相手がまさかのサキュバスとは。

 しかし、どうやら冗談ということも無いようで、確かにサキュバス殿の左手薬指にはどこか年季が入っていながらも大切に手入れがされていると思われる指輪が嵌っているでござる。

 

 呆気に取られる拙者でござるが、イレイナ殿に背中を押されて入室。濃くなった死臭で我に返り、部屋の中央に据えられたベッドへ目を向ける。

 そこには、ヨボヨボのお爺ちゃんが浅い呼吸を静かに繰り返しているでござる。彼が初代魔眼勇者でござるか。

 

「ダーリン、あまり長くは話せないの。だ・か・ら、極力手短にお願いね♡」

 

 いちいち誘惑するような甘ったるい口調のサキュバス殿でござるが、どうやらこれは淫魔特有のモノのようでござるな。

 淫魔で人妻とは、だいぶ高レベルな属性でござる。でも嫌いじゃないでござるよ! むしろ好き‼︎

 

 と、空気も読まず静かな期待に胸を膨らます拙者でござるが、それもバロル殿の言葉ですぐに落ち着きを取り戻す。

 

「こんにちは。71代目魔眼勇者のバロルです。あなたが初代魔眼勇者のキュクロで相違ないですか?」

「……あぁ…来た…か」

 

 初代魔眼勇者———“キュクロ”と呼ばれたお爺さんは体を起こそうとするけど、どうやらその体力すらもう無いようでござる。

 なので、拙者はさり気なく下から上への過重力を彼に掛けて手助け。加えてイレイナ殿も魔法でゆっくりと体を起こしてあげる。

 

 何もせず突っ立ったままのバロル殿は、昆虫じみた瞳をキュクロ殿に向けて続ける。

 

「相違ないか、と聞いているんです」

「……あぁ。その通り」

「僕は、あなたに聞きたいことがあってここに来ました。質問に答えてもらいます。ですがその前に……」

「ちょっ⁉︎バロルさん!」

 

 おもむろにバロル殿は碧眼———発動した魔眼を、人数分のお茶を淹れてきてくれたサキュバス殿へ向けたでござる。

 バロル殿の目は“死の魔眼”。本人曰く、見たものを問答無用で殺す魔眼———まずい! 

 

「イレイナ殿!」

「はい!」

 

 拙者は素早くローブを脱ぎ、バッと広げてバロル殿の顔面へ投げつける。さらにその上からイレイナ殿が魔法で顔面にローブを押さえ付けたでござる。

 これでなんとか視界を閉ざした。

 

「サキュバス殿! 早く外へ!」

 

 つい今しがた会ったばかりの相手とはいえ、問答無用で殺されるのを放置するわけにもいかない。

 とにかく外へ出るように促すでござるが、サキュバス殿はまるで今の光景が見えていないかのようにお茶をベッド横のサイドチェストへ並べているでござる。マジか⁉︎

 

「バロルさん! いきなりなんのつもりですか!」

「あなた達こそ、何故邪魔をするんですか? 僕は魔眼勇者……この村に潜入して、滅ぼす為に来たんですよ?」

「それはそうかもしれませんが、今やることではないでしょう!」

「早いか遅いかの違いです。早くこのローブを離してください」

 

 季節柄、厚手のローブを着ていて助かったでござる。生地が透けてみえるということも無いようでござるな。

 まさかここにきて仲間割れになるとは思わなんだ……。こいつ、やべぇでござるな。

 

 いっそここでバロル殿を叩き伏せるというのもありでござる。

 拙者とイレイナ殿の仕事は、この初代魔眼勇者キュクロ殿の確認。確かにキュクロ殿は裏切り、加えて他の魔眼勇者も悉く裏切っていたことは確認済みでござる。つまり、拙者たちの仕事は既に終わっている。

 ならば、バロル殿を気絶させてあの国に連れ帰ってしまうのが1番安全な方法でござるな。

 

 やる事を決めた拙者は抜刀。イレイナ殿と頷き合い、バロル殿を無力化する為に動こうとしたところで———ピタッ。

 体が……いや、()()()鷲掴みにされたかのように一切の行動が取れなくなったでござる。

 

「あまり…人の家で、暴れないでくれないか……?」

 

 こちらに向けられたキュクロ殿の瞳が翡翠色に変わってる。体を起こす体力は無くとも、目は向けられる。目が向けられれば、魔眼は使えるということでござるか。

 

「そのままでいい……ワシの話を聞いてくれ…。……バロルよ。彼女を殺すかどうかは、それから決めてほしい……」

 

 どうやら話し終わるまで魔眼を解除する気はないらしいキュクロ殿は、そのまま語り始めたでござる。

 

 

 

「ワシは生まれてすぐに、魔眼を持っていると発覚した」

 

 きっかけは、ほんの些細なもの。赤ちゃんだったキュクロ殿は、誰もがそうするように母親の顔を見続けたそうでござる。

 すると、キュクロ殿の母親は「オギャーオギャー」と、まるで()ちゃ()()()()()()かのように泣き喚き出した。続いて、父親も。

 

 明らかな異常事態に、国は外部から魔法にも造詣の深い医者を呼びまだ赤ちゃんだったキュクロ殿を診察。

 結果分かったことは、瞳に異常なまでの魔力が溜まっていたこと。そして、その魔力を帯びた瞳が他者の精神に影響を与えること。

 

「“鏡像の魔眼”……ワシの魔眼は、見たものをワシとまったく同じ精神状態に陥らせると分かった」

 

 それは言わば、キュクロ殿が見た相手をキュ()()()殿()()()()()()()———価値観、倫理観、行動原理など、全てがキュクロ殿と同一のものになる(おぞ)ましい魔眼でござった。

 

 本来ならば忌み子として即刻殺されていたでござろう。しかし幸か不幸か、時代が彼を救った。

 

「魔族との戦争で負けたばかりだった祖国は、ワシを神の子として祭り上げた」

 

 それが魔眼勇者の起源。敗戦国の怨讐が生んだプロパガンダ。

 当時の王様は、彼を利用すれば敗戦の汚名を返上できると考えたとのこと。

 

「それからワシは15歳になるまで、あの勇者学校という名の監獄でありとあらゆる教育を受けた」

 

 戦闘、潜入、サバイバル、果ては料理や楽器演奏まで。当時の国が持つ全てをキュクロ殿は叩き込まれた。

 それはひとえに、王様の復讐心を満たすため。敗戦に導いた無能な王という汚名を払拭する為。

 キュクロ殿は、ただただその為の道具として利用され、消費されるだけでござった。

 

 そして王様の言いつけ通り、魔王村に潜入。

 

「……そこでワシは、本当の人生というものを知った」

 

 皮肉なことに、キュクロ殿は魔王村に潜入して初めて自由というものを手にしたでござる。

 手を繋いで歩く親子。腕を組んで歩く恋人。声を張り上げて商品を売る露店。

 そんな当たり前の光景は、キュクロ殿にとって勇者学校の柵越しに見る一種の創作物だった。

 

「……その景色は、当時のワシにとっては極彩色に見えたよ。それが目の前に、手を伸ばせば届く場所にある」

 

 その時、キュクロ殿の心に一つの疑問が浮かぶ。

 

 この誰もが当たり前のように享受できる日常を、思わず抱き締めたくなる光景を———自分のようなつまらない人間と同じものに堕として良いものか。

 

 鏡像の魔眼を使えば、目に映る魔族全てを自分と同じ存在にすることができるでござる。

 でもそれは結局、キュクロ殿が求めて止まなかったものを自分の手で壊すということ。極彩色の輝きを、灰色の怨讐で塗り潰すということ。

 

 ———だから、キュクロ殿は決めたでござるよ。

 

「ワシはただ———ブギーマン(将来への不安)に追いかけられただけだった」

 

 このまま使命に従って魔王村を滅ぼせば、自分は死ぬまで魔眼勇者であり続けることになる。

 

 だからキュクロ殿は国を裏切り、魔眼勇者であることを止めた。

 

「過去からは勇気を貰い、未来からは希望を授かり、人は現在(いま)を生きることができる。だが魔眼勇者であり続ける限り、ワシには勇気(過去)希望(未来)もありはしなかった」

 

 そう言って、キュクロ殿は自身の半生を締めたでござる。

 

 

 

 

「…………」

「…………」

「…………」

 

 拙者、イレイナ殿、バロル殿は夕陽で赤く染まった広場のベンチで並んで腰を下ろしていたでござる。

 先ほど聞いた話と、その後の光景から口を開く気にもならない。

 

 あれから話し終えてすぐ、キュクロ殿は激しく咳き込み喀血までしてしまったでござる。

 すぐにイレイナ殿が時間逆転の魔法で治療を試みようとしたでござるが、それはキュクロ殿本人から手で制されて止められた。

 そしてその手を、サキュバス殿が握って———恐らくもう拙者たちがキュクロ殿と言葉を交わすことは無いでござろう。

 

 いつの間にか魔眼を解除されていた拙者とイレイナ殿は、最終的にサキュバス殿へ手を出さなかったバロル殿と共に民家を出て今に至るでござる。ていうかローブ被ったままだから手が出せないが正解でござるが。寒いから返して? 

 

 ローブに着いたバロル殿の涎を彼の服でゴシゴシ落としていると、先ほどの民家の方からサキュバス殿が歩いて来た。

 相変わらずのマイクロビキニ姿でござるが、はっちゃけた格好とは裏腹にその顔は暗いでござる。まぁ、当たり前でござるな。

 一応バロル殿の瞳が翡翠色に変わってないかを確認。安全確認ヨシ。

 

「あの人から坊やに伝言よぉ。『好きに選びなさい』、て」

「それはつまり、今からあなたを殺してこの村を滅ぼしても構わないと?」

「そうね。今殺されれば、あの人に追いつけるかしら」

 

 サキュバス殿はどこか捨て鉢な返答。

 

 魔眼勇者とはいえ、キュクロ殿は人間。対して魔族はどれも長命でござる。

 だから、()()()が来ることは覚悟の上だったのでござろう。

 

「……1つ、聞きたいことがあります」

「なーに?」

「何故あの時、一切逃げようとしなかったのですか?」

 

 バロル殿が尋ねているのは、拙者とイレイナ殿が魔眼でサキュバス殿を殺そうとした時のことでござろう。

 あの時サキュバス殿は、まるでそれも日常の一風景であるかのように平然としていたでござる。

 

「もう慣れちゃったもの。あの国からやってくる魔眼勇者はみんな、あの人を訪ねて来て、最初に私を殺そうとして、そしてあの人に止められる。毎年毎年、人が違うだけの繰り返し。でもね———私にとっては、1年に1回の楽しみなのよ」

「命を狙われることが?」

「だって、あの人が守ってくれるんだもの。好きな人が身を挺して守ってくれるなんて、女の子が一度は憧れるシチュエーションじゃない?」

 

 そう語るサキュバス殿は、まるで初恋に憧れる少女のようにはにかんだ。

 

「———あなただったんですね。あの国に、キュクロさんが危篤であると手紙を出したのは」

「そうよ。いつも魔眼勇者が来る時期にはあの人、保ちそうになかったから」

 

 そっか。拙者とイレイナ殿にこの依頼を出した国からすれば、70年前に消息を絶った神の子が、突然生存確認されたということ。

 ならば国としては、動かないわけにはいかない。例えキュクロ殿のことを覚えている人がいなくても、彼は国の重要人物でござる。

 そして国から派遣させるのは魔眼勇者。拙者とイレイナ殿はあくまでイレギュラーな戦力でござる。

 

 その魔眼勇者は確実にキュクロ殿を訪ね、近くにいる魔族(サキュバス殿)を殺そうとして、そして守られる。

 それをサキュバス殿は、キュクロ殿との末期(まつご)の思い出にしたかった。

 常人には理解できずとも、彼女にとってはそれが70年繰り返したランデブーでござったのだろう。

 

「つまり拙者とイレイナ殿は、知らず知らずのうちにお主らオシドリ夫婦のデートの盛り上げ役になっていたわけでござるか」

「巻き込んでしまったことは謝るわ。ごめんなさいね」

「構わぬよ。サキュバス殿の一世一代の大勝負。その一助になれたと思えば、誇らしいでござる」

「ふふ……優しいのね」

 

 サキュバス殿は微笑みを浮かべて拙者の頭をなでなで。イレイナ殿も、仕方ないかと言った感じでため息を1つ。でも、気分を害したようには見えぬな。

 

 あと残る問題は1つだけ。バロル殿の今後についてでござる。

 

「バロルさんは、これからどうするんですか?」

 

 彼がこの魔王村を滅ぼすにせよ、そうでないにせよ、旅人である拙者とイレイナ殿の関知するところでは無いでござる。

 拙者たち諸共殺すとなれば、魔王村と手を組んで彼を無力化するでござるが。

 

 しかし、どうやらその心配も無用でござるな。

 

「僕は……僕も、あの国を裏切ります。魔眼勇者であることよりも、もっと意義のありそうなことをこの村で見つけましたから」

 

 この村に派遣された彼以前の魔眼勇者も、きっと同じ想いだったのでござろう。

 今まで何も映していなかったバロル殿の顔には、どこか決意の色が見て取れる。

 

「僕も先輩たちと同様に、この村で何か自分に出来ることを見つけました」

「それはどういったものでござるか?」

「とりあえず害虫駆除なんかをやってみようかと。僕の目なら、見ただけで殺すことができますから」

「なるほど。案外天職かもしれませんね」

 

 “分析の魔眼”を持つ勇者はポップコーン屋に。

 “闇の魔眼”を持つ勇者はカメラマンに。

 “光の魔眼”を持つ勇者は夜間警備員に。

 そして、“死の魔眼”を持つバロル殿は害虫駆除業者に。

 

 もう、70年も裏切りが繰り返されてきたでござる。今さら71人目が裏切ったところで、大した問題では無いでござろう。

 

「ですが、僕が裏切ったのに報告の為にノコノコ国へ帰っては、お二人の身が危ないですね……」

「心配には及びませんよ。こういう時の対処法は熟知しています。ね、モミジさん?」

「然り。この程度、危機のうちにも入らぬよ」

「……参考までに、聞かせて貰えますか?」

 

 ふむ。あまり褒められた方法ではないでござるが、これも融通の効かないバロル殿への餞別でござる。

 

 拙者とイレイナ殿は「せーの」と息を合わせて、

 

「「 バックレる 」」

 

 困った時はこれに限るでござるな。

 

 拙者たちの回答にバロル殿は目を丸くして———クスリ、と。

 初めて年相応の笑顔を見せたでござる。

 

「いつかその時がくれば参考にさせて貰います。それでは、お気を付けて」

 

 そう言って71人目の裏切り者は、憑き物が晴れたかのように拙者たちを送り出してくれたでござるよ。







はい、いかがでしたか?時にはバックレるのも大切ですよね(白目)

Q.結局これってどういう話?
A.誰からも羨まれるような地位のある人も、やっぱり将来に不安を抱えてるよ(´・∀・`)

生きている限り、将来への不安って消えませんよね。
学生も、社会人も、定年退職した方ですら、何が起こるか分からない未来は不安増し増しです。現実って怖い……。

ちなみに、原作でも淫魔なる魔族は登場しています。珍しく少しだけアレな話が強め。6巻です。買いましょう(販促)

ps.次回はアニメ終盤で視聴者の度肝を抜いた妹が登場予定です。新規絵可愛い♡
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