「…司令官さん、今なんて言ったのですか?」
「演習相手がここに滞在している間、お前を秘書艦の任から外すと言った」
言葉が出ない。息を吐こうとすると、別のものまで吐き出しそうだ。
それでも私はなんとか口を動かした。
「電は…もう要らないのですか?」
「電、落ち着くんだ」
響ちゃんが私の手をギュッと握ってくれた。
「司令官は演習相手が滞在している間と言ったんだ。相手が帰った後は、また電が秘書艦に戻る」
「そ、そうなのですか?」
司令官さんは小さく頷き、淡々と話を進める。
「電にはこの期間中は哨戒任務に当たってもらう」
「哨戒、ですか。務まるのでしょうか…?」
「僚艦にお前の姉妹3人を編成する。問題ない」
左右に立つ姉たちをチラリと見た。
暁ちゃんが、任せなさい、と言わんばかりに胸を張っている。
響ちゃんが微笑みながら私を見つめて頷いている。
雷ちゃんが満面の笑みを浮かべながら親指を立てている。
不安な気持ちが溶かされていくようだった。
「了解なのです。久しぶりの実戦、頑張るのです」
「そうか」
司令官は無表情のまま続けた。
「ここは北方と違って敵が強い。もし不安があるなら天龍と龍田に訓練を見て貰え」
「天龍さんたちですか」
「話はしてある。雷、お前も一緒に行ってやれ」
「わかったわ。さあ、電。行くわよ!」
「ま、まだ行くとは…」
雷ちゃんがグイグイと私の手を引っ張っていく。
まだ少し迷っているが、司令官と雷ちゃんの気持ちは嬉しかったので、天龍さんたちと訓練をすることにした。
執務室を出た後も雷ちゃんは上機嫌だった。
元々雷ちゃんは明るい性格だ。その明るさがいつもより増して見えた。
「雷ちゃん、今日はご機嫌なのです」
「そう?んー、そうかも」
「何かいいことがあったのです?」
雷ちゃんは歩きながら顔をこちらに向けて笑った。
「電が来てから第六駆逐隊みんなで出撃するのは初めてよ?すごくわくわくするの」
言われてみればその通りだ。
私は秘書艦の仕事をしていることが多く、雷ちゃんは改二になれないせいで暁ちゃんたちとは別々の任務に就くことが多い。
「電の言っていた通り、あんな顔だけど司令官は本当に優しい人だったのね。姉妹で編成してくれてるし、電のために天龍さんたちに訓練のことを話してくれてるし」
同じ部屋に住んでいる雷ちゃんたちには、司令官が本当は優しい人だということをずっと伝えていた。少しでも警戒心を解いて貰えるように。
その願望は徐々に叶いつつあるようだ。
「わかってくれて嬉しいのです」
「本当は半信半疑だったけど、今日のことでしっかり理解したわ。懐疑的に司令官を見るのを止めたら、あの人が信用に足る人だってみんなもわかると思うんだけど」
「それはなかなか難しいと思うのです」
※
司令官は雷と電が執務室から出ていくのを黙って見ていた。私たちも退出を命じられていないので、静かに2人を見送る。
2人の気配が完全に消えた頃、暁が痺れを切らしたように口を開いた。
「司令官、2人だけ行かせたってことは、暁たちに何か用があるんでしょ?電の訓練を見に行きたいから手短にお願いするわ」
「ああ。お前たちに頼みたいことがある」
「それは任務かい?」
私の問いに司令官は軽く目を伏せた。
「正式な任務ではない。俺が個人的に必要だと思っていることだ」
「そうなの?まあいいわ。この暁に任せてよね」
暁が、えっへん、と胸を張る。
それを見ていた司令官がほんの少しだけ目を見開いた。私はそれを見逃さなかった。
「そんなに驚いてどうしたんだい?」
「え?司令官びっくりしてたの?暁も顔見たかったわ!」
「ドヤ顔してるから見逃すんだよ」
「し、してないわよ!」
暁と軽く言い合いをしていると、いつの間にか司令官の表情が元に戻っていた。感情が読めない、いつもの無表情だ。
「司令官、それで私たちは何をすればいいんだ?」
「…俺が言えたことではないが、よくも二つ返事で了承したな。お前たちの境遇を考えれば、正式な任務ではない頼み事なんて忌避すべきものだろう」
司令官の言葉を聞いて、私と暁は顔を見合わせた。
言われてみれば、確かに司令官の言う通りだ。私たちは何の疑いも持たずに司令官の頼み事を受けようとしている。
「きっと電のおかげじゃないかしら?」
「電?」
暁は得意気にこう続けた。
「電はいつも司令官のことを褒めているわ。頭が良くて優しい司令官だって。私たちはそれをずっと聞いていたから、いつの間にか司令官のことを怖がることも疑うこともなくなったんだと思うわ」
「あ、別に電にそういうことを聞かされたからってだけじゃないよ。補給や修理もしっかりしてくれる所も、艦隊の被害が少なくなるように作戦を練ってくれている所も、私たちはしっかりと見ていたつもりだ」
司令官は、そうか、と呟くと、椅子の背もたれに体を預けた。
「それで、司令官の頼み事って何だったんだい?」
「あ、そうよ!早く電の訓練を見に行きたいわ!」
「暁、そんなに急がなくても十分間に合うさ」
チラリと司令官を見てみる。いつもとはほんの少し違った目をしていた。
※
暁とヴェールヌイから提督の頼み事とやらを聞いた。それは演習相手が滞在している間、電をできるだけ部屋の外に出さないようにしてほしいという内容だった。
「それを俺に協力しろって?そんな怪しいことに?」
「司令官のことよ。何か考えがあるに違いないわ」
「じゃあ何でそういうことをしなきゃいけないのか理由を聞いたのか?」
「それは…聞いてないけど」
暁が暗い表情で俯く。
「おまけに電には内緒にしろって?悪いことしますって言ってるようなもんじゃねーか」
「司令官はそんなことしないわ!」
「私もそう思う」
この2人はなぜこんなにも提督の肩を持つのか不思議で堪らない。いや、暁とヴェールヌイだけではない。雷も提督を信用しているように見える。きっと電がいいように言っているんだろう。
「確かに提督が来てから俺たちの環境はいい方向に変わった。だけどよ、それだけで信じ込むのは感心しねーな」
「そうだけど…」
暁は見るからにガッカリした表情をしており、ヴェールヌイは少しムッとしている。
そんな姿を見せられてしまうと、つい手伝ってやりたくなる。だが、怪しい企てに手を貸してやるのは、やはりナンセンスだ。
「…司令官が可哀想」
「何がだよ」
「司令官は寝る間も惜しんで私たちの為に作戦を考えてくれてるわ。補給も修理もしてくれる。それなのにたった1回の頼み事も聞いて貰えないなんてあんまりよ」
暁の言葉に反論はできなかった。
そして、今の提督の姿にかつての自分が重なった。必死に戦っても報われず、罵倒や暴力が飛んできていた過去の自分だ。
俺の迷いを察したのか、ヴェールヌイも続けて口を開いた。
「私たちが司令官を信じすぎてるんじゃない。みんなが疑いすぎなんだ。この1ヶ月を見れば、司令官がマトモだって気付くはずだ」
「先入観を捨てろって言いたいのか?」
ヴェールヌイは首を横に振った。
「私だって先入観はある。司令官の目を怖いと感じる時もあるしね。私が言いたいのは、司令官の評価は司令官がやってきたことを見てするべきだと言うことだよ」
「あいつがここへ来てやったことは信用に値すると?」
今度は暁も一緒に首を縦に振った。とても真剣な目をしている。初めて見る目だ。
2人の言っていることは理解できる。俺は考えを変えることにした。
「わかったよ。お前らがそこまで言うなら提督の頼みを聞いてやる」
「本当に!?ありがとう!」
「ただし、余りにも怪しいと思ったら、俺は降りるからな」
「もちろんわかってるわ!」
「それは私たちも同じだからね」
ホッとしたように笑う2人を見ながら思う。もしあいつがいい提督なら、いつか俺もこんな風に笑えるのだろうか。
遅くなってすいません。
暗い話は筆の進みが遅いんです(不穏)
暗い話に疲れたら、もう1つ投稿してる艦これのお話をどうぞ