「結城さん!」
「えっと、隣のクラスの」
「私、吉田歩美!」
「うん、少年探偵団の子……だよね」
「知ってるの!?」
「あっと、うん。有名だし」
ある日の放課後、帰り支度をしていると隣のクラスの吉田歩美さんに声をかけられた。なんの用だろう。
吉田さんの後ろには、江戸川コナンくんがいる。大きな体の男の子と、ひょろりとした男の子の姿はない。そういえば、最近綺麗な女の子が転校してきたと思うんだけど、その子もいないなあ。
「あのねっ、結城さんはポアロって喫茶店知ってる?」
「うん。帰り道の途中にあるから、知ってるよ」
「そっか! じゃあ、この前のは見間違いじゃなかったんだね! コナンくん」
「そうだね。あっ、僕は江戸川コナン。よろしくね」
「う、うん。えっと、私は結城花帆、です。よろしく」
見間違いじゃなかった? ということは、遠くからお父さんと少年探偵団の子たちを見つめていた日に気づかれたのかな。なんていわれるか分からないから、ちょっと怖いなあ。
少年探偵団の子、吉田さんと江戸川くんと話すのは初めてだから、何を話していいのかよく分からない。最近まではお父さんと何を話したらいいのか、ずっとずーっと悩んでいたけれど、それは解消したから問題ないと思う。
うん、問題は今だ。
「あのね! この前、コナンくんと遊ぶために元太くんと光彦くんと一緒にお迎えに行った時ね」
「結城さんが遠くから僕たちのほうを見ていたって、歩美ちゃんがいうんだ」
「うん、そう! でも、すぐにどこかを向いちゃったから気のせいかもしれないんだけど……」
「元太や光彦が、もしかしたら少年探偵団に依頼があるのかも? とかいいだしてさ。皆で結城さんに聞いてみようって話になったんだけど、さ」
「二人が風邪をひいちゃったから、私たちで来たの! あ、もう一人女の子がいてね。灰原哀ちゃんっていうんだけど、哀ちゃんは用事があるって先に帰っちゃったの」
「へえ……」
少年探偵団は男の子三人、女の子二人の五人組。新聞やテレビでも有名な江戸川くん、吉田さんに灰原さん、そして二人の男の子。灰原さんは転校してきてから仲間に入ったんだっけ?
よく覚えていないけど、学校でも有名な子たちだから噂は聞こえてくる。特に興味がなくても、少年探偵団というグループ名だけは知っているのだ。
「それでね、えっと。何か困っていることとか、あるかなあ?」
「別に僕たちの勘違いなら、それでいいんだ。ただ歩美ちゃんが気になったっていうからさ」
「あー、うん。そういうことか」
さて、どうしたらいいのだろう。困っていることは特にこれといってない。どうやったらお父さんとお話ができるか、どうやったらお父さんを笑顔にできるか。どうやったらお父さんがお家に帰ってくるようになるか、なんてことはたくさん考えていたけれど。それについては解決した。
だから、今はこれだというものが思い浮かばない。
でも、そうだ。そういえば江戸川くんは、お父さんのいるポアロの上に住んでいるんだったっけ。喫茶店とかに小学生が一人で入ることは、なかなか珍しいというか難しいことじゃないかと思うんだけど。江戸川くんがいるのなら、もしかしたら――。
「んっと、あのね」
「うん! 何か思いついた?」
「あの、ポアロってお店に入ってみたいの」
「ポアロに?」
「うん。ポアロのハムサンドがおいしいよって聞いたことがあって。それで、食べてみたいと思うんだけど。小学生が一人で喫茶店とかに入るのは、おかしいかなと思って」
「え゙っ?」
「そう、かなあ?」
江戸川くんは驚いたように、吉田さんは不思議そうに首を傾げている。
もしかしたら、江戸川くんはお父さんとお母さんがいなくて、眠りの小五郎っていう探偵さんに預けられているから、もっと小さい頃からポアロに通っていたのかもしれない。朝早くから仕事があったり、忙しくてご飯を用意することができない生活だったら。小学一年生が一人で料理をすることは、なかなか難しいことだからポアロでご飯を食べるほうが安心安全だったんだろうなあ。
だから、江戸川くんは一人で喫茶店に入ることが当たり前なんだと思う。
吉田さんたちは、そんな江戸川くんと一緒に行動しているうちに、それが当たり前だと思うようになったのかもね。
「おっ、おかしくないと思うよ! でも、パン屋さんでも同じハムサンドが売ってるよ。そっちだったら、結城さん一人でも買えると思うんだけど」
「そっちはもう食べたの。でも、ポアロで作られたハムサンドのほうがおいしいって聞いたから、食べてみたいなーって」
「なるほど」
「それじゃあ、これから一緒に行ってみない? お小遣いとか持ってるなら、行けると思うんだけど」
「ん、んー」
どうしようか。寄り道はしないようにって、風見さんや家政婦さんにはいわれてるんだけど。でも、お父さんがいる時ならいいよっていってたし……。
「それじゃあ、一緒に行ってもらってもいいかな?」
「うん!」
「あっ、でも歩美ちゃんは歯医者さんに行くっていってなかった?」
「えっ、あっ。そうだった……。ごめんね、結城さん。今日は一緒に行けないや」
「大丈夫だよ。もし、また行く時は一緒に行こうね」
「うん! それじゃあ、コナンくん。結城さんのことよろしくね!」
「おー、うん。分かった」
吉田さんはおっちょこちょいなのだろうか。自分の予定を忘れてしまうほど、うっかりさんなのかなあ。江戸川くんはそんな吉田さんに呆れているようだが、笑顔を浮かべている。やっぱり、江戸川くんは――灰原さんもだけど、少年探偵団の中では保護者みたいなものなんだろうなあ。お兄さん、お姉さんみたいな、年上の人みたいな感じがする。
「えーっと、結城さん。行こうか?」
「うん!」
+++
今、私はポアロの目の前に立っている。
この扉の向こうに、お父さんはいるんだね。あっ、お父さんじゃダメなんだっけ?
カランカランと音を立てながら、その扉は開いた。江戸川くんはすでに一歩、お店の中に足を踏み入れている。
「入っておいでよ、結城さん」
「あっ、うん! ありがとう、江戸川くん」
「どういたしまして」
ニカリと笑った江戸川くんの隣をすり抜けるように、足を進める。
カウンターの向こうにいる女の店員さんが、「いらっしゃいませ!」と元気そうにいう。そして、ホールには男の店員さんが立っていた。
「いらっしゃいませ、コナンくん。今日はデートかな?」
「ばっ、ちがっ! もうっ、安室さん! からかわないでよぉ!」
「ははっ、ごめんごめん。さて、初めてみるお客さんだね。コナンくんのお友達かな」
「この子は隣のクラスの結城さん。安室さんの作るハムサンドが食べてみたいけど、一人でポアロに入れなくて困っていたんだ」
「へえ。それじゃあ、少年探偵団に依頼が来たってところかな?」
「んー、結果的にはそうなったよ!」
「そっか」
男の店員さん――安室さんは、江戸川くんと楽しそうにお話をしている。どちらも笑顔を浮かべていて、いいな。いいな、羨ましい。
「えっと、あの」
「ああ、ごめんね。僕は安室透。あっちのお姉さんは榎本梓さんっていうんだ」
安室さんがそういうと、女の店員さんが「よろしくね~」といいながら手を振る。それに手を振り返すと、にっこりと笑顔を返された。元気そうな人だなあ。
「私は結城花帆、です。花帆って呼んでください」
「花帆ちゃん、でいいかな?」
「はいっ!」
「それじゃあ、花帆ちゃん。コナンくんも、カウンターでいいかな? 他の席は埋まっちゃっててね」
「はい、構いません」
「うん!」
カウンターの席に江戸川くんと並んで座ると、メニュー表を渡された。
江戸川くんは夕食があるからといって、オレンジジュースのみ。そして私は、ハムサンドとアイスティーを頼んだ。シロップなしで、というと江戸川くんが驚いたような顔をしていたけれど、どうしたんだろう?
「結城さんって、シロップを入れなくてもアイスティー飲めるんだね」
「うん。お茶に何か入れて飲むのって、あんまり好きじゃなくて。だからミルクティーとか苦手なの」
「へえ。コーヒーは飲めるの?」
「うん。でも、コーヒーは砂糖やミルクを入れたりするよ。ブラックは苦くてゆっくりじゃないと飲めないんだ~」
「そっか~。あっ、そういえば学校からそのままポアロに来たけど、お父さんやお母さんに連絡はしなくてもいいの?」
「んぅ? 学校から出る前に連絡したよ」
そういって、お父さんに買ってもらった最新の子供用ケータイを見せると、江戸川くんは納得したように頷いていた。実は誰にも連絡なんてしていなくて、昨日、お父さんが家政婦さんに夕飯は一緒に食べて帰るって伝えてくれているんだけど。
でも、そこまで詳しく教えなくてもいいよね。だって、今日が初対面なんだから。
「はい、お待たせしました。オレンジジュースと」
「ありがとう、安室さん!」
「こっちがハムサンドとアイスティーだよ」
「ありがとうございます! 安室さん」
「ふふっ、どういたしまして。それじゃあ、急がずゆっくり食べてくださいね。喉に詰まらせないように」
「はーい」
一口食べると、お父さんがこの前作ってくれたハムサンドと同じ味がした。うん、やっぱり安室さんもお父さんなんだね。きっと、他のお仕事や名前になってもお父さんの料理の味は変わらないんだと思う。
おいしくて、ついユラユラと体を左右に揺らしてしまう。これは赤ちゃんの時からやっている動きなのだと、最近お父さんが教えてくれた。おいしいものを食べると、ご機嫌そうに体を揺らして笑顔を浮かべているのだとか。それを風見さんや家政婦さんに尋ねると、どうやら無意識のうちによくやっていたらしい。ちょっと恥ずかしい。
「安室さんのハムサンド、気に入ったみたいだね」
「ご機嫌さんのようだね」
「こんな、おいしそうに食べてくれる姿を見たら、やっぱり嬉しいって思うの?」
「もちろん、当たり前じゃないか。それに、次はもっとおいしく作ろうって思えるよ」
「へえ。……ロリコンか?」
「コ・ナ・ン・く・ん?」
「やっべ」
安室さんと江戸川くんは、楽しそうにお話している。
いいな、いいな。私もお話したい。でも、今はハムサンドが食べたいの。とってもおいしい、お父さんの味。今度、お父さんと一緒にハムサンドを作ってみたいなあ。
「ハムサンド、おいしいです!」
「ふふっ、ありがとうございます」
「安室さん、私のお父さんと同じくらい料理が上手でいいなあ」
「そうなのかい?」
「うん、はい。私、お父さんが作るオムライスが大好きなんです。それと、最近一緒にご飯を作ることもあるから、今日は帰ったらお父さんに一緒にハムサンド作ろうねっていおうと思います」
「へぇ。花帆ちゃんのお父さんが作るハムサンドは、このハムサンドと味が違うかもしれませんよ?」
「わあ、安室さんってば意地悪ぅ」
「コナンくん。後でちょっとお話が」
「スミマセンデシタ」
うん、やっぱり少年探偵団の子たちは羨ましい。だって、安室さんは私のお父さんのもう一つの姿なのに、私より仲良しなんだ。気心が知れているっていうんだっけ?
でも、この人は私のお父さんなの。安室さんは私のお父さんじゃないけれど、私のお父さんは安室さんでもあるの。
「大切なのは味じゃなくて、お父さんと一緒に作ったかどうかなんですよ!」
「ふふっ。それじゃあ、花帆ちゃんとお父さんが作ったハムサンドは、このハムサンドよりおいしくなるでしょうね」
「はい!」
お父さんの笑顔は私以外のもの。だけど、それはお仕事だから、だよね。
だって、安室さんの笑顔とお父さんの笑顔は違うのだから。
お父さんがいると、寂しくない。
お父さんがいると、悲しくない。
お父さんがいると、辛くない。
だから私は、お父さんが大好きなんだ!
完。
最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。