艦娘嫌いな提督と提督嫌いな艦娘のお話   作:dassy

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夜戦の行方

 人間を襲う。艦娘と戦う。人工物を壊す。それが深海棲艦の本能だ。奴らのほとんどは俺たちと意志疎通もせずにその本能に従う。

 しかし、今相手にしている敵は別物だ。戦艦水姫はその本能を理性で押さえつけて行動できる。

 いや、少し違う。どうすれば効率よくその欲求を満たせるかを考えることができる、と言った方が正しい。

 

 俺のことは真っ先に排除すべき存在だと認識しているはずだ。艦娘を率いて深海棲艦と戦い、人類を守っているのだから。

 

「気付けよ、戦艦水姫」

 

 俺は一言だけそう呟いて発射スイッチを押した。

 真っ暗な空にオレンジ色の光が上がる。

 

 これで、"提督"がここにいるかもしれない、と思わせることができると思う。水姫級ともなれば、それくらいの思考能力はあるはずだ。

 さあ、食い付け。この不自然な光を無視する程バカではあるまい。

 

「提督」

 

 突然聞こえた俺を呼ぶ声に思わず硬直した。

 

「鈴谷…?」

「迎えに来たんだ。早く脱出しよ」

 

 何故ここにいる?俺の合図まで待機しているはずだ。

 

「なんでここにいるのか、わかってない感じだね」

「当たり前だ。俺が伝えた作戦と違う」

「あはは、流石の提督でも私たちの行動を読めなかったってことか」

「…艤装はどうした?」

「外した」

 

 あっけらかんと鈴谷はそう言ってのけた。

 そう、今こいつは砲も機関部も着けずに陸地に立っている。

 

「バカな。設備もなしに海上で?なんて危険な…」

「うん、死ぬかと思った。ていうか、心配してくれるんだ?」

「お前が自分の戦術的価値をわかっていないだけだ。そんな無茶で沈んだりしたら許さんからな。そもそも、なんで艤装を外そうなんて考えたんだ」

 

 俺のその言葉を聞いた鈴谷はゆっくりと近付いてきた。そして、俺の腕をとる。

 

「こうやって無理矢理引っ張っていく為だよ。艤装着けてたら提督の腕がグチャってなるでしょ」

「止めろ。放せ」

「だったら自分で歩けー?」

「…わかった」

 

 グイグイと引っ張られるのは勘弁願いたい。

 

「お前だけで来たのか?」

「まさか。熊野と赤城と加賀もいるよ」

「このタイミングで来るということは、俺の指示を無視して照明弾が上がる前に行動していたようだな」

「提督の作戦、無視する感じになっちゃってごめんね」

 

 鈴谷が心配そうに俺の顔を見る。その目や表情からは俺に対する警戒心や嫌悪感が感じられない。

 わからない。"鈴谷"は被害者の内の1人だぞ。

 

「もしかして怒ってる?」

「…専用設備のない海上で艤装を外したことに比べれば何ともない。予想しなかった俺の落ち度だ」

 

 俺は思わず溜め息をついた。

 

「霞が護衛に就くと言った時もそうだが、何故俺を守ろうとする?」

「艦娘が提督を守るのはおかしい?」

「おかしくはない、普通は。だが、お前たちは事情が違うだろう」

 

 お前たちは虐待と過労に疲弊した艦娘で、俺は悪逆無道のカス野郎だ。

 

「それ、霞にも聞いた?」

「…ああ」

「じゃあ霞と同じ答えってことで」

 

 鈴谷はそう言って歩くスピードを早めた。俺は無言でその背中を追った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 護衛は赤城たちに任せることにし、鈴谷はそのまま船に乗せた。

 あろうことか、今度は海上で艤装を装備しようとする鈴谷。流石に強く注意した。さっき止めろと言った所だろう。

 

「このまま長門さんのいる所まで行きます」

「ああ、わかった」

 

 赤城の言葉に気の抜けた返事を返す。

 

「流石にお疲れのようですね。命令違反を咎める余裕もない程に」

「なんだ、加賀。責めた方がよかったか?」

「まさか」

 

 加賀はそう言って肩をすくめた。

 以前は少し脅しただけで震え上がっていた癖に。随分と図太くなったものだ。

 

 

 ゆっくりと船を進ませていると、後方から砲撃音が聞こえてきた。

 

「始まったか」

「提督、ここでは巻き込まれる可能性があります。もう少しスピードを上げた方がよろしいかと」

 

 赤城が船の横まで近付き、そう進言してきた。

 

「いや、このまま移動する。奴らはまだ俺が無人島にいると思っている。速度を上げた時の大きな音で居場所を感知されるのは避けたい」

「なるほど。了解しました」

 

 神通や川内の部隊が夜戦で戦艦水姫に突破される可能性は極めて低い。2階から落とした糸が針の穴に通るような確率だろう。

 しかし、奴らの持つ射程は驚異だ。こちらの水雷戦隊を突破せずとも砲弾をこちらに浴びせることが、もしかしたらできるかもしれない。

 抗戦できるのは熊野だけ。それも燃料も弾薬も減っている状態。命中云々は関係なく、位置を把握され狙われること自体避けるべきことだ。

 

「ここからじゃ戦況はわからないね」

「多少の損害はあるだろうが、少なくとも負けはない。誰かが沈むこともな」

「…提督って鈴谷たちの能力全部把握してるわけ?」

「それができなきゃこの立場にはいない」

 

 敵の戦力を把握し、より少ないコストで倒す。資源が有限である限り、それを頭に入れておく必要がある。

 まあ、それができない無能な奴もいるみたいだが。

 

 

 そこからさらに進み、無事に長門と合流を果たした。

 

「無事で何よりだ、提督。それと、独断で作戦を変更して申し訳なかった」

 

 そう言いながら、長門は頭を下げた。陸奥がそれを緊張した面持ちで見つめている。

 

「構わない。第一艦隊には明確な指示はしていなかったからな。危ないことさえしなければ」

 

 鈴谷をチラリと見ると、露骨に顔を逸らした。

 

「戦況は?」

「戦艦棲姫は既に撃沈済み。水姫の方にもかなりダメージを与えたようだ」

「こちらの被害は?」

「那智、足柄が中破して少し後退しているが、他は戦闘続行可能な程度と言ったところだな」

「勝敗は決したな」

 

 手元の無線機のスイッチを入れた。敵にもバレるだろうが、ここは水姫の射程外な上、戦力差もある。問題ない。

 

「こちら司令部。提督の帰還を報告。各戦隊このまま敵艦隊を押し切れ」

『第二艦隊、了解。ご無事でなによりです、提督』

『第三艦隊も了解。さあ、夜戦も終盤。張り切って行くよ!』

 

 神通、川内の声からも余裕さが感じ取れた。

 

「過剰戦力だったか。夜戦に持ち込んだ時点で勝ちはほぼ決まっていたようだ」

「提督が囮にならずとも、な」

 

 長門がこちらをチラリと見ながらそう呟く。その視線には僅かに非難の色が混じっていた。

 俺は何も言わなかった。その意見は間違っていない。損傷は増えるだろうが、誰も沈むことなく勝っていただろう。

 死にたい、消えたい、という考えが俺から冷静さを奪っていた。反省しなければならない。

 

『こちら川内。戦艦水姫を撃沈。周囲に敵影なし』

『こちら神通。同じく敵の轟沈を確認』

 

 しばらくすると、2人から報告の通信が入った。

 

「ご苦労。被害の確認をしつつ長門たちと合流しろ。作戦本部へ帰還するぞ」

 

 実際の期間より長く感じた攻略作戦が幕を閉じた。

 終わってみれば、艦娘は誰も沈むことのない完勝だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 帰還した俺を待っていたのは青山中将だった。

 

「黒田少佐、話がある」

「…承知しました。長門、艦隊を全員入渠させろ。指示があるまで待機だ」

 

 長門は俺の指示に頷き、艦娘を全員連れていった。何故か鈴谷は不満そうな顔をしていたが。

 

 青山中将は作戦本部としている建物とは別の方向に歩きだした。

 

「作戦、見事だった」

「お褒め頂き光栄です」

「これで汚名も少しは返上できたんじゃないか?」

 

 前を歩く中将の表情は見えない。

 

 正義感が強く艦娘からも慕われ、軍からの信頼も厚いのが青山中将という人だ。"汚名"については相当お怒りのはず。

 しかし、声からはその感情が全く読み取れなかった。

 

「それは青山中将含め、上の方々が判断されることです」

「そうか、なら本来の階級に戻すよう進言しておこう」

「それは…」

「元の階級じゃ不満か?意外と強欲な面もあるようだな」

 

 なんでそうなるんだ。

 

「冗談だ」

 

 俺の気持ちを察したのか、中将はチラリとこちらを振り返りそう言った。

 

「半分だけな」

「どっちですか…」

 

 この人の考えていることはわからない。

 

「半分だけ、というのはだな、俺はとある疑念を持っている。ほぼ確信していることだが」

「…伺いましょう」

「本当は虐待とか()()()()()んだろ?お前はそういう奴じゃない」

「っ!」

 

 動揺した。

 青山中将とはほぼ面識はない。まともに話したのも今が初めてだ。だというのに、俺が"そういう奴"ではないと言う。

 学生時代の俺の評価を見てそう思ったのか?その程度なら、調査書に目を通した時に俺の印象は覆っているはずだ。

 

 そんなことを考えている俺に構わず、青山中将は続ける。

 

「実際にお前の艦隊に会うまでは半信半疑だった。だが、艦隊の練度や雰囲気を見れば、お前が艦娘を雑になど扱っていないとすぐにわかった。それに、直接彼女らにも話を聞けたしな」

「直接…誰にですか?」

「鈴谷と熊野だ。2人とも調査書と実物の差に困惑していたぞ。他の艦娘も同じように感じているとも言っていたな」

 

 ということは、あの2人も俺が無実である可能性があると考えているかもしれない。青山中将ほど上の立場の人間からそんな質問をされれば、そう考えても不自然ではない。

 

「青山中将は私が無実である証拠をお持ちなのですか?」

「いいや、ない」

「では私からお答えすることはありません」

「それ」

 

 今まで俺に背を向けていた青山中将が、こちらに向き直った。

 

「お前は今まで1度も自分の罪を認める発言をしていない」

「…否認もしておりません」

「ああ。だけど、それには理由があるんだろう?」

 

 青山中将の手が俺の左肩に置かれる。

 

「俺は人間観察が得意なんだ。そいつを注意深く観察すれば、どんなことを考えたりしてるのか、何となく予想できる。しかも、これがまた結構当たるんだよ」

「私の考えていることがわかる、と?」

「理由はわからんが罪を否定すると何かマズいことがある。だけど、嘘をつくわけにはいかないから肯定もできない。そんなところか?」

 

 青山中将の顔は真剣だ。その目には力が宿っている。

 俺は口を閉ざした。このまま黙秘してやり過ごすしかない。

 

 そんな俺を見て、青山中将はさらに口を開いた。

 

「ここで黙るのも、まあ別にいい。お前の自由だ。だが、俺も自由にやらせてもらう。お前がやったという艦娘への虐待や汚職の件を再調査する。俺が使える権限やコネを総動員して、な」

「それは…!」

「嫌なら白状するべきだ。事件の真実と、濡れ衣ということになれば何が()()()のかを」

 

 どうやら、逃げ道を全て塞がれたらしい。もう隠し通すことは叶わない。

 俺は目の前の上官に真実を話すことにした。

 

 それにしても、証拠も何もないのに、どうしてこの人はこうも堂々と推測を真実と決めつけて喋れるのだろうか。




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