体を壊さないよう皆様も気を付けてください。
鬼殺隊入隊における最後の試練、最終選別。
その会場である藤襲山に四日かけようやくたどり着いた。
俺が来たときには既に十五人帯刀した受験者が居て、ピリピリした空気の中開始の時を待っていた。
参ったな、長らく油井原さん以外と話していなかったから久しぶりに違う人と話せると思ったのに、こんな空気じゃ話しかけるのも憚られる。
命の掛かった試験だし皆緊張しているのだろうか。
というかここまで登山して思ったが、この山は異常だ。麓からここに至るまでどこを見ても藤の花が咲き乱れていた。藤襲山って名前はこの山によく合っている。
そんなことを考えていると、会場の奥から二人の子供が歩いてきた。上質な着物を身にまとった髪色以外が瓜二つの双子だ。歳は六、七くらいだろうか。
「皆様、今宵は最終選別にお集まりくださってありがとうございます。この藤襲山には鬼殺の剣士様方が生け捕りにした鬼が閉じ込めてあり外に出ることはできません」
「山の麓から中腹にかけて鬼共の嫌う藤の花が一年中狂い咲いているからでございます」
二人が淡々と説明を始めた。ものすごいしっかりした子達だな。
「しかしここから先には藤の花は咲いておりませんから鬼共がおります。この中で七日間生き抜くこと」
「それが最終選別の合格条件でございます。では行ってらっしゃいませ」
鬼が棲む逃げ場のない山の中で、一週間のサバイバル…なるほど死人が出るわけだ。
俺も強くはなったが決して油断はできないな。
二人がお辞儀し、道を空ける。
奥には昏い森が広がっており、これまでの道のりと違い一切藤の花が咲いていなかった。
しかし物怖じする者はおらず、一人また一人と夜の闇へと消えていく。
鬼殺隊最終選別、その第一夜が始まった。
***
「…結構、会わないもんだな…」
あれから一時間、未だ鬼と遭遇しないまま俺は森を彷徨っていた。
ついでに言うと人とも会っていない。開始早々にはぐれて一人ぼっちになって以降それっきりだ。
気合いを入れて臨んだだけになんだか肩透かしを食らったような気分だが、まだまだ先は長いのだから体力を温存できたと思えばまぁ幸運とも言えるだろう。
「……ん?」
前方の木の側に看板が立てられている。
暗くてよく見えないが、何か模様のようなものが描かれている。もう少し近づいて見てみるか。
看板の前に膝をつき、ライトで照らしてみると…そこに模様などなく、模様だと思っていたのはべったりついた血の跡だった。
それに気づくと同時に、頭上の木の葉がガサガサと音を立てる。顔を上げると何か大きなものが降ってくるのが見えた。
罠だったと気づくのにそう時間はかからなかった。ライトを手放し腰の刀に手を伸ばす。
全集中・炎の呼吸 弐ノ型 昇り炎天
抜刀し勢いそのまま斬り上げる。
何千何万と繰り返した型はブレることなく、吸い込まれるように頸へと叩き込まれた。
「ギャッ!」
短い断末魔を上げ、鬼の身体が灰のように崩れていった。
周囲を警戒し、安全を確認してから納刀する。
「…よし!」
初めての単独での鬼撃破。不意こそ突かれたものの、咄嗟の迎撃にしては上手く捌けたんじゃないだろうか。
半年の修行は無駄ではなかった。ちゃんと身についている。
しかしあんな罠を張っているとは驚いたな。身体能力ばかりに気を取られて鬼が知性を有していることをすっかり失念していた。
結果的に無傷で済んだものの、迂闊に看板に近づいたのは反省すべきだな。
「──ぁぁぁぁ─」
「!!」
風が止み、森が静寂に包まれた一瞬だけだが悲鳴が聞こえた。方向は右、山の上の方からだ。
「急に騒がしくなってきたな…!」
進路を急転、右へと向け駆け出した。
***
「はぁ…!はぁ…!」
俺は今、山を下るべく一人で森の中を走っている。
刀はない。さっき
「なんでこんなことに…!ゲホッ!…いやだ、死にたくない…!!」
選別開始からずっと四人で動いて、途中何度か鬼と出会って…でも難なく倒せたから、鬼なんて大したことないと思ったんだ。…思ってしまったんだ。
アイツは他の鬼より二回りは大きかった。でもこっちは四人だったし、そのうえ調子に乗ってたから深く考えず斬りかかったんだ。
最初の腕の一振りで先頭の奴の頭が消えた。
一瞬何が起こったのか理解できなかった。理解する前に二人目が捕まって、食われそうになる。俺はそいつを助けようと鬼の腕に刃を振るったが、そいつの腕は信じられないくらい固くて俺の刀の方が負けてしまった。
結局そいつは生きたまま食われて、喉が裂けるほど絶叫して息絶えた。
そこでようやく力の差を理解した俺たちは半狂乱になって散り散りに逃げだしたんだ。
アイツは俺ではなくもう一人の方へと走っていった。間もなくしてそいつの悲鳴が消えた。
刀を無くし戦闘手段を失った俺は、なんとか藤の花があるところまで下ろうと走っているが、多分すぐに捕まるだろう。
さっきから後ろで足音がする。大きな何かが俺を追ってきている。
その足音はどんどん近くなって、もう真後ろまで来ていた。恐ろしくて振り向けない。
そして…
「あっ…!?」
急に世界が真っ逆さまになった。地面が頭上にある。
恐る恐る視線を下げると、血まみれのアイツの顔が目の前にある。アイツの吐く息は吐きそうなほど血生臭く、ニタニタと笑っていた。
「あ…あぁ…」
もうだめだ。足を掴まれ、宙吊りにされ対抗する手段も無い。
俺は死ぬ。もうあと十秒かそこらで、こいつに生きたまま食われるんだ。痛いんだろうな…こんなことなら、自決用に折れた刀持っとけばよかった…
アイツが大きく口を開け、俺の肩に噛り付こうとする。
───そのときだった。
「グッ!!」
「え?」
急に全身を浮遊感が襲った。頭上から地面が迫ってきている。
慌てて受け身を取り、体勢を立て直す。
起き上がった俺の目に飛び込んできたのは、アイツの腕だった。
丸太のように太く、石のように硬かった腕。それが今目の前に転がっている。
「何、で…?」
顔を上げると一人の人間が俺に背を向けて立っていた。
この変わった服装、見覚えがある。確か最後に会場に現れたやつだ。
こいつが斬ったのか?あの腕を?
「大丈夫か、怪我はないか?」
「~~~!!」
助かった。首の皮一枚繋がったんだ。
それを理解した瞬間、声にならない呻きと涙が堰を切ったように溢れだした。
***
ギリギリだった。
俺が駆け付けたときには彼は捕まっていて、まさに食われる直前だった。本当に間に合って良かった。
「大丈夫か、怪我はないか?」
擦り傷や打撲は随所に見られるが、大きな怪我はしていないように見える。多分大丈夫だろう。
「~~~!!」
…泣き出してしまった。
だが情けないとは思わない。この人の出血量と鬼が被っている血の量は明らかに一致していないし、余程恐ろしいものを見たんだろう。
「お、俺は大丈夫だけど、一緒にいた仲間を三人く、食われた。俺は、俺は何もできなかった…!!」
確かに、よく見るとこの人、刀を持っていない。
今斬った感触からしても、こいつの肉体は今まで俺が会ったどの鬼よりも強靭だ。半端な斬り方をすれば刀の方が折れてしまうだろう。
「そうか、分かった。もう大丈夫だからそこ動くなよ」
なにはともあれ、まずは目の前の鬼だ。これを片付けないことには何もできん。
「ォォォ…」
切った腕の断面から骨が生え、肉が周りを覆っていく。数秒かけて生えた腕は、もう片方と比べても遜色ない出来だった。
傷だけではなく欠損した部位すらも回復するのか。つくづく厄介だな。なら…
「グオオオオオオ!!!」
炎の呼吸 壱ノ型 不知火
大きく踏み込み、一気に間合いを詰めてすれ違いざまに頸を斬る。
手ごたえはかなり重かったが、全体重の乗った斬撃は頸の皮を、肉を、骨を断ち頭部を彼方へと吹き飛ばした。
頭を失った鬼は倒れ伏し、そのまま崩れ塵となった。
「さて…立てるか?安全なところまで送ろう」
ちょっと焦ったが問題なく倒せたので、早いところ彼を安全なところへ連れて行こう。
怪我はともかく丸腰なのがマズい。申し訳ないが彼には今年の選別を諦めてもらうしかない。
「あ、あぁ…」
茫然としていたようだが、立ち上がってついてきてくれた。
まぁ無理もない。彼が何を見たのか大体想像はつく、下手すりゃトラウマものだろう。
俺がもう少し早く着いていれば、他の三人もあるいは……いや、考えても仕方ないことだ。
「…あんたすげぇよ」
「え?」
どうしたんだ、藪から棒に。
「さっきも言ったけど…俺、何も出来なかったんだ。一太刀入れただけで刀折っちまって、捕まったやつが食われるのをただ見てることしかできなかった」
「……」
「その後は仲間の亡骸を置き去りにして逃げて、それすら満足にできなくて……でも、あんたはそんなやつに勝った。難なく頸を刎ねちまった。凄いと思った反面、自分が情けなくなったよ。俺がもっと強ければ、あんなことにはならなかったのに…」
「いや…」
正直、あの鬼に関しては俺も思うところがあった。
明らかに周りより強すぎる。少なくともこんな新米しかいない場所で出すような代物じゃない筈だ。
俺だって今でこそ頸を斬ることができたが、油井原さんが二ヶ月余分に稽古をつけてくれなければ絶対斬れなかった。腕すら断てなかっただろう。
しかしここに居るのは鬼殺隊の剣士が生け捕りにした鬼達だから、上の人間がこのことを把握していないとは思えない。
となれば……恐らくは、格上に対峙した際の対応も試験に含まれているということか。
世界は広い、上には必ず上が居る。鬼殺隊士として活動していれば、いつか必ず己より強い鬼と出会うことになる。そうなったとき、無謀な戦いを挑むのか、あるいは力量差を正しく見極め退くことが出来るのかをこの選別で試しているのだ。
ミスれば即、死というのは厳しすぎる気もするが、どのみちこの程度で死ぬなら鬼殺隊は務まらないということなんだろうな。
「あ、見えてきたぞ」
藤の花だ。ここまで来ればもう鬼は来ない。
「…また、一から鍛えなおすことにするよ」
彼は深々と頭を下げ、藤の花の海に消えていった。
「……さて」
俺も早く試験に戻らねば。あんなレベルの奴がまだ他に居るとした心配だ。
俺は来た道を引き返し、他の受験者を探すことにした。
***
その後は人を探して山を駆け回り、その過程で遭遇した鬼を日に二、三体倒すということを繰り返していた。
他の受験者とは最終日までに四人とすれ違い、全員に人が死んでいることや強い鬼がいることを忠告したが誰にも取り合ってもらえなかった。彼らの眼には俺が臆病者だと映ったらしい。
そして迎えた最終日の夜明け。山を下り最初の会場へと戻ると、例の双子の他に二人、受験者が戻っていた。いずれも俺が途中で会った人じゃない。
「お帰りなさいませ」
「おめでとうございます。ご無事でなによりです」
「ありがとうございます…」
鬼と戦いながらの一周間野宿は流石に疲れた、こんな形式ばった労いの言葉でも身に染みる。
それにしても俺を含めてまだ三人か、割と早い方だったんだな俺。
「それでは今後のことについて説明させていただきます」
「え、ちょ、ちょっと待ってください」
「いかがされましたか?」
「まだ三人しか来てませんし、説明するには早くないですか?」
「今回の選別を突破されたのは皆さま方三名のみです。なので問題ありません」
…えっ。
じゃあ俺がすれ違った皆はどうなったんだ?まさか、全員死んで……いや、待て。俺が送った彼のように、途中で山を下りた可能性もある。
あくまで都合のいい希望的観測だが…
「よろしいですか?」
「あ、はい。続けてください」
「まずは隊服を支給させていただきます。体の寸法を測りその後は階級を刻ませていただきます」
「階級は十段階ございます。
「さらに今からは鎹鴉をつけさせていただきます」
「鎹鴉は主に連絡用の鴉でございます」
白髪の子が手をパンパンと叩くと上空から鴉が下りてきて俺達三人の肩に止まった。
こいつら確か喋る鴉だったよな。俺らみたいな新米にもそれぞれ一羽割り当てられるのか。
「ではあちらから刀を造る鋼を選んでくださいませ」
黒髪の子が指した机の上に、大きな石がごろごろと置かれている。
「鬼を滅殺し己の身を守る刀の鋼は、御自身で選ぶのです」
そう言われてもなぁ…鋼の良し悪しなんて分からんし、なんとなく持ちやすそうなサイズのこれにしよう。
机に置かれた中で、中くらいの大きさの手ごろな石を手に取った。他の二人も特に悩むわけでもなく適当に選んだようだ。
「刀が出来上がるまで十日から十五日となります。それでは隊服の採寸に参りましょう」
その後は身体の寸法を測ったり鴉と喋ったりして時間を潰し、昼過ぎに解散となる。
そして正式に鬼殺隊員となった俺は、疲れた体を引きずって帰路につくのだった。
この選別は炭治郎が受けた選別の前年のものです。
焔が出会った『強い鬼』は元号で有名なあの手鬼も含まれています。奴は今年も二、三人食ったようですが焔は遭遇することができませんでした。
誤字報告、感想お待ちしております!