わたしは銃声や金属音が響く博物館を走る。モミジちゃんが派手に陽動してくれてるおかげで、今のところわたしの侵入はバレていないっぽい。
「早く証拠見つけないと」
足音を立てないように忍足で走れば、当然速度は落ちてしまう。それがじれったくて仕方ない。
わたしより年下の子が、わたしより危険な場所で命懸けで戦っているんだもの。早く加勢に行かないと!
「うっ、危な……」
モミジちゃんの方へ加勢に向かうであろう集団が目に入り、咄嗟に身を隠す。彼らも焦っていて視野が狭くなっているらしく、気付かれずに済んだ。
逸る気持ちはあるけど、わたしはこの博物館の構造を知らない。聞いた話だと昨日モミジちゃんと回ったらしいけど、そんな記憶はわたしにはない。
でも一般の人が見て回る道と、従業員用の通路くらいは見分けがつく。感覚を研ぎ澄まして足音や人の気配を探って進めば、潜り込むのは難しくないわ。
「ここじゃない…ここでもない……!」
わたしの視界の中で、多数のルームプレーが前から後ろへ流れていく。そのまま廊下の突き当たり、丁字路に飛び出した時。
「んっ⁉︎」
「誰だぁ!」
武器を持った3人組とバッタリ鉢合わせした。歩いてたから気付かなかった…!
荒っぽい口調に反して、服装は紳士然としたものを着てる。博物館の職員だ。
驚愕の時間はそのまま命取りになる。わたしの体はそれを理解してるみたいで、勝手に動き出してくれた。
「やっ!」
わたしの体は瞬時にサーベルを抜いて3人組に突撃。えっ、なにやってんのわたしの体っ⁉︎
そう思ったのも束の間、3人組は顔を顰めた。なんとか距離を離そうとするけど、それなりにくっついていたせいで互いの足をもつれさせてる。
……そっか。武器持ってるから、下手に振ると同士討ちしちゃうんだ。だからわたし自身が敢えて距離を詰めて、武器による対処を封じる。
そんな判断を一瞬でするなんて凄いじゃない、わたしの体!
「たぁ!」
わたしの頭がわたしの体を褒めるという斬新な自画自賛をしながら、まずは目の前の1人の武器をサーベルで弾き飛ばす。そしてその人をすかさず掴み、ドン! 2人目に押し出して通せんぼ。
その間にわたしへと剣で斬り掛かってきた3人目の懐へと潜り込んで、顎をサーベルの柄尻で殴って意識を飛ばしてやる。
倒れ込む3人目から剣をもぎ取って、重なってる2人へ無造作に投げつけて牽制。一気に距離を詰め、サーベルの腹———刃の付いてない部分で側頭部を殴りつけて気絶させる。
「えっ……わたし強いじゃん」
もしかして記憶失う前のわたしって人斬りとかじゃないよね……?
内心ちょっと引いていると、今倒したうちの誰かの懐からカランと音を立てて木製の棒が落ちました。
(これって…魔法使いの杖?)
楽団の指揮棒のような作りをしたものは、それで間違いないはず。でも、どうしてこんな物を持ってるの?
……ううん、違う。
「もしかして……!」
わたしは1つ思い至り、この人たちの体をまさぐる。あ、もちろん変な意味じゃないわよ?
全身くまなくチェックすると……出てきたわね。
「……やっぱり」
3人のうち2人の懐からも杖が出てきた。この場には杖が3本。つまり、この3人は全員魔法使いだったわけだね。
さて、困ったわね。わたしは魔法が使えないから、今この3人を拘束する手段がない。とりあえず杖はまとめてへし折っておいて、各々の武器は回収しておこうかしら。それくらいしか出来ることないもの。
迅速な行動を求められる今、迷ってる時間はない。武装解除だけ済ませて引き続き館長室を探そうとすると———目の前に中年の男性が立っていた。
両手に剣が一振りずつ。倒した3人と同じような格好をしてるけど、その雰囲気からは只者じゃないことがヒシヒシと伝わってくる。
「もう閉館時間だというのに、忍び込んだねずみというのは君のことかな。お嬢さん?」
「あなたは?」
「これは失礼。この博物館の館長を務めるテノールという者だ」
慇懃無礼な態度は、果たしてわたしを見下しているからなのか。
それとも、問題なくわたしを倒せるという余裕から来るものなのか。
「一応聞いておこう。君は何をしに来たのかな?」
「あなたと、あなたの部下達を捕まえに来た。とっても悪い人達だから捕まえてって、この国から依頼されたわ」
「ほう。あの愚図どもが遂に動いたか。やはり昨日発砲したのはまずかったかな」
まるで他人事のような物言いに、わたしは怒りが込み上げてくる。人を傷付けておいて……!
「まぁいい。君を撃退すれば今日も明日も明後日もいつも通り活動できる。なにせこちらにはコレがあるのだからな」
そう言って、両手の剣を構えた。それは堂に入ったもので、かなりの腕前であることを伺わせてくる。
(でも、やるしかない)
わたしはサーベルを構え、彼に向けて踏み込んでいく。
「ガッ……」
刀の峰で最後の1人を気絶させました。博物館内は私の大立ち回りと職員さんの作った弾痕のせいでひどい有様です。
(変だな。誰も魔法を使ってこなかった)
門兵さん曰く、ここの職員のほとんどは魔法使いだそうです。なので私も最大限警戒していたのですが、誰一人として魔法で攻撃してきませんでした。
わざわざ危なっかしい手付きで扱う武器の対処をしただけ。正直、戦闘というよりは近付いて殴るっていう作業に近い印象だったよ。
一応私は刀———正確には柄を振って、倒れ伏してる職員を全員魔法で後ろ手に拘束します。もし魔法を使う相手なら、継続戦闘を考慮して両手首を斬り落とさないといけなかったけど、この人達なら普通の手錠で十分だね。
さらにその人達を背中合わせに丸く並べて、手錠同士を私自身ですらよく分からないくらい適当に繋げ合わせて……完成! これをすることで足枷が必要なくなるの。どう頑張ってもこの人数で息を合わせて歩くなんて無理だからね。逃走なんて以ての外。
「さてと……アムネシアさん、結局来なかったな」
証拠の盗品探しに没頭してるってだけなら問題無いけど、流石に時間がかかり過ぎてる。逃げてくれたならいいけど、もし何処かで敵と鉢合わせしていたらだいぶ危険だね。
「モミジちゃ〜ん! 助けて〜!」
「っ‼︎」
アムネシアさんの助けを呼ぶ声が聞こえて、私は振り向きます。どうやら博物館の奥に続く通路からのようです。
私はすぐにそちらへと走り出しました。
「アムネシアさん! 大丈夫⁉︎」
「よいしょ…よいしょ……っと。あっ、モミジちゃん」
見ると、アムネシアさんが男性4人をわっせわっせとまとめて引き摺っていました。すごく辛そう。顔真っ赤だし。
「その人達は?」
「わたしが鉢合わせした人達。この人が館長ね」
「アムネシアさん、怪我ない?」
「それは大丈夫。ていうか、怪我を言うなら館長の方が深刻かもしれないわ」
「あいたたた……お嬢さん、もう少し優しく運んでもらえないか?」
「んー?」
館長と呼ばれた人が抗議すると、アムネシアさんはイラッとした顔になります。美人がイラッとすると結構怖い……。
とりあえず私はその4人も魔法で拘束して過重力も起動。ここまで頑張って運んでくれたアムネシアさんに代わって、ボールくらい軽くなった彼らを先ほどまで戦っていた場所へ蹴り転がしていきます。
「あっ、痛い! 腰が! 腰から今までの人生で感じたこと無い痛みが駆け抜けていくぅ!」
「館長だけめちゃくちゃ元気じゃん」
「まぁ、腰以外は元気かも」
「……何があったの?」
アムネシアさん曰く、超ラスボス感出して登場した館長テノールさんは剣を両手に持った二刀流スタイルだったそうです。その剣で向かってきたアムネシアさんを迎撃しようと振りかぶったところ、腰がギックリいってしまったとのこと。
なんじゃそりゃ、と私は思いましたし、
「なんじゃそりゃ」
と口にも出しました。
「だから言ったじゃないすか館長。2本はやめとけ、て」
「いやでも館長だよ? やっぱり他の職員と一緒だとキャラ立たないじゃん」
「そういう無駄な個性に拘るから腰やるんすよ」
「なんだと! あっ…怒鳴ったら腰がいたたた……」
私が拘束したメンバーとそんなゆる〜い会話をしています。さては反省してないな?
「あっ、そういえば」
私と一緒に冷ややかな目を向けていたアムネシアさんは、突然ポンと手を叩きました。
「この人達、どうして魔法使わなかったんだろう?」
「あ、それ私も思った」
「あら? モミジちゃんのほうも?」
「うん」
私1人がこれだけの人数をあっさり倒せたのは、やっぱりそれが1番の要因だと思います。もしあの中の半分でも魔法使いがいたら、未だに戦闘中だったことでしょう。魔女が1人でもいたら負けてただろうし。
でも、門兵さんから聞いた話だとほとんどの職員が魔法使い。これは不思議なものです。
とりあえず私は気絶してる全員を叩き起こし、1つ質問してみました。
「この中で僕、私は魔法使いだよ〜って人〜?」
「「「「「 はーい! 」」」」」
「ほぼ全員じゃん……」
拘束されてるので、お口でお返事してくれました。マジか。
すかさず今返事した連中の服の中をまさぐり、出てきた魔法の杖をへし折ります。危ない危ない。
「結果的にわたし達にとっては良い方向に働いたけど、なんであなた達は魔法使わなかったの?」
「「「「「 ………… 」」」」」
アムネシアさんの疑問の声に、職員は顔を見回せ、
「「「「「 ふっ 」」」」」
何故か不敵に笑いました。
『まったくこのお子様は、何も分かってないな』とでも言いたげです。
「館長、言ってやってくださいよ」
「そっすよ。この何も分かってない甘ちゃんどもに」
「まったく…男の浪漫が分かってねーなー」
「ま、この浪漫に男も女もないと思うけど」
口々にこちらを小馬鹿にしてくるので、こめかみに青筋がビキっと浮かびました。パピ上もそうでしたが、大抵男の浪漫と名のつくものはゴミと同義です。
冷ややかな目になっていく私達を他所にそのよく分からない浪漫について談笑を始める職員一同。その一同から視線を受け、腰の痛みに耐えて館長はドヤ顔を浮かべてのたまいました。
「——— 魔法使いなのに武器で戦うという一見非合理的な矛盾、めちゃくちゃカッコ良くない?」
「しょーもな」
アムネシアさんのどこまでも呆れきった声が博物館内を支配しました。
「モミジちゃんもそう思うわよね……あら? どうして顔真っ赤にしてそっぽ向いてるの?」
「……いや、うん……ちょっとね…」
驚くほど私が魔法使いやってる理由と被ってて、めちゃくちゃ恥ずかしくなったのは内緒です。
(アムネシアさんにしょーもなって言われた……)
密かに深めの傷を心に負ったのも、内緒です。…やべっ、ちょっと涙出た。
顔の熱が引けるのを待ってから、アムネシアさんに警察へ通報してもらいました。そのまま宿に戻ってもらいます。記憶を失ってる彼女からすれば、いきなり国から依頼されて、いきなり夜に行動開始でしたから、私との疲れ具合は比べ物にならないもんね。
駆けつけた警察の中には、あの門兵さんもいました。私は彼と並んで、連行されていく博物館の職員を眺めます。
「怪我はないか?」
「うん、大丈夫」
「そうか」
門兵さんは気まずそうに、しかし沈黙が流れればさらに気まずくなると分かっているようで無理矢理話し掛けてきます。
「成功報酬は明日……というかもう今日になってしまったな。昼頃に君達の泊まる宿に届ける」
「そう」
「助かったよ。君達はこの国の英雄だ」
「そんな大層なものじゃないよ」
「だが……」
「———ねぇ」
私は昇り始めた朝日に照らされながら、彼の顔を見ないように言葉を遮ります。
「———無理に話し掛けないでいいんだよ?」
きっと、話すだけでも辛いはず。だって彼の声は
「……もしかして気付いているのか?」
「なんとなくね。本当は最初からおかしいと思うべきだったんだけど」
「そうか」
彼は空を仰ぎます。白み始めた空の光で顔を隠すように。
「———
最初からおかしかったんだ。今も、そして依頼された時も。
門兵の彼の仕事は、当然門を守ること。入国者がいれば入国審査をすること。怪しい人や物が国に入らないよう見張ること。
この人が門兵であることは間違いない。でもじゃあ、どうしてこの門兵さんが今ここで職員が連行されている姿を眺めているのか。
そもそも違和感は最初からあった。
1つ。まずこの人が1人で門番をしていたこと———本来門番は有事の際を考慮して2人以上立てるのがセオリーなはず。
2つ。私とアムネシアさんが武器ではないと証明する為に一旦入国した時も着いてきたこと———明らかにそれは門兵の仕事じゃないはず。
3つ。私達が詰所に行った時、誰も話し掛けてこなかったこと———本来部外者である私達が入ってくれば、1人くらいは私達の素性を彼に尋ねるはず。
1つめと2つめは人手不足だからで説明がつくけど、それにしては港にたくさん警備の人がいた。だからそれはない。
3つめは、明らかに不可思議でしかない。でも1つだけ上手く説明ができる。しかもこの説明なら、1つめと2つめもの理由にもなります。
避けられているから、1人で門番をやらされていた。
避けられているから、誰も彼の持ってくる仕事を引き受けてくれる人がいなかった。
避けられているから、誰も彼に質問しなかった。
じゃあ避けられている理由は何? この平安の国カイヤナイトで、わざわざ一介の門兵を村八分のような状況に陥らせるものは?
簡単だよ。どこの国でも大して変わらない。彼の親族の誰かが、犯罪に関わっていたってこと。
そして目下この国で下手人が分かっていても手が出せない犯罪なんて、1つしかなかったんだからね。
「父は…いつから変わってしまったんだろうな。小さい頃はただ博物館を良い物にしようと奮闘するだけの普通の館長だったのに」
「…………」
「父が自慢気に語るから、自分も刀剣が好きになっていた。この国じゃ大して役に立たない知識ばかり入れるのが、楽しかったのに」
「…………」
「入国する人達に父の博物館を観てほしくて、宣伝する為に門兵にまでなったというのに」
ポタポタと彼の足下に小さな染みがいくつも出来ては、朝日がそれを乾かしていきます。まるで彼が悲しむことを許さないように。
「あなたは、1人で耐えてたんだね」
「違う。ただ目を背けていただけだ」
「もう意地張らなくていいのに」
私は彼の顔を見ないようにして背中をさすってあげます。本当は抱き締めるくらいした方がいいのかもしれないけど、男を抱くのはちょっと勘弁。
「あなたの名前、なんて言うの?」
「アルトだ」
「そっか」
門兵改めアルトさんに、私は笑い掛けます。
「この国の人はさ、英雄のお願いなら聞いてくれるかな?」
「ある程度ならば叶えてくれるだろうな」
「そっか。じゃあ、1つ頼んでみようかな」
彼の名前も分かったことだしね。
「ただいま〜」
私は寝ているであろうアムネシアさんを起こさないよう小さな声で安宿の扉を開きます。
「あ、おかえりモミジちゃん!」
「あれ? 起きてたの?」
予想に反して、アムネシアさんは起きていました。パジャマ姿でベッドに腰掛けで枕を抱いてるの可愛い。
「えへへ〜。モミジちゃんと一緒に寝たいなって思って待ってたのよ」
「それはもう死ぬほど嬉しいけど、疲れてるんじゃない?」
「それはモミジちゃんもでしょ。ほら、こっちおいで?」
「でもまだお風呂入ってないし」
「起きてから入ればいいじゃない」
まぁ、確かに疲れ果ててるからそうしたいけど……。でも一緒に寝るのにそれはちょっとね。
「軽くお湯だけ浴びてくる」
アムネシアさんに臭いとか思われたら自害する自信があります。可愛い女の子の言葉はそれだけの効力があるのです。
なので私は彼女を待たせないよう迅速かつ丁寧に全身くまなく洗い、髪を乾かしながらお風呂場から出ました。
すると、既にウトウトと船を漕いでるアムネシアさん。やっぱり疲れてるじゃん。
私は軽く彼女の体を押し倒して、添い寝の姿勢を取ります。相変わらずいい匂いするしゅき♡
眠気まなこのアムネシアさんを抱いて、すーはーすーはーすーはーすーはーすーはーすーはーすーはー癒しを鼻から脳へと送り込みます。
あ゛ぁ゛ぁ゛疲れが消えて無くなるぅ゛ぅ゛。
「その…迷惑じゃない?」
「なにも迷惑じゃないよ。どうして?」
「いや、あの……一緒に寝たら疲れが取れないかもって思って」
「今まさに疲れを浄化してる最中だから大丈夫だよアムネシアさんいい匂いするし」
「…………」
「冗談だよ?」
不思議だな。眠たくて体温が高くなってるはずなのに、アムネシアさんの視線は凍えるように冷たいです。うまくバランス取ってる?
「……ま、モミジちゃんならいいや」
「いいんだ」
「だって朝起きた時も鼻血出してたし。えっちなのはなんとなく分かるけど、良くないと思います」
「あれはアムネシアさんが頭突きしたからだから!」
「……もしかしてわたしって寝相悪い?」
「寝ながら裏拳とスタンピングキックを顔面に見舞ってくるくらいには」
「えっ…まじ……?」
「まじ」
まさかの事実にドン引きのアムネシアさん。
「ま、明日には…ていうかもう今日か。起きたら忘れちゃうから気にしても仕方ないか!」
「その開き直りはだいぶ危険じゃない? 主に私が」
「えへへ〜」
照れ笑いを漏らすアムネシアさんは、寝返りを打って私の胸に顔を埋めます。えっちです。でも悪い気はしません。むしろもっと来いや!
そんな心構えでいると、さらに首に手を回されました。お?これはキスくる?キスくる?いいよ全然カモンカモン!
徹夜のテンションで浮かれる私。それに反して、沈んだ声色でアムネシアさんは静かに呟きました。
「———忘れたくないなぁ……」
その言葉には、寂寥、悲嘆、後悔……私のボキャブラリーでは足りないほどの感情が滲んでいます。
「わたし、今日のこと忘れたくないよ」
ギュッと私にしがみついてくるアムネシアさん。
「朝起きて隣の部屋の人に2人で怒られたことも。満腹になるまで食べ歩きしたことも。一緒に国からの依頼を受けたことも。悪い人達を捕まえたことも。モミジちゃんがただいまって言って帰ってきてくれたことも」
———こうやって、一緒にいてくれる人のことも。
「アムネシアさん……」
「わたしね、怖いの。今寝て次起きたら、こんなに色々あって楽しかった1日が消えちゃうんだって」
滔々と紡がれる彼女の言葉に、私の心は張り裂けてしまいそうな痛みが走りました。
きっとアムネシアさんがこんな風に不安を抱えながら眠りにつくのは、今が初めてじゃないのでしょう。記憶を失うようになってから何度も……いや、彼女の性格を考えれば毎晩かもしれない。
ずっと不安で。でも助けてくれる人なんて誰もいなくて。それでも人間の睡眠欲には勝てなくて。
「今日大切だと思った物が大切に思えなくなっちゃうのも、大切だと思った人が大切じゃなくなっちゃうのも…嫌だよ……」
なんて応えたら良いんだろう…。なんて言葉を掛ければ安心してもらえるんだろう…。
彼女の不安を本当の意味で理解することができない私は、途方に暮れるしかありません。
だけど、それでも何か言わないと……!
「……アムネシアさんが忘れても、私は忘れないよ」
「……っ…」
「アムネシアさんが何度忘れても、私が何度だって思い出すよ」
「……………っ!」
「朝起きて、自分が誰かも分からないのは怖いよね…どこにいるのか知らないのは不安だよね……」
私は、アムネシアさんを抱き締めて頭を撫でます。奇しくも、昨晩とは逆の構図だね。
「———アムネシアさんの友達はここにいるから」
記憶が無くなっても、その事実は無くならない。無くさせるもんか!
「アムネシアさんが私のことを大切だと思えなくても、私はずっとアムネシアさんを大切に思い続ける」
きっと、私と出会う前の旅路でも彼女に同じことを言った人はいるはずです。
「私はアムネシアさんが大好きだから」
記憶が無いから、この国の事情を知らなかった。
記憶が無いから、あの門兵さんのことも知らなかった。
そうでなくても、ただの旅人であるアムネシアさんにとって、この国の事件なんて関係なかった。
それでも自分達を頼るには相応の理由があるはずというただの推測だけで危険な依頼を受けてしまう、能天気で、考えなしで、どこか甘えん坊で———だけど底抜けに優しいアムネシアさんが、私は大好きだよ。
本当は私だって忘れてほしくない。でもそれを伝えたら、優しい彼女は自分を責めちゃうから。だから、無責任に月並みな言葉を選択します。
「記憶は無くなっても記録は残ってる。次起きても、私がアムネシアさんのこと教えてあげる。だから、安心して眠って」
「……うん」
次起きる時も、きっと彼女にど突かれるかもしれない。でもまぁ、別にいいか。
「おやすみ。モミジちゃん」
「おやすみなさい。アムネシアさん」
そうして私達は、朝日で明るくなった部屋の中で抱き合って眠りにつきました。
遅めの昼食を済ませた私達は出国とお別れの為に門の前にいました。そこには門兵さん———アルトさんがお見送りをしてくれています。
なんとなく、平安の国カイヤナイトではこの2人との思い出がほとんどなように感じます。
そんな私からすればイツメンと呼びたくなるメンバーですが、変わったところが2つあります。
「武器博物館は取り壊しになった。まぁ、あんな事件を起こしたのだから当然だろうな」
「そっか」
「次にああいった勢力が現れても対処できるよう、騎士団も設立することになったよ。平安の国が騎士団とは何事かと、今は国民の反発が凄まじいが……まぁ、必要悪ではあるな」
「うん」
「あと、何故かその初代騎士団長に自分が選ばれた。……これは君の差し金か?」
まず1つは、アルトさんの腰に私と同じ刀があることです。
この国の騎士団の設立とその初代団長は、私が安宿に帰る前にパパッと推薦状としてこの国の役人に提出したものでした。
まさか昨日の今日…というより今日の今日でここまでトントン拍子に話が進むとは思わなかったので結構びっくりです。
「きっとお主なら良い騎士になれるでござるよ」
「自信はないが善処しよう」
「なにゆえ騎士なのに刀を持っているのかは、聞いて良いでござるか?」
「……できれば察してほしいところだが」
「ではそうするでござる」
大方、事件を解決した私とアムネシアさんへのリスペクトでしょう。
アムネシアさん同様、騎士となった彼。ですが、私の武士という要素もどこかに残したいと考えた。その結果が腰の刀、と。
たぶん改めて口で言われちゃうと私も照れちゃうので、これは察して正解だね。
「じゃあ別の質問をしてもよろしいでござるか?」
「なんだ?」
「どうして初代騎士団長が今日も門兵の真似事をしてるでござる?」
「君達の見送りをしたくてな。代わってもらった」
「あれ? これは素直に答えるのでござるな」
「言葉にしなければ伝わらない。そうではないか?」
「……然り」
アルトさんは目を細めて遠くへと視線を向けていました。彼なりに、下手人である父親に対して思うところがあったのかもしれません。目を背け続けたとも言っていましたし。
どこか誓いを立てるような雰囲気に私が何も言えずにいると、突如アルトさんは男らしい拳をこちらに向けてきました。
「近くまで来たら是非また来てくれ。歓迎する」
「約束するでござるよ」
私が男と触れ合うのをあまり好まないと理解してのことでしょう。確かに、握手やハグよりもやりやすくて助かります。
コツンと軽くお互いの拳を当て、私達は笑い合いました。
すると、ずっと蚊帳の外だったアムネシアさんが間に入ってきます。どこか膨れっ面です。フニフニほっぺがぷっくりです。きゃわわ!
「どうしたでござる?」
「……なんか置いてけぼり感あったから」
「ははっ、すまない。君にも世話になったな」
アルトさんはアムネシアさんにも拳を向け、2人も当て合います。何のことか理解できていないようで首を傾げていましたが、空気読める子アムネシアさん。ノリでコツン。
「そういえば、先ほどから気になっていたのだが」
アルトさんは首を傾げて、私に言葉を投げかけます。
「何故君はそんな変なしゃべり方になっているんだ?」
変わったこと2つめ。私の口調が気になったようです。
まぁ、眠りにつくまで私も色々考えてね。結局こんな方法しか思いつかなかったんだよ。良いのか悪いのかわからないけど。
だけど、それでも私は胸を張って応えます。これが今の最善だと。
ここでお別れの彼女の為に私が取れる最善手だと。
「———忘れっぽい友達が、拙者のことを思い出しやすいようにでござるよ」
思い出から現実に帰還した拙者は、最後のパン一切れを口に放り込んでゴクン。
なんでこんな事を回想したのかは、まぁイレイナ殿からもらった日記のこともあるわけでござるが……。
———いるでござるよ。目の前の大通りに。アムネシア殿が。妹のような瓜二つだけど髪が長い女の子と一緒に。
拙者はベンチから立ち上がり、再会に高鳴る胸を抑えて歩み寄っていきます。
もしかしたら、まだ何も思い出していないかもしれない。
もしかしたら、拙者のことを忘れたままかもしれない。
あなた誰とか言われたら拙者泣いちゃう。もうこの大通りにいる全員がドン引きするくらいめっちゃ泣く! この国の歴史の教科書に載っちゃうくらいギャン泣きする!
そんな迷惑すぎる決意と不安を胸に、彼女の名前を呼びました。
「アムネシア殿!」
すると、アムネシア殿は妹らしき女子と一緒に綺麗な白髪を揺らしてキョロキョロ。人混みの中で、自身の名前を呼んだ相手を探しているでござる。
拙者はチビっちゃいので、ピョンピョン跳ねながらアピール。拙者ここだよ〜。
「お姉ちゃん。あの人じゃないですか?」
「んー? ……あっ!」
妹らしき
今拙者はどんな顔をしているでござろう。
不安そうな顔?
再会を喜ぶ笑顔?
それともただただ無表情?
自分のことすら分からないほど胸がいっぱいな拙者に向けてアムネシア殿は、
「———モミジちゃん!」
名前を、呼んでくれたでござるよ。
はい、いかがでしたか?この話がどんな話かというと、アムネシアさんが可愛いという話です。
モミジちゃんは、イレイナさんとは別の形でアムネシアさんへの思いやりを示しました。
ござる口調で3日目を迎えることで、日記でしかモミジちゃんを知ることのできない3日目のアムネシアさんに2日目までの人とは別人だと思わせる。何故か同じベッドで寝ていた赤の他人として、最低限彼女のことを教えてお別れしました。
記憶を取り戻さない限り、3日目のアムネシアさんにとっては変なしゃべり方の女の子程度にしか思われません。
今回の話ではモミジちゃんの頭の回転が異様に早かったですが、アムネシアさんの能天気さに充てられてわりと雑に生きるようになりました。
それが1話で財布を落としてガチ泣きしているモミジちゃんです。