艦娘嫌いな提督と提督嫌いな艦娘のお話   作:dassy

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焦りは禁物

 戦艦水姫。そいつは圧倒的な火力と耐久性を兼ね備えた戦艦棲姫を更に強化した姫級深海棲艦だ。

 1体で戦況を変える力を持つ強敵が2体。

 

「戦艦水姫か」

「長門、どうするの?」

「…倒すしかない」

 

 陸奥の不安そうな声にそう応える。この状況で倒せるのか、と陸奥の目は訴えていた。

 勝ち目がないわけではない。私や一航戦の2人といった、水姫級を倒したことのある艦娘もいる。

 

「状況を確認する。各隊被害の報告を」

「第2艦隊、損傷は軽微です。燃料弾薬ともに戦闘続行可能です」

「第3艦隊もほとんど被害なし。まだまだ戦えるよ」

「第1艦隊も被害軽微。これならやれそうか」

 

 いや、ここでやらなければならない。少しでも後退すれば、提督の居場所が敵に気付かれかねない。

 

「第1艦隊と那智、足柄で姫級を攻撃。速やかに撃沈した後、戦艦水姫に総攻撃だ。水雷戦隊は引き続き駆逐艦の撃沈を優先。掃討し次第こちらの攻撃に参加しろ」

「「了解!」」

 

 戦艦水姫がまだ射程範囲に入っていないのが救いだ。しかし、それも時間の問題。速やかに姫級を倒さなければ。

 

「主砲一斉射!撃て!」

「弾幕を張りなさいな!撃て!」

「一気に敵を掃射する!しっかり狙え!」

 

 まさに砲弾の雨。避けることはできない。駆逐艦の壁ももうない。

 大ダメージだ。いくら姫級でも、ひとたまりもないだろう。

 

「空母棲姫を無力化しました!」

「戦艦棲姫1体撃破!」

 

 いける。これなら水姫たちが来るまでに勝負を決められる。残すは戦艦棲姫が1体のみ。

 

 しかし、奴は残りの力を振り絞り、全力の抵抗を始めた。今までの攻撃はなんだったのか、と思ってしまうほどの猛攻。もはや狙っているのかすらわからない連続砲撃だ。

 

「ダメだ…!これでは近付けない…!」

「…っ!もうすぐ戦艦水姫の射程に入るわ。長門、指示を」

 

 窮鼠猫を噛む。まさにその状況に見えた。あと1発砲撃を当てられれば戦艦棲姫は倒せるのに、その砲撃を当てられる距離まで近付けない。

 やるしかない。私は覚悟を決めた。

 

「この長門が戦艦棲姫に突撃する。他は戦艦水姫に備えて待機」

「待って、長門。それじゃ貴女が水姫の集中砲火を浴びるわ」

「それでいい。その隙に水姫を倒すんだ。陸奥、私に何かあれば、この作戦の現場指揮は頼むぞ」

 

 陸奥は何か言いたげだったが、何も言わなかった。ただ悔しそうな顔をしただけ。本当に出来た妹だ。

 

 戦艦水姫がいるのは敵の後方だ。戦艦棲姫に近付けば、それだけ水姫たちに近付くことにもなる。必然的に、1番に狙われるのは私だ。

 水姫の砲撃を連続で何発も食らえば、ビッグセブンでも確実に沈む。

 それでも私がやらなければならない。私が艦隊を守るんだ。

 

「よし、突撃だ…!」

 

 前に出ようとした瞬間、通信機から声が聞こえた。私は思わず歩を止める。

 

『全艦撃ち方止め。姫級との距離を保ちつつ敵随伴艦を攻撃しろ』

 

 提督の声だった。

 

「提督、戦況は見えているのか?」

『霞を通して把握している』

「そうか。ならいい。私は水姫が完全に合流する前に戦艦棲姫を倒すべきだと思うのだが」

『既に手負いだろう?お前たちにとっては誤差だ。いてもいなくても大して変わらない』

 

 馬鹿な。姫級だぞ。誤差なわけが…。

 

『落ち着け。焦るな、長門』

 

 提督の言葉が胸に刺さったようだった。焦る?私が?

 

 …いや、そうだな。私は焦っている。

 それを自覚すると同時に、頭の奥にあった熱のようなものが、体から抜けていくのを感じた。

 周りを見渡す。陸奥も赤城も加賀も、表情から少しだけ険しさが抜けている。

 

『わかっていると思うが、水姫相手に無茶をすれば轟沈の危険が高まる。冷静に確実な手を打つんだ。これは勝てる戦いなんだからな』

 

 提督の言葉とほぼ同じタイミングで最後の敵駆逐艦が撃沈された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 戦艦水姫と私たち、そして提督のいる島は、正三角形に近い位置取りになっている。つまり、今この瞬間に提督が奴らに襲われても、私たちは助けられない。

 それがみんなを不安にさせている。出撃した時とはまるで違う。

 

 私には提督に訊きたいことがある。()()である私は訊かなければいけないことだ。

 それはずっと前からなんとなく頭の中にあり、出撃前に夜の浜辺での青山中将との立ち話ではっきりと自覚したことだ。

 

『提督がしたとされる悪行の全て、もしくはその一部が冤罪なのではないか』

 

 もし冤罪であったのなら、「()()()()()()()()()ことになる。

 自分から、抱いてくれ、と言ったあの夜、提督が激怒したことも納得できる。また俺を嵌めるつもりか、と。

 

「思い詰めた顔をしているな」

 

 不意に声をかけられた。

 声の方向を向くと、長門が心配そうに私を見つめていた。

 

「まあね。この状況だし」

「全員の残りの燃料と弾薬や損傷の確認が済んでいるが、戦艦水姫相手でも十分勝算はある。不安になる必要はないんだぞ」

「…そっちの心配じゃないんだけどなぁ」

 

 長門は僅かに目を見開いた。

 

「まさか提督の心配をしているのか?」

「そんなに意外?」

「ああ。自分じゃなくとも、自分と同じ艦娘が虐待の被害にあっているんだ。鈴谷は提督を警戒して避けていると考えるのが普通だろう」

 

 長門の言う通りだ。立場が逆なら、私も同じことを思う。

 

「長門はさ、提督に違和感覚えたことない?」

「違和感?」

「調査報告書の提督と鈴谷たちが見てきた提督とのギャップ…とか?」

「それは…あるな」

 

 まさか、と、長門は続けて呟く。私が考えていることを察したようだ。

 私は青山中将との会話の内容も話すことにした。

 

「昨日の夜にたまたま青山中将と話す機会があったんだよね。で、その時聞かれたの。提督に()()()()()()()()んじゃないかって」

「何かされた、ではなく、されていない、か。鈴谷と同じく中将も提督の冤罪を疑っているわけだな。しかし、大本営が間違った報告書を出すとは思えない。軍の信用問題に関わる。いい加減な調査はしないだろう」

「艦娘に裏切られて、濡れ衣を着せられたんじゃないかなって思ってる」

「…もし無実ならその可能性が1番高いな」

「そう。それを確かめたいから、提督に何かあったら困るんだよ」

 

 私の考察が正しいとしたら、提督の目には私がどう映っているんだろうか。きっと、憎くて仕方ないはずだ。

 それでも提督はマトモに艦隊を指揮した。艦娘への恨みを抑え込んで。そういう意味でも、提督を死なせないことは重要なミッションだ。

 もし提督が本当にクズだったとしても、それはその時に考えればいい。少なくとも前任の頃よりもよっぽどマシな環境で戦えるのだから。

 

「なるほど。なら、提督の無事も考えて戦わねばならないな」

 

 長門のその言葉の直後、通信が入った。

 

『こちら霞。まもなくそちらに合流する。司令官から作戦を預かってるわ』

 

 霞がこちらに戻ってきているようだ。

 ということは、提督はあの島に1人で残っているということだ。

 少し腹が立ってきた。自分が死ぬかもしれないとは考えないのだろうか。

 

 しばらくすると、報告の通り、霞が艦隊に戻ってきた。

 

「提督の護衛ご苦労だった。早速だが作戦内容を伝えてくれ」

「うん、それが…」

 

 言いにくそうに目を伏している。霞は何を聞いたというのだろう。

 

「司令官が照明弾を撃って、敵がそっちに意識を向けた隙に総攻撃、だそうよ」

 

 自分の耳を疑った。

 夜に照明弾を撃つということはつまり…。

 

「自分を囮に使うというのか。なんて危険な…!」

「私も最初は反対したわよ。でも、これが1番楽に勝てるからって譲らなくて…」

 

 私は愕然とした。

 行動が自殺志願者のそれだ。死ぬ前にちょっと役に立ってから死のうって?

 

「提督を失わずに戦おうと決めたのにこれか。なかなか上手くいかないな」

 

 長門は眉間を軽く押さえた。

 

「鈴谷、霞、みんなを集めよう。作戦会議だ」

「作戦?」

「何するの?」

「提督救出作戦だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 人が1人で扱える装備など、戦場全体で見れば大したものではない。ましてや、それが艦娘と深海棲艦の海戦ならば。

 しかし、それは全く影響がないというわけではない。例えば、今の状況。

 司令官が使う照明弾は、周りを照らすのではなく、救難信号などで使うものだ。故に、使った場所がわかりやすい。真っ暗な無人島から突然そんなものが上がれば、意識を向けざるを得ないだろう。

 

 オレンジ色の光が見えた瞬間、川内さんの叫ぶような指示が無線から飛んだ。

 

「全艦前進!目標は戦艦水姫!さあ、待ちに待った夜戦よ!」

 

 私たちは真っ黒になった海上を駆けた。川内さんの後ろに私が付き、その後ろに姉さんたちが続く。

 長門さんが考えた作戦は上手く行く、大丈夫。そう自分に言い聞かせた。

 私は私のやるべきことをやる。それが司令官を助けることにも繋がるはずだ。

 

「戦艦水姫が移動を開始した!少し速度上げるよ!」

 

 川内さんの声が艦隊に響く。夜偵で敵の動きを観測したようだ。

 こっちに向かってきているのか、それとも、司令官がいる方向なのか。

 私の中で焦りの感情が徐々に膨れ上がった。我慢できずに川内さんに声をかける。

 

「敵はどっちに動いているの?こっちか、司令官の方か」

「提督のいる島だね…いや、片方がこっちに進路変更してきた。おまけに瀕死の戦艦棲姫も」

「では、こちらに向かってきているのは私たちが引き受けます」

 

 神通さんが横からそう告げた。川内さんはそれに頷く。

 

「あっちは神通たちに任せて、私たちは向こうの奴を倒しに行くよ。提督が心配で仕方ない子もいるみたいだしね」

「わ、私は別に…」

「誤魔化さなくていいって。顔見れば焦ってんの丸分かりだよ」

 

 川内さんがニヤニヤとこちらを見てくる。少し顔に熱を帯びた。

 そういう風に見えているのか、私は。

 

「さあ、そろそろ敵の射程に入るよ」

 

 川内さんの一言で艦隊の緊張が高まった。相手は戦艦水姫。たったの一撃が致命傷だ。

 

「あら?おかしいわねえ」

「全くこっちに撃ってこない」

 

 荒潮姉さんと満潮姉さんがそう呟く。

 

「どうやら戦艦水姫は司令官を葬ることに集中しているようですね」

 

 朝潮姉さんの声に息を呑んだ。

 させない。させてはならない。

 私たちの職務は何?人類を守り、海を取り戻すことだ。守るべき人類には、当然司令官も含まれる。

 

「好都合。一気に接近して反撃する間もなく潰してやるわ!」

「まだよ!」

 

 速度を上げようとした私を、川内さんがそう制した。

 

「戦艦水姫は必ず島を砲撃しようとする。照準を合わせ始めた瞬間を狙うよ。それまでは速度を維持しながら近付く」

「それじゃ司令官の身が…」

「死にたくないなら提督は最初からこんな作戦立てない。そして、この状況で犠牲を出さずに完勝できるほど甘い相手じゃないんだよ、あいつは」

 

 川内さんはピシャリとそう言い切った。

 反論はできなかった。

 

「もちろん提督が吹っ飛ばされないように全力を尽くすけどね。あくまで冷静に」

「…わかったわ」

 

 私は焦りすぎていた。

 大きな音と水飛沫でこちらの接近に気付いた戦艦水姫はすぐに反撃してくるだろう。反撃する間もなく、は明らかに不可能。あのまま突撃していれば、司令官の作戦を台無しにすることになっていた。

 

「まあでも、突っ込むタイミングはもう来るよ。電探でも敵の動きわかるでしょ?」

 

 言われた通りに電探で戦艦水姫の位置を探る。

 スピードを少し緩め、一定に保っていた。砲撃の狙いを定めようとしているのだ。

 

「川内さん!」

「うん、今だね」

 

 姉さんたちの雰囲気も引き締まった。

 

「全艦突撃よ!」




明けましておめでとうございます。
大変長らくお待たせ致しました。

続きに関しまして、恐らくまた長く待たせてしまうことになるかと思います。それでも待っていてくれるという方は、どうぞよろしくお願いします。
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