普段映像で泣くことなんてないんですけど、思わずうるっときてしまいましたね。
『拝啓 油井原総司殿
先日の任務の際、成り行きで共闘した青年をそちらへと向かわせました。
他者のために命を張れる信念と高い戦闘力を有しており、私や霧丸は窮地を救われました。
呼吸は使えないようですが何かしらの武道を修めていると思われます。鍛えればきっと強い剣士となることでしょう。
手前勝手な頼みで大変恐縮なのですが、どうか彼に鬼殺の術を教えていただけないでしょうか。
何卒よろしくお願い申し上げます。
敬具 葛西秀安』
「…というわけで、教え子が世話になったようだな」
とりあえず家の中に通してもらえたので、油井原さんと向かい合うように机の周りに座らせてもらった。
当の油井原さんは葛西さんからの手紙を手に深々と頭を下げている。
「いえ、大したことはしていませんよ。それに秀安さんには俺も随分救われました」
主に藤の香り袋の件だ。あれが無かったら多分俺は今ここにはいなかっただろう。下手すりゃ死んでるか、そうでなくても安全な寝床を探すために昼間の行動が大きく制限されていた筈だ。
「む、そうなのか?まあよい、その恩もあるがなによりかわいい教え子の頼みだ。お主に鬼殺の術を授けよう」
「本当ですか、ありがとうございます!」
五日かけていくつも山を越えた甲斐があった。
ここで剣術を学べば、俺は鬼とまともに戦えるようになる。
そうなれば俺は神室夫婦のような善良な人々を護る盾となり、鬼の脅威を打ち払う矛となれるだろう。
だが焦ってはいけない、半端な力では何も為せないからな。
「まず、鬼についてどこまで知っておる?」
「えー…まず、高い再生能力を有しており、その他身体能力においても基本的に人間を大きく上回ります。そして殺す方法は日の光に当てることと、特別な刀で頸を切断することの二つのみであること。あ、それと藤の花を酷く嫌う特性があるようです」
「うむ、概ね合っている。この日輪刀を使い、鬼の頸を落とすことが鬼殺の基本となる」
壁に掛けてあった刀を取り、鞘から抜いて見せてくれた。
刃の部分は鏡のように美しく輝いており、刀身は鮮やかな赤色である。
「そのためには大きく分けて二つの技術が必要となる。まずは剣術。当然のことだが刀はただ振り回せばいいというものではない。正しい型を身につけることでその威力は何倍にも膨れ上がる」
もっともな話だ。全身を使って攻撃を加速し、体重を乗せて威力を上げるのはあらゆる武術に共通することだろう。
「そしてもう一つは呼吸術『全集中の呼吸』だ。これができるのとできないのとでは天と地ほどの身体能力の差がでる」
「全集中の呼吸…」
「うむ。肺を大きくし、より多くの酸素を体内に取り込むことで瞬間的に肉体の能力を上げる技術だ。これは言って聞かせるより実際に見せた方が早いだろう。外に出るぞ」
そう言うと油井原さんは外へと出て行った。俺もその後に続く。
「そうだな……あの木だ」
「?」
油井原さんが指さしたのは道沿いに生えているなかでも一際大きな杉の木だった。あれがどうかしたのだろうか。
「あそこまで儂と競争だ。石を前方に投げるので、それが地面に落ちたときを開始の合図とする」
なるほど。呼吸を使える者と使えない者、その差を体感させてくれるわけか。
杉までの距離は目測でおよそ五十メートル、俺の足なら平均して約六秒で到達できる。
家の前に並んで立ち合図を待つ。
油井原さんが足元の石を拾い、放り投げた。
石は放物線を描きながら頂点を越えたあと、徐々に下降していく。
前傾姿勢をとり合図の時を待つ。
ォォォ…
その時、不意に奇妙な音が鳴っていることに気が付いた。
ゴオオという空気がうねるような音だ。さっきまでは無かった。
音の発生源は隣の油井原さんのようだが何をしているんだ?
気になるがもうじき石が地面に付く、よそ見をする隙はない。
(…今っ!)
着地を確認し、今まさに一歩目を踏み出そうとしたその瞬間───
──隣で地面が爆ぜた。
「うおっ!?」
想定外の音に驚き完全に体勢を崩してしまった。
危うく転びかけたところを立て直し、顔を上げると……すでに杉の木の下に油井原さんが立っていた。
「……え?」
なぜあそこに油井原さんが居る?今の今まで隣にいたよな…?何が起こった?
入ってくる情報に理解が追いつかず、理性が混乱し始めた。
隣に目をやっても当然そこに油井原さんの姿は無く、代わりに土煙と地面に大きく抉れた痕があった。
「これは…」
この痕はさっきまで無かった…と、思う。なら…まさか、足跡か?
だとすればさっき地面が爆ぜたように感じたのは足を踏み出した衝撃ということになる。
これほど深く地面を抉る踏み込みなら、俺が体勢を崩していた二、三秒の間に五十メートルを完走したというのもまぁ、筋は通るが……目の当たりにしてもまだ信じられない。
五十メートルが三秒なら百メートルの記録は六秒を切るはずだ。世界記録どころの話ではない、地上最速のチーターにも迫るスピード…人の域を越えている。
「どうだ?呼吸術は」
気づくと傍に油井原さんが立っていた。
いつの間に…足音もしなかったぞ。
「正直…同じ人間なのかを疑うほどです。呼吸によってそんなにも身体能力って上がるものなんですか?」
「弛まぬ努力を続ければな。だがここまでやれとは言わぬ、これは極めればこうなるという手本に過ぎん」
これが鬼殺隊か。鬼に対抗するための技術だというからどんなものかと思ったが、想像の遥か上をいかれた。
というか、この呼吸術を以てしても千年も決着がつかなかったところを見るに、以前俺が相対した鬼は大して強い鬼ではなかったんだな。
「さぁ、時間は有限だ。早速始めようか」
***
己の成長を振り返るため、今日から訓練後に記録を付けることにした。
一日目
とにかく心肺が重要だと言われ、ひたすら走り込みと息止めの訓練を行った。もともと軍で訓練していた身だが、それに合わせて負荷を上がられたのでかなりキツかった。
八日目
下地ができてきたそうなので、本格的に全集中の呼吸の訓練に入った。因みにあのゴオオという音は油井原さんの呼吸の音だったらしい。マジかよ。
二十日目
大分時間がかかったが、ほんの少しずつ全集中の呼吸ができるようになってきた。だが身体能力の変化は僅かなうえ、全然息がつづかない。油井原さんはこれが四六時中できるそうで、本当なのかと言ったら一日中やってみせてくれた。すごいけど非常にうるさい。
二十五日目
『呼吸術に関してもう教えることはない。あとは日々鍛錬を積み重ねること』と言われ、今日からは剣術の修行に入った。真剣を貸与され、教えられた型をひたすら繰り返す。無駄な動きなズレは即座に指摘され矯正された。
三十六日目
刀を装備した状態での受け身の訓練や山越えを行った。なんとなく予想はしていたが刀がかなり邪魔でずいぶん手間取った。これもそのうち慣れるのだろうか。
四十八日目
全集中の呼吸を行える時間が少しずつ伸びていき(とはいえまだ数分程度だが)、それに比例して体力が日ごとに増していくのを感じる。剣術の方も順調で、山に生えている竹程度なら数本まとめても問題なく切れるようになった。
「うむ、刀の扱いにも随分慣れたようだな。そろそろいいだろう」
そして迎えた六十日目、俺の素振りを見ていた油井原さんが唐突にそんなことを言い始めた。
「え?」
「技の型も随分と様になった、あとは己の体躯に合わせて調整をしていけばよい。もう儂から教えることはない」
「ってことは、選別に行っていいってことですか?」
「いいやまだだ。最後の試練を越えたら最終選別に行くことを許可する」
最終選別。鬼殺隊に入隊するための試験のようなもので、毎年死人が出るほど過酷なのだという。
これに挑戦するに値する実力がついたかどうかは油井原さんが判定してくれるのだが、今日はその直前まで来たというわけだ。
「最後の試練は至って単純、儂と立ち合い頸に一撃入れたら合格とする」
……訂正する。直前まで来たと言ったが、折り返しにも到達していないかもしれん。
「ほれ、この木刀を使え。あくまで鬼との戦闘を模した試験のため、儂は何も持たん」
手渡された木刀は通常のものより重かった。恐らく真剣に近づけるため中に鉄芯が入っているのだろう。
「さぁ、始めるぞ。いつでもいい、斬りかかってこい」
「はい!」
柄を強く握り、肺を一気に膨らませ大量の酸素を取り込む。
そして脚に力を込め最速で斬りかかった───
六十日目
最後の試練を言い渡された。『油井原さんと立ち合い頸に一撃入れること』だそうだ。
早速初めての立ち合いを行ったが、完膚なきまでにボコボコにされた。油井原さんは丸腰だがとにかく速度も力も俺とは桁が違う。突破はまだまだ先になりそうだ。
七十四日目
試練を言い渡された日から週に一度立ち合いを行っているが、未だ全く歯が立たない。だが今の俺にできるのは型の精度を高めることと全集中の呼吸によって身体能力を高めることのみだ。地道にいこう。
八十八日目
少しずつだが油井原さんの攻撃の初動が見えるようになってきた。とはいっても躱すどころか防御すらままならないのだが。だがこれでも手加減しているらしい。未だ底の見えない油井原さんおそるべし。
そして月日は流れ、俺が油井原さんを訪ねてから丸半年が経った。
その日立ち合いを申し込むと、油井原さんは見たことのない防具を持ってきてそれを首へと装着した。
「…木刀といえど、まともに食らえばただでは済まんからな」
それを聞いた俺は心臓が高鳴るのを感じた。苦節六ヶ月、ついにここまで来たのだと。
逸る気持ちを鎮め、柄を握りなおした。
肺を開き大量の酸素を取り込み、全身に巡らせる。心拍が加速し全身が熱くなっていく。
そして──
「行きます!」
大きく踏み込み一息で油井原さんに肉薄する。
当然油井原さんも反応し手刀や突きを雨のように浴びせてきた。
それらを躱し、あるいは刀で弾きさらに間合いを詰めた。比例して攻撃は密度を増し、速度は上がる。
僅かな攻撃の隙間を探し、攻撃を受け続ける。そして訪れた一瞬の好機。油井原さんが突き出した手を引っ込める一瞬の隙を突き、俺は
すれ違いざま、油井原さんの頸に木刀を叩きつけた。
防具と木刀がぶつかり激しい音を立てる。
俺は即座に振り返り油井原さんに向き直った。しかし油井原さんはこちらを向かずに固まっている。
僅かな静寂の後、先に喋ったのは油井原さんだった。
「よくぞ……よくぞここまで頑張った…」
声と肩が震えている。
俺も目頭に熱いものがこみ上げてくる。胸中に渦巻くのは達成感と感謝、そして少しの寂しさだった。
「合格だ…最終選別に行くことを許可する…!!」
「…っ!ありがとうございました!!」
半年にも及ぶ修行生活に、幕が下りた。
***
「必ず生きて戻れ。よいな」
「はい、必ず」
旅支度を整え、腰に借りていた真剣を携える。あの後すぐに俺は試験会場へと出立することになった。
「選別は過酷だが自信を持て。選別の時期に被せるため半年も時間をかけたが、本来ならお主は二ヶ月前の時点で選別の参加に足る実力を身に着けていたのだ」
油井原さんに頭を撫でられる。もうそんな歳でもないのだが、つい頬が緩んでしまう。
「それでは行ってきます」
「ああ」
最後に油井原さんに頭を下げ、半年間寝食を過ごした家を後にする。
行き先は最終選別の実施地”
俺は果たして、生きてこの山を出られるのだろうか。
次で焔が使う呼吸の型が判明します。
一体何なんでしょうね~(すっとぼけ)
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