「艦隊、帰投した」
私は提督の前に立ち、そう告げた。
周りには誰もいない。陸奥や赤城、神通らは私の心配をしてくれているようで、部屋のすぐ外に待機している。しかし、直接提督と相対しているのは私1人だ。
「被害報告を続けろ」
「時雨が敵強襲部隊により大破。撤退中に那智、足柄、鈴谷、熊野、加賀、そしてこの長門が中破に追い込まれ、赤城と陸奥が小破。その他は被害軽微だ」
提督の鋭い視線が私を捉える。背中に嫌な汗をかいてきた。
「敵の損害はどれくらいだ?」
「戦艦棲姫、空母棲姫には大したダメージは与えられていない。随伴艦は全部中破以上の損害を与え、半壊状態まで追い込んだ。強襲部隊の方も同じような状態だ」
「撤退しながら相手にそれだけ損害を出させたのか。よくやった」
よくやった?どうしてそんな言葉をかける?
今回は以前の霞たちの出撃とは違う。勝てるはずの相手に負け、逃げ帰ってきたのだ。
頭の中を整理できていない私に構わず、提督は続ける。
「しかし、敵の態勢が整うまでにできるだけ早く再出撃するべきだな。長門、被害の大きい艦娘から入渠しろ。高速修復材の使用を許可する…おい」
ここで提督は私の様子に気付いたようだ。
「どうした?上の空だが」
「い、いや、なんでもない」
「そうは見えないな」
はあ、と提督は溜め息をつく。
「今回の負けはお前たちに非はない。したがって、罰則等の心配はしなくていい。姫級に挟み撃ちの形で攻撃されれば、いくらお前たちでも勝つのは難しいだろうからな」
「提督は敵別動隊がいるとわかっていたのか?」
「予測はしていた。敵も強かったとは言え、川内たちが突破されるとは思わなかったがな。あの男の無能さにはほとほと呆れる」
「川内たちの指揮を執っていたのは白川提督だったか」
名前を出すと提督は、そうだ、と頷いた。
提督の元補佐官と聞いていたが、提督と違ってあまり指揮は上手くないようだ。
というか、提督は私たちのことをそれほど高く評価してくれていたのか。
落ち込んでいた気分がほんの少し和らいだ気がした。
「さて、今から白川中佐の所へ行ってくる。お前はどうする?ついてくるか?」
「私が行っても仕方ないだろう」
「今回のお前たちの負けは奴や奴の艦娘がヘマをしたせいだ。恨み言の1つや2つは許されるぞ」
確かに少し腹が立っているのは事実だ。しかし、艦娘である私が、直属ではないとはいえ提督に向かってそんなこと…してもいいものだろうか?
「それに、早く川内たちを引き取りに行きたい。バカが移る前にな」
「フッ、言いたい放題だな」
「…ああ、どうやら俺も相当イライラしているらしい」
提督はそう言うと椅子からゆっくり立ち上がった。そして、ゆっくりと歩きながらこう口を開く。
「ドアの前にいる奴らも、来たかったらついてこい」
どうやら赤城たちに気付いていたようだ。
川内並みの提督の察知能力に私は舌を巻くしかなかった。
※
前を歩く提督の背中を眺める。これから白川提督に会いに行くそうだ。
ついてきてもいいと言われたので、私が同行することにした。川内姉さんや駆逐艦の子たちのことが気になるからだ。
姉さんたちがいながら敵の強襲部隊に挟み撃ちにされたのは何故なのか。もしかしたら、姉さんたちに不測の事態があったのかもしれない。
しばらく歩いていると、提督はある部屋のドアに立ち止まった。そして、3回ノックをする。
「黒田少佐です」
中から、どうぞ、と声がする。
少し広めの部屋に白川提督と別動隊の全員が揃っていた。姉さんたちは敬礼をしているが、他は立ってすらいない。
メンバーが欠けていないことに一先ず安心した。
「黒田少佐、何か用ですか?」
「川内たちを引き取りに来た」
「まだ作戦は終わっていませんよ。失礼ですが、まだ彼女たちを返すわけにはいきません」
言い分は向こうの方に分があるように思える。一時的とはいえ、姉さんたちは白川提督の指揮下にあり、彼の言う通り作戦はまだ終わっていない。階級も向こうが上だ。
しかし、提督はお構い無しに口を開く。
「敵の足止めもできないような指揮で川内たちを腐らせておくのは勿体ないでしょう?」
「俺の指揮に不満がある、と」
「ええ、その通りです」
白川提督がピクリと頬を引きつらせている。
「提督は悪くないわ。そもそも姫級がいるなんて聞いてなかった。私たちの撤退の判断は間違ってなかったわよ」
瑞鶴さんが横から白川提督を擁護する。
「…川内、撤退した時の艦隊の損傷はどうだったんだ?」
「私たちは無傷。そっちは不知火が中破になってたよ」
「それだけか?」
「それだけだね」
提督は額に手をやりながら溜め息をついた。
不知火さんが中破になっただけで撤退?その程度の損傷ならまだ戦えるはずだ。
姉さんの方を見ると申し訳なさそうに少し顔を伏せている。
「瑞鶴、こちらの艦隊の被害は聞いているのか?」
「聞いてないわ」
「そうか、なら教えてやろう。艦隊の半分が中破し、時雨が大破だ。あと1発攻撃されていたら沈んでいた」
部屋の中の空気が張りつめた。
満潮さんが横から提督に話しかける。
「司令官、時雨は大丈夫なの?今はどうしてるの?」
「高速修復材を使うから艤装はすぐ直る。本人も今は休ませてる。安心しろ」
「そう…よかった…」
提督は瑞鶴さんと白川提督に向き直った。
「敵強襲部隊には姫級もいたと報告を受けています。確かに白川中佐の率いていた艦隊で奴らに勝つのは難しいでしょう」
「なんだ、わかっているじゃ…」
「しかし、足止めくらいはできたはずです。何のために川内たちを預けたとお思いですか?」
提督は表情をほとんど変えていない。しかし、確かな怒気を感じる。
「そちらが役割を果たさなかったせいで私の部下が沈みかけたんですよ」
「こちらだって不知火が…」
「轟沈回避の為の保護システムは大破しても戦闘1回分は機能するように設計してある…我々にとっては常識のはずです」
白川提督が瑞鶴さんを横目で睨んだ。川内姉さんはそれに気付いたようで、呆れたように苦笑している。
ああ、そういうことか。きっと白川提督は作戦の指揮を旗艦の瑞鶴さんに丸投げしていたのだろう。そして、作戦が失敗したから彼女にその視線を送っているのだ。
「今後、中佐の艦隊は何もしなくていいです。自分の鎮守府へ帰ってもいい。とにかく、こちらの足を引っ張ることだけはしないで頂きたい」
「そ、そんな言い方…!」
「…瑞鶴、どうやら俺はお前の力を買い被っていたようだ。ぬるま湯に浸かりすぎて腕も頭も錆び付いている。俺が嫌いならそれでもいい。ただ、俺の言っていることが本当に間違っているかどうか、よく考えることだ」
提督はそう言うと一礼して部屋から出ていった。私も姉さんたちについてくるように声をかけて後に続く。
部屋を出た所で姉さんが私に話しかけてきた。
「提督、すごく怒ってるね。なんか珍しいかも」
「…そういえばそうですね」
姉さんの一言にハッとした。いつも冷静な提督がここまで怒っている姿は見たことがない。
何故だろうか。普段の任務で私たちがミスをしても責めもしないのに。
「神通、大丈夫?深刻な顔してるけど。もしかして提督に何か…」
「いえ、それはないです。ただ…」
「ただ?」
「提督が怒っている理由は時雨さんなのではないかと考えてました」
「まさか」
姉さんは、ないない、と手を振っている。
私も正直信じられない。しかし、あり得ないということはないだろう。提督はたった今、時雨さんが轟沈寸前だったことを責めるようなことを言っていたのだから。
ただ、そうだとしたらわからないことがある。話に聞く提督の過去と人柄が違いすぎるのだ。
「ま、そんなに難しく考えない方がいいって」
姉さんは笑いながら私の肩を叩いた。
※
「作戦内容を伝える」
私たちの前に立った司令官は感情の読めない表情でそう言った。
「作戦と言っても、ここからの戦いは付け焼き刃な部分が多い。お前たちの戦闘能力と臨機応変な対応にかかっている」
司令官にしては珍しいことだ。あらゆる状況を想定し、それぞれに対応策を用意しておく。それがいつもの司令官のやり方。
現場に丸投げする誰かとは大違いだ。
「それは私たちが失敗したから?」
「その通りだ」
川内さんの言葉に司令官は短く肯定した。私たちの間に緊張感が走る。姉さんたち4人も顔を伏せた。
司令官はこちらに怒りをぶつける人間ではないが、まだそれを理解できていない艦娘も多くいる。私もまだ慣れていない。
「敵にもかなりの損害を与えてくれた。しかし、戦力のグレードアップを許してしまった形になる」
司令官は私たちの様子には気付かず、そう続けた。いや、気付いていて無視しているのかもしれない。
「敵の編成は姫級が4体。そして、護衛の重巡を含めた水雷戦隊といった所だ。それ以上の可能性もないわけではないからさらに強力な艦隊も想定しておけ」
「そうなった場合はどうするんだ?」
「俺がお前たちに無線で直接指示をする」
「…なんだと?」
司令官に受け答えをしていた長門さんは唖然としている。私も同じ気持ちだ。
いくら高性能な無線機だからと言っても、司令部から戦場まで届くわけがないのだ。
「無線機使用可能範囲にまで提督が出てくるということか?」
「そうだ。都合良く拠点にできそうな無人島もあるからな」
司令官は前代未聞の策を話している自覚はあるのだろうか。
驚愕で言葉が出ない長門さんの代わりに、赤城さんが1歩前に出た。
「もし自分の身に何かあったら…そうは考えないのですか?提督が戦場にいると知れば、敵は真っ先に狙いに行くでしょう」
「死ぬと考えていないわけではない。しかし、もし俺が死んだとしても代わりなどいくらでもいる。むしろ、俺に注意を向けた奴らを叩く絶好のチャンスを生むかもしれないな」
僅かに赤城さんの目が見開かれた。
「俺の死を気にする暇があるなら作戦の成功を考えろ。そちらの方が俺が生き延びる可能性が高い」
「…了解しました」
「長門もだ。わかったな?」
「ああ、了解だ」
私たちが失敗したばかりに司令官を危険に晒してしまう。そのことが私の心に重くのし掛かった。あの時、無理にでも瑞鶴さんを説得して敵別動隊の足止めをしていれば、司令官はこんな無茶をしなくても済んだのに、と。
…どうして私は司令官の心配をしている?
「それでは今から1時間後に出撃をする。各自装備を確認しておけ」
司令官の指示を聞きながら考える。いや、そこまで深く考えずとも理解している。
私はこの人を司令官として認めてしまっているのだ。だから、失いたくないと思っている。
司令官が悪人なのは事実だ。しかし、私たちを誰よりも上手く
そう思うと私の足は自然と前へ動いていた。
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