それは、ひどく寒い夜だった。罠として使用される溶岩が地下暖房として機能している魔王城も冷たく、厳しい北風が伴った雪によって冷え込んでいた。
魔王といえども、何も食べずに生活できるというわけではない。露出度が高い格好で勇者を待たなければならない魔王にとって冬の寒さは大敵だった。もこもこしたセーターはとても魅力的だが、それを着ることは彼女のプライドが許さなかった。
「へっくち、にしてもなんでこんなに寒いのじゃ……」
魔王は愚痴をこぼした。こんなに寒いのに炬燵に入ってのんびりとできないのは間違っている。ぬくぬくしたい。内心の欲求に魔王は必死に抗っていた。
「鍋じゃ。鍋を食べるのじゃ」
魔王は王である。彼女は偉いのだ。家臣に傅かれる生活を彼女はずっと送ってきた。そのせいもあるだろう、彼女は不器用だった。更には鍋というものに慣れていなかった。そして、鍋がお酒と非常に合うこともしあなかった。それが一連の悲劇を招いたのだ。
ところ変わって、勇者一行は防寒装備に身を包んでいた。そして。魔王城までもう少しという場所で野営をしていた。
「今日は、随分と冷え込む日じゃないか」
勇者が呟き、仲間たちはそれに頷き返す。
「わ、私スープを作りますね」
聖女の提案に一同は顔をほころばせた。コトコトとスープが煮込まれ天幕に食欲をソそそる匂いが広がっていく。
「もう食べたいな。我慢できないよ」
「多分大丈夫です。はい」
勇者が率先して皆の分までスープをよそっていく。天幕の中は平和な雰囲気であった。
勇者一行が魔王城に着くと、何やら騒がしかった。魔王軍幹部の一人が勇者を見つけたが、対応をしあぐねているようだ。
「どうかしたんですか?」
「あっ、えっと魔王様が……」
「魔王がどうしたんですか?」
「その……死体で発見されました!」
勇者パーティーに緊張が走った。かつては魔王と敵対していたが、早期に講和を結び今は友好的な関係を築いているのだ。講和条約の延長交渉に来た使節団を護衛しているだけの楽な仕事だったのだが、事態は急変してしまった。
外交使節団の受け入れを検討しなければならない事態へと陥るとは誰も予想していなかった。これは大事件である。
勇者はその称号にふさわしく勇気を出した。
「リジィさん。現場を見させていただけることは可能でしょうか?」
「外部の方には、ちょっと……」
「そこをなんとかお願いします。僕と彼女は仲が良かったですし。僕のパーティーメンバーは立ち入らせませんので」
魔王軍幹部のリジィは押しに弱いダークエルフである。かつて殺しあった仲ということもあって彼女は勇者をそれなりに信頼していた。
「わかりました。勇者さんだけならいいですよ」
「ありがとう。本当にありがとう」
リジィが勇者を連れ、現場に向かう。現場にはテープが張られ張られたテープの中心に魔王であろう人物が、倒れていた。
「これが、彼女なんてにわかには信じられません」
「私もです。でも、昨日は寒かったので迷子になった魔王様がうっかり凍死してしまってもおかしくありません」
リジィは辛辣だ。仮にも主に対し言うような言葉ではなかった。もっとマシな言い方があるのではないかと勇者は思った。
「わ、妾が死んでおるのじゃ!?」
「魔王様?」
「ここに倒れているのは一体?」
「妾にもわからないんじゃ……」
「どういうことでしょうか?」
「昨日はしこたま酒を飲んですぐに寝ちゃったからのう……」
「それで、記憶が残っていないと」
「そういうことじゃな」
魔王は自分の死体につかつかと歩み寄った。そして、自分の死体をまじまじと見た。
「ああーこれは、あれじゃな。妾の替え玉のスライムじゃな。寒さに弱くて固まっておるだけじゃ。魔力を入れれば蘇るのじゃ」
真相は壮大な茶番であった。
「魔王、すごいもこもこしてない?」
「!?こ、こっこれはじゃな……その」
「いつもの寒そうな服より冬はこっちのほうが良いと思うよ」
勇者の優しい言葉に魔王は自分の自意識過剰を恥じた。寒いなら暖かい服を着ればいいのに。リジィを含め魔王城の誰もがそう思っていたが魔王に遠慮してかそう言い出すものはいなかった。勇者は称号に違わず勇気を持っているものである。
条約は無事に延長され、この平和はまだ続きそうだ。