熊谷友子は、我ながら呆れる真似をしていた。しかし、それをしないわけにはいかない。チームメイトであり、後輩でもある二人から頼まれた事だ。いや、後輩のパシリかよ、と思うかもしれないが、男性恐怖症と基本何も知らない奴なので、そいつらに任せるわけにはいかなかった。
ミッションは、隊長である那須玲の尾行。最近、オフであるにも関わらず、とても楽しそうにボーダー本部に来ては、遊びに行く姿を見かけるからだ。
「♪ 〜」
あんなに楽しそうな姿を見るのは久しぶりだ。一人なのに、鼻歌なんて歌いながら移動している。まるで、トリオン体を手にしたての頃のようだ。
これは親友としても、チームメイトと見逃すわけにもいかない。一体、ランク戦中に作戦も考えずに何をしているのか、とても気になる所だから。
慎重に後をつけ、バレないように物陰に隠れながら移動する。相当、遊びに行くのが楽しみなのか、那須からはこちらに気づく様子も感じられない。
これは相当楽しみなのだろう。尚更、見過ごすわけにはいかない。
そのまま後をつけることしばらく、徐々に人気のない方向に進んでいく姿は、もはや怪しさしか感じられない。誰かと密会でもしているのか、と思う程。
「……まさか」
男だろうか? なんて考えが浮かんだ。残念ながら、ありえない話ではない。学校は女子校だし、その女子校で仲良くしている小南にも彼氏が出来た。那須もボーダーの誰かとそう言う関係になる可能性はゼロではないのだ。
「っ……!」
尚更、見過ごせない。変な男に捕まっていたら、もはや自分が出張って撃退するレベルである。念の為、竹刀を持ってきておいて良かった。
慎重に接近すると、那須の弾んだ声が耳に届いた。
「お待たせっ!」
「!」
話の途中でバレないように、声だけ聞こえる場所に移動する。密会場は、本部の屋上前の扉。つまり、階段の真下ならうまく聞くことができる。
その代わり、声だけで誰と会っているのか判断しなくてはならない。目を閉じ、耳をそばだてると、一番聞きたくない声が聞こえてきた。
「待ってねーよ」
「ーっ⁉︎」
陰山海斗、つまり小南桐絵の彼氏であり、自分達の宿敵だ。A級を目指す上で必ず乗り越えなければならない、反則じみた強さを誇るチームに所属する二人目のエースであり、最近、那須と一緒に二宮の指導も受けているらしい。
しかし、ホッとした。彼女持ちが相手なら、少なくともカレカノの関係になることはないだろう。
そんなことを思っている時だった。
「……会いたかった、海斗くん……!」
「俺もだよ。この時が来るのを、ずっと待ってた」
「ーっ⁉︎」
そんな会話が聞こえ、反射的に上を向いてしまう。なんだろう、今の会話は。書き違いだろうか?
「私、今日のこの時間をずっと楽しみにしてて……」
「悪いけど、あんま長居する時間はない。やることだけやって、一先ず解散しようや」
やること⁉︎ と、妄想を膨らませてしまう。こんな人気のないところで、何をするつもりなのだろうか? しかも、彼女がいながら。
「良いじゃない。少しくらいゆっくりしましょうよ。お話したいことも、たくさんあるのに」
「そうしたいのは俺も一緒さ。けど、お互いにこんな所を他人か見られるわけにいかないだろ?」
おいおいおい、とさらに内心で焦りが浮かぶ。マジで何をするつもりだ、と。それと同時に、うちの隊長は何をそんなに楽しみにしているのか気になってしまう。
とにかく、止めなければならない。これが那須の幸せなら、と思わないでもないが、それ以上に親友が間違ったことをしようとしているのなら、それを止められるのは親友だけだ。
走って階段を駆け上がり、その現場に突入した。
「玲、待ちなさ……!」
「はい。今回はハンターハンター全巻」
「ありがとう! 代わりにこっちは全国のご当地ラーメンセットよ」
「サンキュ」
「はえ……?」
突入した現場で行われていたのは、物々交換の現場だった。実際には、漫画はレンタルなので交換では無いのだが、お互いに利益があると考えれば、交換と表現しても間違いないではないだろう。
突入した熊谷に、二人は揃って顔を向ける。
「く、クマちゃん⁉︎ ち、違うの! これは……」
「やっと来たか」
「やっとって……気付いてたの?」
「俺のサイドエフェクトをお忘れで?」
「えっと……何してんの?」
率直かつストレートかつ真っ直ぐな質問が漏れた。当然だろう。何してるのか分からないのだから。
「何って……交換だよ。俺は漫画を貸す代わりに、那須は俺に何かご馳走してくれる。別に漫画のレンタルくらいタダで良いって言ったのによ」
「ダメだよ。二宮さんにタダでお世話になっている上に、漫画の貸し出しまでタダなんて申し訳ないもの」
「……なんでこんなコソコソやってるの?」
「漫画の方はともかく、ラーメンの取引はまずいだろ。俺以外の奴に『俺も漫画貸すからラーメン奢って!』ってなって大変なのは那須だぞ」
「変に誤解されたくないしね? 特に、桐絵ちゃんあたりに」
「……」
死にたくなった。自分の短絡的思考を殴り飛ばしてやりたくなった。割と納得出来ない部分はあるが、それでも酷く恥ずかしい思いをしてしまった。
真っ赤になった顔を必死に両手で隠し、「クマちゃん?」と心配そうに尋ねてくる隊長の心遣いにも反応できなくなっていた。
「どうしたの?」
「こいつ、俺と那須の浮気現場だと思って踏み込んできたんだよ」
「んなっ……な、なんで分かるのよ⁉︎」
「システムエンジニア」
「サイドエフェクトでしょ! てか、余計なこと言うんじゃないわよ!」
「ふふ、ありがと。心配してきてくれたんだ? でも安心して。流石に人の彼氏は私も取らないから」
「玲もフォローしないで!」
「フォロ那須玲フォロー」
「玲⁉︎ 何言ってるの⁉︎」
「てかそれ何もかかってねーよ。自分の名前をフォローで挟んだだけじゃねーか」
痛々しい以前に理解ができない。何言ってるんだろうか、この病弱場所うじょは。
というか、元はと言えばこの男だ。玲を漫画で釣り、他人を誤解させるなんて悪辣非道にも程がある。
羞恥心によって思考回路が滅茶苦茶に陥ったままそういう風に決めつけると、キッと海斗を睨んだ。
「あんた、覚えてなさいよ! いつか絶対、ぶっ飛ばすから」
「無理無理無理。生身でもトリオン体でも無理」
「〜〜〜っ! 絶対に許さないんだから!」
「ちょっと……クマちゃん⁉︎」
捨て台詞を吐き捨てると、熊谷はそのまま走って階段を降りた。絶対に倒す。自分が那須の目を覚まさせる。半ば暴走したままそんな風に思いながら、ひとまずムシャクシャしたので、食堂で肉うどんをやけ食いする事にした。
×××
「ふぅ……と言うものの、どうしたら良いかしら……」
肉うどんのお椀を三杯分、重ねて机の上に放置したまま、熊谷は思案に暮れる。あの男、頭はともかく実力は本物だ。それこそ、なんか流れでアタッカー3位になってしまう程度には強い。
それにタイマンで勝つには、自身を鍛える必要があるのだが、どうにも思いつかない。特に、あの回避からのカウンター戦術は、自身の両手持ち孤月と相性が悪い。
「どうしたものかしら……陰山海斗をとっちめる方法……」
「海斗を倒したいのか?」
頭を悩ませながら思わず声を漏らすと、あまり聞きなれない声が聞こえた。顔を上げると、そこにいたのは三輪秀次だった。
「あ……三輪、くん……?」
「三輪で良い。同級生で、同じ学校だろう」
「あ、そう」
「立ち聞きするつもりはなかったが……海斗を倒したいのか?」
「ええ。……私の親友を取り戻す為に」
「???」
理解できない、と言う表情を浮かべる三輪だったが、一先ずすぐ声を掛けた。
「まぁ、奴を倒したいのなら、俺が力を貸そう」
「え……ど、どうして?」
「最近、あのバカはアタッカー3位になって調子に乗っている。ここらで、一度お灸を据えておきたい」
なるほど、とひとまず同意しておく。確かに、たまに見る個人ランク戦でも、ガンナーの射撃を「ウォウウォ、ウォウウォ、ウォウウォ、イェイイェイ!」とか歌いながら腰を左右に振って回避していたりする。確実にふざけている。
「分かったわ。じゃあ、お願い」
「任せろ。まずは、うちの作戦室に来い」
「そうね。秘密の特訓だものね」
との事で、三輪隊の作戦室に向かった。歩きながら、三輪が質問してくる。
「ところで、熊谷。あのバカの強みはなんだと思う?」
「え?」
「戦闘での強み、だ」
言われて、熊谷は顎に手を当てる。一時期、「バカと戦えば実力が上がる」なんていう噂が流れた事もあった事を思い出す。その時に自分も何度か挑んだ覚えがある。
その時に感じたことと言えば……。
「サイドエフェクト、反射神経、動体視力の三つが重なった先読み……とかかしら?」
「それもある。が、もっと単純なものだ」
「何?」
「漫画の技を実際に当ててくる所だ」
「……はい?」
三輪から出たとは思えないセリフが耳に届く。こいつ何言ってんの? と言わんばかりの反応をしてしまうが、三輪は至って真面目に話を進める。
「漫画の技……なんでも良い。知っているものを言え」
「いや、あまり漫画読まないし……」
「ふむ……そうか。なら……」
言われた三輪は、スマホを取り出し、文字をツイツイと入力する。しばらくして、動画を見せてきた。
『一剛力羅! 二剛力羅! 三刀流、二剛力斬ッ‼︎』
黒い手拭いを頭に巻いた男が、両手に持つ刀と口に咥えた刀でキリンの鼻と打ち合っていた。
それを見せられた熊谷は、眉間にシワを寄せる。何を言えば良いのだろうか?
「……えっと、これは?」
「どうだ?」
「……どうって言われても」
「どう思う?」
「い、威力はすごそうね」
「じゃなくてだな……カッコ良いか、カッコ悪いかで言えば?」
「……あまりカッコ良くは……」
「奴は、これをカッコ良いと思い、練習し、実際の勝負で使う。こんな隙だらけの技、漫画でしか使えないと思うが、奴は当ててくる」
確かに、と熊谷は再び過去に見たログを思い返す。前は「風遁・螺旋手裏剣!」とか言いながら、手裏剣の形にしたレイガストをぶん投げ、実際に当てていた。どう考えても普通は当たらないが、彼は当てていたのだ。
実際、レイガストのスラスターなのだから、当たればデカイし重く、仮に倒し切れなくても隙は作れる。
「ボーダーのトリガーは、良くも悪くもSF的だ。漫画の技を、ある程度なら再現出来る。その上、奴の場合は格闘系の技なら、生身でも再現出来る身体能力を持つ」
「え、な、生身で?」
「羊肉ショット、とか言いながら絡んできたヤンキーを蹴り飛ばしてたな」
「……」
人間なのだろうか?
「そんな化け物を相手にするには、どうしたら良いか、だ。俺のように鉛弾を使ってみても良いだろうが、あれは使いこなすには時間が必要だ。それに、お前のチームメイトには那須がいるし、鉛弾を覚えても旨味はないだろう」
三輪は海斗に対して、相性が良い。長くいるから次に出る行動が読める、と言うのもあるが、海斗にとってガンナートリガーが弱点であるのは間違いない。その上、鉛弾を当てさえすれば頼みの回避も使えない。
さて、では熊谷ならどうしたら良いだろうか?
「あいつは太刀川さんのような速度のある孤月使いに弱いが、それも熊谷のスタイルと合わない。というか、言ってしまえば、熊谷とバカは相性最悪だ」
「ええ、そうね」
「それに勝つには、もう一つしかない」
気が付けば、三輪隊の作戦室に到着していた。ドアを開け、中に入ると、思わず目を見開いてしまった。少年漫画が大量に並んだ本棚があったからだ。
「お前も、好きな必殺技を選べ。そして、それを使いこなせ」
「……」
頼る人を間違えた、と心の底から思ってしまった。