前に死後の世界も前世も来世も信じないと言ったな? あれは嘘だ。何故かってそりゃ、今現在、前世の記憶を保持したまま転生した自分がいるからね。なんて分かりやすい対象が目の前にいるんだ。もう笑うしかないな。はっはっは。
いやまぁ笑えませんけど。
「ほーらほーら髙い髙い」
「……」
「この子本当笑わないわねぇ」
「泣きもしないしな」
「どこか悪いのかしら……」
いいえ、恐らく健康体です。
だが精神が大人であるが故に、高い高いされてもベロベロバーされても何が面白いのか分からず笑えないだけで……。え、大人ならそこは忖度して笑うフリでもしろって? 嫌だよこの先どうせ忖度ばかりで生きていくんだから赤子の時くらい表情筋休ませて。
さて、死んだ覚えもないのに何故か赤子に生まれ変わっていたという事実が夢ではないと理解してから数か月が経過した。
最近になって漸く寝返りを打てるようになったが、まだお座り出来ないということは今は大体生後5か月くらい……そうなるとハイハイで動けるようになるまでまだ3か月くらいあることになる。……苦行かな? 最近よくある転生系の中でも赤子から再スタートはよくある話だけどさ、どうせなら5歳くらいに頭を強く打って前世のことを思い出した! のタイプにしてほしかったわ。いや別に頭打たなくても思い出せればそれでいいんだけど。
暇になったらスマホでいつでも時間潰せるのが当たり前になってしまった現代っ子にこの仕打ちはきつすぎる。だってやること何もないんだもの。本もテレビもまだ早い年齢だし、かといって赤子用の玩具やぬいぐるみ渡されても困りますしね。私これでどう反応すれば正解なの?
うん。それにしても……。
(ここは一体、どこなんだろうか……)
漸く周りの観察が出来るようになった私は、自分の両親や周りのものを見ながら、心の底から戸惑っていた。
(てっきり令和の世界で死んで、転生したと思ったんだけど……)
まだ令和が続いているのか、終わったとしたら次の元号はなんだったのか。それとももしかしたらそんなのないくらい遠い未来だったりして……? なんてそんな期待に胸を膨らませていたのは数日のこと。私は、気づいてしまったのだ。
この世界が、どう考えても私の知る未来の日本ではないということに。
(だって両親着物! 台所にもコンロなんてないし薪くべて火起こしてるし! 火起こすのに使ってるのマッチだし! これ少なくとも平成時代よりは前じゃないの?!)
さっきフラグ建てちゃったけど頼むから異世界転生は止めてくれよ。
いや、何故か過去に転生した可能性だってあるし、落ち着いて、まだ慌てるときじゃない……。
過去の日本、だと仮定するなら少なくとも江戸時代以前ではないな。だってお父さんが丁髷じゃなくて短髪だもの。ってことは丁髷を切ることが強制された明治以降……? 石油式のランプを見かけたし明治より前ってことはなさそうだけど……あぁ、もっとちゃんと歴史勉強しておくんだったぁ! テストが終わった瞬間脳内から覚えた内容全て弾き出すような人生しか送ってこなかったから、今残っている知識が最近クイズで見たとかそんなんばかりだ……。
ん? あ、でもマッチ……そうだ、ってことはやっぱり少なくとも江戸よりは後だ! 確かマッチが入ってきたのは明治改革の頃だったようなその少し前だったか後だったかは覚えてないけど昔歴史のテストで出てきたからそれは覚えている! まぁここが私の知る日本で何故か過去とかであるとしたらだけど!
ただそんな私でも流石に大正と明治の違いなんて分からないし、はっきりと昭和じゃないと言うにはちょっと情報が足りなさすぎる。せめて外に出たい。だが私はまだハイハイもできない赤子……オムツを変えられる度に死にたくなるのはもう慣れたけど自由に動けないのは未だに慣れない……。
本来なら大体人は8か月でハイハイ、9か月で捕まり立ち、10か月で手すりに捕まって歩き、11か月で独り立ちと同時に意味のない言葉を発し初め、12か月――1年で漸くよちよち歩き、意味を理解して単語を発するようになる。一人で歩くのに1年もかかる生物なんてそうはいないよね……自然に淘汰されなくなった人間にだけ許された甘さだわ……これが食物連鎖の頂点……。
因みに私がこんなに赤子の成長曲線について詳しく覚えているのは前世で姉の勉強に散々付き合ったからである。姉は一応医療系の国家資格保有者なもので……ってそれは別にどうでもいいんだけど。
はぁ。あと3か月か。……長いな……一日ですらその半分寝ていてもこんなにも長いのに……。
ぐうだら過ごす夏休みの一か月なんてあっという間なのにね……飛ぶように時間が過ぎたあの頃のなんと充実していたことか……。
だがそれでも所詮は赤子。どんなに我慢してもミルクを飲んだら眠くなる。よくもまぁ毎日こんなに眠れるものだとは思うが、子供は泣いて寝るのが仕事ともいう。寝ている間の時間を感じることはないし、私にとってはこれでよかったのかもしれない……。
なんて。そんなこと考えていたら気が付けば私は1歳になっていた。寝て起きたら毎日が過ぎていつの間にか9か月も経っていたとか驚き桃の木山椒の木。因みに本当にただ寝て起きていただけではない。起きている間私はなんとかして少しでも情報を得ようと周りをよく見たり耳を澄ましたりしていたし、体の動かし方が分かる分普通の子供より早く起きて歩き喋れるように努力した。……まぁ結果から言って前半はただの徒労に終わったのだが、後半については成果が見られた。
私はもう2か月は前――つまり生後10か月の時にはすでによちよち歩きを成功させていたのだ! まぁぶっちゃけ普通に前世の記憶とかなくても成長の早い子は早いものなのだが、そこはまぁ強くてニューゲームまでとは言わずとも一応二週目ではあるんだから流石に平均よりは早くあってくれ。前世何してきたの? とかになっちゃうから。20数年毎日一生懸命歩いたよ……。
そんなこんなで漸く歩けるようになった私。いや、歩けたのは2か月も前からだったのだけど、その2か月はお母さんがどっか行かないようにめちゃくちゃ見張ってて玄関に近づいたら抱っこで連れ戻されてたから……。だけど今日は違う! なんせ今日は私が二度目の人生を送ってから1年が過ぎためでたい1歳の誕生日! ここぞとばかりに「外に出たい」と言った私に、両親は一瞬きょとんとしながらも苦笑いで私を玄関まで運んでくれた。歩けると言ってもまだ無尽蔵に歩けるわけじゃないのさ……前世の感覚が残ってるからか寧ろバランスに違和感があって、よくこけます、はい。
生暖かい両親の目に見守られ、わざわざ先回りをして扉を少しだけ開けたお父さんに心の中で感謝しつつ扉に手をかけた。お願いだから家の外にエルフが歩いているとか空にドラゴンいるとかそんな展開は止めて。するなら天人にしてせめて。それなら江戸時代でも時代錯誤なの目を瞑るから。
まぁ、なんて考えていたってしかたないってことは、この数か月で嫌ってほど学んだもので。
(ええい、ままよ!)
小さい手で一生懸命扉を開けた。こんなに軽そうに見える引き戸なのに全体重をかけて漸く空いたその、今まで見るしかできなかった先に一歩を踏み出した。踏み出して、私はこの世界に生まれてから初めて浴びた直射日光に目を細めて、改めて目の前を見つめた――。
「わあ」
思わず漏れたそれは感嘆ともいうが、呆けているとも言えただろう。お分かりいただけるだろうか。一歩二歩、歩いて家の外に足を踏み出し、私はぐるりと後ろを振り返り、そのまま一回転。その時に見えた光景に、果たして私がなんと思ったか。
目の前海! 振り返れば山! 横を見れば広がる田畑~青い空~広い海~想定していた2倍は田舎~。ていうか~これ気のせいでなければ~。
「……そんなぁ」
それはきっと、この世界に生まれた私が明確な意味を持って初めて発した言葉だったと思う。
勿論これで、たまたま家がある場所が海岸沿いなだけなんて考えも出来ただろう。だけどそれは、この事実を受け入れるのに無駄な時間を有するだけだ。続く海岸、横に広がるその短さ、振り返っても見える水平線の一部……。
「ははは……」
ここ、島だったんですね……。
それじゃあ鉄道なんてあるわけないし、そもそも文化の浸透も遅いから私の知識じゃ時代なんていまいちよく分からないよ……。鉄道があれば明治以降である可能性が高いし東京駅が出来たのは大正3年だから東京駅があるなら間違いなく大正……とか無駄に記憶力と戦っていた私の数か月が一瞬で無駄になった瞬間……。
それから暫く。前世含めても数年ぶりの海を黙って見つめた後、私はニコニコ顔でご飯食べようねなんて言う両親によって再び家にドナドナされていった。当然、脳内でオラこんな村嫌だ~が流れている私のことなど誰も知る由がなかった。