花帆とお父さん   作:都月飴

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独りに慣れた幼女と血の繫がりよりも国を取る父親の歪な親子関係。


お父さんの笑顔は私以外のもの。

 お父さんは今日も帰ってこない。

 私のお父さんは警察官だ。けれど、前にテレビで見た昔のドラマに出てくるような、毎日家に帰ってくるような警察官ではない。

 家に帰ってくることなんて、一ヶ月に数回あればいいほうだ。けれど、家に帰ってきたらお風呂に入って着替えて、たまにご飯を食べて、後はぐったり眠るだけ。それは、私が小さい頃から変わらない。

 お父さんは忙しいから、家にいる時は眠る時間なのだ。家に帰ってくるお父さんの顔色はいつも悪くて、目の下は真っ黒。怪我をしていることだってある。だから私は、お父さんと一度もお出かけをしたことがない。

 一度だけ。そう、一度だけ、どうしても一緒にお出かけしたいことがあった。

 それは私が三歳の頃で、一ヶ月ぶりにお父さんが家に帰ってきた日のことだ。家政婦さんから動物園のチケットをもらった私は、ついつい浮かれてしまってソファの上に寝ていたお父さんを起こそうとしてしまった。

 

「おと、おとうさん。あの、あのね。おとうさん、おきて」

 

 今なら、当時の私を殴ってでも止めただろう。なんて、無謀なことをしたのかと。やめろと、傷つきたくなければ、手を出すなと……。

 眠っているお父さんの肩に触れて、体を揺らした時のことだ。バチンと大きな音を鳴らして、私はそれまで立っていた場所から少し離れたところで床にぺたりと座り込んでいた。

 原因は私。お父さんの眠りを邪魔したから、お父さんに触れてしまったから、「俺に触るな」と言ったお父さんの右腕が降ってきて。でも、お父さんは悪くないの。悪いのは私。疲れているお父さんを起こそうとしてしまった、私の自業自得なの。

 あの日は私、床にひいてあるカーペットに足を引っかけて転んでしまった時に怪我をしたと言って、家政婦さんにお願いして病院に連れて行ってもらった。家政婦さんも、先生も、私の怪我は転んだだけじゃつかない怪我だって言っていたけれど、これで寝ぼけたお父さんに吹っ飛ばされたなんで言ったら、お父さんに迷惑でしょう?

 家政婦さんと先生、それに看護師さんも困らせてしまった。けれど、お父さんは悪くない。私が悪いの。私が勝手に怪我をしただけ。皆は納得していなかったけれど、家政婦さんと先生にお願いして、この怪我は私の不注意でついたものだとお父さんに連絡を入れてもらった。

 家に帰ると、お父さんはいなくなっていた。きっと、お仕事で呼ばれたんだろう。

 動物園には行かなかった。行けなかったというのが正しいと思うけど、私が悪い子だから行けなかっただけなの。

 お母さんがいたら、少しは変わったのかな? でも、お母さんは私が二歳になる前に交通事故に巻き込まれて亡くなってしまった。だから私の家族はお父さんだけで……。おじいちゃんやおばあちゃん、おじさんやおばさんは私にいなかった。お父さんの家族もお母さんの家族も、皆もういないんだって。友達にはいるけれど、私にはお父さんだけ。でも、そういう家族もいるのだとテレビで言っていた。

 保育園を卒業して、幼稚園に入って、今は帝丹小学校の一年生。この四年間の間に、家政婦さんは何度も変わった。今の家政婦さんは何人目かな。一日で変わることもあれば、数日で変わることもある。私を病院に連れて行ってくれた家政婦さんは、お母さんが亡くなってからお世話になっていた人だったけど、結婚すると言っていなくなった。

 一ヶ月に一度、その家政婦さんから手紙が来る。旦那さんと、子供と家政婦さんが一緒に写った写真。それと、一ヶ月の間にあったことが書かれた数枚にわたるお手紙。お父さんがいなくても寂しくないと思えるのは、きっとこれのおかげだ。

 お父さんがいなくても、寂しくない。

 お父さんがいなくても、悲しくない。

 お父さんがいなくても、辛くない。

 だって、お父さんは忙しい警察官なんだ。日本に住む人を守る、とても大切な役目についているって、お父さんの部下である風見さんが教えてくれた。

 だから、だからね。ポアロって喫茶店の前で隣のクラスの、少年探偵団の子たちに、私が見たことない笑顔を見せるのもお仕事なんだよね?

 

「安室さんこんにちはー!」

「こんにちは。今日はどこへ行くんだい?」

「私たち、今日は公園でサッカーをするの」

「今日こそ、コナンくんに勝ちますよ!」

「新しい技を練習してきたからな!」

「頑張ってね」

「「「はーい!」」」

「コナンくんも」

「ははは……」

 

 とても楽しそうだ。あの子たちは、いつも楽しそうに笑っている。

 色んな事件に巻き込まれているって聞いたことがあるけれど、事件のない時はとても平和そうに見える。それは警察官であるお父さんが、あの子たちを影ながら守っているからかもしれない。

 事件に巻き込まれたら、お父さんは私を助けてくれるかな。あの子たちを助けるように、私を助けて、悪い人から守ってくれるのかなあ?

 嗚呼、でも。そんなことになったらお父さんの迷惑だ。忙しいお父さんに迷惑をかけちゃいけない。もう半年ほど家に帰ってこないお父さんの、仕事の邪魔をしてはいけないんだ。

 早く家に帰ろう。帰って宿題をしないと。

 お父さんと視線が合ったような気がしたけれど、気のせいだろう。だって、お父さんは私と視線を合わせるようなことなんてしない。視線を合わせようとしてみたことはあるけれど、それはもっと小さい頃で……。お父さんとの約束を守る前にことだったと思う。

 あの日から、私はお父さんに触れたことはない。だって、触るなって言われたし。

 お父さんが家に帰ってくるのは、とっても疲れて眠い時だけ。お話したことも、視線を合わせたことも、ぎゅーっと抱きついたこともない。そんなことをしたら迷惑だから。お父さんにやったらいけないことだから。

 あの子たちが羨ましいなあ。だって、お父さんが笑った姿、見たことなかったから。家にいる時はずっと顔色が悪くて、不機嫌そうな顔で。寝ている時にかかってきた電話に出た時の声は起こっているか、お父さんじゃないような声で……。怖かった。

 いいなあ、いいな。でも、私じゃお父さんを笑わせることはできないから。うん、凄いなあ。あの子たち。あの子たちがいるから、お父さんは笑えるんだ。

 だから、私がいなくてもお父さんは寂しくないよね。

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