花帆とお父さん   作:都月飴

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冷静そうに見える寝ぼけた幼女とペアマグカップに悶える父親の歪な親子関係?


お父さんの笑顔は私以外のもの。8

「おはよう、花帆」

「お、はよう、ございます。おとーさん」

「嗚呼」

 

 目を覚ますとお父さんがいて、ちゃんと約束を守ってくれたんだなあって思った。

 お父さんとの約束は、多分きっと私の友達が友達のお父さんやお母さんとするような約束ではない。今日は早く家に帰ってくるとか、今日は一日お休みだから一緒に遊べるとか、明日は一泊二日の温泉旅行に行ってくるだとか。友達が友達のお父さんやお母さんなんかと約束をしたって話を聞くと、我が家は特殊な家庭なんだなと……思うしかなかった。

 でも、この約束は違う。お父さんは日付が変わる前に帰ってきてくれた。ちゃんとお手紙に書いてあった通りに、だ。

 柴犬のヒロミツを抱きかかえたまま体を起こすと、お父さんがほわほわと笑っている。ほわほわ? ほわほわって、なんだろう。でも、なんとなくほわほわだと思ったんだ。お父さんのこんな顔、初めて見たなあ。

 今日はきっと、たくさんの初めてがあると思う。

 一つ目の初めては、お父さんがお手紙をくれたこと。

 二つ目の初めては、お父さんが約束通りに、家に帰ってきたこと。

 三つ目の初めては、お父さんがほわほわ笑っていること。

 四つ目の初めては、なんだろう?

 

「三日間」

「へっ?」

「お父さん、三日間のお休みをもらったんだ」

「お休み?」

「そう。今日と明日、それと明後日までお仕事はお休みになったんだ。だから、三日間しかないけど……お父さん、花帆とたくさんお話したいな」

「おはなし……。いいの?」

「うん。そのために、お父さん頑張ったんだ」

 

 そっか。そう、なのか。

 今日と明日と、明後日。お父さんと三日間もお話しすることができるんだ。それなら、今日だけじゃなくて、明日と明後日も合わせてたくさんお初めてがあるんだね。いったい、どんな初めてがあるんだろう。

 まずはたくさんお話しすることだと思うけれど、お話が終わったら公園とかにお出かけすることもできるかな?

 もしもお出かけするなら、お父さんの知り合いに会わないように隣の県とか、ちょっと遠くに行くことになるかもしれないけれど。そしたら、もっと初めてが増えるかもしれない。東都から出たことないから、もしお出かけすることができたら――楽しみだなあ。

 ああ、でも。本当にお出かけするとは決まってないし、公園とか楽しい場所に行くかも分からないから、あんまり期待したらいけないと思う。これは我が儘だ。我が儘を言って、お父さんを困らせたらいけない。

 そう、例えお父さんが三日間お休みをもらったと言っても。いつもみたいに突然電話がかかってきて、怖い顔になったお父さんがお仕事に行く可能性だってあるんだ。だから、私からお父さんとお出かけしたいって言うのはダメ。

 朝食の準備をすると言って、お父さんは私の部屋から出ていった。その間にベッドから出て、パジャマのまま洗面所へ向かう。洗面台はまだ、私には少し高い場所にあるから踏み台に乗って、顔を洗う。歯磨きは……、ご飯を食べてからでいいかな。今日の朝食はなんだろう。ぺちぺちと顔に保湿クリームを塗ってリビングに向かうと、食卓にはサンドイッチとスープが用意されていた。玉子サンドと、オニオンスープかな?

 

「嗚呼、花帆。コップを二つ用意してくれるか?」

「っ、うん!」

 

 四つ目の初めては、ご飯の準備のお手伝いだった!

 お父さんと一緒にご飯を食べる時は、いつもお父さんが全部用意していたから。だから、コップを用意するだけの簡単なことでも、初めてで。ふふっ、五つ目の初めては何になるのかな。予想ができなくて、とっても楽しみだ。

 食器棚に近づき、コップの置いてある棚を見つめる。どのコップにしようかな。家政婦さんが誕生日に買ってくれた、柴犬のペアマグカップはどうだろう。茶柴がお父さんで、黒柴が私。うん、これにしよう。

 食卓にコップを運ぶと、お父さんが黒柴のマグカップに牛乳を入れてくれた。お父さんのほうに置いた茶柴のマグカップには、牛乳じゃなくて冷たい焙じ茶を入れたみたいだ。そういえば、昨日、冷蔵庫で冷やしておいたんだっけ。焙じ茶は熱くても冷たくてもおいしい。もちろん、焙じ茶だけではないけれど、最近のお気に入りは風見さんからもらった宇治の焙じ茶なんだ。その前はダージリンで、更にその前は蕎麦茶だった。

 お茶ならなんでも好きってわけじゃないけれど、どちらかといえば日本のお茶が好きだと思う。紅茶も中国茶も台湾茶も飲んだことあるけれど、やっぱり飲んでいてほっとするのは日本のお茶かなあ。飲み慣れているっていうのもあると思うけど。

 

「それじゃあ、手を合わせて。いただきます」

「いただきます」

 

 五つ目の初めては、お父さんと声を合わせて「いただきます」だ!

 学校で給食を食べる時は、クラスの皆と声を合わせていただきますって言うけれど、お父さんと声を合わせて言うのは初めてだ。風見さんや、家政婦さんとはやったことあるのにね。不思議だよね。

 もし、お父さんが警察官じゃなくて、お母さんが生きていたら……。三人で言えたのかな。もしかしたら、弟か妹がいたかもしれないね。そんなこと、ないけれど。でも、そう。考えるのはタダだって、聞いたことがある。考えるだけ、考えるだけだよ。たった、それだけ。

 私のお父さんはとっても秘密の多い忙しい警察官で、お母さんは私が二歳になる前に交通事故に巻き込まれて亡くなっている。だから父さんが警察官じゃないってことはないし、お母さんは生きていない。私に兄弟がいるはずもない。もしも、そんな未来があったら――なんて、考えても意味がないんだ。けれど、それを言ったらどうしようもなくて。

 

「花帆? どうかしたのか」

「えっ、う、ううん。なんでもない、よ」

「そう、か?」

「うん。お父さんの作った玉子サンドが、おいしいなって、思っていただけ、なの」

「それは良かった。もしかしたら、おいしくないって言われるかもしれないって」

「い、言わない。言わないよ、そんなことっ」

 

 ぼんやりと考え事をしていた私を現実に戻したのは、お父さんの一声だった。

 お父さんの作った料理は、どれもおいしいものばかりだ。特にお父さんの作るオムライスは、給食やレストランとかで食べるものよりもとっても、とーってもおいしくて。だから最近、オムライスを食べるたびにお父さんのオムライスと比べてしまって、お店の人に失礼じゃないかな? なんて、考えたりするんだ。お父さんには秘密だけどね。

 ――そう、秘密なんだ。

 お父さんがフルヤレイであることも、お父さんがアムロトオルと名乗っていることも、私がお母さんの名字で過ごしていることも。全部、全部。お父さんが私たちを守るために必要なこと。あれもこれも、全部が秘密で。だけど、この秘密は誰にもバレちゃいけないから、秘密があるってことを秘密にして。誰にも言わずに私は見ないフリをする。

 見たことは、見ていないことに。

 聞いたことは、聞いていないことに。

 気づいたことは、気づいていないことに。

 言いたいことは、言いたいことなどないことに。

 他にもたくさんあるけれど、秘密。秘密、秘密なのだ。

 

「スープもおいしい、ね」

「喜んでもらえるなら、良かったよ」

 

 私は友達に言えないような、たくさんの秘密を持っている。でも、お父さんのほうがもっとたくさんの秘密があるんだろうなあ。

 秘密があるってことは、苦しいことだと思う。言いたくても言えなくて、言ってしまったら死ぬかもしれないって風見さんに教えられたし。だから、そう。私は死なないために秘密を持っていることを秘密にするのだ。

 それに、だ――。風見さんは、私に死なないでほしいと言っていた。お父さんはお母さんや幼馴染みの人に親友たち、大切な人たちを多く亡くしているから、私だけは死んだらダメなんだって。私が死んだら、お父さんが死を選んでしまうかもしれないからと。

 私のお父さんというフルヤレイを、お父さんの中で殺してしまうかもしれないなんて言われたら、たくさんの秘密を秘密のままにしておこうと思うよね。

 

「ごちそうさまでした」

「ごちそうさまでした!」

 

 六つ目の初めては、お父さんと声を合わせて「ごちそうさま」だったよ。

 次はなんだろうね!

 

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