プロローグ
誰もが幸せになれる物語。そんなのは綺麗ごとだと、分かっていたはずだった。
分かっていたけれど、それでもやっぱり……。
「悲しい……!」
大人気少年漫画"鬼滅の刃"。週刊少年ジャンプ歴10年の私は連載第一話から読んで、これは絶対に来るなと期待していた作品だった。そしてその読み通り……いや、それを上回るほどの人気ぶりは最後まで衰えることはなく。アニメでの人気。ゲームや色んなところとのコラボ。映画や舞台化も決定し……そして、そんな人気絶頂の最中。
今日、最終回を迎えた。
宿敵であった無惨を倒し、鬼になった炭治郎も人に戻り……物語は平和な未来を辿った。彼らの子孫……そして生まれ変わった人達。幸せな人生を、これからは歩んでいくのだろう。
最期には皆が笑った写真。漸く迎えたハッピーエンド……だけど、その裏には犠牲になった沢山の人達がいた。
「生まれ変わって幸せに……なんて、そんなロミジュリ的展開をハッピーエンドと呼んで良いのか?! 否、良いはずがない!」
いやね、分かって入るんだ。あの時代、あんな世界で、命を賭けて戦ってきた彼ら。
“皆生き残ってて皆幸せになれた”なんて、そんなハッピーエンドは、あまりにもノンリアル。
だからこその犠牲。
絶対に死ぬと思っていた水柱と風柱は生き残り、生き残ってくれると思っていた玄哉と時透くんが死んだこと。蛇柱はフラグ立ってたけど恋柱は最後まで逞しく生きると思ってたのに。だけどそれはきっと物語として、リアルティーを追求したからこその展開。
だって未来なんて誰にも分かるわけないんだから。
あの終わり方が駄目だったなんて言わない。きっとあれが最上の結末だったし、最終話なんて平和な世界に寧ろ涙したくらいだ。当日に10回は読み直した。最高だった。
「それでも……哀しい……」
全員生き残ってほしかった。
例えご都合主義ほどほどしい展開だとしても。例え誰もが認めるような最終回じゃなくなってしまっても。例えリアルティーが消えた物語になったとしても。
「生きていて欲しかった!」
死後の世界も前世も来世も私は信じない。今を幸せに生きて欲しいと思うから。今世の善行が報われるのは今であってほしいし、悪人が裁かれるのは死後でも来世ではなく今現在なうであれと願う。
――失っても、失っても、生きていくしかないんです。どんなに打ちのめされようとも。
分かってる。分かってるよ主人公。頭ではそんなの全部わかってる。だけど私はそんな風に強く心からは思えない。失ったら悲しい嫌だと泣き叫びたいし取り戻すために出来る限り足掻きたい。
だけど当然、漫画の中の世界に、紙面を指でなぞることしかできない私に出来ることなんて何もなくて。ただの一読者である私は、所詮想像や想像の世界で違う未来を思い描くことしかできない。
そう。だからこそ、
「もし……」
例えば。もう一つの世界があるとして。どこかに存在するといわれているパラレルワールドのようなものがこの世にあるとするのなら。どうか、その中のたった一つでもいい。
誰も死なない。死なせない。そんな物語が、あったなら……。
「ご都合主義? そんなの知ったことか!」
どうせ泣けど喚けど今からあの素晴らしき原作が変わることなどないのだから。
だけどなら、それならせめて、原作とは違う世界の一つだけでも、そんなご都合主義甚だしい物語があってもいいじゃないか。
「幸せになってほしい……」
私は最終回が載せられた週刊少年ジャンプを机に、そこに額を乗せてうっつぷした。ああ、いっそこのままこの世界に入ってしまえたらいいのに……。
だけどこの時私は心の底から思っていたわけではなかった。だってそうでしょ? そんな、世界中に溢れているであろうこんな願いが、本当に叶ってしまうだなんて。思っていたわけじゃないんだ、本当に。だってそんな願いが簡単に叶ったらこの世は誰かが望んだ世界だけで埋め尽くされてしまうじゃないか。
だからそう。これは、例えば、暇を持て余した神様の出来心みたいなもので。
もしくは神以外の何かによる悪ふざけのような、わざと零した戯言のような。それこそ、道化師の真実のような。蛇の甘言のような。裏も表もないコインのような。子供が作り出したヒーロー、夢幻の偶像。誰かが望んだだけの、ありえないお話。
でもね。12月24日の夜、私の枕元にプレゼントを置くのはお父さんだったけれど、本物のサンタクロースはこの世界のどこかに確かに存在しているんだ。
そう。これはそういう、物語。
√あとがき
夢小説ともオリキャラが主人公の二次創作小説ともとれますが、明確にはどちらというつもりでは特に書いておりません。主人公であるモブ子ちゃん(仮)の名前は最後まで出てきませんが、容姿を特定するような文及び小説の表紙にちらっと容姿が出ていたりしますので、そういったものが苦手な方は観覧をご遠慮ください。
ジャンプ他作品の台詞やキャラ名が出てきたりしますが、分からなくても物語を読むのに支障はありません。