武士の旅々   作:技巧ナイフ。

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はい、やっと終わりです!


武士の少女 後編

 最初に違和感を感じたのは昨晩。彼女からベッドの中で実家のお話を聞いた時です。

 初めて剣を持った日、手練手管やら智略戦略を凝らして内弟子50人以上と父親を倒したと言いました。しかしそんな事が可能なのでしょうか? 

 

 答えはわかりませんでした。

 

 

 もしかしたら剣の神様がモミジさんにデレデレで冗談のような才能を授けたのかもしれません。

 逆に、ちょっと見栄を張って話を誇張してるかもしれません。

 その場に居合わせず、話だけでしかその状況を知らない私には判断出来ませんでした。

 ですが、先ほどのパン屋さんで見せた剣と魔法を組み回せた戦闘技術。あれは間違いなく本物です。あまりにも使い慣れていました。

 過重力を自分に掛けて室内を飛び回る。それだけなら私にもできます。

 しかしそれは、杖であれば、という注釈が付きます。

 刀のような長物を持って、あそこまで変幻自在な軌道はできません。確実に体捌きが間に合わず、5回も保たず壁や床に激突するでしょう。

 だから、彼女の技術は本物です。

 ですが、彼女の技術が本物ならば今度は別の疑問が生まれます。それは私達の初対面の時まで遡ります。

 モミジさんは、土下座で魔法使いでもなんでもない山賊に許しを乞うていました。刀で撃退しようとしたけど錆びて抜けず、テンパって魔法も使えなかった、と。

 

 それは本当でしょうか。あの狭い室内の中、剣にも槍にも怯まず戦える彼女が、本当にそんな事態に陥るでしょうか。

 

 私ならば、こう結論します。———ありえない。

 

 

 

 

「あなたの目的は何ですか?」

 

 質問すると、モミジさんは右手を刀の柄———杖に掛けました。私は身構えます。

 先ほどまでのニコニコふわふわした雰囲気はありません。彼女の目は、覚悟を決めた武人のそれです。

 なんの覚悟でしょう? 例えば……殺害。

 

「気付いてしまったのでござるな」

 

 さらに左手が鞘を掴み、腰から抜かれました。そして体の前面を通して———ポイ。無造作にベッドへ放りました。あれ? 

 

「あれ?」

「うん? どうしたでござる?」

「いや、あれ……? 刀、抜かないんですか?」

「何故でござる? 拙者、刀の柄を持って食事を摂る習慣はないでござるよ?」

「あ、はい」

 

 どうやらモミジさんは単に座る為に腰から刀を抜いたそうです。確かに腰にあんな長物があったら座りにくいですしね。

 

 ……って! いやそうではなくて⁉︎

 

「ここは『ならば仕方なし。口封じの為に死んでもらうでござる』となって、激しいバトルに突入……って流れじゃないんですか?」

「拙者、激しいバトルをしながら食事を摂る習慣もござらん」

「あ、はい。すみません」

 

 なんか正論言われました。さっきまで『子どもは2人欲しい』とか『受け攻め』とか戯言のたまってた口から言われると、非常に悔しいものを感じます。

 怪訝な顔でこちらを見るモミジさんですが、チラチラとパンの入った袋に視線が泳いでいます。どうやら早く食べたいようです。

 

「どうぞ」

「かたじけない」

 

 察しの良い私は、話を中断して彼女に食事を促します。すると先ほどまでと変わらないニコニコふわふわな表情でパンに舌鼓を打ち始めました。なんですか、さっきの一瞬作ったシリアス顔は。

 なんだか激しい勘違いをしていた自分に対して、恥ずかしいやら悔しいやらで顔に熱が集まるのがわかります。あぁもう! ほんとにもう! 

 

「郷に入りては郷に従え、でござる」

「はい?」 

「拙者はただ、ルールを守ることを念頭において行動していただけでござるよ」

「……あの、なんの話ですか?」

「うん? 拙者が山賊に土下座で謝っていたことを聞きたいのではござらぬか?」

「えぇ、まぁ」

 

 今度は私が怪訝な顔をする番でした。後ろを向いて羞恥に悶えていた私は、もう一度モミジへと目を向けます。

 彼女は微笑んでいました。しかし、その笑みは今まで見てきた幼さが多分に含まれたものではありません。

 どこか達観した、変えようのない価値観を語るような。母親が子どもに言い聞かせるような。そんな諦観と慈愛が混ざったような、どこか大人っぽい笑みです。

 こんな顔ができたんですね。

 

「すみません。どういう意味でしょう?」

 

 だから私は居ず舞いを正して向き合いました。これはもしかしたら、彼女にとってかなり重要な話をするかもしれないから。

 

「あ、そんなに重い話はしないでござるよ」

 

 私はベッドに寝転がって話を聞くと決めました。お布団好き。

 

「郷に入りては郷に従え。旅人の基本でござるな」

「そうですね。私達は結局のところ、ただの通りすがりですから」

「然り。旅をしていれば、色々な価値観に出会うでござる。それは食べ物、マナー、コミュニケーション、果ては家族の在り方まで。多種多様で、旅を始めた頃は目が回りそうだったでござる」

 

 あはは、と照れ笑いを浮かべてモミジさんはパンを齧ります。

 

「村の数だけ、街の数だけ、国の数だけルールがあるでござる。旅人である以上、他所者である拙者達がそのルールに異を唱えることは……まぁ自分に火の粉が降り掛からなければ少ないであろう?」

「そう…ですね」

 

 私は目を逸らしました。わりと何度か…いえそれなりに……頻繁に? 異を唱えた記憶がそこそこあります。

 いえ、でもあれは正当防衛とか依頼であったとかですし、別にいいですよね……? 

 

「規模に関わらず、人里にルールが生まれるのは当然の帰結でござる。じゃあ———()()()()()()?」

「っ⁉︎」

 

 それは……どうなんでしょうか。私は国と国の間を移動する際、ほとんどほうきの上にいます。なので当然山賊に絡まれるという経験はほぼ無く、攻撃されることもありませんでした。いつだって私が巻き込まれる厄介事は人里で起きています。

 

「正解は、自分のルールに従う、でござるよ」

 

 まぁそうでしょう。この話の流れからなんとなく察していました。

 

「それだとモミジさんは、旅の道中襲われたら抵抗せず許しを乞うのがルールってことになりませんか?」

「残念ながら違うでござる。イレイナ殿が見た姿は、自身のルールを実行している前段階でござる」

「じゃあ、あなたは何をしようとしていたんですか?」

 

 そう聞いた瞬間、モミジさんは表情を消しました。ゾッとするほど美しく、けれど肝が冷えるほど恐ろしい。

 

 

 

「拙者は———()()()()()()としていたでござるよ」

 

 

 殺す。それは私の知っている彼女に世界で1番遠い言葉のように感じられました。でも、今の表情を消した彼女には何故か当たり前のようにも感じられました。

 意図せず早まる鼓動を誤魔化すように、私はもう一度服の中で杖を握ります。

 

「拙者は旅を始める時、最初にこのルールを作ったでござる。もし治安維持機関や法執行機関が無い場所で襲われた場合、下手人は殺すと。あの時もそうでござった。……幸せなことに、まだ経験はないでござるが」

 

 そう言って、またモミジさんは私の知ってるモミジさんに戻ってくれました。

 

「でも待ってください。私が助けた後、あなたは『命の恩人でござる〜』とか言ってたじゃないですか。あれは嘘だったんですか?」

「恩人でござるよ? イレイナ殿は、()()()()()命の恩人でござる」

「それでどうしてあなたが感謝するんですか?」

「拙者、元々あの時は物を全て奪わせた上で後ろから頸をへし折る腹積りでござった。油断したところを苦しませないよう一息に」

 

 そうして、モミジさんはため息を吐いて一言。

 

「それでもやっぱり殺すのが怖かったんだよ。自分で決めたルールでも」

 

 あの取って付けたような口調をやめて、言いました。

 それで泣いていたんですね。ただ泣き虫なだけかと思いましたが、あの時は自分へと害をなす山賊の方々の無事を喜んで。

 

「だから、拙者はイレイナ殿に星の数ほど感謝しているでござる」

「そうですか」

「……未遂とはいえ人を殺そうと考えた拙者のこと、嫌いになったでござるか?」

 

 モミジさんは、不安げに涙目で尋ねてきます。やっぱりただの泣き虫です。

 

 ———嫌いになるわけないじゃないですか。

 自分が決めたルールに従おうとして。でも怖くて泣いて。だけど頑固なところがあるから変えられなくて。結果的に殺そうとした人達が助かったことに安堵して。それを喜んで。

 自分を襲ってきた相手が助かったことに喜べる優しいあなたを、嫌いになるわけないじゃないですか。

 

 ですが素直じゃない私はそれを口に出さず、まったく別の提案をします。

 

「モミジさん。パン食べ終わったら、もう一度街に出ましょう。私は本屋さんに行きたいです」

「イレイナ殿……?」

「一緒に来てくれますか?」

 

 私は、彼女に手のひらを向けて差し出しました。

 その手を不思議そうに眺めて、それから私の意図を察したモミジさんは嬉しそうに頷きました。

 

 

 

 それから私達は1日中遊び倒しました。最初は本屋さんに行く予定でしたが、その道中で見つけた雑貨屋さんを冷やかしたり、露店で売っていたクレープを食べたり、あとは大道芸を眺めたり。

 やっと本屋に着いたと思えば、すぐに飽きたモミジさんは退屈そうにあくびしていましたね。あまり本は読まないタイプのようですし。

 手早く買い物を済ませると、2人揃ってお腹の虫が鳴きました。少し遅めのランチは、パン屋さんではなくパスタにして、お互いのを半分こずつして食べました。

 もちろん、お昼を食べた後も私達は止まりません。

 ブティックでモミジさんが試着したり、逆に私がモミジさんの服を着てもみました。意外にも私の方が似合ってたようです。その時何故かブティックの店員さんが、着物は胸が小さい方が似合うという俗説を教えてくれたのですが……おやおや、このお店は客に服だけでなく喧嘩も売るそうですね。

 

 よくよく考えれば私は小さい頃から魔女になるための勉強ばかりでしたので、こういった年頃の女の子同士のようなことをする機会は滅多にありませんでした。

 結局夕方までこのどこまでも普通な国で遊び通し、宿に戻る頃には心地良い疲労感が私達を包んでいました。

 そして軽くシャワーで汗を流し、私達は当たり前のように同じベッドで横になります。さらに当たり前のように、モミジさんは私の首に手を回します。抱き枕でも買ったらどうでしょう。

 

「イレイナ殿」

「なんですか?」

「今日は楽しかったでござるな」

「……えぇ」

「拙者、もしかしたらこの日の為に旅をしていたのかもしれないでござる」

「またそうやって重い事を言う……」

「あはは…冗談でござる」

 

 そう言って、またもやモミジさんは私の首元に顔を埋めます。

 

「イレイナ殿」

「なんですか?」

「拙者を……人殺しにしないでくれてありがとう」

 

 ボソリと蚊の鳴くような声で呟かれた言葉は、静かな安宿の中で驚くほど鮮明に響きました。

 

「……はい」

 

 私は目の前の綺麗な黒髪をできるだけ優しく撫でました。どうかあなたが、このまま優しく穏やかな気持ちで夢を見れますようにと。願いを込めて。

 

 

 

 あっという間に朝になり、私達は国の門を出て向かい合います。お別れの時間です。

 やっぱりモミジさんは瞳にたくさんの涙を浮かべて私に抱き着いています。

 

「それではモミジさん。さよならです」

「あと5分だけ、ダメでござるか?」

「このやり取り、もう6回目なんですが?」

「じゃああと50分」

「魔法ブチ込みますよ?」

 

 既に30分はこの状態でした。私の首はミシミシと悲鳴を挙げ始めています。痛いです。寝違えてないのに、寝違えたみたいな痛みが突っ走ってます。

 どうやら首の音はモミジさんにも聞こえていたらしく、渋々といった様子で離れてくれます。ストレッチがてら軽く回すと、バキバキっとえげつない音が上がりました。

 

「…イレイナ殿。これを」

「これは?」

 

 モミジさんは袖の中から一つ、箱を出してこちらに差し出してきます。

 

「開けてみるでござる」

「えぇ…? あっ、綺麗……」

 

 箱を開けると、中には櫛が入っていました。普段私が使っているブラッシングタイプのものではなく、楕円形を真っ二つに割った感じのものです。さらにその櫛は、紅地の中に美しい黄葉が散っていました。

 

「飾り櫛でござる。髪を梳かすのはもちろん、髪飾りとしても使える優れものでござるよ」

 

 得意げに彼女は語りますが、正直、旅の途中で出会った人から物を受け取るのは嬉しくありません。

 だって……それを見たら思い出してしまいますから。どうしようもなく会いたくなってしまいますから。

 だから、できれば受け取りたくありません。

 

「拙者の国では、櫛を贈ることはプロポーズの意味でござる」

「次の国に着いたら売りますね」

「ひどい……」

 

 涙目になるモミジさん。ちょっとだけセンチメンタルになった私の時間を返してください。

 しかし、めげずに口だけは止めませんでした。

 

「紅葉や黄葉は、拙者の国で『(モミジ)』と呼ぶでござる。だから、その櫛を拙者だと思って毎日身に着けてほしいでござる」

「え、重い」

 

 東国出身の女性はこんなのばっかりなのでしょうか? ちょっと彼女の祖国に行くのが怖くなりました。

 ですが、まぁ…今回に限ってはお互い様かもしれませんね。

 

 私は櫛を箱に戻して鞄に大事に仕舞い、代わりに一冊の本を取り出しました。

 本というより、ノートみたいなものですが。

 

「では私からはコレをあげます」

「えっ⁉︎そんな…貰えないでござるよ!」

「交換です。私だけ貰ってばかりでは不公平でしょう?」

「でも……」

「いいからいいから」

 

 私は彼女の胸にその本を押し付けました。サラシが巻かれてもなお弾力を返してきた彼女の胸に少しイラッときたのは内緒です。

 モミジさんは私から受け取った本をパラパラとめくり、首を傾げました。

 

「これ、何も書いてないでござるよ?」

「当然です。その本は、これからあなたが書くんですから」

「拙者が……?」

「日記帳ですよ」

 

 コレが、私が本屋さんで買ったものです。恐らくモミジさんは雑貨屋さんで櫛を買ったのでしょう。

 お互い相手がこっそり買っていたことに気付いてなかったんですね。そんな小さな事実に、くすりと笑みが溢れてしまいます。

 私は大事そうに日記帳を抱き締める彼女へ、小指を立てて突き出しました。

 

「イレイナ殿……?」

「確かこれは、あなたの国に伝わる約束のおまじないですよね?」

「……っ!」

 

 少し前に別の人と交わしたものです。あの時は、私が差し出された側でした。

 モミジさんは涙を堪えるように一瞬俯き、しかし堪えられなかったのか開き直ったように涙を流しながらとびきりの笑顔で小指を絡ませてきます。

 

「指切りげんまん、嘘ついたら針千本飲ーます♪ 指切った! でござる」

「待ってくださいこれってそんなにヤバいやつなんですか⁉︎」

 

 リスクの大きさが半端じゃありません。というかあの人、私とこのおまじないした時なにも言いませんでしたけど、そういう意味があったんですか……。

 やっぱり東国の女性は重いです……。

 

 どうにも締まらずげんなりする私に、もう一度モミジさんは抱き着いてきました。好きですね、抱き着くの。

 

「また……会えるでござるか?」

「私達は旅人ですから保証はできません。だけど、きっと会えますよ。そういうおまじないなんでしょう?」

「……ん」

「今ではない、いつか。ここではない、どこか。いつかどこかのまだ知らない場所でまた会いましょう。その時にでも、あなたの旅の物語を聞かせてください」

「……承知したでござる」

 

 力強く頷いたモミジさんの頭を軽く撫で、私達は体を離しました。

 今度こそお別れの時です。もちろん、一時(いっとき)の。

 私はほうきに横座りになり、浮かび上がります。

 

「それじゃあ」

「ん。あっ、最後に1つだけいいでござるか?」

「ここはもう素直に別れましょうよ……」

「櫛を受け取ったということは、拙者のプロポーズはOKということでござるから?」

「贈り物ではなく日記帳との交換ですので、当然ながらプロポーズはノーカンです」

「えぇ〜!」

 

 不満げなモミジさんの声につい笑い出してしまいつつ、私はほうきで高く高く飛び上がりました。小さくなっていくモミジさんへと手を振りながら。

 

 

 

 

 自身と同じ名前の景色を眺めながら、刀の鞘に乗った少女が飛んでいきます。

 きっとこの先も丘を超え、真澄の空に照らされて、時には口笛を吹きながら。山越え谷超え、目的地もない一人旅をするのでしょう。

 年齢はまだ若く、10代半ば。長い黒髪と今の季節の風物詩とは真逆のものが刺繍されたローブをなびかせ、飛び続けていきました。

 さて、そんな旅人とは一体誰でしょう? そう、拙者でござ……

 

 

 

 

「やべっ。刀の刃、鍛冶屋に忘れたでござる」






はい、いかがでしたか?ある程度モミジちゃんというキャラクター像を掴めていただけたでしょうか?
この3話を1話にまとめて書き上げようとした自分が恐ろしい限りです。

魔女の旅々にこんなキャラがいたら面白いんじゃね、ということで生まれた子でしたが、我が子のように可愛く感じてしまいます。女主人公書いたの初めてですし。おぉ我が娘よ。

ということで、次回からやっとモミジちゃん視点で話が進みます。気長に待っていただければ幸いです。

ps.ドラマCD面白すぎ。
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