昨日はたくさん、お父さんとお話しすることができた。
お父さんのこと。
お母さんのこと。
おじいちゃんと、おばあちゃんのこと。
お父さんの友達のこと。
お母さんの友達のこと。
お父さんとお母さんの出会い。
たくさん、たくさん。これまで知らなかったことを、たくさん知ることができたと思う。
「花帆、今日は一緒に行きたいところがあるんだ」
「行きたいところ?」
「嗚呼。楽しい場所ではないけれど、お父さんと花帆に必要な場所なんだ」
「お父さんと、私に必要な場所?」
「うん」
そして、私がお父さんに連れてこられたのは杯戸町にあるホテルだった。家政婦さんに連れられて、ここじゃないホテルのレストランで食事をしたことは何度もある。けれど、これはきっとお父さんと二人でご飯を食べるわけではない。多分、そう。
お父さんの車に乗って、お父さんの隣に並んで一緒に歩いて、エレベーターの中でお父さんの隣に立って、そして。ホテルのとある階にある部屋に入った。
「お待ちしておりました、降谷さん」
「このような場所へ呼び出してしまって、申し訳ありません」
「いいえ。貴方のご職業については存じておりますので、問題はありません。それに、貴方以外にもこうしてホテルに呼び出すほうはいらっしゃいますので」
「そう、ですか」
部屋にいたのは男の人で、お父さんがたまに着ているようなスーツを着ていた。男の人以外に部屋には誰にもいなくて、ついきょろきょろと周りを見渡してしまう。
テレビで見たスイートルームという部屋に似ているような気がするけれど、シャンデリアがないからスイートルームよりもランクの低い部屋なんだろうなあ。でも、どうしてお父さんは私をここへ連れてきたのだろう。
男の人はお父さんのお仕事を知っているようだ。でも、お父さんと同じ仕事ではないのだろう。もし仕事の話だとすれば、ここにいるのは男の人ではなく風見さんだったはずだ。それなのに風見さんの姿が見えないということは、これは仕事の話ではないということで……。
それに、男の人はお父さんとお話しながら、たまに私のほうを見ている。それはお父さんも同じだった。二人して、私の何かを気にしている。どうしたんだろう。何か、悪いことしちゃったのかな?
ううん、違う。だって、お父さんも男の人も怒っているような顔じゃないから。だからきっと、私が何か悪いことをしちゃったわけじゃないんだと思う。
「それでは」
「はい。花帆」
「はぁい。どうしたの、お父さん」
お父さんに呼ばれて、そっと近くに寄る。すると男の人からソファに座るように勧められたから、私とお父さんは長いソファに。男の人はテーブルを挟んで向かい側の長いソファの、私の目の前に座った。
どうしてだろう。お父さんと話すために、ここにいるんじゃないの?
「始めまして、降谷花帆さん。私は白馬凌と申します。ここでは先生、と呼んで下さいね」
「先生?」
「ええ。私は花帆さんのように、お父さんと一緒に過ごす時間が短い子供たちの先生をしています。……意味が分かりますか?」
「うん。お父さんかお母さんが亡くなっていたりしていて、それで、お父さんがかお母さんがお仕事で忙しくて滅多に家に帰ってこない子たちとか……。お父さんやお母さんが亡くなった子たちの、先生――なんだよね?」
「はい、そうです。その通り。簡単にいえばそういうことです。まあ、詳しくは語りませんがそう覚えておいて下さい」
「はい」
何故か、隣に座るお父さんが両手で頭をかかえて俯いている。どうしたんだろう。不思議なうめき声のようなものや、何かぶつぶつと呟く声が聞こえてくるけれど、何をいっているのかは分からないなあ。
――大丈夫、かな? きっと、大丈夫だ。
先生は児童相談員というお仕事をしているそうだ。私とお父さんみたいな、ちょっと困った家族とお話をしたり、助けてくれるお仕事なんだって。助けた人たちのことや、助けている途中の人たちのことを教えることはできないといっていたけれど……。先生にもお父さんと同じように秘密にしないといけないことがあるから、私は知らなくていいと思う。
それから私とお父さんは、先生と一対一でお話しすることになった。少し不安になって、お父さんを見上げると――お父さんは緊張しているようで、笑っているのに笑えていない顔で私に「大丈夫だよ」という。
大丈夫。そうか、大丈夫なのか。お父さんが大丈夫っていうのなら、先生はきっと私とお父さんに悪いことをしないのだろう。初めて会ったばかりだから、緊張してしまうけれど、それはきっとお父さんも同じはずだ。
「花帆さん。先生とのお話が終わるまで、花帆さんのお父さんは隣の部屋にいます。花帆さんとのお話が終われば、次は花帆さんが隣の部屋へ行き、先生は花帆さんのお父さんとお話をすることになります。寂しいとか、怖いとか。そう思った時は両手で自分の耳を隠して下さい」
そういわれて両手を耳に当てると、先生はニコリと笑って頷く。この行動は正解なんだ。
「はい、そうです。そうやって耳を隠したら、先生が花帆さんのお父さんを呼んできますね」
いったい、これから何をお話しするのだろう。
私のこと? それともお父さんのこと? お母さんのことは、あまり話せない。おじいちゃんやおばあちゃんは知らないし、友達とか学校のことならお話しできるそうだなあ。
あっ、でも――昨日、お父さんとたくさんお話したから、いっぱいお話しできることあるんだった。
先生に何を聞かれるのか、あまり分からないけれど。きっと、私とお父さんには辛いこととか、悲しいこととかも聞かれるんだろうな。そのことをお話しするのは難しいけれど、でも。できるだけお話したほうがいいんだと思う。
だって、先生は私とお父さんのような家族を助けてくれる職業についている人なのだ。それにお父さんのお仕事の秘密を、ちゃんと秘密にしてくれる人のようだから――。私は先生を信じようと思う。
それで、それで。先生に私とお父さんのことをお話したら……。怖いと思うことが、怖くなくなるかな。お父さんと手をつないだり、ぎゅーって抱きついたりできるようになるかな?
「それでは……、そうですね。これから三十分ほど、先生と二人でお話しましょうか」
「はい、先生」
「良い返事ですね」