武士の旅々   作:技巧ナイフ。

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明けましておめでとうございます!
まだまだ書き始めてから1ヶ月半の赤ちゃん小説ですが、今年もよろしくお願いします!


愛悼の霊園 花

 いつも泊まるような安宿の物とは一線を画すフカフカベッドで、拙者を体を起こしたでござる。

 

「寒っ……」

 

 そしてすぐさまベッドへ戻る。いやめっちゃ寒いでござるよ何これ⁉︎

 

 ポカポカの羽毛布団を体に巻きつけて部屋の窓から外を見ると、答えは明白。銀世界が広がっているでござる。つまり雪。曇り空から雪の積もった地面まで、街は真っ白けっけでござるよ。

 

「はぁ……」

 

 実家にいた頃ならはしゃぎ回ったであろうその景色を見ても、拙者の口からは重いため息しか出ない。うわっ、ため息真っ白でござる。

 

 別に雪が嫌いなわけではないでござる。ただ、昨日からの考え事で憂鬱な気分が抜けないだけでござる。

 

(あのマリーメイア殿が……)

 

 頭を過るのは、修道服に三角帽子というミスマッチな格好が不思議と似合う魔女さん。おっとりとしてて、だけど案外冗談好きなところがあるお茶目さんでござった。

 たった2日、数分ずつ言葉を交わしただけでござるが、それでも拙者はあの人に好感を抱いていたでござる。

 墓地で休日を満喫する人々を眺めるあの目。ただただ慈愛に満ちてて、まるでマミ上のようでござった。無条件で抱き着きたくなるような優しさを称えてござった。

 

 そんな彼女を逮捕する。その手伝いを自分もする。

 

 確かにこの仕事を受けたのも、自身の領分で無いところまで首を突っ込んだのも拙者でござる。だけどそれでも……、

 

「……気が進まないでござるよ」

 

 小さな呟きは、白い息となって天井へ流れて行くでござる。

 

 

 

 

 雪で覆われた開園前の墓地は、芸術品のような墓石も相まって非日常のような空間でござった。

 雪の白。墓石の暗い灰色。その2色に囲まれて拙者とシーラ殿はマリーメイア殿と向き合っているでござる。

 

「今回の幽霊退治。あんたが幽霊を生み出していたんだろ?」

「……やはり、バレてしまいましたか」

「隠す気もなかったくせに」

 

 昨日、拙者とシーラ殿が加害者側の墓を尋ねた後もあの幽霊……いや、使い魔は出現した。隠す気ならばシーラ殿がこの国を出るまで息を潜ませた方が得策なのに、それをしなかったでござる。

 

「何故でござる? 何故、あのような事をしたでござるか?」

「放っておけなかったのですよ」

「でも、あのご婦人は殺人犯の母親でござる」

「だから嘆き悲しむあの姿を見ないふりしろと?」

「…………」

 

 間髪入れず答えを返す彼女の目に迷いはない。自身の行った所業に恥じるところなど無いと、強く物語っているのでござる。

 

「確かにあの方のご子息は許されない行いを働きました。彼の行いがこの国に沢山の悲しみを振り撒いたのも事実です。下された罰も妥当なものだと思います」

 

 目を閉じて語るマリーメイア殿の言葉を遮らず、拙者とシーラ殿は静かに耳を傾けるでござる。きっとこれは、拙者のこれからの行動を決める大事なことだから。

 

「それでも…やはり人の子だったのです。彼の誕生を祝福し、とびきりの愛情を与えて育てた方がいました。わたくしは知っています。この墓地の管理人になってから、ずっとこの国を見てきたのですから。笑顔も涙も、息子を亡くしたあの人のものは他の人と変わらないものでしたわ」

「…………」

「誰もあの方の味方になってくれませんでしたわ。だったら、わたくしが味方になるしかないではありませんか。この国の誰よりも、あの方の悲しむ姿を知っているわたくしが」

 

 語り終わったことを知らせるよう静かに目を開いたマリーメイア殿は、シーラ殿へ両手を揃えて突き出してくる。

 

「自分のしたことは理解しております。まさかここまで大事になるとは思わなかったのですが、とはいえ言い逃れする気はありません」

「あぁ。協会まで来てもらうぞ」

「———待ってほしいでござる」

 

 いつの間にか杖を握り、マリーメイア殿へと近付くシーラ殿を拙者は通せんぼ。

 左手の親指で鍔を押し、鯉口を切っておく。

 

「……なんのつもりだ?」

「拙者は、マリーメイア殿を捕らえることに反対でござる」

「別に捕まえるつもりはないさ。単に協会までご同行願うだけだよ」

「それを捕らえると言うのでござろう」

 

 この国に来て、シーラ殿には世話になったでござる。食事を奢ってもらい、昨日は宿代まで出してくれた。イレイナ殿との共通の知り合いと言うだけで、出来れば手荒な手段は取りたくない相手でござる。

 

 マリーメイア殿の話を聞いて真っ先に頭を過ったのは、今も港町で騎士団長として慣れない仕事に四苦八苦してるであろう元門兵の姿。

 父親の博物館を見てもらいたくて門兵にまでなったのに、その父親にしょーもない理由で裏切られた加害者の家族。

 同僚からも疎まれ職場では1人きりで、味方になってくれる人もいなかった。それでも事態を収束する為に来るかも分からない誰かを待ち続けた拙者の友人でござる。

 

 彼と、マリーメイア殿が手を差し伸べたご婦人は似ている。拙者もあのご婦人の助けになりたいと思ってしまったでござるよ。

 

「1人でなに盛り上がってんのか知らねーけど、要はあたしの邪魔をするってことか?」

「然り。もし手を引いてくれるのであれば、丸く収まるでござるが」

「悪いがこっちも一応仕事なんでな。やるべき事はやらなきゃならねーんだよ」

 

 煙管に葉を入れ、火をつけて紫煙を燻らせるシーラ殿は杖をこちらに向けている。邪魔するなら武力を以って排除するという意思表示でござるな。……残念でござる。

 

 右手で刀の束を握り、抜刀。鈍色の刃を氷点下の空気に晒す。

 

(カッコつけたけど、正直勝てる気がしないでござるな)

 

 魔女見習いですらない拙者が魔女を打ち負かす為の主な条件は2つ。

 

 1つ。障害物の多い室内であること。

 2つ。相手が初見であること。

 

 この2つのどちらかが欠けるだけで、拙者の勝率は著しく下がるでござる。

 彼女は初見の相手。それはクリア。

 しかし、ここは障害物(墓石)が多いとはいえ屋外。加えて、シーラ殿は協会でも歴戦の強者。不届き千万な魔女を多く下してきた実力者であることは想像に難くないでござる。

 

(でも、自分の意見を通すというのは困難が付き纏うものでござるからな)

 

 一瞬目を瞑り、開く。すると、まるでそれを見計らったかのように雲間からお日様が墓地を照らし始めたでござる。

 拙者は握る刀の腹で反射させた陽光の角度を徐々に調整し…調整し……、

 

「……っ…」

 

 ———今! 反射光によってシーラ殿が一瞬左目を瞑った。その隙を見逃さず、ダッ! 拙者は彼女の左側へと弧を描く軌道で走り込んでいくでござる。

 

 過重力を併用し、通常の人間を遥かに超えた速度で編み上げブーツの足跡を雪に付けていく。魔女であるシーラ殿がどんな魔法で迎撃してきても良いように、油断なく目は彼女へ向けて。

 

「へぇ。面白い使い方だな」

 

 余裕の笑みを浮かべるシーラ殿は何度もバックステップを踏みながら杖を振るうでござる。その瞬間、彼女の前方に剣や槍、斧が多数出現。刃先は全て拙者に向いてる。

 

 ドドドドドドドドドドドドドドドドドドッ! 

 

 まさに鉄の台風。拙者に向かって飛んでくる刃物の数々は、避けられることも想定されているらしく、時間差がある。

 シーラ殿も拙者を殺すつもりまでは無いらしく、よく見れば刃引きされているでござるが、それでもあの速度の金属が1発でも当たったら即刻行動不能でござるよ! 

 

 1発目の顔面を狙った剣は当然ブラフ。首を傾けて避ける。

 次の右肩と左腿を同時に潰そうとする2本の槍は前宙を切って躱し、それすら読んで飛んでくる斧は刀で弾き飛ばす。

 拙者が知覚できたのはここまででござる。あとは勘と運と気合と気力と元気でなんとか捌くしかない。でも足は止めちゃダメでござる。その場に縫い止められれば、どんな魔法が飛んで来るか分からぬ。

 

「ちょっ…、あっぶっ……ない!」

 

 飛来する刀剣類の密度が上がり、流石に当初の速度で走っていると相対速度的に反応が間に合わなくなってきたでござる。拙者はシーラ殿へ詰め寄ることは諦めずとも一旦速度を落とし、側宙、前宙、片手側転を駆使してなんとか避け続ける。

 だが、状況は既にピンチでござる。というのも、拙者が避けたり弾いたりした刀剣類は乱立している墓石を掠めもしない。シーラ殿がそうなるように射出してるでござる。つまり余裕綽々でござるよ。コンチクショー! 

 

(埒が開かないでござるな……!)

 

 ほんの一瞬。コンマ1秒にも満たない時間だけ彼我の距離を測ることに集中。その結果分かったのは、彼女との距離が約36歩。

 さらに未だシーラ殿からこちらに向けて飛んでくる刀剣類は空中にあるだけで52本。彼女の前方で発射の時を待っているのは13本。

 

(これだけあれば……いけるでござる!)

 

 拙者は弧を描く軌道から真っ直ぐシーラ殿へ向かう。飛んでくる刃物は気にしないでござる。それは今、()()()()()

 

「ほう。やるな」

 

 こちらを賞賛する余裕を見せているシーラ殿へ、拙者は52本の剣や槍、斧の中から36本を足場にして向かうでござる。

 過重力を使っても尚できるか不安でござったが、やろうと思えばできるものでござるな。

 

「ほら」

「ぐっ……」

 

 自画自賛の時間は与えてもらえない。シーラ殿は待機させてあった13本を発射。もはや逃げ道すらない拙者には、真正面からこれらを対処するしかないでござる。

 先ほど選択した36本…いや、既に5歩歩いたからあと31本。その中から飛来する13本を避けられるように選び直す。

 もはや足だけで動いていれば直撃は免れない。拙者は思考するうちに28歩まで迫ったところで、ここでも側宙、前宙、槍に手をついて片手側転を交えた変態軌道でなんとか避け続けるでござるが…しくじった! 

 31本目の足場の位置に来たら、斧に鎖骨を砕かれることが直前になって判明したでござる。

 拙者は慌てて腰から刀の鞘を抜き、ポイ。前方上側に投げて、さらに自身もその方向へジャンプするでござる。

 

「やっと辿り着いたでござるな」

 

 自分の投げた鞘を新しい足場に、過重力を使って上下逆さまの姿勢になった拙者は、こちらを静かに見据えるシーラ殿へ刀を構えながら語り掛ける。

 左手は開いて狙いを定めるように前へ。右手の刀は切先を真っ直ぐ向けて引く。まるで見えない弓に矢を番えるような構えでござる。

 

 その姿勢のまま、ダン! 上からと見せかけてさらに地面に着地し、深い踏み込みと共に斜め下から正確無比の八連突きを放つ。狙いは下から両膝、両股関節、両肘、両肩。

 敵を生捕にする為にパピ上が編み出した、当たれば龍さえ捕らえるという技———龍捕(りゅうほ)でござる。何故龍が人間と同じ構造をしてる前提なのか、というツッコミはこの際無視。

 

「まだまだだな」

「ちっ……」

 

 一撃目が届く寸前、シーラ殿が杖を振って魔法を使ってきたでござる。拙者の攻撃を阻むように、下から水の壁が出現。切先が水壁を掠めた瞬間、刀が上に弾き飛ばされそうになったことからかなりの水圧も内包してるてござるな。

 

(……っ⁉︎)

 

 後退か。前進か。一瞬次の行動を迷った時、水壁の奥でシーラ殿がこちらに杖を向けていることに気付いたでござる。

 

 次の瞬間———ジュウワアァァァアァァァァ! 

 

 杖から放たれた炎が水壁に当たり、拙者に向けて高温の水蒸気が浴びせかけられたでござる。熱っつい! 

 

 思わず過重力で後退する拙者。それを追撃せず見るだけのシーラ殿。

 さらに2人の間では、すぐさま凍った水蒸気が太陽光を反射してキラキラ光っているでござる。この幻想的な光景は……ダイヤモンドダスト。

 出来ればもっと穏やかな状況で見たかったものでござるな。

 

「うぅ…ビショビショでござる……」

「水も滴る良い女になったんじゃねーの?」

「やかましいでござる」

 

 水蒸気のせいでずぶ濡れになった拙者は、ペタペタ貼りついてくる衣服の不快感もあってシーラ殿を睨む。

 

(やられたでござるな)

 

 拙者の服装はいつも袴と着物にローブという全体的にヒラヒラとしたものでござる。これらは布面積が通常の服より広いため、濡れるとだいぶ重くなる。かなり戦い難くなったでござるよ…! 

 

「……!」

「おっと」

 

 拙者に意識を向けたところを好機と見て、先ほど投げた拙者にとってはほうきとしても使える鞘で後ろから殴り倒そうとするでござるが、平然と避けられたでござる。

 さらに拙者自身も踏み込み、今度はこちらが波状攻撃。ダイヤモンドダストを突っ切って刀を振りかぶると、シーラ殿はポイ。なにやら白い粉末が入った瓶を投げてきたでござる。

 

(毒物…? いや、魔法薬でござるか?)

 

 少なくともこのタイミングで投げられた粉末が拙者に良いように働くとは考えられず、濡れたローブを脱いでバサァ! 目の前に広げて、粉末の瓶を防ぐと同時に視線を遮る。

 さらに濡れたローブの分も軽くなり、拙者は過重力で手近な墓石へと飛ぶでござる。

 バチ当たりを承知でさらに別の墓石に飛び、シーラ殿の後ろを取る。そこで鞘を手元に呼び寄せ、左手でキャッチ。右手に刀、左手に鞘の変則二刀流でシーラ殿に迫るでござる。

 

「おっ……!」

 

 加えてシーラ殿を過重力で逃げられないように上から押さえつける。急に魔法での抵抗が無くなったのは不可解でござるが、彼女の鎮圧が最優先でござる。

 

「ハッ!」

 

 短い呼気と共に双手を振るう。右の峰打ちで二の腕、左の鞘打ちで腿を狙うでござるよ。

 

 ———ギンッ! カン! 

 

 しかし、シーラ殿が攻撃の軌道上に剣を召喚して盾に。金属音を響かせるだけで、防がれたでござる。

 

(だったら……!)

 

 拙者は彼女の周囲をグルグル回りながら打ち込みを続ける。膝、脇腹、首、肩甲骨、脛、鎖骨、前腕、手首……とにかく1発でも当てれば、その隙を突いて食い破れるはず。

 だがその1発が、どうしても入らないでござるよ…! 

 

 まるで全身隈なく目があるかのように、拙者が打ち込む変則二刀の軌道上に剣は必ず現れ阻まれる。何度繰り返しても、シーラ殿は涼しい顔で杖を振るだけ。

 

「はぁ…はぁ……」

「終わりでいいか?」

 

 パリン! 同じように召喚された剣。その上に先ほど投げられた粉末の瓶も召喚され、拙者の刀と盾になった剣に挟まれて割れた。まずい! 

 

 慌てて口と鼻を袖で塞ぐでござるが、息切れを起こしていたせいで少量吸ってしまったでござる。これは……しょっぱい? 塩? 

 

「———もう満足しただろ?」

 

 口の中の塩味に気を取られたせいで、こちらに向けられている杖に一瞬反応が遅れた。バチバチバチィと音を鳴らして紫電が放たれていたでござる。

 濡れた服…塩を浴びた……やばっ! 

 

 下がったり横に飛んでも追撃されれば終わり。そう考えた拙者は、敢えてシーラ殿に向かって飛ぶ。体を捻った背面飛びでシーラ殿を飛び越え、肩に一閃。当たり前のように剣で防がれたでござる。

 

 着地からすかさず攻撃を再開しようとすると、ズン! シーラ殿の長い足による振り返り様のヤクザキックが拙者の胸を捉え、吹っ飛ばされる。

 

「う……けほっ…」

 

 咄嗟に後ろへ飛んで衝撃を殺したことと、おっぱいによってなんとか行動不能になるのは避けられたでござる。おっぱいデカくて良かったでござる! ロリ巨乳で良かったでござる! 

 

 咳き込みつつおっぱいに感謝していると、ガクン。唐突に膝を着かされる。

 

「…? ……?」

 

 何かの魔法かと一瞬疑ったでござるが…違う。動きを止めて分かったでござるが———()()でござるよ。猛烈に。

 

 

「案外時間掛かったな。あんだけ動き回ってればもう少し早くなると思ったんだが」

「…うっ…くうぅ……」

「無理すんな。()()()()()

「なんで……?」

「びしょ濡れのままこの寒さの中にいたら、そうなんのは当たり前だろ」

「……っ⁉︎」

 

 やられた…! あの水蒸気は拙者の服を濡らすと同時に、そういった狙いもあったでござるか⁉︎

 しかも、ダイヤモンドダストが発生するほど…つまり氷点下10度を下回る気温の中を、濡れた服のまま過重力で飛び回れば体が冷える速度は格段に早くなるでござる。ちょうど濡らしたタオルを氷点下の中で振り回すと、すぐ凍ってしまうように。

 確かに、実力の劣る者が勝る者に勝利しようとするならば、持久戦になることは必至。あの水蒸気で拙者を濡らしたのは、それを避けるためでもあったのでござるな。

 

 一度自覚してしまうと、体の不調はすぐに表面化してくるでござる。低体温症のせいで上手く立ち上がれない拙者へ、煙管を吹かしながらシーラ殿は語りかけてくる。

 

「もうやめろ。そろそろ手加減できなくなってきたぞ」

「けほっけほっ……嫌でござる。マリーメイア殿は、何も悪いことしてないでござるよ」

「…………」

 

 拙者は戦闘に巻き込まれないよう距離を取りながらもこちらを心配そうに見守っているマリーメイア殿へ、安心させるように笑いかけて続ける。

 

「誰もが、辛いことに立ち向かえるほど強いわけではござらん。息子を亡くして嘆き悲しむご婦人を支えようとしたマリーメイア殿が捕まるなんて、そんなのおかしいでござる!」

「だから捕まえるわけじゃないって……」

「誤魔化されないで……ござるよ!」

 

 刀を支えにして無理矢理立ち上がる。低体温症を発症している以上、時間はかけられないでござるよ。

 このお喋りさえ、シーラ殿の狙いのうちである可能性もあるでござるからな。

 

 拙者は刀を左手の鞘に納め、左腰に———抜刀の構え。

 

「これで終わりにするでござる」

 

 狙うのは杖。あれさえ斬ってしまえば、シーラ殿はただのスタイル抜群金髪美人になるでござる。そうなれば刀を持ってる拙者が優位になるのは確実。

 

 正直なところ、この技の成功率は五分五分。しかもそれは自主練の時であり、この実戦の緊張感の中であればさらに下がるでござろう。だが、もうシーラ殿を打ち倒すにはこれしかないでござる。

 

 呼吸は3回。鼻から吸って口から吐く。雪で覆われた地面を踏みしめ……いざ! 

 

 ———スッ……と。拙者は右側に踏み込む動きで()()()()()()()

 パピ上が編み出した対中距離戦の歩法———神騙(かみだま)し。体の動きと実際の移動が明らかに噛み合わず、相手を惑わす歩法でござる。極めれば神さえ騙すという意味を込めて、無駄に壮大な名前が付けられた歩みの奥義。

 本来は体捌き、呼吸、死角、その他多くの要素を駆使して身体能力のみで行うものを、拙者は過重力を用いることで再現しているでござる。

 

「———っ⁉︎」

 

 初めてシーラ殿の表情が驚愕に染まる。それでも慌てず迎撃の構えを取るところには舌を巻くばかりでござる。

 彼女まであと5歩というところまで迫った拙者は、バックステップの動きでさらに加速。左手親指で鯉口を切る。

 

 そうして刀の間合いに捉えたところで———バチバチバチィ! 雷撃がシーラ殿の両肩あたりからクロスを組むように拙者へと放たれる。

 でも、()()()()()()()()()

 

 間合いに入った瞬間、拙者は音すら置き去りにする速さで片膝立ち。シーラ殿の腰の辺りまで屈んだ姿勢で急停止していたでござる。

 

「シィッ!」

 

 そして、抜刀。加速からの急停止で生まれた慣性を全て乗せた鞘走りは彗星の如く。シーラ殿の握る杖目掛けて斬撃が奔る。

 しかし、その軌道上には既に召喚された剣が5本。杖を守るように重なった状態で拙者の刀を阻む。

 

 何度も防がれたから分かるでござる。魔法で生み出されているでござるが、この剣の強度は鋳造されたものに近い。それを5本も並べられれば、拙者の一撃などいとも容易く防がれてしまうでござるよ。

 

 だったら———

 

「チェェスゥトオォォォォォォォ!!」

 

 元気いっぱいの裂帛と共に既に抜かれた刀の刃線刃筋を寸分違わず微調整し、片手抜刀逆袈裟斬り。

 

 キイィィィィィィイィィィィイィイィィッ!! 

 

 鼓膜を劈くような甲高い音を墓地に響かせ、5本の剣と握られた杖を()()()()()()()()()

 

 突撃からの急停止で生まれた慣性を余すことなく乗せ、最後に片膝立ちになるほど姿勢を落として相手の攻撃を潜り抜けた先で放つ居合い一閃。

 最速最大威力を誇る騙し打ちの最高傑作———パピ上が編み出しためちゃくちゃ(こす)い技にして奥義は、見事拙者に勝利をもたらしたでござる。

 

「———虚像水月(きょぞうすいげつ)

 

 自身が勝ったこと。そしてカッコつけること。2つの意味を持たせて技名をシーラ殿へ呟く。

 

 

 

「残念。お前の負けだ」

 

 

 

「ほえ?」

「ふう」

 

 シーラ殿の言葉に驚いて顔を向けると、煙管の紫煙を吹きかけられたでござる。くっさ! ヤニくさっ! 

 

「ナイフを抜く時はセクシーに、てな」

 

 ザクッ…とシャツの下から取り出したナイフを、同性である拙者すらドキっとしてしまうほどの、(いと)しさとせつなさと心強さが籠ったセクシーな流し目で右腕へと突き刺してくる。

 

「くっ……」

 

 まずいでござる。刺された場所は前腕手首寄りの内側……握力を司る筋肉でござるよ。

 拙者の意に反して刀を離してしまう右腕。このままでは負けると判断した拙者は、左手一本の峰打ちでシーラ殿の側頭部を狙う。

 十分に力が入らないとはいえ、当たれば昏倒は免れないはず。

 

 しかし———バシッ! 彼女の長い足が拙者の左手から刀を蹴り飛ばしたでござる。

 

「もう寝てろ」

 

 さらに予備の杖を取り出したシーラ殿は、拙者の頭をコツン。杖で軽く叩かれる。

 その瞬間…拙者の意識が……これは、…睡眠誘…導…の魔法…ご…ざ……るか…? 

 

 

 

 時間は1日遡り、あたしがこの国に来てから2日目。モミジと別れて協会支部まで行った時のことだ。

 

「よお。お疲れ」

「お疲れ様です」

 

 昨日と同じ事務員が帰り支度をしてたので、軽く手を上げて挨拶をする。

 あたしはこう見えても挨拶はちゃんとする方だ。立派な大人だしな。

 

 だが、あたしを見る事務員の目は外の空気に負けず劣らず冷たい。

 

「シーラ様、ここは禁煙ですよ。喫煙所はあちらです」

「喫煙所は煙草を吸う場所だろ? これは煙管だからセーフ」

「アウトです」

 

 立派な大人やってれば、嫌なことなんてたくさんある。それを一時でも忘れさせてくれるヤニを禁止するとか、ここの連中は正気なのか? 

 そんな疑問を込めて事務員を見やるが…あっ、ダメだな。これ吸い続けたら怒られるやつだわ。

 

「はぁ…。それで、幽霊退治の進捗はいかがですか?」

「あぁ。それなら幽霊出してる奴見つけたよ」

「おぉ! さすがは夜闇の魔女ですね。たった1日でもうですか」

 

 あたしの報告に、事務員は手を合わせて喜んでくれる。

 

「嬉しそうだな」

「もちろんです。この国の方々には、いつまでも心安らかに過ごしてもらいたいですからね」

「この国の方々……ね」

「あの、なにか?」

 

 ジッと見つめられて、事務員はたじろいじまう。

 確かにあたしの目つきは悪いが、()()()()()()()()? ()

 

「まったく苦労したぜ。昨晩あたしもサラッと聞き込みしたが、誰も知らなくてよ? 結局足で捜査することになっちまった」

「それは本当にお疲れ様です。この国の民として、お礼申し上げます」

「ホント、聞く奴がことごとく知らないんだよ。まるで——()()()()退()()()()()()()()()()()()()()

「……申し訳ありません。何が言いたいのでしょう?」

 

 含みを持たせた言い方に、事務員は作り笑いで対応してくる。窓口対応の事務員らしい、プロ意識を感じさせる作り笑いだな。

 

「今日はもう退勤か?」

「えぇ。寄るところがあるので、用があれば別の職員にお願いしたいのですけど」

「悪いが、あたしの用事はアンタにある」

 

 おかしいと思ったのは昨晩。閉店間際までレストランで粘って聞き込みをしていた時だ。正確な人数は覚えてないが、ざっと30人は聞いたと思う。

 それに加えてモミジが聞き込みをした42人。

 合わせて72人以上。

 その誰もが、幽霊のことなんて知らなかった。むしろどこに出たのか聞いてくる始末だ。

 

 あまりにも手掛かりが無い。

 いや、()()()()()()()()()()

 だからあたしは1番確率の高い墓場の聞き込みよりも文化体系の調査を優先した。

 

 協会に依頼が出されるということは、その国の住人じゃどうにもならない事態が起きたということだ。それなのに、あたしとモミジが聞いた72人以上の住人は何も知らない。

 たまたまあたし達が聞いた奴らが知らなかった、という可能性も捨てきれないだろう。

 

 でも、もっとあり得る可能性のものがある。

 

「この幽霊退治の依頼———本当にアンタの言う国の方々からのものか?」

 

 この国は死者を尊ぶ。大体の国は幽霊を恐ろしいものとして扱うが、この愛悼の霊園に関してはありがたい存在だ。

 それを退治しようなんて普通考えない。これはモミジがマリーメイアから聞いた話とも一致するこの国の常識だ。

 

 今日マリーメイアから一家3人が殺された事件の概要を聞かされて、あの加害者の幽霊を憎む人間が1人だけいることに気が付いた。

 殺された3人家族———父親、母親、息子。そして息子には恋人がいて、その恋人は毎日夕方頃に墓参りへ訪れるらしい。

 今は夕方。あたしの目の前にはちょうど退勤の女性事務員。さらにこれから寄るところがあるらしい。

 

 ここまでピースが揃えば、子どもだって分かるだろう。

 

「アンタじゃないのか? この依頼を出したのは」

 

 正確には、自分で依頼を出して自分で受理した。協会の事務員ならそのくらいの工作は簡単だ。

 

「…………」

 

 黙り込む職員を見据えながら、あたしは万一の事態に備えて杖を握っておく。暴れ出してもすぐに制圧できるように。

 だけど、それは杞憂だったみたいだな。

 

「誰が許せるものですか……」

 

 弱々しく、事務員は言葉を紡ぎ出す。

 

「ずっと好きだった。小さい頃からずっと好きで、その想いが通じた時どれほど嬉しかったか! 結婚しようって言ってくれた時、どれほど幸せだったか! 結婚して、子どもも作って、お爺さんお婆さんになるまでずっと一緒に暮らせるって、そう思ったのに! それをあの男は奪ったんですよ!」

 

 床のタイルに、事務員の涙がシミを作っていた。強まる語気と共に頭を振り乱す彼女は、明らかにまともな精神状態とは思えない。

 でも、あたしは何も言わず怨嗟の言葉に耳を傾け続けた。

 

「極刑になったところで彼は帰って来ないんです! それなのに、ずっと忘れられなくて泣いてる私に周囲のみんなは、『死者になったんだから許してやれ』って…『どんな人間も死ねば尊い存在だ』って……綺麗事ばっかり……! 死んだからなんだって言うのよ!! 

「…………」

「私がこんなに苦しいのに…辛いのに……あの男を生んだ母親はあの魔女(マリーメイア)が作った幽霊と抱き合って救われたような顔してる…許せるわけないじゃない!! どうしてあんな奴の親を助けるのよ…だったら私を助けてよ…! 彼のこと返してよ!」

 

 堪え切れず床に蹲る事務員に、何の言葉も掛けてやることができない。本当なら慰めるべきなんだろうな……。

 

 でも、あたしの立場がそれを許してくれない。

 

「……協会の依頼を私的利用するのは重大な職務規律違反だ」

 

 職務を忠実に全うする、立派な大人のあたしには。

 

「お前を拘束する」

 

 立派な大人やってれば、嫌なことなんてたくさんある。

 こんな誰も救われない結末に遭遇することだってあるさ。クソが……。

 

 

 

 

 どうやら拙者は1日中眠り続けていたようでござる。宿のベッドで体を起こすと、むしろ体調は良い。

 シーラ殿に刺された右腕には包帯を巻かれているけど、時間逆転の魔法で治療されたらしく傷跡すらないでござる。閉じたり開いたりしても、全く問題無し。綺麗さっぱり治ってるでござるよ。

 

 サイドテーブルに目を向けると、綺麗な字で書き置きがされていたでござる。

 この宿の料金は既に支払ってあること。傷の具合。低体温症の後遺症は無いか。そして、書き置きを残した人物の名前。

 

「シーラ殿……」

 

 彼女がここまで運んでくれたでござるか? 自分に襲い掛かってきた拙者を? しかも傷まで治して、濡れた服を着替えさせてくれたでござるか。

 

「お人好しが過ぎるでござるよ」

 

 紙の裏には、目が覚めたらここに来い、と喫茶店の位置が記されてござった。時間の指定まで無いということは、拙者が起きる時間は魔法をかけられた時点で設定されてたでござるな。

 

 ちょっと気まずくはあるでござるが、だからといってここまで世話になったのに無視するわけにはいかぬ。

 着ていたバスローブを脱ぎ、いつもの格好に着替えた拙者は宿を出て喫茶店に向かう。

 

「よお。待ってたぜ」

 

 恐らく禁煙なのでござろうが、テラス席で平然と煙管を吹かすシーラ殿がこちらに気付いて手を上げてきたでござる。というか、周りのお客さんの露骨に迷惑そうな視線が拙者にも向いてきて辛い……。

 

「……ここ、禁煙ではござらぬか?」

「ダメなのは煙草だろ? これ煙管だから」

「同じでは?」

「全然違えよ。これだから非喫煙者は」

「なんで拙者が悪いみたいに言うでござるか」

 

『アマチュアめ』とでも言いたげな顔へ、呆れた目を返す。

 拙者はシーラ殿の向かいの席へ腰を下ろし、店員さんへ砂糖増し増しのカフェオレを注文。雪が溶け始めているとはいえ、テラス席はやっぱり寒いでござる。

 

「まず、お前に渡すものがある」

「……指名手配書でござるか?」

「自分がやったことは理解してるみたいだな」

「それはまぁ……」

 

 普通に考えて拙者の行いは暴行。それこそ捕まっても文句言えないでござるよ。

 

「残念ながら違う。てか、指名手配書は渡すもんじゃない。貼るもんだろ」

「ではなんでござるか?」

「これだ」

 

 ドン、とテーブルに置かれたのは金貨が詰まった小振りな巾着袋。えっ、なにこれ保釈金? 

 

「迷惑料と口止め料」

「これと同じ分だけ払えってことでござるか?」

「違う。お前に渡すって言ってんだろ」

「なにゆえ?」

 

 わけが分からないでござる。迷惑をかけたのは明らかに拙者のほうで、迷惑を被ったのはシーラ殿のはず。なのにどうしてシーラ殿が拙者にお金を渡すでござるか? 

 もし迷惑かけられた方がお金を払うシステムなら、拙者遠慮なく迷惑かけまくるでござるよ。

 

「今回の依頼の真相を話す。あまりデカい声で言えないから耳貸せ」

「おろ?」

 

 ヤニくさいから嫌でござる、とは言えない雰囲気でござるな。シーラ殿の目が本気でござるよ。

 

 とはいえ、美人に耳打ちされるというなかなか美味しい体験はあまりできない。ヤニくささは、シーラ殿の髪の匂いでも嗅いで我慢するでござる。

 ———と、呑気にそんな事を考えていたでござるが、彼女の話す内容を聞くうちに拙者の心は鬱々と暗くなったでござる。

 顔を離したシーラ殿へ、拙者は涙を堪えて質問する。

 

「……じゃあ、あの事務員さんが拙者に情報収集を任せたのは…」

「単なるカモフラージュ。この依頼が本物であるっていう箔付けに使われたんだよ。この国の死人に対する考えを知らなかったお前は都合が良かったからな」

「そうで…ござったか」

 

 確かに、職員が私的感情で依頼を作り上げたというのは、魔法統括協会の信用問題に関わるでござる。

 これだけの大金を口止め料に払うのも納得できるというもの。

 

「事務員さんはどうなるでござるか?」

「転職活動でもするんじゃないか。少なくとも協会からは追放だな」

 

 この事を公に出来ない以上、それがちょうどいい落とし所でござるか。

 彼女自身、別に悪人というわけではなかったでござる。きっと問題無く新しい職に就けるでござろう。

 どちらかと言えば心の方が心配でござるが、それは彼女が自分自身でなんとかするしかない。拙者にできることは、ただ祈るだけでござる。

 

 となると、拙者にはもう1つ心配事があるでござる。

 

「じゃあマリーメイア殿を捕えるというのも無しでござるか?」

「元々あいつを捕まえる気はない。一応協会に来てもらって、紛らわしいことはするなよ程度の軽い口頭注意をするつもりだっただけだぜ」

「なーんだ。それならどうして拙者に教えてくれなかったでござる?」

「お・ま・え・が! 勝手に勘違いしたんだろうが…よ!」

「痛たたたたたたたたた⁉︎痛いでござる!」

 

 身を乗り出して拙者のお顔をアイアンクローでキリキリと締め上げてくるシーラ殿。

 

「あたしは何度も言ったよな? 捕まえるつもり無いって言ったよな?」

「縦長になっちゃうでござるよ! 痛いでござるよぉ!」

 

 その白魚のようにしなやかで長い指が側頭部にめり込んできてちょっと意識が遠のいてきたでござる。あっ、川の向こうでイレイナ殿が手を振ってるでござる。

 

『モミジさん。大丈夫ですか? 人口呼吸しますか?』

「するでござる。ペロペロ」

「なんで舐めてくるんだよ汚ねぇな!」

 

 おっと。イレイナ殿の唇かと思ったらシーラ殿の手の平だったでござる。これはお恥ずかしい。

 

 禁煙席で煙管吸うわ、突然アイアンクローしだすわ、その手を舐めるわで奇行極まりない拙者達にドン引きしながら運んできてくれた砂糖増し増しのカフェオレを飲んで一息。

 

 拙者は気を取り直して、まずは頭を下げる。

 

「シーラ殿。この度は拙者の早とちり故に大変な迷惑をかけてしまったでござる。大変申し訳ない」

「…………」

 

 きっと、拙者は少し調子に乗ってたのでござろうな。

 ここ最近は良いこと尽くしでござったから、どこか世界が自分の思い通りになると勘違いしてたでござるよ。

 事件を解決して英雄ともてはやされて、一生を捧げたいと思える女性に出会えて、また会いたいと思っていた人に望む形で再会できて。

 こんな風に嬉しいことばかりだから自惚れてたでござる。その結果、良いように利用されて、事件を引っ掻き回すだけ引っ掻き回した。シーラ殿にとんでもない迷惑をかけてしまったでござる。

 

 彼女の顔色を伺うわけではないけれど、それでも何か言うまで顔を上げるつもりはない。

 

「……そうだな。お前のやったことは、その場その場の可哀想な人に勝手に同情しただけだ」

「然り」

「そして場合によっては人生を棒に振るところまで来ていた」

「然り」

「もしあたしがお前より弱かったら、本当に指名手配もんだったよ」

「然り」

 

 言い訳はしない。拙者の心境がどうであれ、やってしまった事の責任は持たなければならぬ。それが例え、善意からのものであったとしても。

 

 この事件の発端も、確かにマリーメイア殿の善意でござった。国を愛する彼女が、悲しむ人を放っておけなかっただけのこと。

 その善意が、事務員さんの憎しみを生んだ。誰かに望まれ、誰かに望まれない亡霊を生み出してしまった。本当にただの善意でも、それが誰かにとっては悪意と取られてしまうこともあるでござる。

 

 拙者はそれをもっと早く理解するべきだった。旅人という無責任な立場に甘えて、考えなしの行動を取った結果が今でござるよ。

 

「———モミジ。顔を上げろ」

 

 初めてシーラ殿に名前を呼ばれたでござる。出来ればこのような謝罪の場では無く、普通に楽しくお喋りしてた時が望ましかった。

 

「大人として言うが、お前は優しさと甘さの区別をもっと弁えるべきだ」

「うっ……」

「それができない奴に人助けができるほど、この世の中は単純じゃない」

 

 説教を垂れるわけでもなく、威張っているわけでもない。

 ただ厳然とした事実を、まざまざと提示してくる。

 

「……ごめんなさい。今度からは、もっと考えて行動します」

「そうしてくれ」

 

 ござる口調もやめて、誠心誠意謝ります。

 

 そんな拙者の頭に、ポンと優しく手を乗せられる。

 

「でもな———たぶんお前はそれで良い」

「はい?」

「誰かの為に権力に立ち向かえる奴は多くない。それが昨日今日会ったような相手なら尚更だ」

 

 ガシガシと乱暴に撫で回されて、拙者の髪は昨日と同じようにくしゃくしゃにされるでござる。

 

「たぶんな、あたしの弟子がお前と同じような状況だったら、同じように怒ったと思うぜ。あいつも真面目なくせして優しいからな」

「…………?」

「まぁ、要は優しさと甘さの区別さえつけられれば無理に変わる必要はないってことだよ」

 

 まるで眩しいものを見るように目を細めて笑うシーラ殿は、一体拙者を通して誰を見ているのでござろう…。

 

「これからも旅続けんだろ?」

「はい」

 

 シーラ殿って、わりと人たらしでござるな。あんなにボコボコにされたのに、全然嫌いになれないでござるよ。むしろ好き。

 先にイレイナ殿に会ってなかったら、たぶん恋してたでござる。

 

 シーラ殿はお金を置いて席を立つ。

 

「んじゃ、あたしは行くわ。次の仕事が詰まってるんでな」

「……もう少し、ゆっくり話したかったでござるよ」 

「世辞か?」 

「本心でござる」

 

 悪戯っぽく笑って、指をパチン。背もたれの付いたほうきを出して、ゆったり腰掛けるシーラ殿。

 ほうきの上からもう一度拙者の頭を撫でて、飛び上がっていくでござる。

 

「またな。もしあたしの弟子に会ったら良くしてやってくれ」

「承知したでござる」

 

 門の方に飛んでいくシーラ殿へ、拙者は手を振り続ける。

 

 最近は……また会いたいと思う人が、増えてばっかでござるな。





はい、いかがでしたか?まだまだ目の前のこと以外に目を向けることが難しいモミジちゃんと、全体を見渡すことのできる視野の広さを持つ立派な大人のシーラさんでした。

原作でもありましたが、人の善意が誰かにとっては悪意になる。そんな魔女の旅々らしいお話になったかと思います。
戦闘シーン多めだったのはちょっと違うかな?

アニメは終わりましたが、これからも書き続けていきます。次回はみんな大好きサヤさん登場です。ギャグ全振りで頑張ります。

ps.リリエールと祈りの国ゲット!
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