花帆とお父さん   作:都月飴

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幼女と親子でいたい父親と、父親と親子でいたい幼女の歪な親子関係?


お父さんの笑顔は私以外のもの。11

「花帆さんは、お父さんのことをどう思っていますか?」

「お父さんのこと?」

「はい。好きとか、嫌いとか。優しいところや怖いところなど、なんでもいいですよ。ただ、花帆さんがお父さんに対して思っていることや感じていることを、正直に教えてもらいたいんです」

「ん、んんー……」

 

 花帆のお父さんとして、花帆からどう思われているのか気になって仕方がない。世の父親たちも自分の娘から、息子からどう思われているかは常に気になっているのではないだろうか。もちろん、全ての父親がそうではないことは知っているが。

 昨日は花帆との間にあった溝を埋めるように、花帆に触れることはできずとも寄り添うようにたくさんの話をした。最愛の妻、彼女のこと。景光のこと、松田のこと、萩原のこと、伊達のこと。両親、義両親のことも。花帆が生まれた頃は、彼女がいたから会話に困ることはなかった。けれど、花帆とは何を話していいのかずっと、ずっと分からずにいたのだ。

 しかし、そんな悩みは無用だったのだと知った。なんでも、良かったのだ。仕事のこと以外なら、なんでも。そう、家族や友人、食事や生活。ほんの些細なことでさえも、花帆との会話のきっかけになるのだとようやく知ることができたのだ。

 仕事を言い訳に花帆から遠ざかっていたのは俺のほうだというのに……。

 

「どうでしょう。お話できますか?」

「うん、はい。先生」

「良かった。それでは、質問していきますので花帆さんが今思っていることや、感じていることを答えてください。はい、いいえと答えるだけでもいいですよ」

「分かりました」

 

 娘は俺のことをどう思っているのだろう。

 花帆は俺のことをどう考えているのだろう。

 昨日、たくさん話をしたといってもお互いに対する感情については、ほとんど出てこなかった。俺は怖くて、恐ろしくて、意図的に花帆が俺をお父さんとして認めているのかなんて聞くことをしなかったのだが。花帆はどうだろうか。

 花帆は俺の娘で、俺は花帆のお父さんなのに。なんて情けないのだろう。聞きたくて、娘の本音が聞きたいのに、喉元まで出かかっている疑問が俺を苦しめた。

 

「花帆さんは、お父さんのことが好きですか?」

「うん、好きです」

「ふむ。それでは反対に、花帆さんはお父さんのことが嫌いですか?」

「んー? いいえ、嫌いじゃないです」

「なるほど。それならば、好きという感情についてもっと考えてみましょうか。花帆さんはお父さんのどんなところが好きですか? 人によって好きだと思う部分は違います。一つでも、二つでも。好きだと思う理由を教えてください」

 

 好き、だって。

 

「えっと、あのね。私のお父さんだから好きっていう答えでもいいですか?」

「ええ、もちろん」

「良かった。あっ、これだけじゃなくて、えっと、あの」

「慌てなくても大丈夫ですよ。ゆっくりでもいいので、思いついた時でもいいので、花帆さんの考えを聞かせてください」

 

 ほろりと零れるものがあった。

 はくりと零れるものがあった。

 嗚呼。

 

「あのね、お父さんは凄い人なん、です。日本と、日本に住む人を守る仕事をしていて。立派な警察官で。それで、秘密が多いお仕事だからとっても忙しくて、でも、ポアロって喫茶店にいる時は笑顔なんです。少年探偵団の子たちとか、店員のお姉さんとか、お客さんとか。たくさんの人を笑顔にできる人で、その人たちのおかげでお父さんも笑顔になれて」

 

 そうだ、俺は警察官で。特に守秘義務の多い部署に所属していて、そのうえ安室透とバーボンをこなすために花帆をないがしろにしてしまった。それなのに花帆は俺のことを好きだといってくれて。立派な警察官だといってくれて。違う、違う。違うんだ。

 確かに俺は警察官だということへの矜持はある。しかしけれど、血の繋がった娘を、彼女の忘れ形見を大切にできない俺が、無意識に花帆の心と体を傷つけてしまった俺のどこが立派だというのだ。俺は、俺は――。

 違う、違うんだ花帆。あの笑顔は俺の笑顔なんかじゃない。花帆のお父さんである降谷零の笑顔じゃないんだ。嗚呼、確かに彼ら彼女らを笑顔にすることはできているだろう。確かに自然と笑うことだってある。しかしけれど、それは安室透としての笑顔で。

 

「だから、いいなって。羨ましいなって思うんです。少年探偵団の子たちが。お父さんは私に笑顔を見せてくれないから。ふわりと、ふわふわとした笑顔を見たことがないから。私、お父さんが笑った姿を見たことがなかったんです」

「それは、もっと小さい頃からですか?」

「うん、はい。とっても小さい時のことは覚えてないけれど、お父さんの笑顔を見たのはポアロって喫茶店の近くを通った時が初めてだと思います」

「へえ、なるほど。それは羨ましいと思っても仕方ないことですね」

 

 仕方ない。たったそれだけの言葉で切り捨てられたような気がした。それも気のせいではないだろう。

 

「でも、お父さん。昨日はたくさん笑ってたんです。とっても笑顔ってわけじゃないけど、たくさん、たくさん笑ってくれて。ほわほわってして、それで。お母さんのお話をしている時、とっても優しい顔をしていました」

「ふふっ、花帆さんはお父さんの笑顔が大好きなんですね」

「はい! えっと、それと、私ね、オムライスとコーンスープが好きで、風見さんや家政婦さんとレストランとかに行く時も毎回食べるぐらい好きなんです。それで、一番好きなのがお父さんの作ってくれるオムライスとコーンスープなんです。この前は、ケチャップで犬が描かれた玉子がふわふわとろとろしたオムライスを作ってくれたんです。その前は和風オムライス。お父さんはお仕事が忙しいから、あまり帰ってきてくれないけれど、帰ってきた日は毎回オムライスを作ってくれるんです。スープはコーンスープだったり、オニオンスープだったり変わることもあります」

 

 花帆の好物は、彼女の好物だった。

 彼女は卵料理が好きで、その中でも特にオムライスを好んでいたのだ。学生時代のデートは、二人でファミレスから喫茶店などたくさんの店で一生分のオムライスを食べた記憶がある。オムライス評論家になるのかと思うほど、彼女はオムライスを食べるたびに味や量、金額の評価をしていたなあ。

 そういえば、卵黄が食べられるようになってから花帆の離乳食はほとんどオムライスになっていたな。野菜も入っていてバランスがいいとはいえ、流石に毎食は止めろと口論になったこともある。逆に小腹が空いた時にセロリだけ囓るなと怒られたんだったか。嗚呼、懐かしい。

 

「どれもおいしくて、いつもおいしいってお父さんにいうけど。でも、お父さんは嬉しそうな顔じゃないんです。いつも、泣きそうな顔で。よく分からないけど、苦しそうな、悲しそうな顔で。あと、お父さんはいつも私とは違うご飯を食べるんです。私はオムライスとスープなのに、お父さんは厚焼き玉子とご飯とスープ、とか。お父さんは和食が好きだって、風見さんが教えてくれたから、本当はオムライスが嫌いなのかもしれません。でも、私が好きだからいつも作ってくれる」

 

 違う、違うよ花帆。お父さんはオムライスが嫌いなんてことはないんだ。ただ、ただ。すでに一生分のオムライスを食べたような気がするから、あまり食べる気になれないだけで。嗚呼、しかし――そんなことを思われていたのか。

 花帆が俺の作るご飯を食べて、おいしいといってくれることが嬉しい。嬉しくて、いつも泣きそうになる。離乳食の時は苦手だった人参やピーマンを食べられるようになって、年々食べる量が増えていることも。花帆の成長を感じることができて。彼女がいたら、とても喜んでいただろうなんて考えてしまう。だからつい、泣きそうになってしまうのだ。嬉しくて、悲しくて、寂しくて、誇らしくて。

 まさか、そんな顔を見た花帆がそんなことを思っているだなんて考えもしなかった。

 辛い。

 俺は花帆のお父さんなのに、花帆のことを何も気づいちゃいなかった。

 

「それと、えっと。お父さんの好きなところ」

「はい。嗚呼、無理をして出さなくてもいいですよ。花帆さんが素直に、お父さんの好きだと思えるものやことについて、思いつくだけ教えてくれるだけでいいんです」

「ん、はい。あっ! えっと、初めてのお話もいいですか?」

「初めて、ですか?」

「はい!」

「ふむ、気になりますね。それでは、どうぞ。たくさんお話をしてください。まだまだ時間はたっぷりありますからね」

 

 愛しさと悲しみが胸の中で次々と湧き上がる。

 親として、父親として最低なことをし続けた俺に、娘はどうしてここまでの愛をくれるのだろうか。きっと、それが愛だと思っても考えたこともないのだろうけれど。しかしそれで、いいのだと思う。

 彼女は、妻は俺に愛をくれた。愛を教えてくれた。

 娘は、花帆は俺があげるべき愛をくれる。俺を花帆のお父さんとして受け入れてくれているのだ。認めている、わけではないだろう。それでも花帆の優しさは俺を包み込んでくれる。心に刺さるものは多いが、それでも花帆と俺の間にあった親子としては致命的な溝を埋めようと花帆は頑張っているのだ。

 愛おしい、嬉しい、どうして。

 俺は花帆のお父さんでいても、いいのだろうか。

 

+++

 

 目の前で優雅に紅茶を啜る白馬凌は、なんともまあ絵になる男だ。

 バーボンとしての立ち振る舞いの参考になる。なんて、今はそんなことを考えていても仕方ない。俺が今、考えるべきことは娘の花帆のことだ。

 

「さて、花帆さんとの会話をリアルタイムで聞いた感想は?」

「しんどい」

「でしょうねえ」

 

 鼻で笑うでもなく、呆れるわけでもなく淡々と相槌を打つ白馬凌に苛立ちを覚えるが、この場に至るまでの俺の行動と態度が自業自得だったため、睨むことはできても口答えする顕現は無に等しい。

 彼は花帆の見方であり、俺と花帆の間を取り持ってくれる可能性の高い人間だ。

 

「風見くんから、貴方は優秀な捜査官であると聞いていましたが、親としてはヘタレとしかいいようがありませんね」

「ぇ、ええ。そうです、ね」

「風見くんや家政婦の方々からの事前情報その他。そして現状、花帆さんからの聞き取りの内容から考えると、貴方は親としての役割を果たせていません。ですので本来ならば、花帆さんは保護対象なんですよ。保護されるべき子なんです。児童養護施設に入り、もしくは一時保護を受けていたかもしれないのに、貴方が警察庁の公安警察官という地位を持っていたため花帆さんの保護は叶わなかった。そうですね」

「嗚呼、俺は、俺が花帆を守るのだと。だから、これで守れているのだと自惚れていた」

 

 彼女が亡くなった当時、すでに潜入捜査の任に就いていた俺は、本来ならば花帆と親子の縁を切るべきだったのだろう。里親でも、養子縁組でも。特別養子縁組を薦められたことは幾度となくあった。それでも俺の我が儘で花帆は俺の娘として、寂しい時間を多く過ごすことになったのだ。

 そういえば、娘が泣いた姿を最後に見たのはいつだっただろうか。いつ、いつだ?

 

「でしょうねえ。もしも花帆さんのことを第一に考えることができていたのならば、花帆さんは今よりもずっと自由に生きていくことができたでしょう。マンションの一室に閉じこもることなく、放課後や休日は友人たちと遊びに出かけることもあったのではないでしょうか。それを」

「俺がさせなかった」

「そう、そうです。貴方は警察官としては優秀ですが、父親としてはポンコツです。血の繋がった父親である貴方より、赤の他人である風見くんのほうが父親らしいことをしているとは。なんと嘆かわしい」

 

 それは俺も同意する。

 公安の仕事だけでも定時に帰れる日はほぼなく、徹夜が続く日々を過ごしているのは誰も同じだ。風見は俺との連絡係を務めているため、警視庁公安部に所属している中では特に忙しいだろう。そんなことをいえば、降谷零、安室透、バーボンとして三つの顔を使い分ける俺のほうが忙しいと風見はいってくるかもしれないが。

 そう、そうだ。そんな風見に俺は父親としての役割を押しつけたのだ。花帆のお父さんである俺が、その役割をこなせずにいたから。ここ数年恋人もいない、結婚もしていない独身の男に俺は父親代わりになることを求めたのだ。

 当然、風見は最初困惑しっぱなしだったと思う。なにせ本来ならば請け負うべき仕事ではないのだから。幼い少女の父親代わりになるなど、考えもしなかっただろう。それでも立派に、花帆の同級生の父兄から父親と間違われる程、花帆を自分の娘のように育ててくれたことは感謝しかない。どちらかといえば、姪っ子だそうだが。

 

「さて、貴方には選択肢が三つあります。一、花帆さんを児童養護施設に預ける。親子の縁を切らずにいるために必要な措置を執りましょう。二、養子縁組に出す。安全面を考えて米花以外に住むご夫婦に頼むことになるでしょう。三、現状維持。ですが、定期的にカウンセリングと面談を行います」

「三、だ」

「まあ、貴方ならそれを選ぶでしょう。私は貴方の、そしてなにより花帆さんの意見を尊重しますよ」

 

 身体的虐待、心理的虐待、ネグレクト。大枠でいえば三つの虐待を花帆は受けていた。俺のせいで。それでも花帆が俺とお父さんとして受け入れ、好感を持っていることに白馬凌は驚いているようだった。もちろん、俺も驚いている。

 本来ならば、俺は花帆から引き離されるべき人間で。しかし結果は経過観察を行い、花帆を俺から引き離すかどうか、その都度、話し合いが行われるようだ。

 どうかこれからも、花帆と親子の関係でいられたらいいと願っている。

 

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