モブが鬼滅の刃に転生した話   作:白金ひよこ

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第2刃 邂逅

 私が世界の広さと小ささを同時に知るというホコタテを成し遂げてから早7年が経過した。早すぎる? 実際子供の流れる時間なんてあっという間だよ。20超えてからの1年ほどじゃないけどね……。一つ年を取るたびに体が重くなっていくあの日々にはまだ暫く戻りたくない……。

 

 さて。そんなこんなで8歳になった私ですが、相変わらずここがどこでどんな世界なのか殆ど分かっていない割には私は私なりに第二の人生を謳歌していた。まぁ生まれた場所がど田舎島なので贅沢が出来るとかそんなんは一切ないんだけど、そもそもお金使うところなんてないし、道を歩いているだけで可愛いとか賢そうとか褒められるしお菓子とか貰ったりするしぶっちゃけ生活するのには全然困ってない。

 ご飯とかは前世に比べると量もレパートリーも少ないし、ぶっちゃけ美味しいかと言われると「素材の味が良いです」くらいしか誉め言葉が思い浮かばないのだけど、それでもスラム街に生まれるとか生まれてすぐ捨てられるとか孤児院育ちとかそんな人もいることを考えたら恵まれていると言っていいと思う。

 そもそもこの時代における何不自由ない生活って、前世一般人だったはずの私と同じくらいのものであって、本当に一部のごく少ない人たちだけだしね。そんな贅沢は分不相応というものだよ。

 

 ただ強いていうならそもそもの人口が少ないから同い年の友達がいないのが少し寂しい。いるのは二つ下と三つ上の友達だけで、あとは年が離れている子ばかり。何故かこの村では年代層に一部偏りがあるらしく、私の年はたまたま子供が少ない。その10歳上は引くほど多いのに……。いやまぁ、私の二つ下の子は5人くらいいるし、三つ上の子もそのくらいいるから本当にたまたま私と同い年の子がいなかったっていうだけなんだけども。

 

 まぁそんなんだから私は基本やることがない時は一人で島を適当に歩く。

 数時間もあれば走って一周出来るくらいの広さしかない村だけど、山の方まで行けばもっと距離があるし、海に行けばその距離は無限大だ。いや行っちゃいけないって言われているところまでは流石にいかないけどね? 安全が確保された前世での海水浴場にさえ鮫が出るんだからそんなチャレンジャーなことしないよ、私は。

 でも今日は海の気分じゃなかった。どっちかというと珍しく山。そんなことを思いながら山への道を歩いていた時だ。私はいつものように畑に繰り出していた近所のおばちゃん達に呼び止められて足を止めた。

 

「変な人?」

「そうよ、この前、島に見たことのない人が来ていてねぇ……。島の者が声をかけたけど、何やら鬼がどうとかって聞かれたらしく、知らないと言ったら一人山の方に行ってしまって」

「鬼?」

「刀を持っていたなんて話もあったし……」

「警察ってこと?」

「それなら身分証を見せるだろう? 隠れるように山に行くなんて、きっと訳アリに違いないってんで、皆近づかないようにしてるのよ」

 

 ここ警察いないからなぁ。腕に覚えのあるおっちゃんとかはいるけど、そもそも泥棒が来るような場所じゃないんだよね。こんな田舎じゃ金品なんてたかが知れてるし、そもそも島に来るには船がいる。だから基本用心するのは熊とか猪とか。住んでいる人も少ないから皆顔見知りだしね。だからこそ今回みたいに、住人じゃない人はすぐに分かって、あっという間に全住民に知られてしまう。

 

「だから今、山には近づかないで、家にいなさいね」

「はーい」

 

 そういえば島に外から人が来たのなんて初めて聞いたな……。

 

 私が二回目の生を受けた場所は、利島村という小さな島。

 どこにあるのかは全然分からん。島の名前なんて詳しくないしそもそも私の知っていた世界とここが同じ保障まだないし。だがもしここが私の知る日本であるのなら、関東のどこかであることは間違いない。何故かって? いや、天気がよければここから富士山見えるから……。

 

 一つ言える確かなことは、この島には情報もなければ娯楽もなく、だが私が想定していたよりは平和で皆楽しそうに暮らしているということだ。

 田舎だからこその自給自足。他人がノックもなしに家に突然上がり込んでくるのどうなの? と思いつつ、島の全員が家族だからこそ何かあれば助けあう精神は都会生まれ都会育ちの私からすると新鮮でどこか心地よかった。

 

 だけど私の精神は大人だ。心だってそう。

 だから前世の記憶がある私にとって、第二の故郷であるはずのこの場所はただ初めて訪れた島のようなものだし、可愛がってくれる両親も近所のおばさんも大して変わらない。新しくつけられた名前は馴染みがなさすぎる。でもだからといって、前世の名前を名乗るわけにもいかないし。

 

 いっそ何かが起きればいい。宇宙人が攻めて来たりなんてしなくてもいいから、そう、せめて私の今日一日が何か変わるような。出来ることなら今後の私の毎日が何か変わるような――そんな何かがほしい。

 

 だからかな。そんなことを、心のどこかで思っていたからだろうか。

 この時まで大人が求める理想で利口な子供を演じてきた私が初めて、大人の言う言葉に逆らって山を目指してしまったのは。

 

 それともどこか本能で分かっていたのだろうか。これが、第二の私の人生を大きく左右する分かれ道だったということに。

 

 大人たちの目を盗んで向かった山。利島の殆どを占める宮塚山。低い標高と、山の80%を覆う椿林……。元は火山だと言うが最後に噴火したのは分からないくらい昔らしい。

 

 おばちゃん達は私を見かけるといつも駆け寄って可愛がってくれるが、誰も生活の保障などしてくれない自給自足の生活をしている島民は決して暇ではない。蓄えなんて殆どなくそれこそ有事の際用の最終手段があるだけで、いつだってその日暮らしに近い生き方だ。

 

(まぁ私のこのまま島を出なければそうなるんだろうけど……)

 

 島育ちの人がどうして都会に行きたがるのかなんとなく分かる気がする。都会生まれ都会立ちでコンクリートの地面に馴染んだ私からすれば、老後は島でのんびり暮らしたいとか思うしなんなら一人暮らしは23区ではお金があってもしたくないタイプだったけど、逆にそれこそ自然の中で遊ぶことしか知らない環境で育つと都会に憧れがあるのかもしれないな……。

 

 そんなことを呑気に考えながら山の麓に辿り着いた私は、漸く自分の前を歩く誰かの背中が見えたことに気づき、前を見据え――愕然とした。

 着物しか見てこなかった島の中に浮かぶ、目立つ黒い洋服。警察以外は帯刀が許されていないはずなのに腰にささっている刀。そして……。

 

「背中に……滅の文字……!」

 

 なんてこった。ここは鬼滅の世界だったのか。

 それを今になって知るだなんて……いや、私はまだ8歳。何をするにしてもまだ遅くはないはず。そうだ、まだ慌てるときじゃない……落ち着いてタイムマシンを探すにはまだ時間があるはずだ……。

 

 なんせ、今は明治時代の終わり。正確に何年なのかは、残念ながら今の私が聞くには不自然過ぎて聞けなかったのだが、それだけは以前どこかの会話で聞いていた。

 

 因みに鬼滅の刃の物語は大正時代……だが、実は大正はとても短い。なんと15年もないのだ。実際に原作が始まり炭次郎が隊士になったのが大正何年だったのか正確は分からないが、少なくとも炭治郎が最終選別の時には大正時代で間違いない。そこだけはしっかりと原作に描かれていたからね。

 

「問題は正確な年数なんだけど、」

 

 私、確かこれ前世の時に友達とめちゃくちゃ計算したんだよね……。

 確か、最終選別で錆兎たちを殺したあの鬼が鱗滝さんに捕まったのが47年前……それが江戸時代慶応の頃だと明言していた。江戸の慶応は1865年から1868年だから、1865年だと仮定してそれから47年後なら1912年で丁度大正元年……。慶応最後の年の1868年だったとしても1915年……。つまり炭治郎の最終選別は大正元年~4年の間ということになるはず。

 そして大正3年と言えば第一次世界大戦が起きた年だ。そんな戦争の最中にあんなことが起きていたとは考えにくいというか、その割には皆普通に生活していたように感じるので、やはり最終選別の時は大正元年もしくは2年だったんじゃないか――。

 と。別に必要でもない考察を一日かけてやっていたのがまさか、こんなところで役に立つ時がこようとは。

 

(そう考えると今が明治であることで、少なくともまだ原作の年ではない。出来ればあと10年くらい待ってほしいものだけど……)

 

 もしあと数年で原作始まるからお前主人公組より年下だからなだったら厳しいとかそんなレベルじゃない。選んでもいないのに勝手に人の人生をハードモードにしないでくれ。まぁこんな世界に生まれた時点でイージーモードなんてありはしないと思うが。

 だが私がこの先何を選ぼうが、今このチャンスを逃すわけにはいかない。

 

 私はお兄さんの背中にそっと近づいて……いるつもりだったが、流石鬼狩りの剣士。こんな子供の足音では気にするまでもなかったのだろう。私が彼に触れられる距離まで近づくと、その距離すら測っていたかのように見事に自然に振り向いた。

 

「! 子供……君、一人かい? 他に友達とかは?」

「いるけど、こっちの方は来ないよ。変な人がいるから今は近づくなって言われた。多分お兄さんのこと」

「変な人……そ、そうか……君は、来てもいいのかい?」

「大丈夫。だってお兄さん、変だけど危ない人じゃないから」

 

 まぁこんなに近くまで来たのはお兄さんが鬼殺隊の隊士だって分かってるからだけども。

 

「何か……僕に聞きたいことでもあったのかな?」

「……ううん。でも、もしかしたらお兄さんが聞きたいことがあるかなって」

「!」

 

 まぁ当然勘でしかないのだが、鬼滅隊の服を着ながらバカンスに来たというのは考えづらい。だがこの島に鬼が出たと聞いて出向いた……にしてはのんびりしていると思った。その場合は例えどんなに島民から煙たがれようと村を駆け回って情報を集めようとすると思ったし。

 だけどお兄さんはそうじゃなかった。ということはつまり、火急の用事ではない。じゃあ何かといわれても私そんなに詳しいわけじゃないから分からないんだけど、情報があって困ることなんてこの世の中にはないし。島民から既に「変な人」と烙印を貼られて警戒されているお兄さんからすれば、警戒心は少ないが好奇心に満ちている子供の方が都合がよいだろう。

 

 つまるところ、鎌をかけてみたのである。相手は子供。少しでもそう思って油断してくれるのならこちらとしても好都合。少なくともどうしてこの島に来たのかだけは探っておかないと、今後の私と家族の命に係わるかもしれないし。

 勿論お兄さんはそんな私の思惑なんてご存じない。まぁご存じだとしても別段警戒することもなし。だから少しだけ考え込んだようにしてから、大きな体を曲げて膝をつき、小さな私と目を合わせるようにしゃがんで優しい声で尋ねた。……こういうことされると今の自分が子供だと思い知らされるけど、精神年齢が三十路を超えた私にその扱いは逆に辛いです。若い子扱いにも限度というものがあってだな。

 

「この島に……"鬼が出た"なんて……昔話や歌でもいい。何かそういうものを聞いたことは?」

「、」

 

 だが次にお兄さんの口から出てきた単語に、私は分かっていたにも関わらず、思わず肩が跳ねそうになったのを死ぬ気で平常心を装った。現代社会を生きてきた私のポーカーフェイスよ今こそ力を発揮してくれ。

 

「……聞いたことない」

「そうか……」

 

 これは本当だった。少なくとも、私は。

 

 利島は小さい島だ。もしこの島に鬼が出たのなら、全員成すすべなく喰われてもおかしくないし、いるのなら誰も見たことが無いというのはあり得ない。村の人が一人いなくなれば次の日には全員で捜索に出るような島だ。狭いからこそネットワークはしっかりとしている。

 だけどそんなことはない。つまり、少なくとも今この島にいる世代が子供だった頃からは、この島に鬼という生き物は存在していない。そう、“今”は。……ではそれより前はどうなのかと言われると、これが難しい。

 というのもこの利島、実は謎が多い島なのだ。老人たちの話を聞くと先祖代々住んでいるとのことだったのに、その割には利島について記された昔の書物のようなものが存在していない。残っているものもあるが、それはなんだか不自然なくらい点々と時代を飛び越えていた。まるで途中で何かがあり一度文化が途絶えたかのように。

 江戸時代以降のことは、口伝などによりこの島がどのように生きてきたかが今私の世代にまで伝わっているにもかかわらず、それ以前……特に近世以前については、全くと言っていいほど歴史の記録がないというのは、あまりにも不自然ではないだろうか。

 

 そして今回の“これ”である。

 藤の花が咲き乱れて鬼が入れないとかそんなわけでもないのに、鬼の噂すら全く聞かない島。小さな島だから逆に狙いづらかった? いや。人口が少なく、島の殆どが人のいない林だなんて昼の間身を隠さなければいけない鬼にとってこんなにも都合の良い島もないだろう。

 

 そこで、気づいた。

 それ……もしかしなくても、この人――もとい鬼殺隊も、同じこと考えたんじゃないの?

 

「この島は椿が有名だと聞いた」

「あ、うん。山中椿だらけだよ。あとは、サクユリも少し」

「……藤の花はないかな?」

「!」

 

 やっぱり。この島の“違和感”に気づいて、それを探りに来たんだ。遥か昔から鬼狩りとして活動を続けてきた鬼殺隊の過去の記録を見ればこの島で一度も鬼が出なかったという事実は不自然なほど浮き上がったことだろう。でも……。

 

「ない……と、思う。少なくとも私は見たことないし、聞いたこともない」

 

 勿論今の今までここが鬼滅の世界だなんて知らなかったから自分の生まれ育った島に藤の花があるかどうかなんて逐一確認して覚えてたりなんてしない。そもそも私あまり山登らない派だし。どっちかというと海に潜るのが好きです。ここ大きいサザエめっちゃ取れるよ。テンション上がるよ。ってそれはさておき。

 

 そもそも藤の花が島に少し自生している程度で鬼が来なくなるなら今頃日本中に藤の花が植えられていることだろう。だが、そうではないことは原作を知る限りは明らか。つまりその程度の藤の花では全くもってなんの解決にもなりはしない。焼け石に水なのだ。

 つまりこの島で8年生まれ育った私の記憶に残っていないのなら、それはあってもなくても同じこと。意図的に隠されて秘密にされていた、とかならまだしも。

 

「そうか……ではやはり、ただの偶然なのか……? いやしかし……」

 

 考え込むお兄さんを見上げながら私も同じく思案してみる。真っ先に考えられるのは私もお兄さんと同じく藤の花だ。原作で出てきた岩柱のいた山でも「夜は藤の香を焚く」という口伝があったように、どうしてか理由が分からずともそうやって今に至るまで何かしらの形でこういったものが……特に“危険”から身を守るためのものは後世に渡ってきた例は各地に存在する。

 

 そもそも何故鬼に藤の花が利くのか。それは原作では明言されていなかったが、ファンの中で多くの考察が飛び交っていたのはよく覚えている。その中で信憑性が高いと言われていたのは二つ。一つ目は、藤の花が日光を好むと言われている植物だから。鬼の弱点と言えば始祖である無惨すら克服できなかった陽の光……つまりそこに関連しているというもの。

 

 そして二つ目は、藤の花がマメ科だからというものだ。鬼退治といえば豆。鬼は外。

 昔話なんかの絵本では鬼が熱い豆を煎ったときそれが目に当たって恐ろしい思いをして以降豆が嫌いになったからだ、なんて言われているが、勿論それは子供向けの物語。元々鬼に豆が有効だと思われていたのは鬼に魔目……豆を投げることは魔を滅する、つまり魔滅に通じ、豆を炒ることは魔を射ることに繋がるからだという説からきているもの。

 だからもし。藤の花が鬼に利く理由が「マメ科である」ことと「鬼の弱点である日光から由来」しているのだとすれば。知られていないだけで藤の花以外にも鬼に利く植物があってもおかしくはない。

 

 そこでこの島の不自然さである。もしこの全てが単なる偶然などではなく、例えば過去に鬼によって一度滅ぼされた島民が、何かしらの方法で鬼に対する対抗手段を後世に残したのだとしたら。この――見渡す限りの椿の花に、何か理由があるとしたら。

 

 椿……日本書紀においてもその記録が残されているほど古くから日本に存在する花の一つ。この花に纏わる逸話は多く、景行天皇が九州で起こった熊襲の乱を鎮めたおりに土蜘蛛に椿の椎を用いたとか、正倉院に納められている災いを払う卯杖もその材質に椿が使われているとか、そんな話がある。

 しかし良い話だけではなく、荒れ寺に現れる化け物の正体が椿の木槌だったとか、島根の伝説では牛鬼の正体が椿の古根だったという話があったり、年を経た椿は化けるという言い伝えが日本各地に残っていたりもする。

 

 そして椿という花においては有名なのがもう一つ。それは椿という花が、“枯れない”ということ。いや、勿論実際には枯れる。だが、言い方が違う。“桜が枯れる”という言い方を日本人はしないだろう。そう、桜は“散る”。同じように椿にも独特な言い回しがある。

 それが“落ちる”。

 椿の花は一枚一枚散ったり、ゆっくりと枯れていったりなどはしない。花が萼とおしべだけを木に残して丸ごと地面に、一気にボトリと落ちるのだ。そう、丁度人間の首が地面に切り落とされた時のように――故に、椿の花は一部では不吉だと言われることもある。特に落馬を連想させるとして、馬にこの名前は絶対につけないとか。

 

 藤と椿。この二つの花に特徴的な共通点などない。だが、藤の花が何故鬼に有効なのかが不明な以上、鬼の弱点である日光以外のもう一つである首に由来していると考えれば……可能性は決して0ではないのではないか。

 

 では何故藤の花と違い今まで知られてこななかったのか? 

 考えられるのは、単純に椿という花には毒性がないため、実際に毒性のある藤の花と違って効果が薄いというものだ。つまり、藤の花ほど効果がない。故に、知られてこなかった。それなら一理とはいえ可能性があるのではないか。

 

 勿論全てはあくまでも憶測の域を出ない。だが、私としては十分考えられる可能性の一つだと思う。そしてもし――それを本当に誰も知らないのだとしたら。これは大きなアドバンテージになる。勿論全然関係なく全ては本当に偶然だったなんて可能性もあるが、初めから何もなく何も知らない状況よりはマシだろう。……多分。

 

「だとすると……あ、いや。ありがとう、助かったよ」

 

 思案顔から余所行きの顔でこちらに微笑むお兄さん。一つの情報源として受け取って、満足して、去って行ってしまう。きっとこの島を出る頃には、私のことなんて忘れてしまう。そして二度と思い出すことなんてないのだろう。

 貴方という存在がどれだけ私の人生に波紋をたてたのかなんて、知りもせずに。

 

「――ねえ!」

 

 だから、行ってしまいそうな背中に。滅の字が刻まれたその背中に声をかけた。お兄さんは振り返る。顔だけとかじゃなくてちゃんと体ごと。そして近所の子供に挨拶された時みたいに朗らかな顔で、どうしたんだい、なんて。だけど。

 

「どうしたら、お兄さんみたいになれる?」

「……えっと、僕みたいにっていうのは、」

「鬼退治」

「!!!」

「刀もって、戦う人。警察とはまた違うんでしょ? どうやったらなれるの?」

「……」

 

 強張ったその顔は、何故それを知っているのか。そうまずは言いたかったのだとは思う。だけどそれを口にする前にきっと気づいた。“それを知ったうえでそれを目指すのか”――だけどお兄さんは私相手にちゃんと言葉を選んだ。きっと親の教育が良いんだろうなぁ。私相手にちゃんとしゃがんでくれるし、こんな状況下でも目を逸らさない。物腰優しいし、なんだか朝番組の体操のお兄さんみたいだと思った。

 ああ、もしかしたらこの人も、そんな平和な世界に生まれていたらそうだったかもしれない。

 

「……子供がなるものではないよ」

「大きくなったらなりたい。だけど、その時にはお兄さんいないでしょ? それともお兄さんずっとここにいてくれるの」

「いやそれはちょっと……」

 

 でしょうね。イイヨ! とか言われたら逆に困るわ。私が。

 

「……なるためにはいくつかやらなければいけないことがあるんだ」

「どうやるのか教えて?」

「危険だよ。この島を出なくちゃいけない」

「どうせいつかは出ていくよ」

「死ぬかもしれない」

「死なないために頑張る」

「軽い気持ちでは頑張れない」

「私の気持ちが軽いか重いかを、お兄さんが勝手に決めないで」

「……」

 

 ぐ、と。その通りだと思いながらも、それでも折れなかったのはきっと、この人が、優しい人だから。そして敏い人だから。私の目を見て私の中にある小さな覚悟に気づいてくれた。だから誰もが簡単に言ってしまえるような、この場で全く意味のない「大人になったらいつかなれるよ」なんて根拠のない言い訳を選ばなかった。安易に無責任に君には無理だよなんてことも言わなかった。

 それだってきっと、私が思っている何倍もこの世界がいかに残酷であるかを知っているからなんだろう。でも、

 

「――君の人生に、僕は責任を取れない」

「大丈夫」

 

 私だってお兄さんが知らない残酷な未来を知っているんだ。

 

「私の人生の責任は、私自身が持つ」

 

 当たり前だよ。そう言えばお兄さんは一瞬面くらったようになってから、少しして、苦笑いしながら溜息を吐いた。よかった、粘り勝った……。ここでお兄さんを口説き落とせなかったら島を出てからどこにいるのか分からない育手を探す旅に出なくてはならなくなるところだった……それ何山はしごする案件ですか?

 

「……分かったよ。ただしーー13歳だ」

「え?」

「所詮他人である僕に、君を本当の意味で止める権利なんてないよ。そんな力もね。だけど君がこの先の人生を決める通過点に僕がなってしまうというのなら、せめてその道を正しく示せる人でありたい。それは分かってくれるかな?」

「……うん」

「ありがとう。やはり君は賢い。言葉を選ぶだけの思慮深さがあって、それをきちんと言葉に出す行動力もある。……ああ、話を戻そうか。13歳と言ったのはね、君がこの島を出ても良いと僕がギリギリ許容できる年齢だよ。勿論本当ならそのままこの島に……いや、別にこの島から出るのは構わない。だけど“僕らのようになってほしい”とは思えない」

 

 他人のため世のため命をすり減らす彼ら。間違ってもそれは、誰かに、なってくれと頼まれるようなものではなくて。

 

「だからせめて、最低限の年齢だけでも守ってほしい。それが13歳。それまでは何があっても、例えこの道を選ばなくても……この島からは出ないと誓って欲しい。それさえ出来ないのなら、申し訳ないけど僕が君に教えられることは何も無い」

「……。……分かった」

 

 理由は、聞かずともなんとなく分かった。勿論今から飛び出すなんて無計画に死に急ぐようなことはしないが、確かにいつになったら出る、ということまではまだ考えていなかった。

 13歳というのは、さしずめ尋常小学校を卒業した後ということなのだろう。……私は通ってないけどね。まぁとっくに義務教育化されてるし無償化もされてるから普通は通ってると思うんだろうけど、生憎ここは小さな島なので。男の子だと将来の為にって通っている子も多いけど、やはり浸透して間もないからか、華族なんかがいないこの島では教育なんてあってないようなものだという認識がそのまま残っている。

 だからこの島にも一応学校はあるけど、私は行ったことない。多分行きたいと言えば通わせてもらえるだろうし勉強も出来るだろうけど、流石に過去の教育水準も低い教育を今更受けるつもりはさらさらない。なら独学でさせてくれ。

 

「うん。それなら……もし、君が13歳になって、その時にもまだ考えが変わらないのなら。この島を出て……ここに、行くと良い。そこにいる人が僕の師匠だ。"君がその人に気にいられたのなら"、君も弟子にして貰えるだろう」

「川乗山……? 」

 

 聞いたことはない、が……地図を見る限りは、恐らく東京のどこかだ。確か炭次郎や伊之助の出身も東京の山だったから……やっぱ首都を中心に活動してるのかな……。

 

「えっと、この……洪城永之進? って人がお師匠さんなの? どんな人? 優しい?」

「……」

「えっなんで黙るの」

 

 もしかしてめちゃくちゃ厳しい人ですか。

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