「行きます!」
「ああ!」
ナイフを構え、鬼へと突進する。男もそれに合わせ、刀を振り上げて挟むように突撃を仕掛けた。
「まずはお前からだ!」
鬼は俺より刀を持った男の方を脅威だと判断したようで、男の方を向き攻撃を仕掛けた。
丸太のような腕が水平に振るわれる。単純な攻撃だが、バカにならない威力だ。
「ぐっ!」
男は刀で攻撃を受けたが、流石に堪えきれず弾き飛ばされてしまう。
そして俺の方に向き直り、頭めがけて殴りかかってきた。
上体を傾け掠らせるように回避し、そのまま大きく踏み込み体重を乗せてナイフを頸に突き立てる。
合金製のナイフは深々と頸に突き刺さり、横に引くと頸の三分の一程を切り裂いた。
「ぐああ!」
頸から噴水のように血が噴き出る。
鬼は片手で傷口を抑え、開いた手で俺を上から叩き潰そうとしてきた。
即座に手を引っ込め、そのまま距離を取る。
「あっぶな…」
あの腕、近くで見るとその大きさが良く分かる。力だけなら熊かなんかと遜色ないんじゃないか。
だが人の形をしているゆえに攻撃の軌道が読めるのが幸いした。しっかり動きを見極めて戦えば、被害は最小限に抑えられそうだ。
「てめえ…!」
え、あの傷で生きてるのか。出血だって相当……え…?
ここで俺は一つの事に気が付く。鬼が傷口を抑える手を放しているにもかかわらず血が噴き出していない。
頸の傷が塞がりつつあるのだ。
「そんな馬鹿な…!いくらなんでも早すぎる!」
確かに多くの動物は外傷を塞ぎ治癒する機能を有している。しかしこんな短時間で、それも頸の太い血管を絶ったにもかかわらず塞がるというのはあまりにも常識から外れている。
「それじゃ駄目なんだ、鬼は殺せない」
気づくと刀の男が起き上がって後ろに立っていた。
「殺せないって、じゃあどうすればいいんですか?あんなに早く傷が塞がるんじゃどうしようも…」
「鬼を殺す方法は二つ。一つ目は太陽光に浴びせること、もう一つはこの『日輪刀』で頸を絶つことだ」
太陽光…?そうか、芳一さんが言ってた夜間のみ出没っていうのかそういうことだったのか。
もう一つに関してはその刀が鍵なんだな。だから俺に隙を作れと言っていたのか。
「なるほど、理解しました。俺が何とかして隙を作りますから、止めは任せていいんですね?」
「ああ。俺にはあれと戦いながら頸を斬る実力は無いが、隙さえあれば必ず頸を絶てる。辛い役回りを押し付けてすまない」
「気にしないでください、ちょっとした策もありますし」
それぞれの獲物を構え、相手の出方を伺う。
鬼の方も傷が完治したようで、血走った目でこちらを睨みつけている。
「てめえ…楽に死ねると思うなよ。両手両足をちぎってから殺して喰ってやるからな」
随分と怒りを買ってしまったようだ。
だが俺に意識が向くならむしろ好都合、刀の男がやられたらそれこそ勝つ目がなくなってしまうからな。
「さっきのように挟むようにしていきましょう。私が左に行きます」
「ああ分かった!」
二手に分かれ、再び挟み撃ちの形をとる。
鬼を挟み二人が一直線になったとき、方向を変え鬼へと突撃をしかけた。
先程の体術を警戒してか、俺を近づけまいと鬼は両腕を振り回してけん制する。
身を捻り、躱しつつなんとか距離を詰めようとするが、攻撃の間隔が狭くてなかなか間合いの内側に滑り込むことができない。
俺が手こずっていると、刀の男が鬼に肉薄し背中側から頸を狙って刀を振るう。
しかし鬼もそんな動きにいち早く気付き、振り向きざまに裏拳を繰り出した。
「くっ…!」
「こいつを殺したら次はお前だ!おとなしく待っていろ!!」
すんでのところで身を屈めて回避し、鬼の拳は空を切る。
そして僅かに生まれた攻撃の隙間に俺は体を捻じ込み、がら空きの脇腹に渾身の回し蹴りを叩き込んだ。
鬼の身体が傾き、僅かに体勢が崩れる。しかし…
「捕まえたぞ…!!」
そこまでだった。それ以上体勢が崩れることはなく、難なく堪えられてしまった。
蹴りにつかった左足首を掴まれ、宙づりにされる。
そして空いた手で左大腿を掴まれた。さっき言ったように引きちぎる気だ。
「まずは左足からだ!!俺に刃を振るったことを後悔するがいい!!」
左脚を掴んだ両手に力が籠められる。
だが俺の心に動揺は無かった。
「必ずそうくると思った!お前ならな!」
俺は宙づりにされたままで、右手にナイフを、左手に
勢いをつけてナイフを腹部に突き刺し、身体を捻って傷口を大きく広げる。
「がっ…!てめえまだ……!!」
そして開いた傷口に、左手に握りこんだありったけの藤の花を突っ込んだ。
「お前これが苦手なんだろ!?しっかりと味わえ!」
「お前なにを……っ!!?ぐああああああああ!!!」
一瞬遅れて鬼が苦しみ始めた。
やはり藤の花は鬼に対し絶大な効果を誇るようだ。
「今です!!」
「よくやってくれた!!」
再び刀の男が大きく振りかぶり、鬼の頸へと刃を振るう。
鬼は腹部の異変に気を取られ一瞬反応が遅れ、それが致命的な隙となった。
「!?待っ…!!」
刃が肉を、骨を絶ち鬼の頭が宙を舞う。
それと同時に俺の脚を掴んでいた両腕から一気に力が抜け、俺は地面へと投げ出された。
そして一瞬の間をおいて、鬼の身体が頸の断面から灰のようになって崩れ始めた。見れば頭の方も崩れていっている。
「大丈夫か?怪我はないか?」
「えぇ何とか…それより、これで本当に終わりなんですか?」
「ああ、もう間もなく骨も残らず崩れ去るはずだ」
そうか、やっと終わったんだな。
本当に危ない橋だったが、なんとか無事に生き残ることができた。やはり今日の俺は運がいい。
「それはそうと、君は何者なんだ?鬼を知らず、呼吸も使えないのに随分といい動きだった」
…流石に怪しまれるか。うーん、どう説明したものか…
「…うん、まぁ素性はいいさ。確かなのは君が命がけで僕を助けてくれたことだ。本当にありがとう、心から感謝している」
あ、気を遣ってくれた。すいませんね、未来から来たことを現地の人間に伝えるのはご法度なんすよ。
「ええ、大きな怪我がないようでなによりです」
刀の男と握手を交わす。
そういえばまだ彼の名前を知らないな。ひと段落ついたし自己紹介でも…あれ、ちょっと待てよ…なんか忘れてるような…
「あー!怪我人が居るんだった!」
そうだここに来る少し前のところで会ったあの人!応急処置をしたとはいえ、かなり血を流していたから早く医療施設へ連れていかないと!
「!!そうだ、
「カァー!霧丸ハ隠ガ身柄ヲ確保-ッ!命ニ別状ナーシ!」
「そうか、それは良かった!」
「え???は、ええ???」
か、鴉が喋ってる!そんなことある!?
「ああ、紹介しよう。こいつは鎹鴉の
「ヨロシクーッ!」
「あ、ああ…うん…」
まぁ、インコも喋るし似たようなもんか……いや、違うよな…うん、深く考えるのはよそう。そういう生き物なんだろう。
「それと、随分遅くなってしまったが僕は
「甕速焔といいます。色々あって旅をしています」
「そうか。焔、もし良ければなんだが…」
秀安さんが真面目な面持ちで俺と眼を合わせる。
なんだろう、そんな改まって。
「鬼殺隊に来ないか?」
「鬼殺隊?」
***
鬼と鬼狩りの歴史はとても古く、その因縁は千年以上続いている。
突如として出現した人類の天敵である鬼に対し、当初人々は抵抗の術を持たずただ夜の闇に怯えることしか出来なかった。
しかし人々は知恵を、力を、技を持ち寄りついに鬼を滅する手段を獲得する。
そして闘い続けること数百年、鬼の脅威は人々の記憶から薄れいつしかお伽の中の存在となってしまった。しかし本物の鬼が幻想となり消えてしまったわけではない。
鬼の脅威との闘いは水面下へと移り、鬼殺隊は今日も人知れず鬼と命がけで戦い続けている。
「…というのが簡単にまとめた鬼殺隊の歴史だ」
「………」
なんだか凄い話を聞いてしまった……そうか、千年間も競り合い続けてきたのか。人と鬼の種族としての力の差を知って尚、人々を守るために…
「もちろん無理にとは言わない。命がかかった仕事なんだ、断るほうが普通「いいですよ」え?」
「入隊します、鬼殺隊」
「ほ、本当に大丈夫か?鬼の力は今さっき身を以て感じただろう?いつ死んでもおかしくないんだぞ」
「大丈夫です。あまり詳しくは言えませんが、俺にとって明日の命が保証されないのは今も昔も変わりません」
時空犯罪はとても罪が重い。殺人罪よりも重い罪だ。
だから時空犯罪者たちは俺達から逃れるためなら殺人をも厭わない。実際俺は犯人側の抵抗でこれまで六人、部下や同僚を失っている。
「…そうか、では
「ありがとうございます」
そうか、まずは刀の扱いから学ばねばならないのか。長物はあまり使ってこなかったが、果たして一人前の剣士になれるのか。
「そうだ、これを渡しておこう」
秀安さんが俺の手に何かを握らせる。小物を入れる袋のようだが、この匂いは…
「藤の花の香り袋だ。鬼除けになるから野宿するときなんかに役に立つ。でも見つかってしまったら殆ど効果がないから、就寝するときはちゃんと身を隠すんだぞ」
あ、それは本当に助かる。山なら食料と飲み水に困ることはないが、鬼は今の俺じゃ手に余るからな。
「いろいろとありがとうございます。夜が明けたらすぐにでも出発しようと思います」
「ああ。俺は事後処理もあるからもう行かねばならない。次に会う時は、同じ鬼殺隊の同志として会えるといいな」
「はい。秀安さんも体には気を付けてください」
そうして秀安さんは鴉と共に夜の闇に消えていった。
俺も早く芳一さんと氷雨さんの家に戻ろう。
***
「本当にお世話になりました」
夜が明け日も昇り、出立の時間となった。
昨晩は随分と心配をかけたようで、いつもなら寝てる時間だろうに俺が戻るまで二人は起きて待っていた。
それ以上心配をかけたくなかったので鬼が居たことと鬼殺隊に入ることは伏せ、熊がいて被害者は手遅れだったと伝えた。
「日中だから鬼は居ないけど、それでも山は危険だから気をつけてねぇ」
「いろいろと面白い話がきけて楽しい一晩でした。近くに来た時はぜひまた寄って行ってください」
「はい、そのときは旅先で見聞きしたものをお伝えしましょう。それでは!」
別れを告げ、神室家を後にする。二人は俺が山に入り見えなくなるまで見送りをしてくれた。
***
「ふぅ…ふぅ…」
神室家を出てから早くも五日が経つ。
俺は順調に山を越えつつ、行く先々の村で御前山の情報を仕入れ着実に目的地へと近づいていた。
そしてその日の夕刻、ついにとある一軒家へとたどり着く。
近隣の村人の話だとこの家に油井原という老人が住んでいるらしい。
戸へと近づき、軽く叩いてみる。
住人らしき物音がこちらに近づいてきて、戸の前で止まった。
ガラガラと音をたてて戸が横にずれ、中の人物と対面する。
「お主は……葛西の文にあった甕速焔か?」
出てきたのは俺よりも背の高い、厳つい老人だった。
回し蹴りが回し下痢になっていることに途中まで気付かず、焔がとんでもない技を披露するところでした。
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